第45章 宇宙軍港の夜
第45章 宇宙軍港の夜
宇宙軍港のドックには、巨大なマザーシップが何隻も並んでいました。
船体を収める区画の外側には、修理用の作業台と資材搬送路が延びています。ドックへ近づく補給船は航行速度を落とし、誘導灯に従って所定の位置へ移っていきます。工廠では交換部品が製作され、別の区画では燃料と食料の積み込みが続いていました。
惑星の地表にある軍港なら、岸壁に艦を横付けするところです。ここでは岸壁の代わりに、艦体を保持する巨大な係留設備が使われていました。
軍港そのものが、宇宙に建設された人工構造物です。
マザーシップを惑星の地表まで降ろす理由はありません。着陸し、再び重力に逆らって離陸するためのエネルギーを節約し、宇宙空間で修理も補給も済ませる。そのためのドックと工廠でした。
その軍港に、第3艦隊から調査任務へ出ていたマザーシップの帰還が伝えられました。
「地球方面へ派遣した調査分遣隊から、ワープ終了の通信です」
当直士官の報告を受け、第3艦隊司令部では航行記録の表示が切り替わりました。
「帰還した艦は何隻ですか」
「17隻です。残る3隻は、地球方面に留まっています」
「20隻を出したはずですが、理由は分かっていますか」
「降伏に関する報告が届いています。ただ、内容に不明な点が多く、確認を進めています」
「残留した3隻の艦種は?」
「分遣隊旗艦、満載の高速輸送艦、兵員輸送艦兼工作艦です。残り17隻が帰還を選びました。巡洋戦艦級の艦も、その中に含まれています」
「工作艦が戻らなかったのですね」
「はい。ただし軍港には工廠があります。帰還艦の補修は、こちらで引き受けられます」
司令部にあるのは調査分遣隊が恒星間通信で送った報告です。地球側の電磁波通信を直接受信した記録も、突然現れた紙の書簡の実物も、本隊にはありませんでした。
司令部の士官たちは画面を見つめました。
恒星間航行を終えた17隻は、軍港に近い停泊地の周辺で位置を確認していました。まだドックへ入る段階ではなく、艦ごとの状態を調べ、帰還後の報告をまとめているところです。
ところが、その位置に突然、強烈な閃光が現れました。
「……何ですか、あれは!」
表示の中で光が広がり、17隻の識別信号が次々に失われます。
「爆発を検知しました。非常に大きなエネルギーです!」
「近くの本隊と軍港への影響を確認してください」
「承知しました!」
警報が鳴り、艦隊の各部署から報告が集まり始めました。
宇宙空間なので、地上の爆発のような爆風は伝わってきません。けれど、放射線を検知する装置には、通常の航行では考えられない値が記録されていました。
幸い、第3艦隊本隊には大きな被害が出ていません。軍港のドックも工廠も稼働を続けています。
ただ、帰還した17隻の通信は途絶えたままでした。
◇ ◇ ◇
司令部の会議室には、艦隊の技術士官と兵器担当者が集まっていました。
壁面には爆発前後の記録が並び、放射線の強度が時間とともに変化した様子が示されています。別の表示には、観測された核種とエネルギースペクトルがまとめられていました。
「分析結果をお願いします」
「はい。爆発で放出された放射線のスペクトルと、検出された核種の組み合わせから、我が軍の核融合弾頭と同系統の兵器が使われた可能性が高いと考えます」
「どの兵器ですか」
「惑星から撤収するときに使う、置き土産用の弾頭です。推定される規模も、その弾頭の仕様と整合します」
司令官は、報告書の該当箇所を読み直しました。
「その弾頭が、どうして帰還艦の近くで爆発したのでしょう」
「原因は分かっていません。艦の装備記録と照合しています」
「地球へ向かった最初の10隻も、消息を絶っていますね」
「はい。あちらは中型の同型揚陸強襲艦ばかりで構成した部隊でした。船体も回収できていませんが、今回の結果を考慮すると、同じ系列の兵器に事故が生じた可能性があります」
最初の10隻は、実際にはカタリナによって火山地下へ移され、船体を押し潰されていました。第3艦隊の調査担当者には、その事実を知る手段がありません。
「それでは、地球から届いた報告はどうなりますか」
参謀の1人が尋ねました。
「魔物が突然、船内に現れたという報告ですか」
「そうです。防火シャッターと気密扉で区画を閉鎖しても、別の区画に出現したとあります」
技術士官は、艦内の隔壁配置を表示しました。
「閉鎖された区画へ、外部から大型生物が侵入する仕組みは確認できません。映像の一部も不鮮明で、報告どおりの現象が起きたと判断できる資料が不足しています」
「乗組員が同じものを見たという証言は?」
「何らかの異常事態があったのでしょう。戦闘や装備事故によって冷静な判断ができなくなった可能性があります。未知の疾病や有害物質による認知機能への影響も、調査項目に挙がっています」
