第40章 世界征服が終わりました
第40章 世界征服が終わりました
離宮へ戻ったカタリナの机に、1通の封筒が現れました。
「あら、アレックスさんからね」
タマちゃんが封筒を受け取り、差出人を確認しました。
「陛下。以前お願いした2件について、報告がまとまったそうです」
「聖ネメリアの後始末と、属国になりたい国のお話ね」
「はい。アレックス国王は、セレナも同席させて説明したいと書いています」
「では、来ていただきましょう」
タマちゃんは、アレックスが用意していた返書用の紙へ日時と場所を書き込みました。カタリナが魔法で封筒を送り返すと、机の上には次の仕事の書類が並べられました。
◇ ◇ ◇
翌日、離宮の会議室へアレックスとセレナがやって来ました。
アレックスはカタリナに礼をし、続いてタマちゃんへ挨拶しました。セレナも2人の後ろで頭を下げます。
「陛下。お預かりしていた仕事について、ご報告いたします」
「お願いします。セレナさんも、どうぞ座ってください」
「……ありがとうございます」
カタリナが席を勧めると、アレックスは書類を2組に分けました。
「まず旧聖ネメリア国です。地域の行政を立て直し、新しい国家としての体制を整えました。新国家の元首はカタリナ陛下です」
「神様のお仕事もするのよね」
「はい。従来の教会組織を使います。神として崇拝する対象が、魔王カタリナ陛下になりました」
セレナが、用意してきた教会の組織図を広げました。
「各地の教会には、もともと住民の出生や死亡、婚姻、居住地の記録があります。地域の祭事も教会が担当してきました。連絡網と記録の仕組みは残しています」
「では、村で暮らす人たちは、これまでと同じ聖職者に相談できるのですね」
「はい。祭事も続けます。神殿や教会で呼ぶ神の名を、カタリナ陛下のお名前に改めました」
「みんな、そんなに簡単に受け入れてくれたの?」
セレナは少し言葉を選びました。
「教会の上層部で反対した者たちは、アレックス陛下の指示で処分されました。いま現場に残っている聖職者たちは、新しい命令系統で仕事をしています」
「以前の宗教税はどうなりましたか」
タマちゃんが尋ねました。
「徴収は停止したままです。寺院が住民を従わせる権限も失効させています。教会の維持費と聖職者の仕事は、各地域の行政予算で扱う形に整理しました」
「巫女院の制度は?」
「廃止しています。残っていた記録は、行方が分からなくなった人たちを探す資料として分けました」
セレナの説明を聞き、タマちゃんは帳簿の該当箇所へ印を付けました。
「行政と信仰の両方を、同じ連絡網で動かせるのですね」
「はい。以前の組織を知っている者が残っているので、通達は村まで届きます」
アレックスが続けました。
「この国はアレキサンドリア王国の属国に置きます。私が上位の君主として監督し、セレナが現地の統治を担当します」
「わたくしが一番上、アレックスさんがその下、セレナさんがそのまた下ね」
「そのとおりです。セレナは私の臣下ですから、陛下にとっては陪臣になります」
「タマちゃんの方が、アレックスさんより官位が上でしたね」
「はい」とタマちゃんが答えました。「私もアレックス国王も陛下の直臣です。私は中央、アレックス国王は地方の統治を担当しています」
「よかった。これで聖ネメリアの件は片付きましたね」
カタリナが笑うと、セレナは組織図をそっと畳みました。
アレックスは2組目の書類を開きました。
「続いて、属国化を希望していた国々についてです」
◇ ◇ ◇
「中央国が、文字どおり蒸発しました」
アレックスは、机に広げた地図の中央を指しました。
「中央国にいた各国の有力者たちも、国ごと失われています。国連は、加盟国をまとめる仕組みを維持できなくなり、解体されました」
「それで、残った国はどうしたの?」
「それぞれが次の後ろ盾を探しています。異星人と組んだ国も、彼らのマザーシップが消えた今となっては、頼る相手を失っています」
「魔王国の属国になりたいと、言い始めたのね」
「はい。以前は魔王国への対抗を呼びかけていた国まで、こちらへ使者を送ってきました」
タマちゃんが尋ねました。
「以前の属国との関係は、どう整理されましたか」
「そこについては、方針案をまとめました」
アレックスは別の地図を広げました。かつて自分がごく短い間だけ皇帝となった帝国と、その周囲の国々が示されています。
「旧帝国以来の属国を土台に、アレキサンドリア王国を中心とする属国連合を構成します。新たに参加する国も、その枠組みに入れる予定です。ただし、以前から従ってきた国と同じ待遇にするのは適当ではないと考えています」
「何が違うのかしら」
「従来の属国については、これまでどおり保護を維持します。新たに加わる国々については、魔物からの保護を与えず、魔王陛下の支配下に置くことを考えています。この方針について、陛下のご裁可をお願いします」
