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魔国と魔王の誕生 13歳の第3王女は魔王になることを選びました。  作者: アントノフ


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第43章 武装解除と最後の置き土産

第43章 武装解除と最後の置き土産



 調査分遣隊旗艦の司令塔には、幾つもの警報が重なっていました。


 通路ごとの表示が赤く変わり、閉鎖された気密扉の位置を示す線が増えています。防火シャッターの向こうには魔物が残り、安全なはずの区画にも別の魔物が現れました。


「司令塔の入口を閉めました」


「ほかの区画との通路は?」


「すべて閉鎖しています。開閉履歴にも異常はありません」


「では、あれはどうやって入ってくるんだ」


 誰も答えられません。


 同じ現象は、調査分遣隊の20隻すべてで続いていました。兵員の多い揚陸強襲艦や兵員輸送艦兼工作艦では、交換の回数も、失われる人員の数も多くなっています。物資を満載した高速輸送艦では、貨物そのものは動かず、作業に当たっていた乗組員が消えていました。


 別の艦では、政治将校たちのいる区画で警報が鳴り、報告が途切れていました。警備と陸戦を担当する部隊も、次々に人数を失っています。艦内の表示には残存人員が記録されますが、陸戦隊の欄は、やがて0人になりました。


 その一方で、推進機関を扱う技術者の作業区画では、人員の確認が続いていました。


「機関室は?」


「人員が残っています。装置も稼働しています」


「厨房はどうだ」


「供食員が全員残っています」


「どういうことだ?」


「さあ……。魔物は近くを通ったようですが、厨房には入っていません」


 監視画面には、厨房の入口の前を通り過ぎる魔物が映っていました。中では、供食員が調理台の脇に立ち尽くしています。厨房の扉に、破損はありません。


 別の艦の報告でも、厨房と供食員、航行・機関・整備の技術者は無事でした。兵員居住区と警備区画では、失われた人数が大きくなっています。


「何を基準にしているんだ……」


 責任者は画面を見つめました。


 艦内の魔物の配置も、人の消え方も、偶然と考えるには整いすぎています。機関を扱う者は残り、食事を作る者も残っている。戦うために集められた者たちは、ほとんど姿を消していました。


「司令部へ連絡してください。降伏への賛成者が増えています」


「既に報告しています。ですが、魔王から示された成立条件にはまだ届いていません」


「では、いつ届くのですか」


「……分かりません」


 通信卓の横には、紙の降伏条件書が置かれていました。形式は正しく、文面も明確です。けれど、そこに示された賛成割合が、なぜその数字なのかを知る者は、この艦にはいませんでした。


 司令官は、沈黙していた各艦の通信状況を確認しました。


「高速輸送艦からは?」


「貨物区画の人員が減っていますが、航行能力は維持しています。降伏支持の回答が届きました」


「工作艦はどうですか」


「兵員の損失が大きく、艦長は停船の継続を希望しています。修理設備は稼働中です」


「巡洋戦艦は?」


「艦長が降伏条件に異議を唱えています。艦内では賛否が割れています」


 司令官は通信士官に頷きました。


「各艦長の回答は、そのまま記録に残してください。こちらからの勧告も送ります。ただし、現場を見ずに本隊から反撃命令が来る可能性があります。本隊へは状況を省略せずに報告してください」


 報告には密閉区画への魔物の出現と、乗組員の消失が書き加えられました。恒星間通信で送った先の本隊には、それがどのような光景だったかを直接確かめる手段がありませんでした。



