第39章 別の星から来た魔物
第39章 別の星から来た魔物
フーベルトゥスが記録用紙を閉じかけたとき、カタリナは連合国内を調べ直しました。
「中佐。この人たちの上官ですよね。どうしますか?」
「この人たち、とは?」
「連合国に残っている、あなた方の地上部隊よ。兵士も下士官も士官も合わせて4096人。居場所も確かめたわ。現地の最高階級は大尉ね」
中佐は顔を上げました。
「……現在の人数ですか」
「ええ。補給も医療もありませんね。食料もなくなってきていますし、武器のエネルギーを充填する設備も使えないでしょう」
「……そのような状態なのですか」
中佐の隣で、政治将校の少佐が顔を伏せました。
「補給も充填も止まったままなら、兵の持つ装備だけでは長く戦えません」
「分かっている」
中佐は答えました。
「艦隊も小型艇もなくなったからね。戦闘が続いている場所もあるわ」
中佐の目が、湖からカタリナへ戻りました。
「あら、4091人になりました」
「先ほどは4096人とおっしゃいましたが」
「ええ。5人減ったわ。食べられちゃったようね。狩りに行ったら、狩られたみたい」
「……誰にですか」
「うちの子たちよ。魔物と魔獣のね」
カタリナは、先ほどまで異星人の兵士がいた森の様子も確かめました。
「あなたの選択肢としては、飢えて怪我もしながらいつまでも戦うか、うちの子たちのご飯になるかですね」
中佐は返事を探していました。政治将校は黙っています。
「陛下、お願いです」
中佐は、カタリナの方へ身体を向けました。
「何とか部下たちを助けていただけませんか。これ以上、失いたくありません」
「どういう目的でこの星に来たのかしら?」
中佐は、先ほど答えた侵攻目的を思い出しました。
「……この星を領土に加え、住民を統治下に置くためです」
「住んでいる人たちを、働かせるためでもあったのよね」
「はい」
「では、あなた方も働くのですね?」
中佐は少し考え、答えました。
「……働きます。部下たちにも働かせます。ですから、助けてください」
その言葉をカタリナが訳したとき、タマちゃんの表情が変わりました。
しめしめ。
口には出しませんでしたが、そう言いたげな顔です。
カタリナはタマちゃんの方を見ました。
「分かったわ」
タマちゃんは静かにうなずきました。
カタリナは異星人の5人に向き直りました。
「さっきの湖を見ていて」
中佐は、ガーネット色の司令塔が沈む湖を見ました。
「何が起きるのですか」
「5人も一緒に来てね。湖の畔へ行きましょう」
カタリナは皆を浅瀬の近くへ案内しました。司令塔のある場所からは離れた岸です。
「これから水の中に人を呼び出すわ。来たら引き上げて、岸に整列させてくださいね。5人ずつ、5秒ごとに来ます」
「前面の吸気口が水に沈んだままだと危険です」と技術士官の大尉が言いました。
「浅瀬にします。現れたらすぐに引き上げてあげてね」
「では、私たちは引き上げる場所を分担しましょう」と軍属の秘書官が提案しました。
「私たちの部下を、ここへ連れてくるのですか」
「そうよ。武器や衣類は危ないので、元の場所に置いてきてもらうわ」
カタリナは、連合国内に残る兵士たちの位置をもう1度確かめました。
「では、始めます。魔法はもう動いているから、皆さんは引き上げる方をお願いね」
浅瀬の水が動きました。
水と交換されて、異星人の兵士が5人現れました。前面の呼吸口が水に沈み続けないよう、中佐たちがすぐに手を伸ばします。
「こっちへ! 岸に上がってください!」
5人を引き上げたところへ、次の5人が現れました。
5秒ごとに5人。カタリナが設定した交換魔法は、その間隔を保って連続処理を進めています。
「こちらへ並んでください。後から来る者の場所を空けて!」
中佐が異星人の言葉で指示しました。
「岸へ出た人から、次に来る人を引き上げるのを手伝ってください!」
軍属の秘書官も、列の端から呼びかけました。
最初に引き上げられた兵士たちは、何が起きたのか分からない様子でした。しかし、自分たちの中佐の声を聞くと、すぐに動きました。
「中佐殿、これは……」
「部隊を救出していただいている。まず岸へ上がれ。整列を手伝ってくれ」
「承知しました!」
先に来た兵士たちが浅瀬へ入り、次に現れた仲間の手を引いて陸へ上げ始めました。
列は湖岸に沿って長く伸びていきます。衣服も武器もない、異星人の兵士たちが、次々と到着しました。
しばらくすると、最初から引き上げを続けていた5人は疲れてきました。
「引き上げは兵士たちに任せて、皆さんは整列を見ていてください」
