第35章 食料と服従
第35章 食料と服従
執務室へ戻ると、タマちゃんは早速、命令書の用紙を広げました。
「アレックス陛下に情報を回していただきます。陛下、分かっている範囲をもう1度確認してもよろしいでしょうか」
「ええ」
「巨大な船は10隻。すべて連合国内の活火山の地下へ交換。小型艇は256機を教練場へ接収。異星人5人を収容。魔王国軍は連合国内へ進軍していません」
「そうね」
「それから、異星人の地上連絡要員と占領軍は連合国内に残っています。携帯武器も残っていますが、大きな船と小型艇を失ったので補給に問題が出るでしょう」
「そこは時間がかかるわね。すぐに使えなくなるとは限らないもの」
「承知しました。補給不足の可能性、という書き方にします」
タマちゃんは文面を書き進めました。魔王国で起きたこと、連合国上空で観測されたこと、まだ確認していないことを分けてあります。
続いて、アレックス宛ての指示を書き加えました。
「連合国政府と異星人の動きを、属国の行政官を通して調べてもらいます。連合国から占領軍への食料や物資の供給状況と、各国の態度の変化も、分かる範囲で確認していただきます」
「お願いね。わたくしは、まず様子を見たいわ」
「はい。魔王国側の警戒は続けます」
タマちゃんは署名し、封をしました。自分の権限で発行する行政命令です。
「陛下、これをアレックス陛下へ転送していただけますか」
「いいわよ」
封書が机から消えました。
「届いたわ」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
アレックスの執務室に封書が現れたのは、関係国からの穀物輸送計画を確認している最中でした。
「また魔王国からですか」
側近が尋ねました。
「タマ殿の命令書だ。先にこれを読む」
アレックスは封を開き、しばらく黙って読みました。
「……マザーシップ10隻?」
「何でしょうか」
「連合国の上空から消えた巨大船だ。それを陛下が移したらしい。小型艇も256機を魔王国で確保したと書いてある」
「それでは異星人は撤退したのですか」
「地上に残っている。占領軍も連絡要員もいるそうだ」
アレックスは次の頁をめくりました。
「これは注意が要るな。各国には、異星人の携帯武器が残っている。しかも連合国は服従を取り消すかどうかで割れるだろう」
「情報を集めますか」
「そうだ。連合国と交易がある商人、国境の役所、宿場を担当する行政官から報告を集めよう。魔王国へは、確認できたことだけ送る」
「承知しました」
「陛下は連合国内に軍を進めていない。こちらも、勝手に兵を動かさないよう各国へ知らせてくれ」
「はい」
アレックスは命令書をもう1度読み、連合国の首都が書かれた地図を指しました。
「何が起こるか、今は読みにくいな」
◇ ◇ ◇
連合国の各国では、異星人への対応が変わり始めました。
空を覆っていた巨大船が消え、各地に駐留していた小型艇もなくなっています。地上に残った異星人は依然として強力な携帯武器を持っていましたが、飛行能力も大規模な補給手段も失っていました。
「このまま異星人の命令を聞き続ける必要がありますか」
「まだ武器はある。慎重に動くべきだ」
「では、食料の支払いはどうなります」
「それは……」
王侯や大臣たちの会議では、以前なら口にしなかったことが話し合われるようになりました。
異星人の占領軍は、当地の穀物、水、燃料に依存し始めています。高性能な携帯武器を持つ兵士たちも、食料は現地の農家と商人から手に入れる必要がありました。
最初に態度を変えたのが、アルデン公国でした。
この国には、もともと自分の国を実際に統治していない政府が、いくつも事務所を置いています。旧帝国内の国々や旧聖ネメリア国の正統政府を名乗る人々です。住所、看板、代表者、印璽があり、連合国から国家として承認され、国際連合の議席も持っています。
実際の本国には別の政府と住民がいるため、彼らの行政権が及ぶ場所はありませんでした。それでも、連合国の会議では独立した国家として発言してきました。
アルデン公国の会議室に、その代表者たちが集まりました。
「異星人の艦隊は消えたのです」
「我々が食料を渡さなければ、あの者たちは冬を越せません」
「武器を持っています。そこはどうしますか」
「補給のできない武器が何の役に立ちますか。いつまでも使えるとは思えません」
「ここで主導権を握るべきです」
公国の代表が言いました。
「では、条件を文書にしましょう。食料と燃料の供給を再開する代わりに、異星人の占領軍は我々の指揮に服する。彼らの装備は我々の共同管理下へ置く。外交についても、連合国の承認を必要とする」
「私書箱政府の承認も必要だと明記してください」
「もちろんです。国際連合の加盟政府は、すべて同格ですから」
何枚もの紙が用意され、印璽が押されました。
昨日まで異星人の後ろ盾を頼りにしていた人々が、今度は異星人に対する服従条件を作っていたのです。
◇ ◇ ◇
異星人の地上部隊責任者は、その文書を何度も読み返しました。
「翻訳をもう1度確認してください」