◇ ◇ ◇



 離宮では、タマちゃんが計算表を更新していました。


「陛下。ほぼ予定どおりです。食事を終えた子たちが増えました」


「この子、ずいぶん重くなったわ。あら、こちらも50kgくらい増えているのね」


「では、帰る子を先に生息地へ戻して、まだ食べていない子と交代させましょう」


「そうしましょう」


 カタリナは遠くの船内を順に確かめました。閉じた気密扉のこちら側にも、司令塔の奥にも、まだ乗組員がいます。


 中佐は、机に並んだ数字を見ていました。


「陛下。艦内の政治将校は、どうなっていますか」


「早い段階でずいぶん減ったわね。陸戦隊はもう0人よ」


 中佐の隣にいる、かつて政治将校だった少佐が、ゆっくり顔を上げました。


 自分も前の艦隊では政治将校でした。今は魔王国の住民としてここに座り、異星人の文字で書かれた表を読んでいます。


「私たちが最初に助けていただいたときも、魔物たちは森にいましたね」


「ええ。あのときは、皆さんの部下を連れてきたでしょう」


「はい」


「今回は宇宙船をいただきたいの。だから、船を動かせる人たちには残ってもらうわ」


 技術士官の大尉が顔を上げました。


「航法装置を扱う者も、残っていますか」


「残してあります。あとで教えてもらいたいもの」


「……承知しました」


 軍属の秘書官が尋ねました。


「供食員については、お願いしたとおりでしょうか」


「もちろん。厨房もそのままよ」


「ありがとうございます」


 礼を言った秘書官は、そのあと何も言いませんでした。


 中佐は、5人が交わした視線に気づきました。自分たちが頼んだ者は助かり、自分たちが必要としない者は助からない。それを今、自然に受け入れようとしている。


 窓の外では、庭の魔物が食事を終え、満足そうに木陰へ戻っていました。



◇ ◇ ◇



 巡洋戦艦級のマザーシップでは、艦長が兵装担当者を艦橋へ呼びつけていました。船の指揮権を握るこの艦長は、降伏を勧める旗艦の司令官を快く思っていませんでした。


「主兵装が使えない?」


「上位指揮系統の許可が必要です。現在の命令では、こちらだけで発射できません」


「司令官は降伏に傾いているのだろう」


「はい。ただし、先ほどから艦隊各艦で人員が消えています。何に攻撃すればよいかも――」


「説明は聞いています。こちらの質問に答えてください」


「失礼しました」


「では、独立運用できるものは残っているか」


 兵装の担当者が一覧を開きました。


「化学ロケットを使う、古い方式の兵器があります。発射から飛行まで、単独で処理できます」


「弾頭は?」


「核融合弾頭です」


 艦長は、しばらく画面を見ました。


「それで地球へ送れますか」


「軌道投入ができれば、あとは搭載装置が修正します。時間はかかりますが」


「構いません。星系を去るときに、現地へ残すための兵器でしょう」


 副長が口を挟みました。


「艦長、地球には先遣部隊の生存者がいるという報告があります。王族の中佐も含まれています。相手との交渉も続いていますから、発射は控えるべきだと思います」


「先遣部隊を消した相手の通信ですよ。その話を信じるのですか」


「本人確認は一致しています。また、この兵器は発射後も長い時間をかけて地球へ向かいます。艦隊の正式な命令を確認した方が――」


「あなたは私の指揮下にいるのでしょう。命令を実行するか、それとも指揮権について議論を続けるか、どちらですか」


 副長は口を閉じました。兵装担当者が開きかけていた通信記録も、机の上に戻されます。発射の承認を得るために旗艦へ連絡する者はいませんでした。


 彼らの文明には、進出した惑星系から撤退するとき、現地への介入の影響を消し去るための兵器が用意されていました。速く到達することより、艦隊が去った後にも目的地へ向かい続けることが重視されています。


「発射の準備を進めてください」


 兵装担当者は最後に副長を見ました。副長は目を伏せています。


 ほどなく、化学ロケットが巡洋戦艦から離れました。


 搭載した装置が姿勢を整え、燃焼を始めます。機体の後ろに光が伸び、推進剤を使うにつれて質量が変わっていきました。ロケットは計算された速度と方向を得て、地球へ向かう長い軌道に乗りました。