「異星人と組んでいた国もあるのですよね」とタマちゃん。
「ええ。魔王国へ敵対すると決めた翌日に、協力したいと使者を寄越す国もありました。さらに異星人の艦隊が来ると、また態度を変えています。約束を守ってきた国々と同列に扱えば、そちらが納得しないでしょう」
「ええ、それで進めてください。新しく加わる国には、魔物からの保護は与えないことにしましょう」
「承知しました。各国へその条件を伝え、手続きを進めます」
カタリナは地図を見ました。
「国王や議員さんたちは、受け入れているの?」
「大半は加盟の意向を示しています。正式な署名は、陛下のご裁可を得た条件を伝えてから進めます。ただ、国を差し出せば自分の権力まで失うと考えている元首もいます」
「そういう方は?」
「退位を求めました。国を私物のように扱い、軍を使って抵抗した者については、拘束と処刑を命じています。すでに執行した国もあります」
アレックスの口調は、各地へ行政官を派遣したときと同じでした。
「その仕事までアレックスさんにお願いしてしまいましたね」
「地方の統治は私の担当です。こちらで処理いたします」
カタリナはうなずきました。
「引き続きお願いします」
「承知しました」
アレックスは最後の頁をめくりました。
「1件、議員連合から会議への出席を求められています。私が直接出向いて説明します」
「分かりました。気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
議員連合の議事堂は、人で埋まっていました。
席を占めているのは、かつての国連で発言力を持っていた国々の議員たちです。中央国で開かれていた会議に出席しておらず、生き残った者たちでもありました。
アレックスが中央の通路を歩くと、議員席から声が飛びました。
「落ち目の元皇帝が来たぞ」
「皇帝だった時間より、戴冠式の方が長かったのではないか」
笑い声が上がりました。
「魔王の犬に何を聞いても仕方がないだろう」
アレックスは演壇の前で立ち止まりました。
「皆さんから説明を求められたので参りました。お渡ししてある条件書について、ご質問をどうぞ」
「質問なら山ほどある!」
議長席の近くにいた議員が立ち上がりました。
「属国に入れと言いながら、我々の国を魔物から守らないとは、どういうことだ!」
「条件書に記したとおりです。旧帝国以来の属国と、新しく参加する国とでは待遇が異なります」
「我々だって国だ! 同じ属国なら同じ権利を要求する!」
「従来の属国は、長く魔王陛下の命令に従ってきました。皆さんの中には、異星人と協力して魔王国を攻撃しようとしていた方もいます。これまでの経緯を陛下に報告し、ご裁可をいただいた条件です」
「過去の話を持ち出すのか!」
「過去の契約を守ってきた国の権利も、私は預かっています」
別の議員が机を叩きました。
「ならば我々の軍隊はどうなる? 我々が選んだ元首は? 議会は?」
「それぞれの国の行政は続けていただきます。ただし、魔王陛下を頂点とする統治に従っていただきます。拒否されるなら、その国は属国連合に入りません」
「脅しか!」
「条件の説明です」
さらに声が重なりました。
「あなたは結局、魔王から命令されているだけだろう!」
「そうです。私は魔王陛下の臣下です」
「元皇帝ともあろう者が、よく平気で言えるな!」
「今はアレキサンドリア王国の国王です。旧帝国の事情については、皆さんへお配りした資料にも書いてあります」
演壇の横に積まれていた資料へ目を向ける議員は、ほとんどいませんでした。
やがて、議長席の前から1人の議員が進み出ました。
「我々が直接交渉する」
「どなたとでしょうか」
「魔王カタリナとだ! あなたのような仲介人では話にならん。私たちが交渉すれば、もっと良い条件を引き出せる」
「それは、どのような条件ですか」
「まず保護だ。魔物から国民を守れ。そのうえで従来の元首と議会の権限を保障する。貢納についても我々が決める」
「その条件を魔王陛下へ伝えてほしい、ということですね」
「当然だ。さっさと伝えろ、魔王の犬!」
アレックスは議長席を見ました。
「会議の正式な要求として、記録していただけますか」
「記録しよう。これが我々の総意だ!」
何人もの議員が机を叩き、賛成の声を上げました。
「分かりました。それでは、陛下へ報告します」
アレックスは鞄から封筒を取り出しました。議会の要求と出席議員の名簿、議事堂の位置と範囲を書き、封をします。
紙を置く場所を確かめてから、魔法で封筒をカタリナのもとへ送りました。
「何だ、手紙か」
「魔王と会うことさえできないのか!」
「陛下へは確実に届きます。返事をいただくまで、少々お待ちください」
