第26章 国境を越えても家来です。魔王国国民のこと。
第26章 国境を越えても家来です
共通通貨と自由移動の準備が始まると、各属国から別の報告も集まりました。
「魔王陛下、魔物による被害が、正式に属国となった地域では皆無になっております」
タマちゃんが報告しました。
「予想どおりですね。国外へ出た属国民も、同じ扱いでしたね」
「はい。魔王国民が国外へ出た場合と同じです」
「逆に、連合国の方がこちらへ入れば、いつもどおり襲われますね」
「はい。場所ではなく、人の側で決まっています」
「狩りに出る方には、これまでどおり注意が必要ですね」
「こちらから魔物を狩りに行けば、向こうも反撃します。狩るつもりで近づいた方が、逆に狩られることもあります」
「そこは変わりませんね」
「はい」
◇ ◇ ◇
属国となったロスベル王国の街道では、その変化が日常になっていました。
「お父さん、前から大きいのが来るよ」
荷車の横を歩いていた少年が、前方を指しました。
「端へ寄っておけ。荷車をぶつけるなよ」
森から出てきた大型魔獣が、街道の中央をゆっくり歩いてきました。肩の高さだけで大人の背丈を越えています。
農夫は馬を道端へ寄せました。大型魔獣も荷車を一度見ただけで、そのまま横を通り過ぎました。
「やっぱり襲ってこないね」
「もう慣れただろう」
父親はそう言って荷車を戻しました。
人を主な獲物にしていた魔物の一部は、属国化のあと、狩り場を国外へ移していました。大型魔獣も同じです。魔王の家来となった人間を食べられなくなれば、獲物のいる方へ移るだけでした。
この変化は、街道警備の人数にも表れました。商隊へ付いていた護衛が減り、村の周囲を巡回していた討伐要員も別の仕事へ移っています。
「陛下、魔物対策へ使っていた人員も、生産や輸送へ戻せます」
タマちゃんは新しい人員表へその数字を書き込みました。
「不足分を全部は補えませんが、戻せる人員は優先順位をつけて生産や輸送へ回してください」
「はい」
◇ ◇ ◇
その頃、連合国側では、最初の離脱希望国が現れていました。
ローヴェン王国議会では、三日間の審議のあと、連合国からの脱退案が採決されました。
「賛成百四十二、反対八十一。よって、連合国脱退決議は可決されました」
議場がざわめきました。
首相エドモン・ヴァレは立ち上がりました。
「政府は、この決議に従います。連合国から脱退し、魔王国側への加盟交渉を開始します」
その日の夕方には、アルデン公国の連合評議会へ正式文書が送られました。
返答は短いものでした。
「脱退は認められない」
翌朝、連合国軍がローヴェン王国へ入りました。
「首相、東部国境から連合軍です」
「こちらは宣戦布告していない」
「先方は、連合国秩序の回復と、正統政府の保護を名目にしています」
「正統政府?」
「アルデン公国に、ローヴェン王国政府が新しく設置されました」
エドモンはしばらく黙りました。
「私はここにいるのだが」
「先方は、魔王国の影響を受けた違法政権と発表しております」
連合国軍は首都へ向かいました。
◇ ◇ ◇
報告を受けたカタリナは、タマちゃんと農業人口の再配置表を見ているところでした。
「ローヴェン王国から救援の申し入れも来ています」
「ローヴェン王国は、まだ加盟交渉に入った段階でしたね」
「はい。加盟交渉を始めるという決議をした段階でした」
「最初に連合国へ加盟したのも、ローヴェン王国自身の判断ですね」
「はい」
「では、連合国を抜けられるかどうかは、まずその方たちの問題ですね」
「その判断でよろしいと思います。こちらは人口減少後の国内運営もまだ安定しておりません」
「今いる国民と属国の方々を先に見ます」
「承知しました」
カタリナはローヴェン王国へ軍を送りませんでした。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、別の国でも動きが始まりました。
エルシア共和国では、最初に動いたのは政府ではなく、市民でした。
「連合国に残るかどうかを、もう一度自分たちで決めさせてほしい」
「私書箱の政府を正統政府と認め続ける理由を説明してほしい」
「出版を止めるな。集会を止めるな」
街頭集会が増え、新聞や雑誌でも連合国との関係を問い直す記事が続きました。
政府は出版を止めず、集会も認めました。そのまま選挙が行われ、連合国との関係見直しを掲げた勢力が議会の多数を取りました。
新首相のマルセル・ヘインは、国会で方針を説明しました。
「私たちは、まず外交上の自由を取り戻します。連合国の決定に自動的に従う制度を改めます。魔王国との直接交渉も再開します」
数か月後、政府は連合国脱退を正式に決定しました。
その直後、連合国軍がエルシア共和国へ入りました。
タマちゃんは二つの報告を並べました。
「陛下。ローヴェン王国は国会決議で、エルシア共和国は民衆運動、出版、集会、選挙を経て脱退を決めました。どちらにも連合国軍が入りました」
「こちらへの正式な加盟や、救援要請は来ていますか」
「救援要請は来ておりません。エルシア共和国は、まだ魔王国側へ加盟していない国です」
「では、こちらの仕事を続けましょう」
「はい。次は共通通貨の交換比率と、製錬拠点を集約した場合の輸送量です」
カタリナは地図を引き寄せました。
「こちらの国で作った完成品を、この三国へ運ぶなら、この街道が短いですね」
「橋を一つ補修すれば、さらに短くできます」
「そこを先に直しましょう」
連合国の内側で二つの国が軍に押さえられている間も、カタリナとタマちゃんは魔王国と属国の日常業務を続けました。




