第48章 離宮の食卓 勇者召喚団体の処分
第48章 離宮の食卓
離宮のダイニングルームには、大きな皿が用意されていました。
皿の中央には、2.2mmの太いスパゲティーがこんもりと盛られています。短く切ったソーセージ、カラーピーマン、ニンジン、タマネギを一緒に炒めたもので、赤や黄色、緑の具が麺の間から顔をのぞかせていました。
その周囲には、トマトソースが広がっています。胡椒が少し効いていて、ほどよく辛味のあるソースでした。
「今日はこれにしましょう。前の、あの重いスパゲティーは、今食べるにはちょっと大変ですもの」
カタリナが席に着き、タマちゃんもアグネスを案内しました。
最近はカタリナに合わせて、食事の前に「いただきます」と言うようになったフーベルトゥスが、席に着いて口を開きました。
「いただきます」
「にゃ」
アグネスもそれに続き、フォークを持ってスパゲティーを丁寧に巻き始めました。
フォークを見つめ続けることも、皿の上で麺を無理に引っ張ることもありません。ひと口分の麺をきれいに巻き取り、揺れる端が残らないようにして、ぱくっと食べます。
「上手に食べられますね」とタマちゃん。
「にゃ」
アグネスは、もう1度フォークを動かしました。
長い麺を持ち上げたまま揺らせば、思わず目が追いかけてしまうのでしょう。自分でもそれを分かっているらしく、巻き取る間は麺を落ち着かせ、口へ運ぶところまで一度に済ませています。
隣の皿へ飛びついたり、フォークを追いかけたりする様子はありません。食事の作法は、元の世界で身に付けたままのようでした。
少しして、事務官に案内されたアレックスが入ってきました。
「陛下。お呼びと伺いました」
「来てくださってありがとう。どうぞ、食事をしながらお話ししましょう」
「承知しました」
アレックスは、アグネスの姿を見てから席に着きました。
「この方が、召喚された女の子ですね」
「ええ。アグネス、14歳です。言葉は分かるのに、声をうまく出せなくて『にゃ』になるの」
「にゃ」
「どうぞよろしくお願いいたします、アグネスさん」
アグネスはフォークを置き、きちんと頭を下げました。
しばらく食事が進むと、冷たいデザートが運ばれてきました。
透明な器には、粒の残ったぜんざいが冷やして入れてあります。その中央には、白いソフトクリームがたっぷりと、高く巻かれていました。
カタリナの冷却魔法を使えば、ソフトクリームを作るための冷却もできます。機械で形を整えられた白い渦巻きが、ぜんざいの上に載っていました。
アグネスはスプーンを持ちました。ソフトクリームと小豆を少しずつすくって食べ始めました。手元は安定しています。スプーンも、普通に使えました。
タマちゃんは、その様子を見て安心しました。
ただ、ソフトクリームマシンは、アグネスに見せない方がよさそうです。
あの機械から、白いクリームがうねうねと伸び、ぐるぐる巻かれていくところを見たら、どうなるでしょう。
タマちゃんは、会議室でエノコログサに手を伸ばしたアグネスを思い出しました。
完成したものをスプーンで食べるのは平気でも、できあがるところは少々怪しい。タマちゃんは、厨房の方を見ないようにしました。
「さて」
カタリナはスプーンを置きました。
「アレックスさん、タマちゃん。この前、あの国で勇者召喚のために人を集めていた件を、もう1度説明していただけますか」
「はい」とアレックス。
「アグネスを呼び出した方々が、もともと何をしようとしていたか、改めて確かめたいの」
タマちゃんが書類を広げました。
「調査した事実からお話ししますね」
◇ ◇ ◇
アレックスが説明を始めました。
「あの国では、魔王討伐軍を編成するという名目で、数千人の志願者を集めていました」
「ええ。その話は聞いたわ」
「しかし、軍の編成に必要な費用や物資が、ほとんど準備されていませんでした。ポチが財政、ペスが食料、ミケが輸送、シロが地方行政の記録を調べ、クロも技術関係の面から確認しています」
タマちゃんが別の紙を示しました。
「兵士を集めていたのに、武器や防具の調達、食料の買い付け、輸送の手配がありませんでした。出征の日程も決まっていません。数千人を集めた後、軍隊として維持する準備がなかったのです」
「それで、勇者召喚の材料にするつもりだったのではないか、と思ったのですね」
「はい。以前、聖ネメリア国では、100人の命を使って100人力の勇者を召喚しました。その前例と照らし合わせると、募集された方々を生贄にする計画だった可能性が高いと判断しました」
アレックスが続けました。
「私たちは、応募者全員に志望動機書を配りました。魔王討伐を希望しているのか、家族を守るためなのか、仕事や給与を求めているのかを、先に記入していただいたのです」
「本人の考えを聞くためでしたね」
