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魔国と魔王の誕生 13歳の第3王女は魔王になることを選びました。  作者: アントノフ


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第41章 第3艦隊の調査分遣隊

第41章 第3艦隊の調査分遣隊



 離宮の庭では、朝の光が芝生の露を照らしていました。


 低い木の枝から、羽のある魔物が飛び降ります。その下では、ひと回り大きな魔物が、まだ眠そうに身体を丸めていました。少し離れたところで庭師が花壇の土を返しています。魔王国では、いつもの朝です。


 カタリナは窓辺に立ち、湯気の上がる茶器を脇へ寄せました。


「あら。来ましたね」


 書類を整理していたタマちゃんが顔を上げました。


「以前お話にあった、後続の艦隊でしょうか」


「ええ。ただし全部ではないわ。第3艦隊から調査用に切り出した船ね。マザーシップが20隻」


「20隻も調査に使うのですね」


「最初の10隻も、小型艇256機もいなくなったでしょう。調べに来たくなるわよね」


 カタリナは机の紙に、地球と太陽と火星の位置を描きました。指先が火星の軌道をなぞり、地球から見て太陽と反対側に近い位置で止まります。


「ほぼ衝の配置ね。この辺りにいます」


「地上から見えるでしょうか」


「普通の望遠鏡では、船を1隻ずつ見分けるのは難しいでしょうね。でも、どこに何があるかは分かるわ」


 その紙の上へ、タマちゃんが別の資料を置きました。


「前に回収した小型艇の通信機を使えますか」


「使えるわ。あれは電磁波通信なのよね。まずは向こうのやり方で連絡しましょう」


「では、あの5人に来ていただきます」


「お願いします。王族の中佐さんもね」



◇ ◇ ◇



 教練場には、鹵獲した小型艇が整列していました。


 256機の船体は、朝日の当たる側だけが淡く光っています。人間の馬車や魔物の荷車が行き交う道の向こうに、異星の機械が何列にも並んでいる光景は、何度見ても妙なものでした。


 技術担当者たちが通信機の前に集まり、装置の状態を調べています。通信卓の表示には、カタリナには読めるものの、魔王国の人間には見慣れない文字が並んでいました。


「お呼びでしょうか、陛下」


 入口から入ってきたのは、以前の侵攻部隊から最初に移された5人でした。


 王族の中佐、政治将校だった少佐、遠征に同行していた政治家、軍属の秘書官、惑星調査担当の技術士官である大尉。5人とも、魔王国の被服工廠で作られた衣服を着ています。前面の吸気口と背面の排気口がふさがれないように裁断された服です。


