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魔国と魔王の誕生 13歳の第3王女は魔王になることを選びました。  作者: アントノフ


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第49章 静止軌道への招待

第49章 静止軌道への招待



 火星軌道付近に残った3隻から、数日かけて書類が届いていました。


 旗艦、高速輸送艦、兵員輸送艦兼工作艦。いずれも降伏条件を守り、その場所で待機を続けています。カタリナの机には、艦内設備の点検結果、航行可能な状態であることの確認、そして残存乗組員の名簿が積まれていました。


「陛下。最後の人員報告が届きました」とタマちゃん。


「そろったのね。こちらで把握している人数と合っているかしら」


 タマちゃんは表を開きました。


「旗艦に32人、高速輸送艦に16人、兵員輸送艦兼工作艦に128人です。合わせて176人。こちらで確認している人数と一致します」


「名簿も合っている?」


「はい。お名前も現在の配置も、こちらで確認したものと一致しています」


「よかったわ。もし誰かを艦内に隠していたら、皆さんを地上へ転送したあとで破壊工作をされるかもしれないもの」


「魔物たちが艦内にいた間に隠れていたら、見つかってご飯になっていたでしょうけれど」


「そうね。それでも報告はきちんと照合しておきたいわ」


「工作艦がずいぶん多いのね」


「整備や修理を担当する方が残っています。兵員輸送艦でもありますから、もともとの人員も多かったようです」


「高速輸送艦は16人。積荷はたくさんあるのに、人は少ないのね」


「貨物を運ぶ船ですから。報告では、航法装置も機関も使用できる状態だそうです」


 カタリナは艦ごとの人数をもう1度読みました。数日前まで20隻を数えた調査分遣隊のうち、彼女の手元に残っているのはこの3隻です。


 タマちゃんが、人数表とは別の書面を差し出しました。


「こちらには、各艦から感謝の言葉が書かれています」


「何かしら」


 カタリナは読み始めました。


 多くの人員を失う事態となったものの、供食部門が無事だったため、乗組員に食事を提供できていること。機関を扱うエンジニアと航法士も残り、艦の安全な運用を続けられていること。その幸運について、受け入れ側に深く感謝する旨が記されています。


「皆さん、食事ができているのね。よかったわ」


「厨房も動いているそうです」


 同席していた王族の中佐が、書面を見つめていました。


「供食員たちが無事だったのですね」


「ええ。皆さんがお願いしてくださったでしょう」とカタリナ。


「ありがとうございました。艦に残った者たちも助かっているようです」


 技術士官の大尉は、機関と航法を担当する者たちの無事を知らせる記述を確かめています。


「船の扱いを知っている者がいれば、設備を維持できます。特に工作艦の技術者が残ったのは大きいと思います」


「私もいろいろ教わりたいの。実物を見るのが楽しみだわ」



◇ ◇ ◇



「それで、あの船をもう少し近くへ呼べないかしら」


 カタリナは、教練場に並んだ256機の小型艇を思い浮かべました。


 小型艇の通信機は電磁波を使います。火星軌道付近までの距離では、問い合わせの返事を待つだけでも時間がかかります。これまでの交渉では、紙に書いた手紙を魔法で転送していました。


「マザーシップどうしなら、恒星間通信で遅延なく話せるのにね」


「小型艇にはその装置がありません」と大尉。


「では、地球の静止軌道まで来ていただきましょう。そこなら教練場の小型艇からでも通信できるでしょう?」


「はい。電磁波通信で十分にやり取りできます」


 タマちゃんが便箋を置きました。


「3隻へ、移動をお願いする書簡を作ります」


「お願いします。地表から約35,800kmの軌道ね。到着したときの速度も、静止軌道に合うようにしていただかなくちゃ」


 大尉が顔を上げました。


「その点は航法装置で指定できます。到着位置と速度を組み合わせて設定しますので」


「そうだったわね。移動してから、別に加速や減速をする必要がないのね」


「はい。ただし、移動前後の力学的エネルギーの差は装置側で処理します」


 カタリナは椅子を寄せました。


「その装置の話、もう少し聞かせて」


 大尉は紙を取り、質量とエネルギーを表す式を書きました。


「力学的エネルギーが減少する移動では、その差を回収して蓄積します。蓄積されたものは質量という状態で存在しますが、普通の物質ではありません。装置から取り出して使うことはできません」


「エネルギーとして使うときには?」


「必要な分を変換して、次の空間移動に使います。変換には損失がありますし、装置の容量にも限界があります」


「回生するバッテリーに似ているわね。地表に近づいて位置エネルギーが減れば、回収した分だけ船の質量もわずかに増えるのね」


「そういうことになります」


 タマちゃんは、まだ送っていない書簡を脇へ寄せました。カタリナの質問が続きそうだと思ったのでしょう。


「蓄積装置が壊れたら、どうなるのかしら」


「蓄積していた質量相当のエネルギーが放出されます。安全機構があり、一瞬で全量が出ることを避ける設計です。放出の大部分は熱になります」


「……それでも、ずいぶんな熱量でしょうね」


「蓄積量によります。装置の破損は重大な事故として扱います」


 カタリナは、以前、火山の地下へ移したマザーシップ10隻のことを思い出しました。高温の火山性ガスの中で船体が押し潰され、内部の設備も壊れていました。あの場所に残る熱についても、調べ直したくなります。


