第3章 帝国軍全滅と後始末
第3章 帝国軍全滅と後始末
帝国軍の全滅が確認されたあと、次に残ったのは後始末だった。
「陛下、遺体を埋める場所がありません」
「でしょうね」
丘の下には、5万人分の遺体が残っている。
「穴を掘る人手もありません」
「海へ送ります」
「海へ?」
「水葬にします」
「遺体を海水と交換するのですか」
「海水全部ではありません。水だけを選びます」
「塩はどうなります」
「海に残します。塩までこちらへ持ってきたら、牧草地が使えなくなります」
カタリナは新しい紙を出した。
必要魔力 ∝ 密度比 × 交換する質量 × 距離
同じ式だった。
人体と水の密度は比較的近い。だから密度比だけなら大きくはならない。
しかし、今度は5万人分の質量がある。しかも交換先は近くの海とはいえ、気体を交換したときより距離が長い。
必要な魔力は、さきほどよりずっと多かった。
「足りますか」
近衛兵は式ではなく、結論だけを尋ねた。
「そのままでは足りません」
「では……」
「海の水温と、こちら側との温度差を魔力へ変えます。密度比の計算とは別です。必要な魔力そのものは多いままですが、供給できます」
「分かりました。そこまで分かれば十分です」
カタリナは少しだけ笑った。
「わたくしも、その方が助かります」
海の広い範囲から、水だけを選ぶ。
塩分など水に溶けているものは、海側に残す。
牧草地では、帝国兵の遺体と同じ体積だけ、その水と交換する。
何度かに分けて転移を繰り返すと、丘の下から人の遺体が消えていった。
代わりに現れたのは水だった。
牧草地はひどく濡れたが、塩害を起こす海水ではない。
最後の転移が終わると、丘の下に残ったのは、倒れた軍馬、剣、槍、盾、鎧、荷車、天幕、食料、工具、そのほか大量の軍需品だった。
「軍馬も海へ送りますか」
「いいえ」
カタリナは倒れた馬を見た。
「馬は悪くありません。ですが、もう死んでいるなら食料にします」
「1000人ほどでは解体しきれません」
「王都から人を呼んでください。肉を扱える方、馬を扱える方、それから手伝える方も」
「承知しました」
「剣と槍と荷車も、全部回収してください」
「かなりの量になります」
「こちらの軍も装備を失っています。荷車は村の復旧にも使えます」
「食料も残っています」
「それもです」
兵が少し言いにくそうに続けた。
「それから、軍資金が相当あります」
カタリナは顔を上げた。
「それは、とても助かります」
「占領後の行政に使う分まで持ち込んでいたようです」
「では、国庫へ入れてください」
「帝国の資金を、ですか」
「帝国がこの国を運営するために持ってきたのでしょう。でしたら、この国を立て直すために使います」
「……承知しました」
◇ ◇ ◇ ◇
そのころ、王都では別の仕事が始まっていた。
生き残った自国兵を、近衛が集め直していた。散っていた兵を部隊へ戻し、残っている帝国軍の小部隊があれば掃討する。
カタリナ自身が前線の指揮を執る必要はなかった。
「陛下、王都に残っていた兵を集めています。掃討もこちらで進めます」
「お願いします。軍のことはお任せします」
「離宮へ兵を集めますか」
「いいえ。軍は王都の施設をそのまま使ってください。こちらには必要な人数だけ、交替で勤務していただければ十分です」
「承知しました」
「帝国の行政官は?」
「占領行政のため王都へ来ていた帝国貴族を拘束しました」
「殺さないでください」
「人質になさいますか」
「はい。話も聞きたいです」
捕らえた行政官から、帝国軍が第3王女の居場所と王位継承制度を知っていた経緯も確認できた。
◇ ◇ ◇ ◇
帝国本国に届いていた最後の確実な報告は、まったく別の内容だった。
「王都を落としたというのは、本当なのだな」
「間違いありません」
最初の伝令と一緒に帰国した高級将校も、そう保証した。
「私自身が確認しております。王都は占領しました。王都にいた王族は処刑済みです。現地はこれから占領行政へ移ります」
その報告を受け取った帝国本国は、戦争がほぼ終わったと考えた。
その後、現地から報告が来なくなった。
確認のため使者が送られた。
使者は王国へ入り、そのまま拘束された。
「陛下。帝国から来た使者を捕らえました」
「帰さないでください。その方も人質です」
「次の使者が来た場合は?」
「同じです」
帝国軍5万人がなぜ全滅したのかを、本国へ持ち帰った者はいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
王国側では、戦争そのものより後始末の方が忙しくなっていた。
「陛下。王宮へお戻りになる日を決めたいのですが」
「戻りません」
「王宮へ、ですか」
「はい。わたくしはこれまでどおり、この離宮に住みます。執務もこちらでします」
「では、王宮はどうなさいます」
「まず、鹵獲品を置いてください」
「王宮を倉庫に?」
「剣も槍も荷車も、置くところが必要でしょう」
近衛兵はしばらく黙っていた。
「……確かに必要です」
「整理が進んだら、今回の戦争を記録する博物館にしていけばよいと思います。当分は倉庫が主な仕事でしょうけれど」
「承知しました」
「それから、処刑された王族は王宮の敷地に埋葬してください」
「墓所を新しく設けますか」
「簡素な合同墓地でかまいません」
父や異母の兄弟姉妹と、もともと近い暮らしをしていたわけではない。
豪華な墓を作ることより、今日生きている人々の食料と、明日から使う資金の方が急いでいた。
「次の報告は何でしょう」
「王都から来る軍馬の解体人員と、鹵獲した軍資金の仮集計です」
「では、そちらを先に」
「墓地の手配より先ですか」
「今日食べるものと、明日使うお金の方が急ぎます」
「承知しました、陛下」
13歳の女王は王宮へ移らなかった。
これまで一人で暮らしてきた小さな離宮で、そのまま国の仕事を始めた。
初日なので、3章分をアップロードしました。
明日以降は毎日1章ずつのアップロードです。