「食料の供給を継続する条件として、こちらの軍が彼らの指揮下に入ることを要求しています」
「公国だけの要求ですか」
「私書箱政府も署名しています。名目上は、多数の国からの共同要求です」
「彼らは、上空にいた船を我々が失ったことを知っていますね」
「はい」
「地上部隊の携帯兵器は」
「機能しています。ただし弾薬、交換部品、蓄電装置の補給見通しは悪化しています。現地の設備では生産できません」
「食料は」
「公国と周辺国が供給を停止すれば、長くは持ちません」
責任者は机から立ち、窓の外を見ました。
「我々が乗せてきたのは、占領後の行政を維持するための部隊です。現地の王侯へ命令を伝え、秩序を保つために配置した」
「その王侯から、逆に命令を受けています」
「しかも、彼らは魔王国を討つために我々を必要としたはずです」
「現在は、我々の支配能力を疑っています」
責任者は部下を呼びました。
「占領軍が接収した基地の保管目録を持ってきてください」
「基地の目録ですか」
「すべてです。現地の武器だけでなく、こちらがそこへ移した物も含めてください」
目録には、使用を禁じられている戦略兵器も載っていました。
「本国からの核兵器使用禁止命令は継続中です」
「承知しています」
「我々は、この惑星に移住するために来たのです。環境保全規定もあります」
「それも承知しています」
責任者は保管目録の1項目を指しました。
「この基地にある核融合爆弾は、核分裂を初期反応に使わない形式でしたね」
「はい。核融合で発生する中性子によって、地表には放射化も起きます。地上爆発なら広い範囲に被害が出ます」
「威力は」
「約100Mtです」
責任者は長い間、何も言いませんでした。
「アルデン公国の要求書を、もう1度読ませてください」
部下は文書を渡しました。
責任者は、服従を要求する条項に目を留めました。
「……この要求は受け入れません」
「では、交渉を続けますか」
「基地の戦略兵器を使います」
部下は動きませんでした。
「使用禁止命令があります」
「責任は私が負います。発射ではなく、基地での地上起爆です」
「そこには我々の警備要員もいます」
「退避できる者には退避命令を出してください」
命令は発せられました。しかし、威力100Mtの爆発から短時間で逃れられる範囲には限界があります。
◇ ◇ ◇
魔王国では、タマちゃんが新しい報告を読んでいました。
「陛下。アルデン公国と、そこに置かれた私書箱政府が、食料供給を条件に異星人へ服従を求めています」
「……そう出たの」
「異星人の大きな船がなくなって、立場が逆転したと考えているようです」
「食料を握るのは、確かに強い交渉材料ね」
「異星人の占領軍は、まだ武装しています」
「ええ。携帯武器が残っているわ。だから、こちらは様子を見ることにしたの」
カタリナは報告書を置きました。
「アルデン公国の人たちは、何を引き出したいのかしら。領土の返還? それとも、異星人を新しい軍隊として使うつもり?」
「要求書には、軍の指揮権と装備の共同管理が入っています。私書箱政府は、それを自分たちの国家承認と結びつけています」
「欲しいものが、まだ増えるのね」
そこへ、廊下から急ぐ足音が聞こえました。
「陛下!」
シロが扉の前に立っていました。
「アルデン公国で、巨大な爆発が発生しました!」
カタリナはすぐに立ち上がりました。
「場所を教えて」
「占領軍が接収していた基地です。報告では、突然、強い光が見えたと……」
カタリナは現地を調べました。
基地のあった場所を中心に、地表が大きく変わっています。都市と集落が広い範囲で破壊され、行政の中心地も失われていました。周辺国にも衝撃が伝わっています。
「核融合爆弾ね」
「核融合……?」
「威力はおよそ100Mt。地上で爆発させたのよ」
タマちゃんの手から、紙をめくる音が止まりました。
「誰が使ったのですか」
「異星人の地上部隊よ。基地にあったものを起爆したみたい」
「アルデン公国は……」
カタリナは、行政地図と現在の状況を重ねました。
「国としての機能は失われたわ。私書箱政府の事務所も代表者も、まとめて消えています」
しばらく、誰も話しませんでした。
「……陛下、連合国の各国は、まだ異星人に従うのでしょうか」
シロが言いました。
「どうかしら。あの爆発を知った各国が、次に何をするか見たいわ」
「アレックス陛下へ、緊急報告を出します」
タマちゃんは新しい命令書を取り出しました。
「アルデン公国の被害と、異星人の地上部隊に核融合兵器が残されていたことを伝えます。各国政府と残存占領軍の動向を調べてもらいましょう」
「お願いね」
カタリナは地図に残った公国の国境線を見つめました。
異星人が連合国をどう統治するか、どんな協力者を選ぶか。その結果を観察するつもりでした。
けれども、食料支援を条件に服従を求められた占領軍が、核融合爆弾で国家を消し去るとは想定していませんでした。
「タマちゃん」
「はい」
「予備があるわ。故障も考えるでしょうし、あんな兵器を1発だけ置いてくるとは思えないもの」
「探されますか」
「ええ。残っている核融合爆弾を、全部探します」




