第19章 第一次討伐軍は途中で全滅します。 昔の十字軍のような感じ。
第19章 第一次討伐軍は途中で全滅します
聖ネメリア国の第一次魔王討伐軍は、聖騎士を中核とする約一万人でした。
国境を越えて旧帝国の属国へ入った当初、軍列は整っていました。大神殿から持ち出した軍旗が先頭を進み、鎧も武器もよくそろっています。
問題は、数日後に始まりました。
「食料が予定より早く減っています」
輜重担当の神官が聖騎士隊長へ報告しました。
「周辺の村から出させろ」
「通過許可は得ていません」
「魔王を討つ聖戦だ。許可を求める相手ではない」
街道沿いの村へ、聖騎士が入りました。
「村長を出せ」
村長が役場から出てくると、騎士は紙を一枚見せました。
「遠征軍のため、麦三百袋、塩漬け肉、牛二十頭、馬十頭、荷車十五台を供出せよ」
「これはアレキサンドリア王国の命令書ではありません」
「聖ネメリア国の大祭主猊下の命令だ」
「ここはアレキサンドリア王国です」
騎士は村長へ一歩近づきました。
「魔王の属国になったから、神の命令へ従わないと言うのか」
「国王陛下から、貴軍へ物資を渡せという命令は受けておりません」
「なら、我々が持っていく。若い男も百人出せ。荷車を動かす者が要る」
「徴兵までなさるおつもりですか」
「聖戦への奉仕だ」
兵士たちは倉庫を開け、家畜を引き出しました。
家の前で母親が息子を抱えていると、別の聖騎士が腕をつかみます。
「この男も連れていけ」
「この子はうちの畑を――」
「魔王の手先になるより、神に仕える方がよい」
若い女性や少女まで集められました。
「この者たちは何に使うのです」
村長が問い詰めると、神官は不思議そうな顔をしました。
「巫女と従軍奉仕に決まっているでしょう。聖軍の世話をする者が必要です」
「本人たちの同意は?」
「神への奉仕に、俗人の同意を持ち出すのですか」
村長はその日のうちに王都へ急報を送りました。
◇ ◇ ◇
「通過だけなら放置するつもりだった」
アレックスは軍務官から報告を受け、机の上へ拳を置きました。
「徴兵、食料の強奪、家畜、荷車、それに女性まで連れていったのか」
「確認できた村だけで三村です。ほかの街道でも同じことを始めています」
「ヴィクトル3世へも連絡を。進路にかかる属国全部で情報を共有する」
「迎撃命令を出しますか」
「これはもう通過ではない。我が国の領民を連れ去っている敵軍だ。取り戻せ」
グランツ王国側でも、同じ判断が出ました。
旧帝国は拡大を続けていた国です。カタリナ一人の魔法に十三万人を失いましたが、それ以前まで周辺国へ軍事力を押しつけてきた側でもあります。残っている各国軍の士官や兵士には、実戦経験者が多くいました。
聖騎士隊長は、最初の属国軍が街道を塞いだのを見て笑いました。
「魔王の属国兵が来たぞ。押し通せ」
属国側の指揮官が前へ出ます。
「奪った民と物資を返し、武器を置け。そうすれば身柄を拘束して事情を調べる」
「異端者へ武器を渡す聖騎士がいるものか」
「なら、ここから先へ進ませない」
戦闘が始まりました。
最初のうちは、属国側も降伏した者を拘束しようとしました。ところが白布を掲げて近づいた聖騎士が、距離が縮まったところで隠していた短剣を抜きました。別の場所では武器を置いた兵が看守へ飛びかかり、さらに休戦の使者を装った一団が護衛へ攻撃しました。
「降伏の合図を信用できません」
若い士官が報告しました。
指揮官は負傷した兵を見てから、捕らえた神官へ尋ねました。
「なぜ、降伏したあとに攻撃した」
「異端者との約束は神の前では無効だ」
「捕虜として扱うと言った」
「魔王の属国に、神の兵を裁く権利はない」
指揮官はしばらく黙り、初期に拘束した者たちの供述と、偽装降伏や休戦中の攻撃について届いていた報告をもう一度確認しました。
「分かった。以後、この遠征軍については捕虜を取らない。降伏の合図を理由に隊形を崩すことも禁止する」
「全軍へ伝えます」
戦闘は長く続きませんでした。
聖騎士たちは装備こそよく、個々の士気も高かったものの、旧帝国系の各国軍が複数方向から出てくることを想定していませんでした。現地調達を始めたため、街道沿いのすべての国を敵に回しています。
最後まで「神の名の下に退くな」と命令が繰り返され、遠征軍は魔王国へ着く前に全滅しました。戦闘終了時、生存捕虜は残りませんでした。
◇ ◇ ◇
戦いが終わると、属国軍の補給担当者たちは別の意味で驚きました。
「鎧の予備まであるぞ」
「剣も槍も、状態のよいものが多い」
「荷車は何台残った?」
「動くものだけで百を超えます。馬具、天幕、工具も大量です」
旧帝国各国は、カタリナとの戦争で多くの装備を失っています。
アレックスは鹵獲品の一覧を見て、軍務官へ尋ねました。
「こちらの損耗分を補って、余るか」
「かなり余ります。グランツ側にも同程度の鹵獲があります」
「聖ネメリア国は、宗教税をよほど武具へ使っていたらしいな」
「領民から一割ずつ集めれば、装備だけは潤沢になります」
アレックスは一覧の最後まで目を通しました。
「魔王国へ報告しておけ。こちらが勝手に始めた戦争ではなく、村の徴兵と略奪を止めるために戦ったことも添えてな」
「承知しました」
魔王国へ届いた報告を読んだカタリナは、タマちゃんへ尋ねました。
「一万人、こちらまで来なかったのですね」
「はい。属国側で全滅しました」
「鹵獲品は?」
「各国で分配しています。失った装備の補充になるそうです」
「それなら、そのまま使っていただきましょう」
タマちゃんは次の紙をめくりました。
「聖ネメリア国は、もう次の遠征軍を準備しています」
「またですか」
「今度は、補給の失敗を反省したようです」