タマちゃんが、カタリナの通訳を通して伝えました。
「分かりました。到着した人を奥へ誘導します」と政治将校の少佐が答えました。
「こちらの列は私が見ます」と政治家も加わりました。
中佐たち5人は列の誘導に回り、浅瀬では次々に到着する兵士を、先に来た者が手を引いて助けています。水中の空間交換は5秒ごとに続きました。
カタリナは湖岸に立ち、移送先と移送元を順番に確認していました。魔法は最初に動かしてあり、決めた条件で人と水を交換し続けています。
1時間ちょっとが過ぎました。
最後の5人も兵士たちに引き上げられ、列に加わりました。次の5秒が過ぎても、浅瀬には誰も現れませんでした。
「これで終わりね」
カタリナは連合国内をもう1度調べ、湖岸に集まった人数を確かめました。
「ここへ来られたのは3800人よ」
「……先ほど、4091人とおっしゃいませんでしたか」
中佐は長い列を見渡しました。
「ええ。移している1時間余りの間にも、連合国側に捕まって牢に入れられていた人たちが亡くなっていたの。291人よ」
中佐は目を伏せました。
「……助けていただき、ありがとうございます」
「働く約束は守ってもらうわよ」
「はい。承知しました」
◇ ◇ ◇
湖岸では、タマちゃんが実務担当官を呼んでいました。
中佐はその姿を見て、カタリナへの礼を終えると、タマちゃんの方へ向き直りました。
「皆さんと相談することがあるのですが……」
カタリナがその言葉を訳しました。
中佐は自分たちの身体を示しながら続けました。
「私たちには、この星の人間と異なる部分があります。住民の方々に、受け入れていただけるでしょうか」
タマちゃんは、カタリナの通訳を聞いて答えました。
「魔物の1種だと思えばいいだけですよ。住民には、別の星から来た魔物だと紹介します。仕事も手伝ってくれる魔物です」
カタリナが中佐へ訳しました。
「……魔物、ですか」
「最初は、言葉も通じませんが」と政治家が心配そうに尋ねました。
カタリナが訳すと、タマちゃんは答えました。
「魔物にも、いろいろな子がいますから。仕事を教えながら覚えてもらいますよ」
その返答も、カタリナが5人に伝えました。
「ここは魔王国ですからね」
タマちゃんは、そのまま受け入れ担当官に説明しました。
「魔王国にはいろいろな魔物がいます。今回の方たちは、別の星から来た魔物です。人間と身体の造りが違いますし、最初は言葉も通じにくいでしょう。仕事を手伝ってもらいながら、少しずつ覚えていただきます」
担当官はうなずき、必要な事項を書き取りました。
「それでは、呼吸が苦しくならないように、被服工廠で衣類を作ってもらいます。可愛い衣類にしましょうね」
タマちゃんは、異星人の前面の吸気口と背面の排気口を示しました。
「採寸の際は、ここをふさがない形にしてください。身体に合わせた型紙から作ります」
技術士官の大尉が、身体の前面と背面を交互に示しました。
「背中の排気口にも空気が抜ける余地が必要です。動いている間も、そこは開けておいてください」
カタリナが訳すと、タマちゃんはうなずきました。
「被服工廠には、その点も図に描いて伝えます」
「承知しました」
カタリナは楽しそうに笑いました。
「服を着た魔物もいいわね」
タマちゃんは、宿泊する場所、食事、水、身体に合う衣類の製作、仕事を教える担当者について、実務担当官へ順に指示しました。現地の担当官たちは異星人の言葉を理解できないため、動作を見せながら教える仕事から進めることにしました。
中佐はタマちゃんの方を見ていました。3800人は、別の星から来た魔物として住民に紹介され、魔王国で仕事をすることになります。
タマちゃんが、担当官へ最後の書類を渡しました。
「受け入れは皆さんで進めてください。仕事の割り振りと住民への説明もお願いします。何かあれば行政の担当部署で調整してくださいね」
「はい。お任せください」
引き継ぎを終えたタマちゃんが、カタリナのところへ戻りました。
「陛下、こちらはもう進められます」
「ありがとう。では、わたくしは離宮に戻るわ」
「私も参ります」
湖畔では実務担当官たちが動き始め、先ほどまで裸で整列していた異星人の列を、受け入れ先ごとに分けていました。被服工廠へは、既に採寸の依頼が出されています。
カタリナとタマちゃんは湖を後にしました。
高温の司令塔4個が沈む湖からは、まだ水蒸気が上がっていました。
その岸で、別の星から来た3800人の魔物たちの、新しい仕事が始まろうとしていました。