「なるほど。だから、船を扱う方たちのお話をちゃんと聞かなくちゃいけないのね」


 タマちゃんが書簡へ目を戻しました。


「では、まず移動していただきましょう」



◇ ◇ ◇



 3隻から届いた返書には、地球静止軌道への移動を承諾する旨が記されていました。


 航法士たちは、到着する位置と速度を設定します。地球の自転と同じ角速度で周回する軌道に置けば、地上から見た船の位置はほとんど変わりません。


 移動の実施時刻が伝えられ、カタリナとタマちゃんは地球近くの空間を確認しました。


 しばらくして、3隻のマザーシップが指定した位置へ現れました。


「来たわね」


「はい。3隻とも確認できました」


 教練場の小型艇から呼びかけると、今度はすぐに応答が返ってきました。


「こちらは地上連絡所です。通信の状態はいかがでしょうか」


「良好です。3隻とも受信できています」


 応答を聞いたカタリナは笑いました。


「やっと普通にお話しできるわ」


 次の相談は、マザーシップを地上へ降ろすことでした。


 しかし、艦側の回答には、地表に接触させることを避けたいという強い希望が書かれていました。


「着陸が難しいの?」とカタリナ。


 大尉が説明しました。


「マザーシップの船体は、宇宙空間で使うことを前提に造られています。建物のように、自分の重さを構造材だけで支える強度はありません」


「でも、地球の近くでも飛んでいられるのでしょう?」


「動力で、船体の各部分に加わる重力を制御しています。動力が正常なら大丈夫だと思います。ただ、地面に接触させれば、地震のような外からの力も受けます」


「動力が止まったら?」


「重力制御を失います。低空でも落下しますし、あの大きさでは、空気の力によって船体が壊れる危険があります。地表に衝突する以前に損傷が進むでしょう」


 カタリナは、3隻の大きな船体を確かめました。


 宇宙軍港で修理をするように造られた船です。地上へ運び、再び宇宙へ戻すことも、気軽に試すようなことではありません。


「分かったわ。皆さんの船は軌道に置いておきましょう」


「ありがとうございます」と大尉。


「船を見せていただく方法は、別に考えればいいものね」



◇ ◇ ◇



「そういえば、乗組員の皆さんが、しばらく全員船から離れても大丈夫なのかしら」


 カタリナは通信機に向かいました。


「3隻とも、乗組員がいない状態で軌道上に待機できますか。1日ほど無人にしても、安全に維持できるでしょうか」


 各艦から返事が届きました。


 動力と必要な設備を稼働させたまま、乗組員がいない状態でも軌道上での待機は可能だということでした。


「できるのね。よかった」


 カタリナはタマちゃんを見ました。


「では、176人の皆さんに、こちらへ来ていただきましょう」


「全員ですね」


「ええ。中佐さんたち5人もいらっしゃるし、直接お会いした方がいいわ。1日くらい、こちらで過ごしていただきましょう」


 中佐は驚いて顔を上げました。


「3隻の乗組員が、全員ですか」


「そうよ。皆さんにも会っていただきたいの」


「それは……ありがとうございます」


 軍属の秘書官は、早くも人数を確かめ始めていました。


「176人ですね。滞在先の準備が必要です」


「お願いします。では、艦へお知らせしましょう」


 タマちゃんが新しい通知書を作りました。


 転送は通知から6時間後。滞在は約1日。乗組員は必要な身の回り品を持参すること。荷物は1人につきカバン1個まで。3隻とも、転送時刻までに無人運用へ切り替える準備を済ませること。


「艦内の集合場所も決めていただきますか」とタマちゃん。


「どこにいてくださってもいいわ。私が皆さんの場所を確かめて転送するもの」


「では、そのように書きます」


「ただし、トイレにいらっしゃる方は転送しません。シャワー中でも転送しますから、そのつもりでいていただいてね」


 タマちゃんの筆が止まりました。


「……トイレだけですか」


「ええ。6時間あるから、皆さん準備できるでしょう?」


 技術士官の大尉は、その条件が書かれるところを見ていました。しばらくして、小さく息をつきました。


「艦の皆さんにも、正確に伝えた方がよさそうですね」


「そうね。特にシャワーのことは、読んでいただかなくちゃ」


 タマちゃんは通知書の最後へ、環境情報の欄を追加しました。


「地上の条件も送ります。気温と気圧だけで大丈夫でしょうか」


「大気の成分もね。それから、空気中のダストも調べたでしょう? 何がどれくらい浮いているか、成分と量を全部お知らせして」


「粒子の大きさも添えます」


「お願いします。皆さん、必要なものを選べるでしょうから」


 地上の技術担当者がまとめた測定結果が添えられました。気温と気圧、大気を構成する成分の比率、浮遊するダストの種類と濃度。地上で暮らしている5人から得られた情報も、必要な範囲で加えられています。


 カタリナは書類を読み終え、うなずきました。


「これなら準備していただけるわね」


 タマちゃんは、3隻へ送る通知をそろえました。


「旗艦32人、高速輸送艦16人、工作艦128人。全員に伝わるようにします」


「ええ。6時間後にお迎えしましょう」


 通知書が送られ、地球静止軌道の3隻では、無人運用への準備が始まりました。


 カタリナは窓の外を見ました。空のずっと高いところで、176人がそれぞれの荷物を用意しています。


 6時間後には、その全員が地上へやって来るのです。


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