司令官はうなずきました。
「本隊は、その空域へ行っていませんね」
「はい。本隊には同様の健康被害を疑う理由がありません。まず、兵器に関する記録を調べるべきだと思います」
「お願いします」
報告書から、魔物の出現という説明は脇へ置かれました。測定記録が存在する爆発事故の調査が、優先されることになったのです。
事故の発生を疑う根拠が増えても、原因は依然として不明でした。
◇ ◇ ◇
本星からの報告も、状況を複雑にしていました。
核兵器の製造施設ばかりでなく、通常弾頭を作る工場でも、各地で大規模な爆発が起きています。
軍需工場は本星の各地に分散していました。核分裂・核融合系の製造拠点と、化学爆薬を使った通常弾頭の製造拠点は、立地も設備も異なります。それらが次々に被害を受けたのです。
人口の集まる都市も、交通路も、電力設備も、無傷のままでは済みませんでした。広い地域で産業と生活の基盤が失われ、環境への影響も深刻になっています。
司令部に届く報告は、時間がたつにつれて悪くなっていました。
「本星の工場から、新しい回答は届きましたか」
「製造元の機能が失われています。工場ごとの記録も、回収できたものに限られます」
「メーカーの技術者は、まだいるのでしょう」
「宇宙軍港に派遣されていたエンジニアが残っています。こちらの整備記録と設計資料については、調査に協力してもらえます」
「では、その方々にも参加していただいてください」
会議室へ呼ばれたメーカーの技術者は、爆発の記録と兵器の製造番号を見比べました。
「製造時期は一致していますか」
「一部は一致しますが、すべてではありません。製造ロットも保管期間も異なります」
「共通する部品は?」
「複数の型式で使われている部品はあります。しかし、現時点で爆発に結びつく根拠は見つかっていません」
兵器担当士官が質問しました。
「時間が経過すると不安定になる材料や機構はありませんか。製造後の年数、保管条件、定期点検の間隔などです」
「それを含めて調べます。実物を不用意に操作するより、まず履歴を照合したいと思います」
「お願いします。原因の分からない状態で、同じ装備を扱い続けるのは危険です」
製造メーカーの本拠は壊滅し、工場から交換部品を送ってもらうことも難しくなっています。それでも、軍港には派遣エンジニアと工廠が残っていました。失われた製造元の技術を知る人々が、記録を頼りに調査を進めていたのです。
しかし、カタリナによる空間交換と起爆は、どの製造記録にも載っていません。
◇ ◇ ◇
次に開かれた第3艦隊司令部の会議では、艦内にある兵器の扱いが議題になりました。
「ニュークリア系の弾頭については、いったん艦から降ろしたいと考えています」
兵器担当者が資料を示しました。
「事故原因が特定できないまま、艦隊を密集させて航行するのは危険です。Mt級でも周囲の艦艇に影響する可能性があり、Gt級では被害の範囲がさらに大きくなります」
「宇宙では爆風が届かないでしょう」
「はい。ですが、強い放射線や、艦体に生じる電磁的な影響があります。船体が無事でも、航法装置や機関制御装置が損傷すれば、航行を続けられなくなります」
司令官が尋ねました。
「通常弾頭はどうしますか」
「そちらは艦内に残す案です。今回は核分裂・核融合系を優先して切り離したいと思います」
「分かりました。基地司令とも調整してください」
「承知しました」
艦隊にとって、これは重い判断でした。
本星の社会は壊滅状態にあり、帰るべき場所を失いつつあります。別の惑星系へ移住するのか、艦隊のまま宇宙をさまようのか。その決断も必要でした。
どちらを選ぶにしても、マザーシップと乗組員を失えば行き先を探すことさえできません。
宇宙軍港には、元から大量のニュークリア系兵器が保管されていました。第3艦隊から返納される弾頭を加えても、全体の備蓄は10%も増えません。
基地司令は、受け入れ報告を読み終えると、兵器庫の配置図を開きました。
「増加量は大きくありませんね」
「はい。既存の保管設備で収容できます」
「ただ、元から置いてある分も同じ問題を抱えているかもしれません」
基地司令は、ドックと工廠、居住区の位置を順に確かめました。
「本星の工場でも爆発しています。軍港の兵器庫だけは安全だと判断する根拠がありません」
「では、どうしましょう」
「大型貨物船へ積み替えて、軍港から距離を取らせます。原因が判明するまで、この港の近くで保管するのは避けましょう」
「どの程度、離しますか」
「10AUほどです」
部下は一瞬、顔を上げました。
「かなりの距離ですが、高速輸送船ならワープ航法が使えます」
