↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔国と魔王の誕生 13歳の第3王女は魔王になることを選びました。  作者: アントノフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/49

第32章 3人前で1人分です

第32章 3人前で1人分です



 国境からの報告を読み終えたカタリナは、机の上に置かれた地図へ目をやりました。


 連合国が約100か所から送り出した人民解放軍は、魔王国や属国の村へ到達する前に、各地の魔物や大型魔獣に捕捉されました。森の枝や岩場にハヤニエとして残された兵士もいます。


「連合国の兵士もハヤニエになったし、当分あの子たちのご飯にも困らないわ」


 カタリナはタマちゃんに言いました。


「そうですね。狩り場へ入ってくる人間が急に増えましたから」


「みんな、しばらくはお腹いっぱいね」


 カタリナはそこで、ふと考えました。


 あの子たちのご飯。


 ご飯。


「……ねえ、タマちゃん」


「はい、陛下」


「私って、魔王になってから何を食べたっけ?」


 第三王女として離宮で暮らしていた頃は、いろいろと抑圧されていました。それでも王族として、人並み以上の食事が毎日出ていました。料理長が献立を考え、決まった時間には食卓に料理が並んでいました。


 ところが、魔王になってから何を食べたか考えても、すぐには浮かんできません。


「2週間くらい前に、梨を私と半分ずつにして食べましたよ」


「ああ、そうだったわ。その前は?」


「1か月前に、キャベツを1玉食べていました」


「……キャベツを1玉?」


「はい。丸ごと1玉です」


 カタリナは記憶をたどりました。確かに、そんなことがあった気はします。


「その前はどうだったかしら」


「私が覚えている範囲だと、もっと前になりますね」


「ずいぶん食べていないのね」


「陛下、以前おっしゃっていましたよ。魔王になってからは地脈から魔力が供給されるので、食事はいらないらしいって」


「ああ、そうだったわね」


 空腹を感じないので、食事の時間が訪れても仕事を続けられます。会議が終われば次の報告が届き、承認した書類はそのまま各部署の仕事になっていきます。


 兵士、捕虜、裁判、属国の行政、道路と橋、物資の配分、通貨と賃金。最近だけでも、片づける仕事はいくらでもありました。


「それにしても、仕事のしすぎですよ」


 タマちゃんが言いました。


「そうかしら?」


「2週間前の梨が半分、その前は1か月前のキャベツ1玉ですよ」


「確かに、ほとんど食べていないわね」


「私は、変わったものばかり食べているなと思っていました」


 変わったもの。


 その言葉が、カタリナの頭の中で何かにつながりました。


「……あっ」


「どうなさいました?」


 突然、前世の記憶が現在の意識に重なってきました。


 博士課程まで在籍していた大学。その近くにあった店。テーブルに置かれた、大きなお皿。


 そして、その店のメニュー。


「タマちゃん、ちょっと離宮へ行きましょう」


「離宮ですか?」


「ええ。料理長さんにお願いしたいことがあるの」


「何か召し上がるんですか?」


「そうなの。急に思い出した料理があるのよ」


 タマちゃんも席を立ちました。


 かつて王族が暮らしていた王宮は、今では博物館になっています。料理長がいるのは離宮の厨房です。


「それでは、お供します」


「お願いね」


 カタリナは、前世の店で食べたあの料理を、もう一度頭の中に浮かべました。



◇ ◇ ◇



 離宮の厨房で、カタリナは料理長に尋ねました。


「料理長さん、小豆ってある?」


「はい、ありますよ。乾燥させたものを保存しています」


「少し使わせていただけるかしら」


「もちろんです。何をお作りになるのですか?」


「小豆を甘く煮たものを作りたいの」


「どのように仕上げましょうか?」


「小豆を柔らかく煮て、砂糖と混ぜるの。豆の粒は残してね」


 料理長が小豆の袋を持ってきました。


「これでよろしいでしょうか」


「ええ、これよ。水で洗って煮ましょう。柔らかくなったら砂糖を入れて、甘さを調整してね」


「承知しました」


 小豆を洗い、鍋に水を張って火にかけます。


 タマちゃんは鍋をのぞき込みました。


「陛下、今日は豆を召し上がるんですか?」


「まだ秘密よ」


 カタリナは次の材料を思い出しました。


「料理長さん、発酵させていない茶葉はあるかしら?」


「はい。東方の国から献上されたものがあります」


 料理長は棚から2種類の容器を取り出しました。


「こちらは焙煎されたリーフです。もう1つは、焙煎せずに粉砕した粉になります」


「粉の方を見せていただける?」


 容器の蓋が開けられると、鮮やかな緑色の粉が見えました。


「これよ、これ!」


「その粉なら、クッキーやケーキに入れると美味しいですね。焼き菓子にも使っています」


「そうでしょうね。香りも色もいいもの」


 カタリナは緑色の粉を指しました。


「これ、スパゲティーを作るときにセモリナ粉に混ぜて、スパゲティーを作ってくれる?」


「はい。できますよ。どのくらい混ぜましょうか?」


「そうね。スパゲティーが緑色になるくらい」


「緑色のスパゲティーですか?」


「ええ。お茶の色がきれいに出るようにお願い」


