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第22章 聖ネメリア国は十万人を集めます。

第22章 聖ネメリア国は十万人を集めます



「一万人でも三万人でも足りなかった。ならば十万人だ」


 大祭主グレゴールは、地方祭主たちを集めた会議で宣言しました。


「各地の末端寺院へ、兵百人の供出を命じる。兵だけでは足りない。食料、家畜、荷車、衣類、武具、飼料も割り当てる」


 地方祭主の一人が慎重に尋ねました。


「対象寺院は千前後になります。百人ずつ出せば、村によっては働き手が大きく減ります」


「神への奉仕だ」


「第二次討伐軍の損失で、すでに人手を失った地域もあります」


「信仰があれば耐えられる」


 次席祭主オルドが帳簿を開きました。


「費用は各寺院の負担とします。中央からの支出は、聖騎士団と指揮部門を優先します」


「寺院側から、修繕費や祭礼費が不足するという訴えが出ています」


「宗教税を確実に集めさせなさい」


 会議はそれで終わりました。



◇ ◇ ◇



 命令は、村の末端寺院まで届きました。


「百人ですか?」


 村長が聞き返しました。


 寺院長は、中央から来た命令書を机へ広げました。


「成人男性を中心に百人。足りなければ年齢を広げます」


「この村だけで百人を出したら、収穫ができません」


「近隣の小村と合わせても構いません。ただし、この寺院の割当は百人です」


「去年も兵を取られています」


「魔王を倒せなかったから、今度は十万人が必要なのです」


「帰ってきた者は?」


 寺院長の顔が険しくなりました。


「神への奉仕を損得で数えるのですか」


 隣にいた神官が別の紙を読み上げました。


「兵百人のほか、麦二百袋、乾燥肉、塩、牛十五頭、馬八頭、荷車十二台、車輪の予備、革、布、靴を供出。飼料は荷車三台分」


「そんな量を出したら冬を越せません」


「大祭主猊下の命令です」


「宗教税も払ったばかりです」


「宗教税は宗教税。討伐軍への供出は別です」


 農家の男が立ち上がりました。


「うちの息子は出しません。兄が第二次で帰ってきていない」


 神官が男の家の欄を探しました。


「宗教税の滞納がありますね」


「三日遅れているだけだ」


「では、息子さんを出せば滞納処分は保留しましょう」


「人を税の代わりにするのか」


「神へ奉仕する機会を与えると言っています」


 別の家では、荷車を取られるのを拒んだ老人が寺院の護衛に押さえられました。


「これは村で一台しかない大型荷車だ!」


「だから必要なのです。十万人分の食料を運ぶのですよ」


「来年の種麦まで持っていく気か」


「魔王が倒れれば、神の加護で豊作になるでしょう」


「今年の冬はどうする!」


 護衛は倉庫の扉を開けました。


「命令に逆らえば、異端審問の対象になります」


 寺院は、これまで村から宗教税を取り、巫女を取り、労役を取り、今度は百人の兵と軍需物資まで取り始めました。



◇ ◇ ◇



 魔王国には、こうした情報が属国経由で集まりました。


「第三次討伐軍、予定十万人です」


 タマちゃんが報告しました。


「まだ集結していませんね」


「はい。末端寺院ごとに百人のノルマを課している段階です。物資も同時に徴発しています」


 カタリナはしばらく考えました。


「十万人をまたこちらまで歩かせるのは、面倒ですね」


「属国側も、今回は避難範囲がかなり広くなります」


「人を集めているのは、寺院ですね」


「はい。徴税、徴兵、物資集積、命令伝達の全部を末端寺院が担当しています」


 カタリナは聖ネメリア国の寺院一覧を出してもらいました。


「石の柱がある寺院は、どのくらいですか」


「すべてです。規模は違いますが、祭壇や本殿を支える主要柱に石が使われています」


「材質と太さも記録できますか」


「できます。何をなさるのですか」


「十万人を止めるより、集める場所を止めます」


 その日の深夜、カタリナは聖ネメリア国内の寺院を一つずつ指定しました。


 人の出入りが最も少ない時間でした。参拝者はおらず、祭礼も終わっています。


 同じ太さ、同じ材質の石柱について、柱の途中を四十五度の斜面で切った形になるよう上下の部分を交換しました。横から見ると、交換部分が等脚台形状にずれて見える配置です。


 一本、二本と対象を増やし、それを国内すべての寺院で同時に行いました。


 柱に載っていた荷重は、朝まで待ってくれませんでした。



◇ ◇ ◇



 夜明け前から、各地で鐘ではなく崩落音が響きました。


「寺院が!」


「柱がずれている!」


「本殿へ近づくな!」


 祭壇を置いた建物が傾き、屋根が落ち、回廊が崩れました。


 深夜だったため参拝者の被害は出ませんでした。崩れる瞬間を正面から見た者もほとんどいません。


 だからこそ、朝になると同じ言葉が広がりました。


「魔王だ」


「魔王が一晩でやった」


「国中の寺院が同じ壊れ方だぞ」


 神官たちは「魔王による神への冒涜」と叫びました。


 村人の間では、神官たちとは別の見方も広がりました。


「神の家なら、どうして神様が守らなかった」


「昨日、うちの息子を連れていった寺院だけが崩れたんじゃない。全部だ」


「百人出せと言った翌日の夜だぞ」


「神様の名前でやっていたことが、神様の意志と違ったんじゃないのか」


 徴兵の集合場所も、物資を積み上げる倉庫も、祭壇も失われました。


 第三次魔王討伐軍の編成は、その朝から止まり始めました。

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