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魔国と魔王の誕生 13歳の第3王女は魔王になることを選びました。  作者: アントノフ


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第42章 降伏の条件と魔物の食事

第42章 降伏の条件と魔物の食事



 離宮の会議室には、夜通し交わした返書が山になっていました。


 カタリナが遠くのマザーシップから取り寄せるたびに、机の上へ封筒が1通ずつ現れます。夜の間は窓も扉も閉めていましたが、書簡の行き来には何の支障もありませんでした。


 朝になり、徹夜で書類を読んでいたカタリナが窓を開けました。庭から入ってくる爽やかな朝の空気が、少し眠気の残る会議室を通り抜けます。積まれた返書の端が、風でかすかに揺れました。


「それにしても、電波を使った通信って、隣の惑星が一番近い時期でも会話に困るわね。理屈は分かるけど、実際にやってみると大変なのを実感しました」


 カタリナは机の余白に、太陽と地球と火星の軌道を描きました。


「地球の軌道は太陽から約1億5000万km、火星は平均約2億2800万km。今はほぼ衝だから、軌道の半径の差を使うと約7800万kmね。電波は秒速約30万kmだから、片道で4分余り。こちらから呼びかけて返事が戻るまでには、8分以上かかる計算よ」


「確認を1つ重ねるたびに、それだけ待つことになるのですね」


「ええ。相手の返事を聞いてから次を尋ねる方式では、とても時間がかかるわ。だから手紙に切り替えたのだけど、今度はこんなにたまってしまいました」


 タマちゃんは書簡の山から1通を抜き取りました。


「こちらも降伏勧告への回答ですね。先遣隊の中佐について、もう1度確認を求めています」


「ほかの書簡も似たようなものね。本人確認、救出の申し入れ、先遣隊の船の所在、それから降伏条件への質問……」


 カタリナが封筒を数枚めくりました。


「降伏を承諾した艦長は、まだ1人もいないわ」


「20隻とも、船体にも乗組員にも被害が出ていませんからね」


「ええ。いきなり現れた相手から紙で船を渡すよう言われても、応じないでしょうね。最初の10隻がどうなったかも、自分たちでは確かめられないもの」


 タマちゃんは机の上へ返書を揃えました。


「王族の中佐たちが生存しているという報告もあります。救出できないか、調べたいのでしょう」


「交渉は続けましょう。でも、その前に朝ご飯をいただきたいわ」


 カタリナは徹夜で読み続けた書類を置きました。


「皆さんもお疲れでしょう。何か簡単なものを食べて、少し眠りましょう」


 朝食は手早く済ませました。中佐たち5人もいったん休憩に入り、使った書類は机の上にまとめて置かれました。徹夜明けの一行はそれぞれ仮眠を取りました。


 休憩を終えたカタリナは再び執務室へ戻り、艦隊に追加の質問と降伏勧告を送りました。返ってきた書簡では、王族の中佐の帰還方法、艦隊の安全保証、先遣隊の消息について、さらに詳細な回答を求めています。新しい返書も机の上に積まれました。