 彼らは既に書類へ署名し、魔王国の住民になっていました。住まいも仕事もあり、今日は通信のために呼ばれたのです。


「第3艦隊の一部が来ました。20隻です。皆さんにも通信を手伝っていただけますか」


 カタリナが異星人の言葉で尋ねると、中佐の前面の吸気口が、ひときわ大きく動きました。


「第3艦隊……。承知しました。通信の規約は存じています」


「私も装置を扱えます」と技術士官が言いました。


「それは助かるわ。まず、こちらにいる皆さんが無事で、魔王国で暮らしていることを伝えてください。それから、こちらの降伏勧告を届けましょう」


 政治家が慎重に尋ねました。


「陛下。私たちの現在の身分は、どのように伝えればよろしいでしょう」


「そのままでいいわ。もう魔王国の住民でしょう」


 中佐はうなずきました。


「私たちが署名して住民になったことも、正確に伝えます」


 技術士官が通信機の表示を確かめ、送信可能になったことを告げました。中佐が姿勢を正し、遠い艦隊へ向けて話し始めます。


「こちらは、先遣部隊に所属していた中佐です。現在は魔王国に居住しています。第3艦隊調査分遣隊へ、通信を求めます」


 装置の表示が変わりました。


 すぐに返事があるかと思った中佐は、そのまま黙って待っています。カタリナは通信卓の横で、机の上の紙に時刻を書き留めました。


「やっぱり、すぐには届かないわね」


「電磁波ですから」と技術士官が答えました。「この位置関係では、片道で数分かかります」


「近い配置なのに、ずいぶん待たされるのね」


 タマちゃんは記録用紙を置きました。


「陛下。書類を1枚読むだけなら、もう終わっている時間ですね」


「そうなのよ」



◇ ◇ ◇



 火星軌道付近の調査分遣隊では、指揮船の通信士官が地球方面からの呼びかけを受信していました。


「先遣部隊からの通信です。発信者は王族の中佐を名乗っています」


 分遣隊司令官は報告書から顔を上げました。


「中佐が生きていたのですか」


「声と通信規約は、登録されている情報に合っています。ただ、本人確認はまだ終わっていません」


 司令官の周囲に士官たちが集まりました。先遣部隊のマザーシップ10隻と小型艇256機は、消息が分からなくなったままです。その中には王族の中佐も乗っていました。


「中佐の現在地は?」


「地球の魔王国にいる、と伝えています」


「地上で生存しているのでしょうか。救出を待っているのかもしれませんね」


 副官の言葉に、司令官はうなずきました。


「本人と確認できれば、救出の方法も検討します。まずは先遣部隊の所在と中佐の現状を聞きましょう」


 通信士官は質問を送信しました。返答が戻るまで、司令官たちは受信記録を繰り返し確認していました。



◇ ◇ ◇



 さらに待って、ようやく返答が届きました。


 通信卓から異星人の声が流れます。


「こちら、第3艦隊調査分遣隊。先遣部隊の中佐を名乗る者へ。身元を確認します。先遣艦隊の所在と、貴官の現在地を報告してください」


 中佐はカタリナを見ました。


「答えてよろしいでしょうか」


「ええ。船がどうなったかも説明してくださいね」


 中佐が報告を送ります。


 今度も返事が戻るまで待たなくてはなりません。話し終えた中佐が席に戻り、政治将校だった少佐は時刻を確認しました。秘書官は、次に尋ねられそうな項目を紙へ列記しています。


 カタリナは通信卓を見つめました。


「1つ尋ねて返事を聞くだけで、往復に何分もかかるのね」


「この通信機は、小型艇用ですから」と技術士官が答えました。


「マザーシップどうしなら、もっと速いの?」


「その設備は小型艇にはありません。マザーシップ間には専用の通信系統があります」


「そう。ますます、この通信機で交渉するのは面倒ね」


 タマちゃんが顔を上げました。


「いつもの方法になさいますか」


「ええ。手紙にしましょう」



◇ ◇ ◇



 指揮船の通信室では、中佐からの続報が届き始めていました。


「先遣部隊にいた5人が生存していると報告しています。中佐本人のほか、政治将校、政治家、秘書官、技術士官です」


「無事なら何よりです。救出の希望は伝えていますか」


「それが……5人とも魔王国の住民になったそうです。本人が署名したとあります」


 副官は思わず司令官を見ました。


「帰化したというのでしょうか」


「そう書いてあります。ですが、事情が分かりません。本人の自由な意思なのか、帰国できない状態なのか、そこを確認しましょう」


 司令官は画面に表示された中佐の階級と王族の身分を見直しました。消息不明者が生きていたことは喜ばしい。しかし、地球の国民になったという報告を、そのまま処理することもできません。


「先遣部隊を捜す任務は続けます。中佐たちが地上にいる以上、地球ごと破壊するような判断はできません。帰国の意思と、現在の安全を確かめてください」


「承知しました。質問を送ります」


 通信士官が次の文面を準備しました。地球側との通信には光の速さによる遅れがあります。質問の返事が届くのは、またしばらく先のことでした。



◇ ◇ ◇




◇ ◇ ◇



 離宮の執務室へ戻ると、窓から入る光の向きが変わっていました。


 カタリナは紙と筆記具を机に置き、中佐へ勧めました。


「中佐さん。正式な書簡の書き方を教えていただけますか」


「降伏の勧告状でしょうか」


「ええ。最初はあなたが書いてください。宛先も敬称も、皆さんのやり方に合わせたいの」


 中佐は秘書官と相談し、紙の上部に宛名を書きました。相手が第3艦隊の調査分遣隊であること、文書を出す側が魔王カタリナであること、返答を求める内容であること。その順番を、ひとつずつ説明します。


「この位置に文書の識別を入れます。こちらが責任者に宛てる場合の呼称です」


「なるほど。軍の命令書と、相手に回答を求める書簡では形式が違うのね」


「はい。正式な意思表示として受け取らせるには、この形式が確実です」


 出来上がった書面をカタリナが読みます。言葉の意味は最初から理解できました。けれど、どこに何を書き、どの語を使えば軍の正式文書として通るかは、実物を見る方が早いのです。


