第34章 教練場に256機
第34章 教練場に256機
連合国の首都では、国王たちが空を見上げていました。
「異星人の大きな船は、今日もあそこにいるな」
「見えているだけで安心できます。魔王国が手出しをするとは思えません」
その言葉の途中で、空の影がなくなりました。
「あれ?」
国王が目を凝らします。
「……どこへ行った?」
誰も答えられませんでした。
別の都市でも、また別の国でも、同じことが起きました。連合国の上空にいたマザーシップ10隻が、ほぼ同時に消失したのです。
艦隊指揮所には、最後の異常を伝える声さえ残りませんでした。
巨大な船は、連合国内にあるコニーデの地下、マグマだまり上部の空洞へ移されていました。外側から受ける圧力は、宇宙空間で船内の気圧を支えるときとは向きが逆です。
船の外殻は局所的に変形し、気密が破れた区画には高温の火山性ガスが流れ込みました。通信は厚い岩盤に遮られ、外部との連絡が途絶えました。
「司令区画を閉鎖してください!」
あるマザーシップで、補佐官が叫びました。
「艦橋後方の独立司令塔へ。幹部は急いでください!」
「区画の扉が開きません!」
「別の通路を使ってください。通信は?」
「全系統、外部応答なし!」
独立した耐圧区画にたどり着けた者もいました。しかし、大部分は間に合いませんでした。
船内の設備が停止し、電源と冷却の供給が失われた区画から順に、状況は悪くなっていきます。外側では火山性ガスと高温による化学的な損傷も進んでいました。
地上の連絡部隊には、その報告を受け取る手段がありません。
◇ ◇ ◇
巨大船のいた上空には、交換された大量の物質が現れました。
泡を含む流紋岩質マグマと火山性ガスです。
地下では高圧下にあった泡が、空中へ移された直後から膨張しました。高温のマグマは割れ、細かい粒子と大きな塊が分かれ、白灰色の噴煙が急速に広がります。
「灰だ! 灰が降ってきます!」
「噴火したのか?」
「山は向こうだぞ。空から降っている!」
人々は、家の軒下や石造りの建物へ駆け込みました。重い破片は地面へ落ち、熱い粒子とガスが風に流れました。屋根や道路、畑には火山灰が積もり、落下物による火災も起きました。
空にいた巨大な船の消失と、そこから始まった異様な降下物。
連合国の役人たちは、その2つを別々の出来事として報告することもできませんでした。
「異星人の船は?」
「ありません。確認できません」
「本当に全部ですか」
「見えていた船は、すべて消えました」
異星人の地上連絡要員は、翻訳装置を持ったまま空を見ていました。そこにはもう、彼らが命令を仰ぐ相手はいません。
◇ ◇ ◇
魔王国の執務室で、カタリナは結果を確認していました。
「10隻とも交換できたわ」
タマちゃんは数字を書き込みました。
「連合国上空の10隻ですね。通信が途絶えたという報告も出始めています」
「残るのは小型艇ね」
「はい。ただ、どんな種類があるのかは、まだ分かっていません」
「ちょうどいいわ。欲しかったの」
カタリナは窓の外を見ました。雨が降り、教練場の土には浅い水たまりができています。
「教練場を使いましょう。泥水と、その少し上の空気も合わせて交換すればいいわね」
「機体は並べて置かれますか」
「ええ。後で調べやすいように並べて置くわ」
「搭乗員はどうなります?」
「機体だけよ。乗っている人は連合国内に残します」
タマちゃんは、その点も記録しました。
「教練場の立入禁止を出しておきます。知らない装置に近づく人がいては困りますから」
「お願いね」
まもなく、雨の教練場に銀色や黒色の機体が次々に現れました。
翼らしい突起を備えた小型艇もあれば、外から推進装置が見えない機体もあります。大きな貨物室を持つ機体、細長い機首の機体、武装らしい装置を多数備えた機体。どの機体も、出撃前の整備を受けるように、整然と並びました。
「何機ですか」
タマちゃんが数えます。
「256機よ」
「256機……。これほどあれば、同じ型を何機も比較できますね」
「全部を壊して調べなくても済むでしょう。使えるものは使いたいわ」
「機体の種類もいろいろありますね」
「戦闘艇、偵察艇、攻撃艇、輸送艇があるわね。まだ分からない機種もあるわ」
カタリナは、操縦席の形をいくつか確かめました。
「座席は人間と似た大きさね。操縦桿の位置も、まるで違うわけではなさそう」
「異星人も私たちに近い体格なんでしょうか」
「たぶんね。ただ、どんな色が見えて、どんな音が聞こえているかは、機体を見ただけでは分からないわ」
「調査を始めますか」
「その前に、異星人を何人か連れてきたいわ」
◇ ◇ ◇
連合国内の臨時占領本部では、小型艇の消失について報告が殺到していました。
「偵察艇が消えました!」
「輸送艇もです。整備区画には操縦員と工具だけが残っています!」
「着陸中の機体もですか」
「はい。空にいたものも、地上にいたものも確認できません」
ある部隊では、操縦員たちは目の前の床や壁を突然失いました。別の部隊では、出撃準備をしていた者たちが、昨日まで機体のあった空間を見つめていました。
「全機の状態を確認してください。残っている艇を集めます」
「……残っている艇がありません」
指揮官は報告書を机に置きました。
遠くで何かが倒れる音がしました。兵士たちは、空から降り続ける灰を避けて建物の中へ移っています。
「本国へ連絡は」
「マザーシップとの回線が使用できません。小型艇の中継装置もなくなりました」
「地上局だけで使える回線を調べてください」
「承知しました」
彼らには、すぐに帰る船がありませんでした。
◇ ◇ ◇
「薪と交換しましょう」
カタリナがそう言ったので、タマちゃんは顔を上げました。
「薪、ですか?」
「連合国はこれから冬でしょう。薪なら役に立つわ」
「異星人を連れてくるんですね」
「5人でいいわ。まずは観察と会話のためにね」
「武器は?」
「衣類も武器も連合国内に残すわ。5人の身体だけを選んで、薪と交換するの」
カタリナは連合国にいる異星人のうち、離れた場所にいる5人を選びました。
交換は一瞬でした。
魔王国の牢の前に、衣服を身につけていない異星人が5人現れました。衣類や携行品を除いて、身体だけを転移させた結果です。
「ここはどこですか!」
最初に声を上げた異星人は、口を動かして空気を振動させていました。音声を使って言葉を伝えていることを、カタリナはここで確認しました。そして、言葉の意味もそのまま理解できました。
「魔王国です。わたくしはカタリナです」
「翻訳装置はありません。どうして我々の言葉を」
「お話は通じていますね。それで十分です」
5人は互いの顔を見ました。
「服を……」
「用意しています。囚人服ですが、サイズは合うはずよ」
兵が、用意した衣類を渡しました。
「着替えたらこちらへ。話を聞くのは後にします」
「我々をどうするつもりですか」
「しばらく牢に入っていただきます」
カタリナは看守に目を向けました。
「食事と水は普通に出してください。呼吸や体調に変化がないかも見ておいてね」
「承知しました」
5人は囚人服を受け取り、看守に案内されていきました。
「陛下、すぐに取り調べますか」
タマちゃんが尋ねました。
「後でいいわ。今は連合国が何をするか見ましょう」
窓の外では雨がやみ、教練場には256機の異星の小型艇が並んでいました。