「さっきより書類が増えましたね」とタマちゃん。


「向こうも一生懸命考えているのね。でも、降伏するという返事はまだないわ」


「最高司令官が賛成したとしても、艦長たちが従うとは限りません。艦隊全体の降伏なら、どの範囲の責任者が賛成したかを確かめた方がよさそうです」


「そうね。反対した艦長が、勝手に攻撃を続けるかもしれないもの。では、過半数でいいかしら」


「その割合は、計算してから決める方がよいと思います」


 タマちゃんは新しい用紙を広げました。


「まず、各艦の責任者が降伏に賛成するまでの時間を予測します。賛成者が半数を超える時刻を、基準にしましょう」


「それなら分かるわ」


「次に、その時刻までに、どのくらいの魔物が食事をできるかを調べます」


 筆記具を持っていた秘書官の手が止まりました。


「……魔物の食事、ですか」


「はい。艦隊の皆さんだけで降伏の時刻を決めてしまうと、魔物たちに不公平が生じます」


 タマちゃんは当たり前のことのように答えました。


 カタリナは納得した様子でうなずきます。


「そうね。先に食べた子と、まだ食べていない子がいるものね」


「ええ。だいたいの子たちに食事が行き渡るまでの時間を求めます。その時刻の賛成者割合を、降伏を認める条件にしましょう」


「なるほど。賛成率を決めるために、食事の時間を調べるのね」


「そうです。名簿は作戦開始時点の責任者を基準にします。途中で人数が減るたびに分母を小さくしたら、予定より早く条件を満たしてしまいますから」


 タマちゃんは紙に線を引き、責任者の名簿、賛否の変化、魔物を送り込む回数、食事を終えた魔物の数を書き分けました。


 王族の中佐は、表を見つめていました。


「陛下。降伏の条件について、確認させていただいてもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「賛成する者が増えても、魔物たちの食事が十分に進んでいなければ、降伏は成立しないのですね」


「タマちゃんの計算では、そうなるわね」


 中佐の隣で、以前は政治将校だった少佐が目を伏せました。


 中佐たち5人は、すでに魔王国の住民です。書類には本人たちが署名してあります。生き残った地上要員3,800人も、魔物の1種として魔王国で仕事を始めています。


 あのときの中佐は、部下を助けてほしいと頼みました。今は、別の艦隊の責任者がいつ降伏できるかを、魔物の食事から逆算した表を見ています。


「中佐さん。そういえば、皆さんからお願いがあったでしょう」


 カタリナに声をかけられ、中佐は顔を上げました。


「はい。艦内の供食員についてです」


 軍属の秘書官が説明を引き継ぎました。


 供食員を残してほしいというのは、5人で相談して決めた要望でした。


「船の食事を作る者たちは残していただけると助かります。私たちの身体に合わせた調理方法を知っていますので」


「分かりました。厨房と供食員さんたちは、残しましょう」


「ありがとうございます」


 カタリナは机の上の紙を押さえ、遠い船内へ意識を向けました。


「厨房の場所も分かるわ。では、そこはそのままにします」


 タマちゃんが表の別の欄へ印を付けます。


「技術者も必要ですね。陛下は船を調べたいのでしょう?」


「もちろん。航法装置も動力も、実物を見てみたいの」


「それなら、扱い方を知っている方は残しましょう」


 中佐は、今度は何も言いませんでした。


 タマちゃんは艦内の人員配置をまとめた表を出しました。


「魔物たちには、20隻全部へ行ってもらうのでしょう?」


「ええ。揚陸強襲艦には地上へ送る兵隊さんがたくさんいるし、兵員輸送艦兼工作艦も人数が多いわね。そういう船には、ほかの船より多くの子に行ってもらいましょう」


「貨物が中心の船では、同じ数を送り込む理由がありませんね」


「そうね。船ごとの人数と、どこに誰がいるかで決めましょう」


 タマちゃんは残す部門にも印を付けました。


「供食員の方々と厨房は、中佐さんたちからのお願いどおりです。それに、航行や機関、整備を担当する技術者も残します」


「お願いします。船を動かしてもらうのにも、機械を教わるのにも必要ですもの」


 厨房や工作設備の場所も、カタリナには分かっています。魔物の配置を決める表から、そこに残す人々を除いていきました。


 その間にもカタリナは書簡をもう1度送りました。返ってきたのは、調査継続の要請と降伏条件についての照会です。誰も艦を引き渡すとは答えていません。


「やっぱり、手紙だけでは決まらないわね」


「ええ。相手は自分たちの戦力をまだ失っていません」とタマちゃん。


「では、魔物たちに行ってもらいましょう。食事の順番は、今決めたとおりね」



◇ ◇ ◇



 カタリナは最初に、20隻の武器システムを調べていました。魔物に向けて使われる兵器は、作動できない状態にしてあります。剣や槍や弓など、手に持って使う武器まで取り上げるつもりはありませんでした。


 火星軌道付近では、20隻のマザーシップが互いの位置を保っていました。


 先に地球へ送られた10隻は、すべて中型の同型揚陸強襲艦でした。地上を占領するための兵員、物資、小型艇をまとめて運び、補給は後方から受ける構想だったのです。


 今回は消息不明の部隊を調べるため、艦種の異なる船を20隻集めた調査分遣隊です。指揮系統を置く旗艦、物資を満載した高速輸送艦、多数の兵員を乗せた工作設備付き輸送艦、巡洋戦艦級の武装艦などが加わっていました。


