第18章 タマちゃんは三人を殴ります。 剣とグーパンチで
第18章 タマちゃんは三人を殴ります
「聖ネメリア国で一番偉い神官は、大祭主グレゴール・ヴァリスです」
翌日、タマちゃんは名簿を持ってきました。
「二位は次席祭主オルド・メッサ、三位は聖務総監セレナ・カルヴァです」
「全員、国内にいますか」
「確認できています」
カタリナは名簿を見てから、牢の方へ視線を向けました。
「では、黒瀬さんとグレゴールさんを入れ替えます」
牢の中にいた拓人が消え、代わりに豪華な法衣を着たグレゴールが現れました。拓人はその瞬間、聖ネメリア国の大祭主がいた場所へ移されています。
「なっ、ここはどこだ!」
「魔王国の牢です」
タマちゃんが答えました。
「貴様は昨日の――」
「はい」
タマちゃんは拓人が残していった剣を手に取り、柄頭をグレゴールへ向けました。
「ちょっと失礼します」
「何を――」
タマちゃんは剣の柄でグレゴールの額を思いきり殴りました。ゴン、と重い音がして、グレゴールは額を押さえながら座り込みました。
「お、お前……!」
「陛下、二位をお願いします」
「はい」
カタリナはグレゴールと次席祭主オルドを交換しました。
今度はオルドが牢へ現れます。状況を理解する前に、タマちゃんは剣を持ち替えました。
「待て、私は何も――」
剣の腹が横から飛びました。
乾いた音がして、オルドが壁際へよろめきます。
「陛下、三位もお願いします」
「タマちゃん、まだやるのですか」
「三位までです」
カタリナはオルドと聖務総監セレナを交換しました。
現れたのは四十歳ほどの女性でした。
「ここは……?」
タマちゃんは剣を見ました。それから床へ置きます。
「あなたが聖務総監セレナ・カルヴァですね」
「そうですが、あなたは――」
タマちゃんは一歩踏み込み、グーパンチでセレナの頬を思いきり殴りました。
セレナが床へ座り込みます。
カタリナは三人目まで終わったところで尋ねました。
「タマちゃん、いつまでやるの?」
タマちゃんは拳を軽く振ってから、いつもの秘書官の顔に戻りました。
「陛下、ありがとうございました」
「この方は?」
「三位ですので、そのまま牢へ入れておいてください。聖ネメリア国にいなくても、当面は困らないと思います」
「分かりました」
セレナは頬を押さえたまま二人を見ました。
「あなたたちは何を考えているのです」
「昨日、説明中に斬られましたので」
タマちゃんはそれだけ答え、拓人の剣を係官へ渡しました。
◇ ◇ ◇
聖ネメリア国では、大祭主の居室に突然拓人が現れました。
「勇者様!」
神官たちが駆け寄ります。
「魔王に飛ばされた! あいつら、俺を牢へ入れたんだ!」
そこへ、別の場所から使者が飛び込んできました。
「大祭主猊下が、次席祭主様の執務室へ突然現れました。お怪我をされています!」
「どのような?」
「額から血を流しておられます」
さらにしばらくすると、次席祭主オルドが聖務総監のいた施設へ現れたという報告も届きました。頬から口元にかけて傷があり、怒鳴りながら首都へ戻る馬車を要求したという話でした。
公式発表では「魔王による侮辱」だけが告げられ、魔王国で殴られた経緯は伏せられました。
しかし、顔から血を流して戻った大祭主と次席祭主を見た人間は大勢います。大神殿の使用人、護衛、下級神官から噂が広がるまで、半日もかかりませんでした。
「魔王は神を侮辱した」
評議会で、グレゴールは机を叩きました。
「勇者を拘束し、我々最高位の神官を魔術で弄んだ。聖ネメリア国は全軍をもって魔王国を討つ」
次席祭主オルドも顔を腫らしたまま同意しました。
「各国へ聖戦参加を求めましょう。魔王を敵とする以上、人類全体の戦いです」
拓人は立ち上がりました。
「俺も行きます。今度こそカタリナを倒します」
聖騎士総長バルド・レインが軍の編成表を広げました。
「まず一万。聖騎士を中核に、歩兵、弓兵、騎兵を組みます。旧帝国領を通るのが最短です」
「旧帝国の諸国にも兵を出させなさい」
グレゴールが命じました。
◇ ◇ ◇
その要請を受け取ったアレキサンドリア王国では、アレックス国王が文書を読み、隣にいた財務官へ渡しました。
「聖ネメリア国へ毎年どれだけ流れている」
「国内のネメリア系寺院が徴収する宗教税は、領民の所得や収穫のおよそ一割です。全部が国外へ出るわけではありませんが、かなりの割合が上納されています」
「道路にも、治水にも、こちらの軍にも使えない金だな」
「はい。国内投資へ戻る分もごく限られます」
「毎年一割を吸い上げる国を、こちらから存続させる理由もないな。その国が、今度は魔王国と戦うために兵を出せと言っているのか」
「そのようです」
アレックスは外交官へ文書を戻しました。
「参戦しない。軍の通過も認めない。それで返事を出せ」
「国境で阻止しますか」
「許可は出さない。勝手に通っていくなら、こちらから戦争を始める必要もない。村へ害を出さない限り、監視だけでよい」
「承知しました」
同じような返答はグランツ王国からも届きました。
ヴィクトル3世は、聖ネメリア国の使者へ直接言いました。
「帝国軍五万と八万がどうなったか、貴国は知っているか」
「魔王の邪法によって卑劣に――」
「知っているのだな。それなら、我が国が兵を出さない理由も分かるだろう」
「人類共通の敵ですぞ」
「そちらの神学は、そちらの国内で語ればよい。我が国の兵は出さない」
「聖戦軍の通行は?」
「許可しない」
「では、力ずくで通れば止めるのですか」
ヴィクトル3世はしばらく使者を見ました。
「我が国の民と財産へ手を出さないなら、わざわざ追い回す理由はない」
使者はその答えを、都合よく「黙認」と解釈して帰りました。