 旗艦では、その発射が艦外監視装置に記録されました。


「巡洋戦艦から発射体を確認しました。地球方面へ向かっています」


「発射命令を出した覚えはありません。艦長へ説明を求めてください」


「艦からの返答は、独立運用可能な装備の使用だというものです」


 司令官は報告を読み、表情を険しくしました。


「独立運用できることと、独断で使ってよいことは違います。発射時刻と艦長の回答を記録してください」


 司令部の勧告が続いている間に、ロケットはすでに艦隊から遠ざかっていました。


◇ ◇ ◇



「陛下。船から何かが出ました」


 タマちゃんが言うより先に、カタリナはその位置を見つけていました。


「ええ。核融合弾頭を付けた化学ロケットね。地球へ向かう軌道に入ったわ」


「すぐに到着するのでしょうか」


「遅い。遅すぎるわ」


 カタリナは紙に軌道を描きました。火星軌道付近から地球へ向かう曲線です。


「ずいぶん時間をかけるのね。再点火もできるし、燃料も残っています。残りの燃料を使うにつれて質量が変わるところまで計算して、最後まで自分で飛ぶ仕組みなのよ」


「誰かが遠くから操縦するのですか」


「そういう通信は使わないみたい。完全なスタンドアローン方式ね」


 カタリナは軌道をなぞり、少し感心したように笑いました。


「新しい技術から古い技術まで、いろいろ使っているのね。20世紀半ばのロケットみたい。でも、軌道に乗せる精度はいいわ」


「昔から使われてきた方式なのかもしれませんね」と技術士官。


「そうね。人間国宝みたいな方が、今も手作りしているのかもしれないわ」


 技術士官は、何と答えてよいか分からず、口を閉じました。


 カタリナはロケットの位置を確かめたまま、別の書類を取りました。


「危ない弾頭がほかにもたくさんありますね。先に全部片付けましょう」



◇ ◇ ◇



 魔物の食事が進み、艦隊の責任者からの返書も増えました。


 タマちゃんは、最初に作った表と現在の賛成者割合を照らし合わせます。予定した時刻に、計算した降伏条件が満たされました。


「陛下。これで正式に受け付けられます」


「みんなの食事は?」


「だいたいの子に行き渡りました。回収も進められます」


「では、降伏文書を受け取りましょう」


 机の上へ、遠くのマザーシップから届いた書簡が並びます。カタリナは書式と署名を確認し、タマちゃんが受理の記録を付けました。


「次は武装解除ですね」とタマちゃん。


「ええ。全部のマザーシップと、小型艇ももう1度調べます」


 カタリナは遠くの船内と、教練場に置かれた256機の小型艇へ意識を向けました。兵器を用途ごとに分け、化学爆薬で爆発する弾頭と、核分裂・核融合による弾頭を選び出します。


「ニュークリア系だけで4,096発。化学爆薬系は……ずいぶん多いわね。数えるのが面倒なくらい」


「それだけ積んでいたのですか」


「大きい船にあるのは、Gt級のものもあるわ。小型艇に入る弾頭とは大きさが違うのね」


 中佐の隣で、技術士官はうなずきました。マザーシップ用の兵器が小型艇用とは異なることは、彼も知っています。


「製造元は分かるのですか」


「ええ。それぞれの場所を確かめました。そこへ返して、起爆させるわ」


 タマちゃんが、移送に必要な魔力の見積もりを見ました。


「恒星間距離ですから、かなり使いますね」


「最初は爆発エネルギーの1%くらいずつもらえば足りると思ったの。でも、化学爆薬の方は数が多いし、戻すだけでは魔力が足りなくなるわ」


「では、ニュークリア系で補填なさるのですね」


「ええ。そちらからは5%近く回収することにします」


 机の上の紙に、数字が書き加えられました。


 カタリナは対象を順に選び、製造元へ恒星間転移させました。離れた星々の製造施設へ戻った兵器は、移送が済むと次々に起爆されます。カタリナはそのエネルギーの一部を魔力として回収し、次の転移に使いました。


 遥か遠くで起きている出来事を、離宮の窓から見ることはできません。庭では午後の風が木の葉を揺らし、魔物たちが歩いています。


「これで、船に積んでいたものは全部ね」


 カタリナは最後の数字を確かめました。


「製造元の方々も、どこかで使うことを前提に作っていたのでしょう? 使われる場所が、生まれ故郷になっただけですね」


 5人は、しばらく答えませんでした。


 やがて、中佐が静かに頭を下げました。


「……承知しました、陛下」


 カタリナは、まだ地球へ向かって飛んでいる小さなロケットの位置を確かめました。


「あとは、先に飛び出した1発ね。あれはまた後にしましょう」


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