 この20隻にも揚陸強襲艦が含まれています。地上作戦用の兵員を多数載せた艦と、兵員輸送艦兼工作艦では人のいる区画が広く、それだけ多くの交換が必要になります。貨物が主体の輸送艦や武装艦まで、同じ人数が乗っているわけではありません。


 旗艦の司令塔には、降伏条件に関する新しい書簡と、各艦の責任者から届いた回答が集められていました。


「相手は、艦隊の責任者たちが賛成するよう求めています」


「何人が賛成すれば受理するのですか」


「書面に割合が示されています。しかし、その数字になった理由は分かりません」


「先遣部隊の王族中佐と、ほかの生存者の扱いについては?」


「地球で生活しているという報告のままです。救出を希望するかどうか、まだ確認を続けています」


 司令官は降伏条件書を読み返しました。20隻には、まだ損害が出ていません。未知の相手から届いた文書だけで、艦隊を明け渡す理由は見つかりませんでした。一方、生存者の存在が明らかになった以上、地球を無差別に攻撃する案を取るつもりもありません。各艦には降伏への同意を見送るよう求める声が多く、司令官自身も交渉と調査を続ける判断でした。


「各艦の回答を記録してください。現段階では降伏を承諾できないことと、交渉を続ける意思があることを伝えましょう」


「第3艦隊本隊へは何を送りますか」


「現在の賛否と、交渉で受け取った条件です。書簡の出現方法も引き続き不明としてください」


 本隊とは恒星間通信で直ちに連絡できます。しかし本隊が把握できるのは、分遣隊がまとめた結果報告だけです。地球との電磁波通信を直接聞くことも、机の上に現れた書簡を自分で調べることもできませんでした。


 広い艦内には柔らかな照明が灯り、何層にも分かれた通路を乗組員たちが行き来しています。壁の表示には、第3艦隊からの調査任務と、先遣部隊の消息を確認するための指示が残っていました。


「司令部から、魔王の文書が届いています」


 通信士官が紙を差し出しました。


「紙だと?」


「はい。転送の記録がありません。気づいたときには、書類受けの上に置かれていました」


 責任者は書類を取り上げました。文面は正式な軍事書簡の形式です。送信側の名義も、回答を求める事項も、彼らの規則に沿っています。


「先遣部隊の中佐が手伝っているらしいな」


「その中佐は、魔王国に住民登録したと報告しています」


「住民登録?」


「本人の署名も確認されました」


 責任者は書類を置き、壁の表示へ目を向けました。


「では、こちらの回答を準備しろ。艦隊内で賛否を確認する」


「承知しました」


 そのとき、通路の向こうから、重いものが床を叩く音がしました。


 最初は荷物を落としたのだと思われました。続いて、警報が鳴ります。


「未登録の生物を検知!」


「どこから入った!」


「隔壁の内側です。船外との開口部は閉鎖されたままです!」


 通路の途中に、魔物が10頭現れていました。


 同じ瞬間、そこにいた乗組員10人の姿が消えます。


 消えた者たちは、魔王国の魔物生息地に移されていました。木々の影と湿った土の匂いの中、見知らぬ星の軍人が立ち尽くす。周囲には、元からそこに暮らしている魔物たちがいます。