「返事が来るまで我々を待たせるつもりか!」
「お急ぎのようでしたので、今送りました」
また笑い声が上がりました。
◇ ◇ ◇
離宮の机に、アレックスからの封筒が届きました。
「あら、もう会議が始まっているのね」
カタリナが手紙を開くと、タマちゃんが横から資料をのぞきました。
「議員連合は、魔王陛下との直接交渉を求めていますね」
「そうみたい。保護が欲しいんですって」
「元首の権限も、議会の権限も、これまでどおり残してほしいそうです」
「アレックスさん、ずいぶん言われていますね」
「ええ。報告に、発言が記録されています」
タマちゃんは議事堂の位置を書いた紙を見ました。
「陛下。この範囲に、魔物たちのご飯がたくさん集結しているようです」
「ご飯?」
「はい。種類は人間です。全員が成体で、男性が多く、女性もいます。若い個体から老齢の個体までそろっています。中心は各国の議員で、元閣僚を兼ねている者もいるようです。議事堂の職員や警備兵は、別の場所に配置されています」
カタリナは、手紙に記された議事堂へ意識を向けました。
「本当ね。議場にも廊下にもいるわ」
「魔物たちの食料が不足している地域があります。そこへ運べば、しばらく助かりますね」
「そうしましょうか」
カタリナは、議事堂の中にいる議員たちを全員確かめました。議場に座っている者も、演壇の前で立っている者も、別室にいる者もいます。アレックスと側近、職員、警備兵は、それぞれの場所に残します。
食料の不足している地域を選び、議員たち全員の移送先を決めました。対象の密度も移送距離も、今のカタリナにとっては、魔力の節約を考えるときだけ気にする条件です。
「では、送るわね」
◇ ◇ ◇
「……それで、魔王の返事はまだなのか!」
議事堂では、先ほどの議員がアレックスを問い詰めていました。
「報告は届いています」
「ならば、いつ――」
議員の声が途切れました。
議長席が空になりました。
前列の議員も、その後ろの議員も、同じ瞬間に消えています。
議員席に置かれていた書類が滑り落ち、床へ散らばりました。
「……陛下?」
側近がアレックスを見ました。
アレックスは、自分の姿と側近の姿を確かめました。護衛も、議事堂の職員も残っています。
議員席は、きれいに空になっていました。議場の外にいた議員たちも、1人残らず消えています。
「魔王陛下からの返事は、届いたようですね」
「全員、どこへ行ったのでしょう」
「私には移送先が分かりません。陛下へ確認しましょう」
アレックスは散らばった紙を見渡しました。
「書記の方。会議の記録は残っていますか」
「は、はい。最後の発言まで記録しました」
「では、議員全員の退席によって会議は終了、と記してください。資料は持ち帰ります。皆さんはこのまま解散してください」
「承知しました……」
アレックスは議事堂を後にしました。
少し離れた場所では、各国の使者がその知らせを聞いていました。
「議員連合が消えた?」
「議員たちだけだそうです。議事堂も職員も無事で、アレックス国王もそのまま帰られました」
「では、あの方たちが言っていた魔王との交渉は……」
「返答があった、ということなのでしょう」
使者の1人が、抱えていた属国連合の条件書を開きました。
「私の国の署名は、今日中に済ませます」
「私も本国へ連絡します」
◇ ◇ ◇
その後、アレックスのもとへ各国からの返書が相次ぎました。
署名した国には、新しい連合の通達が送られました。元首が独自の命令を出して抵抗していた国では、アレックスが軍と行政官を動かし、元首を退かせています。武装して抵抗を続けた指導者たちは処分され、地方の統治は順に引き継がれました。
議事堂の件も含め、アレックスは報告書をまとめました。
離宮では、カタリナとタマちゃんが、その最後の頁を読んでいました。
「陛下。これで、旧帝国以来の属国と、新たに参加した国々を合わせて、地球の大半が陛下の統治下に入りました」
「アレックスさんが、まとめてくれたのね」
「はい。旧聖ネメリア国の再編も済んでいます。中央はこれまでどおり私たちが担当し、アレックス国王が地方の属国連合を管理します。これで地球規模の支配体制が完成しました」
「国連に入っていなかった国は?」
「少数残っています。属国連合にも加わっていません。魔物に対する保護も受けていないため、人口は減り続けています」
「そう。そこは放っておきましょう」
「承知しました。新規の属国についても、保護の対象外とする条件を維持します」
「ええ」
カタリナは窓の外に目を向けました。
離宮の庭では、魔物たちが思い思いに過ごしています。カタリナは、その子たちをしばらく眺めました。
「この子たちのご飯がなくなると困るからね」
最終回ではありません。
まだ続きます。