「ええ。地表への着陸も離陸も必要ありません。輸送の手配をお願いします」
「乗員は隔離先でも待機させますか」
「全員退避させてください。兵器そのものに問題があるのか、工作員による破壊工作なのか、まだ分かっていません。人が乗ったまま監視を続けさせる理由はありません」
「では、隔離先へ運んだ後は、輸送船を無人にして恒星間通信で監視します」
「それでお願いします」
基地司令は工廠の見える窓へ目を向けました。
ここには艦艇を修理するドックがあります。部品を作る工場も、艦隊へ物資を供給する倉庫もあります。故郷の産業が失われた今、宇宙軍港の設備を失うわけにはいきません。
危険なものは、ここから離しておく。
基地司令は、その判断を記録に残しました。
◇ ◇ ◇
大型貨物船への積み替えが始まりました。
軍港の搬送路では、兵器を収めた容器が次々に運ばれていきます。係留設備に固定された貨物船は、巨大な貨物区画を開き、積載物を受け入れていました。
元から軍港の兵器庫にあった弾頭も、第3艦隊から返納された弾頭も、まとめて運ばれていきます。
メーカーから派遣された技術者たちは、積載記録と保管履歴の照合を続けました。
「まだ原因が分からないものを、これほどまとめるのですね」
若い技術者が、積み上がっていく容器を見て言いました。
「軍港から遠ざけるためです。今は記録を残しておきましょう」と、年長の技術者が答えました。
「移送後も調査は続けられますか」
「保管データはここで確認できます。実物については、原因を絞り込んでから扱うことになります」
最後の積載確認が終わり、大型貨物船は係留設備を離れました。
軍港の灯火が遠ざかります。
やがて船体がワープ航法に入り、その位置から姿を消しました。
10AU。約15億kmです。
通常の航行なら気の遠くなるような距離ですが、高速輸送船にとっては短い移動でした。
貨物船が指定された位置へ到着すると、軍港には報告が届きました。
「隔離先への移動が完了しました。乗員も全員退避を終えています」
「無人になったのですね」
「はい。輸送船の通信設備は動いています。恒星間通信で状態を確認できます」
「分かりました。何か変化があれば報告してください。乗員を戻す必要はありません」
基地司令は書類に署名しました。
危険な備蓄は軍港から遠ざけられ、貨物船には誰も残っていませんでした。
◇ ◇ ◇
魔王国の離宮で、カタリナは机に向かっていました。
手元には、降伏条件を守った3隻のマザーシップに関する資料があります。航法装置、推進機関、恒星間通信装置。調べたいものが多すぎて、どこから見ようか迷っていました。
そのとき、遠い宇宙にある物体の配置が変わったことに気づきました。
「あら?」
カタリナは位置を確かめました。
大量の核分裂・核融合系兵器が、1か所に集められています。そのまとまりが移動し、巨大な人工構造物から離れていきました。
「また、ろくでもないものが集まっているわね」
場所を調べると、第3艦隊の停泊地に近い宇宙軍港でした。軍港の方には大きなドックや工廠もあります。そこから兵器を載せた貨物船が遠ざかっています。
「危ないから遠くへ運んでいるのかしら」
カタリナは、移動先までの距離も確かめました。
「10AUくらいね。ずいぶん離しましたね」
わざわざ船を恒星間距離から取り寄せるつもりはありません。場所さえ分かれば、そこにあるものを選んで扱えます。
カタリナは3隻のマザーシップの資料を机の端へ置き、遠い貨物船の位置を頭の中に留めました。
それから、3日が過ぎました。
貨物船は軍港から約10AU離れた場所に留まっています。大量の弾頭も、そこにありました。
「ずいぶんたくさんありますね」
カタリナは、もう1度、内容を確かめました。
「これだけ集まっていて、不正爆発でもしたら危ないわ。そうなる前に、片付けましょう」
対象は、貨物船へ集められたニュークリア系の弾頭です。
カタリナは全弾の位置を確かめ、順に処理する必要がないことを確認しました。
「では、全部起爆させますね」
遠くの宇宙空間で、すべての弾頭が起爆しました。
カタリナは、光の広がっていく場所を確かめました。
「これで、勝手に爆発する心配はなくなったわね」
机の上には、まだ3隻のマザーシップの資料が残っています。
「さて、次はどの装置から見ようかしら」
◇ ◇ ◇
宇宙軍港の居住区では、夜間の照明に切り替わっていました。
宇宙空間に朝夕はありませんが、勤務と休息の時間は決まっています。昼間の作業を終えた者たちは居住区へ戻り、ドックには夜勤の整備員が残っていました。
監視室の表示には、10AU離れた大型貨物船の位置と、恒星間通信によって届く機器の状態が並んでいました。隔離先には乗員を残していません。工作員による破壊工作の可能性も考えて、全員が退避を終えています。