 マザーシップでは別の警報が重なりました。


「警備兵、武器を使用してください!」


 兵たちは銃口を向けました。ところが、照準を合わせても兵器は作動しません。別の装置へ持ち替えても、魔物へ向けた攻撃は受け付けられませんでした。


「故障か?」


「装置の確認は済んでいます! ほかの対象には作動します!」


「刃物を持ってこい! 槍でも弓でもいい!」


 古い形式の武器が運ばれました。剣や槍、弓なら魔物を攻撃できます。けれど、10頭の魔物は通路に広がり、近づく兵を押し返します。


「防火シャッターを閉めてください!」


「こちらの気密扉も閉鎖します!」


 重い扉が降り、通路は幾つもの区画に分かれました。閉じた扉の向こうから、魔物が床を踏む音が続いています。


「隔離できました。乗組員を司令塔側へ誘導します」


「よし。人数を確認しろ」


 ようやく静かになった区画で、担当者が端末に触れたときです。


 閉じた気密扉のこちら側に、別の魔物が10頭現れました。


「……そんな」


「ここは閉鎖区画だぞ!」


 そこにいた乗組員10人が、同時に消えていました。


 防火シャッターには傷ひとつありません。開閉の記録も残っていません。魔物たちは、隔壁を通らずに現れたのです。


「司令塔へ! 司令塔の扉を閉めてください!」


 乗組員たちは別の通路へ走りました。警報の音が、船内のさらに奥まで響いていきます。


 その頃、別の19隻でも同じ警報が鳴っていました。カタリナは20隻のどれにも魔物を送り込んでいます。ただし、送り込む数は艦ごとの人数と区画に応じて違っていました。


 揚陸強襲艦では、兵員居住区からの応答が途切れ、格納庫に詰めていた隊員も次々に姿を消していました。警報を受けて兵員が別の通路へ移動しても、避難先で新しい魔物が現れます。


「兵員の人数が減り続けています。閉鎖した区画からも消失の報告です」


「各区画の生存者を確認してください。格納庫の機材はどうなっていますか」


「小型艇と機材は残っています。人員だけが消えています」


 一方、船内の厨房では供食員が無事を確認し合っていました。機関や整備の担当者も残されています。消える人員の多い区画と、誰も消えない区画とが、同じ船の中にありました。


 高速輸送艦では、貨物区画の検査に当たっていた乗組員が消え、荷物だけが所定の位置に残りました。


「艦長、機関は動きます。離脱する許可を求めます」


「相手が隔壁を無視して現れるのなら、距離を取れば安全になるという根拠はありません。位置を維持し、各区画の生存者を確かめてください」


 艦長は航行装置の表示を見ました。速度を出すことはできます。しかし、相手がこちらを追えないと判断できる材料がありません。


 兵員輸送艦兼工作艦では、整備区画に技術者が残る一方、兵員居住区からの応答が途切れていました。


 兵員居住区では交換が繰り返され、名簿の人数が大きく減っていきました。工作区画では工具を手にした技術者たちが無事で、厨房からも供食員の点呼が届いています。


「工作区画は無事です。艦内の修理設備も使えます」


「兵員居住区の人数を先に確認してください。これだけの人数を乗せて、勝算のない離脱はできません」


 艦長は工作設備の状態も報告させました。ここに残る船の整備を担えるのは、この艦なのです。



◇ ◇ ◇



 離宮では、タマちゃんが新しい数字を表へ書き加えていました。


「陛下。最初の交換が終わりました。次の区画へ移した子たちも、順調のようですね」


「ええ。みんな元気よ。もう食べている子もいるわ」


「では、食事を終えた子から順に戻して、別の子を送りましょう」


 カタリナは森に戻した魔物の状態を確かめ、少し笑いました。


「あら。50kgくらい重くなった子がいるわね」


「それはよかったです。ほかの子にも順番が回るようにします」


 タマちゃんの筆記具が、表の次の欄へ進みました。


 王族の中佐は、その横顔を見ていました。彼自身も、厨房の者を残してほしいと頼んだばかりです。技術者は残し、供食員は残し、ほかの乗組員は魔物の食事になる。


 生き残る者を選んでいる。


 その判断の中に、自分の希望も入っている。


 中佐は横にいる4人を見ました。少佐も、政治家も、秘書官も、大尉も、同じ表を見つめています。5人で頼んだ供食員は残され、その隣には魔物の食事になった乗組員の人数が記されていました。


 中佐は、魔王国で初めて渡された住民の書類を思い出しました。あの紙に署名したとき、自分は確かに助かったのです。


 今は、その書類の意味が少し違って見えました。


 自分も、魔王国の魔物になったのだ。


 少佐は視線を落としました。秘書官も、政治家も、大尉も、もう供食員の無事を喜ぶ言葉を口にしませんでした。


「中佐さん?」


 カタリナの声で、中佐は顔を上げました。


「顔色が変わったように見えるわ。大丈夫?」


「……はい、陛下。大丈夫です」


 カタリナはうなずき、また遠いマザーシップの方へ意識を向けました。


「では、次の子たちを送りましょう」


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