第29章 属国になりたい国が増えました
第29章 属国になりたい国が増えました
人民解放軍が国境へ届かなかったあとも、連合国の内側では別の問題が続いていました。
ローヴェン王国では、国会が連合国からの脱退と魔王国側への加盟交渉を決めた直後に連合国軍が入りました。
エルシア共和国では、出版と集会を認めたまま選挙を行い、連合国との関係を見直す勢力が議会の多数を取りました。その政府が脱退を決めると、やはり連合国軍が入りました。
二つの国で起きたことは、周辺国へすぐ伝わりました。
「議会で決めても軍が来る」
「選挙で政府を替えても同じだった」
「では、連合国を抜ける手順は何なのだ」
各国の議会や宮廷で、同じ話が出るようになりました。
もう一つ、国境に近い地域では毎日の暮らしそのものが比較されていました。
魔王国の属国民は、国境の外へ出ても魔物や大型魔獣に襲われません。魔王国の領土かどうかではなく、魔王の家来かどうかで判定されるからです。
その一方で、連合国側の住民は同じ森を通れば普通に獲物として見られます。
「向こうの荷馬車は夜でも森を通るぞ」
「こっちは護衛を十人付けても危ない」
「同じ街道なのに、何が違うんだ」
「魔王の属国かどうかだそうだ」
国境の市場では、そんな会話まで聞かれるようになりました。
さらに、連合国側では食料不足が続いています。魔王国と属国の経済圏では、穀物、家畜、鉱石、木材、加工品を域内で融通し、人も国境を越えて働いています。
どちらへ属するかは、外交だけの話ではなくなっていました。
◇ ◇ ◇
「陛下、加盟についての文書がまとまって届きました」
タマちゃんが厚い束を机へ置きました。
「連合国からですか」
「連合国に加盟している国からです。十か国ほどあります」
「十か国ですか」
「属国を希望する国と、保護国を希望する国が混ざっています」
カタリナは一番上の文書を開きました。
「二つで扱いが違うのですね」
「はい」
タマちゃんは紙を二つの山に分けました。
「属国の場合、現在の国王や政府、議会、国内法はその国に残します。その上で魔王陛下を上位の君主として正式に認め、魔王国と属国の経済圏へ入ります」
「共通通貨や、人の移動もですね」
「はい。現在の属国と同じ形なら、住民も正式に魔王の家来として扱われます。魔物の判定もそこで変わります」
「保護国は?」
「国内の主権をより強く残し、外交や安全保障の一部を魔王国へ預ける形です。どこまで預けるかは条約で決めます。保護国の住民は臣従関係に入らないため、魔物の判定は従来のままです」
カタリナは二つの山を見比べました。
「それなら、希望する理由も違いそうですね」
「かなり違います」
タマちゃんは、比較的薄い文書を一つ取りました。
「この山岳王国は属国を希望しています。銅鉱山がありますが、耕地が少なく、食料輸入への依存が大きい国です。共通通貨へ参加し、住民の就労先を経済圏全体へ広げたいと書いています。こちらから求める食料援助は最初の冬だけで、その後は銅と加工品の輸出で収支を合わせる計画です」
「自分たちが出せるものも書いてありますね」
「はい。人口、鉱山の産出量、道路、倉庫、税収まで添付されています」
次は海岸を持つ共和国でした。
「こちらは保護国です。議会制度はそのまま維持。港と海軍も自国管理。連合国軍が再び介入した場合の安全保障と、魔王国側との通商再開を求めています。駐留経費は自国負担と明記されています」
「ずいぶん具体的です」
「十か国ほどのうち、半分ほどは自分たちの負担まで考えています」
タマちゃんは、もう半分の山から一通抜きました。
「残る半分ほどは、こちらの負担を先に並べた文書が目立ちます」
「何と書いてありますか」
「保護国を希望。国内制度、通貨、関税、軍、外交上の独自権は全部維持。その上で、住民全員を魔王の家来と同じ扱いにして、魔物から保護するよう求めています」
「属国にはならないのですよね」
「その希望です」
「でも、魔物には属国民として扱ってほしいのですね」
「はい」
タマちゃんは次の紙を出しました。
「こちらは魔王国軍の常駐、食料の優先供給、道路修理費の全額負担を求めています。自国側の負担欄は空白です」
「空白ですか」
「空白です」
「こちらは?」
「共通通貨への参加は見送り。ただし魔王国経済圏での関税は属国と同じ免除を希望。さらに、現在の貴族年金を魔王国側で保証するよう求めています」