その表示のうち、貨物船の通信欄が突然消えました。
「……通信が途絶えました」
当直の通信士が、送受信記録を確かめました。
「隔離先の高速輸送船です。恒星間通信の応答がありません」
「通信装置の故障でしょうか」
「各系統の信号が同時に失われています。直前までは正常でした」
当直士官は基地司令部へ連絡しました。
「隔離した核兵器を積んだ貨物船との通信が途絶えました。大規模な事故の可能性があります」
「爆発したのでしょうか」
「まだ観測では確認できていません。隔離先は約10AU先ですから、光が届くまで約80分かかります」
「分かりました。観測装置を隔離先へ向けてください。通信の記録も保存をお願いします」
「承知しました」
恒星間通信の途絶は、光より先に軍港へ届いていました。監視室では、映像にも放射線の観測値にもまだ変化がありません。
「輸送船の乗員は?」
「配置後に全員退避しています。現地に残った人員は0人です」
「それなら、少なくとも乗員の被害はありませんね」
「はい」
基地司令は、通信が途絶えた時刻を書き留めました。
観測室では、隔離先を向いた装置の表示を見ながら、光の到着を待つことになりました。ドックの作業は続いています。軍港の夜間照明も、いつもと変わりません。
約80分後。
最初に異変に気づいたのは、夜勤でドックにいた整備員でした。
「……あれ?」
作業台の金属の表面が、いつもと違う明るさになっています。
遠くの一点から、強い光が差し込んでいました。係留中のマザーシップの外板が白く照らされ、ドックの骨組みや搬送路に鋭い明暗が生まれます。
「何ですか、あの光は!」
別の整備員が、作業の手を止めました。
宇宙軍港の夜間照明がかすんで見えます。広いドックの壁面や、補給用の輸送路まで明るくなりました。
「近くで超新星爆発でも起きたのですか……」
光源は、星のように小さく見えます。しかし、その一点から届く光は異様な強さでした。
基地司令部では、可視光の観測記録と同じ方向から届いたX線などの測定値が急に変化しました。警報が次々に鳴ります。
「隔離先から強い放射線を検知しました!」
「発光源の方向は?」
「10AU先の貨物船を配置した区域と一致しています。可視光だけではありません。X線を含む複数の帯域で大きなエネルギー放出が記録されています」
「通信が途絶えた時刻と、約80分の光の伝播時間を照合してください」
「一致します。隔離先で大規模な爆発が起きたと考えられます」
その間にも、窓の外の白い輝きは少しずつ弱まっていきました。照らされていた艦体の外板やドックの構造物に、夜間照明の色が戻り始めています。
基地司令は、通信と観測の時刻を並べた画面を見つめました。
「……3日ですね」
「はい。兵器を隔離先へ移してから3日です」
「乗員を退避させておいて、よかった。人的被害は0人ですね」
「そのとおりです。隔離先には誰も残していませんでした」
基地司令は、ドックと工廠の稼働状況を確認しました。
「施設の被害は?」
「現在までのところ、大きな被害は確認されていません」
観測担当の士官が、別の表示を開きました。
「司令、これから荷電粒子などが到達する可能性があります。光と同じ時刻にすべてが来るわけではありません」
「シールド皮膜を広げましょう。軍港全体の防護作業に入ってください。ドックと工廠にも連絡をお願いします」
「承知しました。各区画へ展開準備を伝えます」
夜勤の作業員たちは、今度はシールド皮膜を広げる準備を始めました。ドックの作業予定が切り替わり、防護設備の担当者が持ち場へ向かいます。
基地司令は観測担当者に向き直りました。
「事故の記録を保存してください。メーカーから派遣された技術者にも、今回の測定結果をすべて渡しましょう」
「承知しました」
別の士官が尋ねました。
「原因は、やはり経年変化でしょうか」
「まだ分かりません。保管年数も製造時期も異なる兵器が、まとめて爆発したことになります。共通する要素が何なのか、調査を続けてください」
「承知しました」
窓の外では、発光源がさらに暗くなっていきました。
停泊艦の外板に残っていた強い反射も薄れ、ドックは夜間照明の色へ戻りつつあります。その下で、シールド皮膜の展開作業が進んでいました。
宇宙軍港には、修理中の艦艇と、仕事を続ける工廠が残っています。失われた本星の代わりに、流民となった艦隊を支えるための設備です。
基地司令は、まだ原因の分からない爆発の報告書を閉じました。
核兵器を離しておいたことで、軍港は爆発の直撃を免れました。しかし、これから届くものへの警戒は続きます。
そして、なぜ爆発したのかについては、答えが見つかっていませんでした。




