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第20章 カタリナは三万人を止めます。 確かに動けない。

第20章 カタリナは三万人を止めます



「第一次討伐軍の敗因は、補給と現地対応にある」


 聖ネメリア国の評議会で、聖騎士総長バルドが言いました。


「魔王国へ到達する前に、旧帝国諸国と衝突しました。第二次は自前の輜重を十分に持たせます。食料、飼料、予備武器、鍛冶、治療要員、荷車をそろえます」


 大祭主グレゴールはうなずきました。


「兵は?」


「出発時三万人。病気や怪我で欠員が出た場合も、代理を立てて三万人を維持します」


「神への報告も三万人で行う」


「はい」


 拓人が軍議の先頭席にいました。


「俺が先頭に立ちます。今度は魔王まで行く」


「勇者様なら、属国兵に止められることもないでしょう」


 グレゴールは拓人へ手を差し出しました。


「世界を救う聖戦を、今度こそ成し遂げてください」



◇ ◇ ◇



 第二次討伐軍が動いたという知らせは、すぐ魔王国にも届きました。


「三万人です。今回は輜重部隊を伴い、現地徴発を避けるよう指示されているようです」


 タマちゃんの報告を聞き、カタリナは属国向けの命令を決めました。勇者の力は召喚に使われた百人の命に対応する百人力で、カタリナは自分で殺した十三万人の魂を基礎に魔王となっています。単純な能力規模でも千三百倍の差があります。それでも勇者は通常の兵士にはほぼ無敵なので、属国軍を近づける理由はありません。


「今回は手を出さないでください。勇者も一緒ですから危険です」


「進路上の村は?」


「住民を避難させてください。家畜や荷車も、移せるものは先に移してください。属国軍は監視だけで十分です」


「迎撃は禁止、と明記しますか」


「はい。前回の報復もしないようにお願いします」


 アレックスやヴィクトル3世から確認が届きましたが、カタリナの返事は同じでした。


 各国軍は街道から距離を取り、進路に当たる村の住民を避難させました。家畜や荷車も先に移され、聖ネメリア軍は人のいなくなった村を横目に進みます。各属国から派遣された観戦武官たちは、軍列へ近づかず、旧帝国側の属国領内にある国境手前の丘へそれぞれ自前で移動していました。そこなら街道と魔王国側の前線を見渡せます。


「魔王陛下、各属国の観戦武官は予定の丘へ到着しております」


 タマちゃんが新しい報告を置きました。


「戦わない代わりに、何が起きるのか見ておきたいのですね」


「はい。アレキサンドリア、グランツをはじめ、今回の進路に近い属国から来ています。全員、街道から距離を取って待機しております」


「それなら、その場所から見てもらってください」


 観戦武官たちを丘に残したまま、魔王国本国では復興作業が続いていました。人口は戦前のおよそ三割まで減っています。畑へ戻る人、家を建て直す人、役所を動かす人、すでにいる家畜を世話する人まで足りず、遠征軍が来るからといって三万人に合わせた兵力を集める余裕も、集める意味もありません。


「軍を集めますか」


 いつもの近衛、フーベルトゥスが尋ねました。


「集めません。みんな忙しいでしょう」


「では、魔王陛下お一人で向かわれますか」


「タマちゃんには記録をお願いします」


「承知しました、陛下」


 タマちゃんが記録板と筆記具をまとめる横で、カタリナはフーベルトゥスを見ました。


「フーベルトゥスも来てください」


「護衛として、でしょうか」


 カタリナは少し考えました。


「三万人の前へ、女王と秘書官だけで出ると格好がつかないでしょう」


 フーベルトゥスは、その理由なら自分が戦力として数えられていないことまで理解したようでした。


「承知しました」


 観戦武官は国境手前の丘に残り、カタリナ、タマちゃん、フーベルトゥスの三人だけが、勇者を先頭に進む遠征軍の正面へ転移しました。



◇ ◇ ◇



 街道の向こうまで、兵と荷車が続いていました。


 先頭を歩いていた拓人が足を止めます。


「カタリナ!」


「お久しぶりです」


「今度は逃げないぞ」


「逃げる予定はありません」


 タマちゃんは少し後ろで記録板を開きました。フーベルトゥスはカタリナの横に立っています。


 カタリナは拓人の後ろに並ぶ軍勢を見ました。


 魔王になる前、五万人を相手にしたときは、周囲の気体を大きな体積で交換しました。八万人のときも、低湿地から硫化水素を運び、酸素とアルゴンを交換し、終わってから戻しています。