 料理長はセモリナ粉に茶の粉を少しずつ加え、生地の色を見ながら調整しました。水を加えて練ると、淡い緑色の生地になります。


「もう少し濃い方がいいわ」


「では、少し加えますね」


 緑色が均一になったところで、カタリナはうなずきました。


「そのくらいでいいわ」


 タマちゃんは小豆の鍋と緑色の生地を交互に見ました。


「陛下、ずいぶん変わった組み合わせですね」


「そうでしょう?」


「小豆とスパゲティーを一緒に使うんですか?」


「できあがってからのお楽しみよ」


「それから料理長さん、ホイップクリームも作っていただける?」


「はい。生クリームはありますよ」


「砂糖は多めにして、しっかり甘くしてね」


「どのくらい泡立てましょうか?」


「スプーンですくっても、形が崩れないくらいがいいわ」


「分かりました。少し固めに仕上げます」


 料理長が生クリームに砂糖を加えて泡立て始めました。


 タマちゃんは小豆、緑色の生地、泡立てているクリームを順に見ました。


「……甘いスパゲティーですか?」


「ふふふ。もう少しよ」


 カタリナはさらに思い出しました。


「あとはイチゴ。今日、採れたてが納品されたはずだから使いましょう」


「はい、今朝届いています。とてもよいものですよ」


 料理長が保管庫からイチゴの籠を取り出します。


「まあ、きれいね。洗ってヘタを取ってね。形のよいものは飾りに使いたいから、そのまま残しておいて」


「承知しました」


 小豆が柔らかく煮上がると、砂糖を加えて粒を残した甘い餡に仕上げました。緑色の生地から作ったスパゲティーもゆで上がり、甘いホイップクリームとイチゴが調理台に並びます。


 カタリナは大きな皿を用意してもらいました。


「では、そのお皿にスパゲティーを3人前ずつ盛ってください」


「3人前、ですか?」


「ええ。たっぷり盛るの」


 料理長は大皿へ、緑色のスパゲティーを山のように盛り付けました。


「次は、上に生クリームをたっぷり載せて」


「はい」


「さらに、この小豆の餡を載せるの。この餡は小倉あんって言うのよ」


「はい。粒が残っていて、つやがありますね」


 白いクリームの上に、小倉あんがこんもりと載りました。


「最後に、緑の補色の赤いイチゴをトッピングすれば、できあがり」


 鮮やかな緑色のスパゲティーに、白い生クリーム、濃い色の小倉あん、真っ赤なイチゴが並びます。


 タマちゃんは、できあがった大皿をしばらく見つめていました。


「陛下」


「なあに?」


「でも、さっき3人前って言いませんでした?」


「言ったわよ」


「では、3人分を盛り付けたんですよね?」


「そうよ」


「……完成品は何人分なんですか?」


「1人分よ」


「えっ?」


「完成品は1人分なの」


 タマちゃんは大皿を見ました。


 料理長も、改めて皿の大きさを確かめました。


「陛下、変わったものどころの話じゃないですね」


 タマちゃんが真顔で言いました。


「変わっているけれど、ちゃんとした料理よ」


「本当にですか?」


「ええ。味は食べてからのお楽しみね」


 料理長が尋ねました。


「この料理には、名前があるのでしょうか?」


「抹茶小倉スパよ」


 タマちゃんはもう一度、大皿を見ました。


「スパゲティーですよね」


「そうよ」


「甘いですね」


「ええ」


「3人前ですね」


「そうよ」


「それで、1人分なんですね」


「そうなの」


 カタリナは満足そうにできあがった料理を眺めていました。


 地脈から魔力が供給される身体です。食べなくても空腹にはなりません。それでも、前世の記憶を呼び起こしたこの料理は、今すぐ食べたくなりました。


「料理長さん、では、これをペット名の事務官たちの分も作っていただける?」


「はい。何皿ご用意しましょうか?」


「ポチ、シロ、クロ、ペス、ミケ、それからタマちゃん。6人分ね」


「承知しました。6皿ですね」


「ええ。どれも今作ったものと同じように、スパゲティー3人前を使ってね」


 料理長は、大皿をもう一度見ました。


「……こちらと同じ量を6皿ですね」


「そうよ。生クリームも小倉あんもたっぷり。イチゴも忘れないでね」


「承知しました」


 カタリナはタマちゃんに向き直りました。


「では、みんなで一緒に食べてね。私はこのままお部屋へ持って帰って、今からいただくわ」


「私も、みんなと一緒にですか?」


「もちろんよ。タマちゃんも一緒に食べてくるといいよ」


 タマちゃんは、山盛りの緑色のスパゲティーを見ました。


「陛下、全員がこの量を食べるんですか?」


「そうよ。1人分なんだから」


「……分かりました」


「感想は夕方でいいわ。みんなが食べられるように手配してあげて」


「はい。ポチたちに連絡して、食事の場所と時間を調整します」


「お願いね」


 料理長はカタリナの大皿を運ぶため、しっかりした盆を用意しました。


 カタリナは礼を言い、自分の抹茶小倉スパを持って部屋へ戻っていきました。


 タマちゃんはその後ろ姿を見送り、料理長へ振り返りました。


「……本当に、これをあと6皿ですね」


「魔王陛下は、そのようにおっしゃいました」


「分かりました。お願いします」


 タマちゃんは事務官たちを呼びに向かいました。


 夕方までに、全員の感想を聞いておかなければなりません。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。