「では、届けます」


 書簡が机から消えました。


 カタリナは遠くのマザーシップの中、責任者が書類を確認する場所へ紙を移していました。


 中佐の目が、一瞬だけ空になった机を追います。


「……今、送られたのですか」


「ええ。もう届いています。返事の紙を置く場所も書いてありますから、用意できたらもらいましょう」



◇ ◇ ◇



 指揮船では、通信士官が次の照会を送信しようとしていました。


 司令官の書類受けの上に、見知らぬ紙が現れました。


「……今、書類が置かれましたか」


 副官が机を指さしました。警備兵も通信士官も、首を横に振ります。


「誰も触れていません。出入りの記録もありません」


「では、司令室の記録を調べてください。紙の検査もお願いします」


 検査を終えた書類には、魔王カタリナの名がありました。文面は彼らの軍事書簡の形式に従い、降伏を求めています。


「先ほどまで、ここにはなかったのですね」


「はい。机の周囲を映す記録にも、誰かが運んだ様子はありません。突然、そこに現れています」


「地球からの通信受信記録は?」


「ありません。艦内の搬送記録にも該当するものがありません」


 司令官は書類を読みました。王族の中佐が生存しているという報告に続き、今度は司令室内に、届けられた経路の分からない降伏勧告状が現れたのです。


「返答は書面で求められていますね」


「はい。こちらに回答を書き、指定された場所に置くよう指示されています」


「先遣部隊については引き続き照合します。その旨を正式な文書で返してください」


 副官が返書を書き、指定された場所へ置きました。


 紙が消えました。


「消えた……」


「記録を残してください。何が起きたか、まだ説明できません」


 司令官の声は落ち着いていましたが、書類受けの前からしばらく動きませんでした。



◇ ◇ ◇



 しばらくして返書が現れました。秘書官が目を通し、内容を中佐へ伝えます。


「受け取ったことを認めています。ただ、先遣部隊の報告との照合を求めています」


「では、2通目もお願いね」


 中佐は再び筆記具を取りました。今度は、確認に答える文章と、降伏条件について正式な回答を求める文言を書きます。


 その横で、カタリナは1通目と2通目を見比べていました。


「分かったわ。冒頭の形式と、こちらの権限を示す部分、それから相手に答えてほしい事項を書くのね」


「はい。そのほかに――」


「ええ、そこも分かります。もう自分で書けそう」


 カタリナは新しい紙を取り、異星人の文字をすらすらと並べました。中佐と秘書官が、思わず同時に身を寄せます。


「陛下。お書きになったのは、正式な軍事書簡の文体です」


「今、見せていただいたでしょう?」


「……2通だけで、ですか」


「言葉は分かるもの。あとは書式ね」


 カタリナは文章を読み直し、末尾に回答を求める一文を書き添えました。


「さて。20隻とも、こちらの話を聞いてくれるかしら」


 窓の外では庭師が仕事を終え、庭の魔物が日陰へ移っていました。地球から遠く離れた火星軌道付近では、20隻のマザーシップが新しい書簡を受け取ろうとしていました。



◇ ◇ ◇



 分遣隊の各艦へ、魔王カタリナからの新しい書簡が届きました。指揮船では司令官が各艦の報告を集めていました。


「こちらの艦にも同じ形式の書簡が現れたそうです。受領時刻は一致しています」


「艦内のどこから持ち込まれたか、分かった艦はありますか」


「ありません。いずれも書類が突然現れたと報告しています」


 司令官は各艦の受領記録を重ね、地球からの電磁波通信の記録と分けて並べました。


「本隊へは、この結果を報告してください。中佐たちの生存報告、魔王国の住民になったという申告、それから書簡の出現と消失です。確認できたことと、こちらが説明できていないことを区別して書きましょう」


「通信記録や書簡も、すべて本隊へ転送しますか」


「現時点では状況報告にまとめてください。原記録と書簡の写しは分遣隊で保全します」


 地球との電磁波通信は、地球とこの20隻の間で交わされていました。紙の書簡も、直接この20隻へ届いています。遠く離れた第3艦隊本隊は、その通信や書簡のやり取りを傍受できません。


 通信士官は、分遣隊で確認した事実を報告書にまとめました。完成した報告書だけが、遅延のない恒星間通信で本隊へ送られました。



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