 魔王となった今は、魔力量だけでなく交換魔法の制御もはるかに精密になっています。


 カタリナは、自分が昔ずいぶん大きなものを動かしていたことを思い出しました。


(全員を包む必要はなかったのですね)


 一人ずつ、必要な場所だけを交換すればよい。


 交換そのものは、今も同じ体積の領域どうしで行います。そこで各兵士の首から上を含む同じ大きさの空間を設定すれば、頭部の大きさが違っても周囲の空気を含めて同体積にできます。魔王となった現在の魔力量なら、質量や平均密度比の差は実用上ほとんど気にしなくて済みます。


 カタリナは拓人へ尋ねました。


「これ以上、進みますか?」


「進む。お前を倒して、この世界を救う」


 後ろの聖騎士たちからも声が上がりました。


「勇者様に続け!」


「魔王を討て!」


 タマちゃんが返答を記録しました。


 カタリナはもう一度、三万人近い軍列を見ました。


「そうですか」


 拓人が剣を抜きます。


 カタリナは静かに言いました。


「でも、進めませんよ」


 交換転移が発動しました。


 左右で近い兵士を二人ずつ組にし、それぞれの首から上を含む同体積領域を交換します。


 ほんの一瞬でした。


 拓人を含む兵士たちが、次々とその場へ倒れました。


 首から上は、さっきまで隣に立っていた別の兵士のものへ変わっています。


 カタリナは続けて広域治癒魔法をかけました。皮膚、筋肉、血管、気管、食道など、接続できる部分を可能な範囲でつなぎます。血管の太さや筋肉の位置には個体差があるため完全一致までは求めず、つなげられる部分を治癒魔法へ任せました。大人数が大怪我をした場合に、エリアヒールをどこまで個別制御できるか試す機会にもなりました。


 脊髄はつなぎませんでした。


 別人の頭部と身体である以上、長期的には免疫の問題も残ります。それでも交換直後の大出血だけで全員がすぐ死亡する状態にはせず、治癒可能な部分はまとめて処置しました。


 タマちゃんが周囲を見回しました。


「陛下」


「はい」


「一人、立っています」


 軍列の途中に、一人だけ剣を持ったまま立ち尽くしている兵士がいました。


「三万人だったのでは?」


「出発時の名簿は、きっちり三万人です。神への報告も三万人で行った記録があります。病欠や負傷者には代理人を立てています」


 カタリナも首をかしげました。


「ここへ来るまでに、奇数になったようですね」


「そのようです」


「隣同士でなく、最初から順繰りに交換すればよかったですね」


「次回があれば、順繰りでお願いいたします」


 タマちゃんは立っている兵士のところへ歩いていきました。


 周囲には、顔だけが別の兵士になった仲間たちが倒れています。声は出ませんが、目は動いていました。勇者も同じです。


 タマちゃんは兵士の前で止まりました。


「君、どうしたい?」


 兵士は剣を握ったまま、勇者の方を見ました。次に聖騎士総長の方を見て、最後に足元の仲間たちを見ました。


 しばらくして、剣を地面へ置きました。


「……降伏します」


「では、捕虜になってください」


「はい」


 国境手前の丘で一部始終を見ていた属国の観戦武官たちは、軍勢が動けなくなったことを確認してから丘を下り、街道を通って近づいてきました。


 アレキサンドリアの武官が倒れた軍勢を見て、言葉を選びながら尋ねます。


「陛下、この後はどういたしましょう」


「武器と装備は回収してください。鹵獲品として皆さんで分けて構いません。輜重の物資も使えるものは使ってください」


「負傷者の治療は?」


「治療はもうしました。脊髄はつないでいませんし、頭部と身体も別人です。これ以上の治療に人手を使う必要はないと思います」


 カタリナは倒れている兵士の顔を見ました。


「しばらく意識がある方もいます。顔を近づけると噛みつくかもしれませんから、回収するときは気をつけてください」


 武官たちは互いの顔を見ました。


「承知しました」


「では、わたくしたちは戻ります。復興作業がありますので」


 カタリナ、タマちゃん、フーベルトゥス、それに捕虜となった一人が、その場から消えました。

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