カタリナは文書を戻しました。
「同じ属国希望でも、ずいぶん違いますね」
「書面だけで決めると危ないです」
タマちゃんは別紙を広げました。
「人口が申告どおりか。食料を自給できるか。税収と国庫にどれだけ余力があるか。借金はどこへ負っているか。役所は動いているか。軍を政府が統制できているか。街道、橋、港、河川、鉱山、耕地の状態。連合国軍が国内に駐留しているか。申請書へ署名した人が、本当にその国を代表できる人か。最低でもこの程度は確認します」
「十か国全部ですね」
「はい。それに、属国なら経済圏へ入れた後の人と物の流れまで見ます。保護国なら、こちらが引き受ける安全保障の範囲を先に決めます」
タマちゃんは調査班の仮編成を書き始めました。
「一国につき、財政、地方行政、農業、土木、軍務、交易、それに現地資料を読む人と測量担当。この八分野を最低限そろえます」
「十組で八十人ですね」
「そこへ記録係、護衛、現地連絡員が加わります」
カタリナは、机の端に置かれていた別の書類を見ました。
つい先ほどまで二人が見ていた、橋の補修計画です。
「この橋は、石工を十二人移すだけで住宅建設が三日遅れるのでしたね」
「はい」
「牛や羊も、本国では世話をする人が足りなくて属国へ配りました」
「はい。鉱山には鉱石があります。畑には土地があります。石材も海岸へ大量に積んであります。今いちばん薄いのは人です」
戦争後、生き残った人々と家族を可能な限り回収しても、魔王国本国の人口は戦前のおよそ三割でした。
農地を戻す人、家を建てる人、家畜を見る人、道を直す人、役所で帳簿を書く人。
どこから一人抜いても、その一人がやっていた仕事が残ります。
「十か国がこちらへ来るのは、将来を考えれば大きいですね」
「人も資源も増えます。ですが、加入前の調査を本国の人員で十組作ると、今やっている復興作業の方から人を抜くことになります」
カタリナは地図を見ました。
「では、すでに人数のいる国にお願いしましょう」
「私も同じ案です」
タマちゃんは別の紙を取り出しました。
「アレキサンドリア王国にまとめてもらいます」
「アレックスさんですか」
「旧帝国の行政網を整理した経験があります。各属国との連絡経路も持っています。財務官、地方官、測量担当、農政担当も、魔王国本国より動かしやすいです」
カタリナは少し考えました。
「一瞬だけ皇帝だった方ですね」
「はい。先帝の戦争で、魔王国本国の人口は今も戦前の三割ほどです。その人員不足でもありますので、今回はアレキサンドリア王国に担当をお願いします」
タマちゃんは文書を書き始めました。
希望国ごとに、人口、財政、食料、行政組織、軍、交通、産業、連合国との関係、国内での支持状況を調査すること。
属国と保護国のどちらが実態に合うかも評価すること。
要求条件のうち受け入れられるもの、条件を付けるもの、退けるものを整理すること。
そして、魔王国へ上げる段階では、カタリナとタマちゃんが決裁するだけの状態まで書類を整えること。
「この形で送ります」
「お願いします」
タマちゃんは最後に、返信用の封筒を一枚添えました。
普通の封筒に見えますが、カタリナの交換魔法を組み込んであります。返書を入れて封を閉じ、指定された部分を押せば、使う人に魔力がなくても魔王国の受取箱へ移ります。
「これなら、向こうからの返事も早いですね」
「アレックス国王の仕事が増えますので、返事くらいは楽にしておきます」
文書と返信用封筒は、アレキサンドリア王国へ送られました。
◇ ◇ ◇
アレックスの執務机へ、新しい封書が現れました。
「今度は何だ」
側近が封を確認しました。
「魔王国です。タマ殿の署名があります」
アレックスは最初の一枚を読み、次の一枚へ進みました。
「十か国ほどか」
「属国化の希望ですか」
「属国と保護国だ。こちらで全部調べて、魔王国は決裁だけで済むようにまとめろ、とある」
側近は机の横に積まれた書類を見ました。
旧聖ネメリア国地域の治安、人口、食料、旧寺院財産、宗教税、帰還者、行方の分からない巫女たち。
先日タマちゃんから届いた仕事も、まだ進行中です。
「引き受けますか」
アレックスは十か国分の申請書をもう一度見ました。
「引き受ける。各国ごとに担当を置こう。こちらで調べられるところまで調べる」
「旧聖ネメリアの方は?」
アレックスは、そちらの報告書へ目を移しました。
「それも返事に書く。向こうへ一つ、頼みたいことがある」




