第4章 捕虜680人 散らばっていて少人数(数人ずつ)の帝国軍を武装解除して集めました。
第4章 捕虜680人
「陛下。別命令で本隊を離れていた帝国兵が、各地から戻ってきています」
国璽を離宮へ届けた近衛兵が、机の上へ名簿を置きます。
「戻る先がなくなりましたものね。何人ですか」
「武装解除した者を合わせて680人です」
「680人を一度に捕らえたのですか」
「いいえ。数人ずつです。街道警備や伝令、橋の確保などで別々に出ていた小部隊が、順番に戻ってきています」
「本隊へ応援を求めることもできませんものね」
「はい。本隊はもうありません。戻ってきた小部隊ごとにこちらが人数をそろえて取り囲み、武器を置かせました。その累計が680人です」
「それなら分かりました」
「こちらの兵は?」
近衛兵が、もう1枚の紙を出しました。
「81人です」
「前より減りましたね」
「王都が落ちたあとの混乱で、同じ兵を別々の報告に載せていました。名簿を突き合わせると、離宮にいる者まで含めて81人しかおりません」
680人の捕虜を、81人の王国軍が抱えます。
カタリナは名簿の数字を見ました。
「王都の軍施設の近くに捕虜収容所を置いてください。天幕、炊事設備、食料、柵材、工具は帝国軍の鹵獲品を使います」
「680人をこちらで全部管理するのは無理があります」
「中は帝国軍の階級をそのまま使って自治させてください。将校と下士官に、点呼、配食、清掃、作業の割り振りをさせます」
「王国軍は外周警備と武器の管理、それから人数確認ですね」
「はい。物資の支給と重要事項もこちらです。81人を捕虜の世話だけで使い切らないでください」
「承知しました」
近衛兵が次の紙をめくります。
「衣類はどういたしますか」
「主力の軍服が残っていますね」
「ほぼ5万人分です。予備もかなりあります」
「収容所の中では、それを使ってください。階級章と所属表示だけ外します。新しく作る捕虜服は外勤用です」
「軍服が傷んだ場合も、在庫から交換できます」
「それだけあれば、縫い直す方がもったいないですね」
命令を書き取る音が続きます。
「服飾関係の仕事をしていた捕虜は、外勤用の捕虜服と、収容所で使うリネンへ回してください。シーツ、寝具のカバー、タオルも必要です」
「分かりました」
カタリナは離宮を出ません。
王都と捕虜収容所では、命令を受け取った人たちが動き始めます。
◇ ◇ ◇ ◇
「階級章は全部外せ。所属が分かる印もだ」
捕虜収容所の倉庫で、王国兵が作業台を指します。
積まれているのは、牧草地から回収した帝国軍の軍服です。
洗濯はしていません。
必要がなかったからです。
遺体を海へ送ったとき、血液、体液、泥など、人体側の汚れも一緒に転移しています。布地そのものだけが残りました。
そのことを、作業を命じられた捕虜は知りません。
「こっちは大きさごとに分ける。名前が入っているものは、そのまま記録へ回せ」
「……名前?」
捕虜の1人が襟の内側を見ました。
指が止まります。
「知ってるのか」
「同じ中隊だ」
少し離れたところでも、別の男が軍服を持ったまま動かなくなりました。
「この人、俺の上官だ」
軍服は破れていません。
血も付いていません。
5万人分に近い数が、同じような状態で積まれています。
「死んでから脱がせた服じゃない」
誰かが言いました。
「……ああ」
捕虜たちは軍人です。
強制労働でも、長期の収容でも、衣服は必要です。この小さな王国が5万人分の替えの衣類を用意できるはずもありません。
なら、服がまだきれいなうちに、自分で脱ぐよう命じられた。
そのあと衣服が要らなくなる場所も、彼らは知っています。
占領地で、自分たちの軍が何をしてきたかも知っています。
「俺たちが本隊に戻っていたら……」
「言うな」
王国兵がこちらを見ました。
「作業を続けてください。名前は消さずに記録へ。軍服は寸法ごとです」
捕虜たちは返事をして、また手を動かします。
知っている名前が出るたびに、作業の速度だけが少し落ちました。
◇ ◇ ◇ ◇
午後、離宮へ王都から新しい報告が届きます。
「陛下。帝国軍の書類から、王国側の協力者名簿が出ました」
「現在も残っている方は?」
「ほとんどおりません。帝国軍が報酬を渡すと言って呼び出し、その場で殺しています」
カタリナは紙から顔を上げました。
「証拠隠滅の途中だったのですね」
「主力が急に消えましたので、名簿も連絡記録も残っています」
「潜り込んでいる帝国のスパイは、その記録で確認できますか」
「はい。すでに何人か拘束しました」
「名簿だけで決めないでください。連絡記録と本人確認まで取れた者を逮捕します」
「承知しました」
「協力者についても同じです。死んでいるからといって、名簿から勝手に話を作らないでください」
「はい」
次の報告へ移ろうとした近衛兵を、カタリナが止めました。
「その前に、捕虜になっている帝国の行政官を1人、こちらへ呼んでください。帝国式の軍務書類を書ける方です」
「何を作らせますか」
「転属命令です」
◇ ◇ ◇ ◇
「帝国陸軍の主力5万人を、全員、帝国海軍へ転属させてください」
離宮へ連れてこられた帝国の行政官は、聞き返しませんでした。
ただ、カタリナの顔を見ます。
「個人ごとでなくて構いません。部隊ごとに作ってください」
「陛下。該当する部隊は、すでに全滅しております」
「知っています」
「では、なぜ海軍へ」
「海軍では、航海中に亡くなった方を水葬にするのは普通です。遺体を長く保存できる設備がない船なら、なおさらです」
行政官の目が少し動きます。
「わたくしは5万人を海へ送りました。必要な処置でした。でも、葬儀もされず、大量の遺体を片づけただけという記録にはしません」
「海軍へ転属した者を、水葬したことにするのですか」
「はい」
カタリナははっきり答えます。
「敵兵であっても、人です。人を廃棄物として処理したことにはしません。帝国の軍人として、最後の所属を記録してください」
「帝国式の転属命令を、部隊ごとに作成します」
「お願いします。これは命令です」
「承知しました」
行政官は用意された机へ移り、紙を広げました。
最初の部隊名を書きます。
帝国陸軍から、帝国海軍へ。
カタリナは、その1行を確認してから次の報告書へ手を伸ばしました。