「ええ。書類の提出を受けた後で、過去の召喚の事実と、今回の募集に関する調査結果を説明しました」
タマちゃんは、当日の記録を確認しました。
「説明を聞いても魔王討伐を希望する方は、魔王国の魔物が生息する地域へ送られました。魔王国民としての保護はありませんから、魔物たちの食料になりました」
「仕事を探していた方々は?」
「魔王国の職場へ案内しました」とアレックス。「賃金表を確認していただき、家族を迎えに行く時間も設けています。移住を希望した方々は、ご家族と一緒に受け入れました」
「ほかの人は解散したのですね」
「はい。募集に応じた人々のうち、帰郷を希望する方は帰りました」
カタリナは、アグネスの方を見ました。
アグネスはスプーンを静かに置き、話を聞いています。言葉の内容は理解できているようでした。
「つまり、募集された方々の中には、あの連中が何をしようとしていたか知らない人が、たくさんいたのですね」
「そうです」とアレックス。
「そして、儀式を実行しようとしていた側には、人間の生贄が1人も残りませんでした」とタマちゃん。
「それでも、召喚はやめなかった」
「はい。結果として、ネコが数匹使われ、アグネスさんが召喚されました」
カタリナは、書類に書かれた募集人数を見ました。
初めから大勢の人間を殺すつもりで集めていたのなら、その命は兵士として使われることも、魔物の食料になることもなく、召喚のために消費されるところでした。
計画を止められても、別の生贄を探して儀式を続けた人々です。次に何をするかは分かりません。
「アグネスがこんなに可愛らしい姿で来てくれたのは、幸いだったわね」
「はい」とタマちゃん。
「でも、次に何が来るかは分からないでしょう」
タマちゃんは、少し考え込んでから言いました。
「あの方々なら、シラミ虫人とか、G虫人とか、絶対に作りそうな気がします」
アレックスが、タマちゃんの顔を見ました。
「……そこまで考えますか」
「だって、ネコがいなくなったら、別のものを探すでしょう。何を選ぶか、もう信用できません」
カタリナもうなずきました。
「そうね。あの人たちを放っておくと、また何をするか分からないわ」
街の復興には、まだ多くの仕事が残っています。道路も、住居も、食料の流通も整えなければなりません。異星人から手に入れたマザーシップについても、調べたい装置が山のようにありました。
その時間を、勇者召喚を企てた者たちへの対処に振り向けることになります。
「私は賛成です」とアレックス。
「私もです」とタマちゃん。
フーベルトゥスもうなずきました。
「繰り返される前に、対処した方がよろしいと思います」
カタリナは、アグネスに顔を向けました。
「アグネスはどう思う?」
「にゃ」
「賛成ね。それじゃあ決まり」
カタリナは、皆の顔を順に見ました。
「全員一致ね。じゃあ――」
カタリナは、以前の調査のことを思い出しました。
「タマちゃんとアレックスさんが、募集された方々の志望動機を聞いて、仕事を紹介しに行ってくださっていたでしょう。その間に、裏で動いていた人たちを調べておいたの」
アレックスの手が止まりました。
「裏で動いていた人たち、ですか」
「ええ。勇者召喚を企画した人、指示を出した人、実行するために動いていた人。上の責任者まで、全員把握していたのよ」
タマちゃんが尋ねました。
「何人いらしたのですか」
「1,024人ね」
「1,024人……」
「全員、子育て中の魔物に2人ずつプレゼントしたわ。喜んでいるみたいよ」
カタリナの報告が終わりました。
タマちゃんが目を瞬かせます。
「……もう、終わったのですか」
「ええ。今、送ったところよ」
アレックスは、少し遅れて数字を確かめました。
「子育て中の魔物、512体ですね」
「そうね。それぞれ2人ずつ。ちゃんと行き渡ったわ」
カタリナは、何事もなかったようにスプーンを持ちました。
招かれた人々が召喚のために犠牲になる計画も、ネコを生贄にして再び儀式を続けた者たちの企ても、ここで終わりました。
タマちゃんは、机の端に置いた報告書を揃えました。
「では、担当者の処理記録を作っておきます」
「お願いします」
カタリナは、デザートの残りを食べ終えました。
「この件は終了ね」
それから、別の書類へ目を移しました。
「今度は、第3艦隊の調査分遣隊で残った3艦の人たちへの対応ね。こっちは大変そう」
旗艦、高速輸送艦、兵員輸送艦兼工作艦。降伏条件を守って火星軌道付近に残った3艦には、まだ多くの乗組員がいます。艦そのものの管理も、そこで暮らす人々の扱いも、これから決めていく必要がありました。
「このまま会議を続けましょう」
アレックスとタマちゃんが、3艦に関する資料を手元へ寄せました。
カタリナも、次の書類を開きました。




