第17章 カタリナは勇者に会います。 いわゆる悪徳宗教国家が攻めてきた。
第17章 カタリナは勇者に会います
旧帝国の外側に、聖ネメリア国という国がありました。
国の中心にある大神殿では、大祭主グレゴール・ヴァリスを頂点に、次席祭主オルド・メッサ、聖務総監セレナ・カルヴァ、その下に地方祭主、寺院長、神官という序列が作られています。各地の寺院は宗教税として収入や収穫のおよそ1割を徴収し、その一部を上位の寺院へ送りました。
収奪の仕組みは、村の寺院まで同じでした。
「今年の宗教税は、まだ半分しか納められていません」
村外れの寺院で、寺院長が農家の男へ帳簿を見せました。
「春の長雨で麦が駄目になりました。秋まで待っていただければ――」
「秋には秋の分があります。神への務めを、天気を理由に遅らせるのですか」
「では、牛を一頭……」
「牛は別にいただきます。それから、娘さんが十五歳になりましたね」
父親の顔から血の気が引きました。
「娘は家の仕事をしています」
「巫女としてお仕えできる年齢です。選ばれたことを喜びなさい」
「巫女は、もう村から二人も出しております」
「前の二人と、あなたの娘は別の人間でしょう」
寺院長は帳簿の別の欄へ指を移しました。
「巫女奉納を受けるなら、滞納分の一部を免除できます。拒むなら、神意への反抗として地方祭主へ報告します」
寺院の奥には、すでに何人かの少女が住まわされていました。大きな寺院へ送られる者もいれば、聖職者や有力者のもとへ「奉仕」の名目で引き渡され、その対価が寺院へ入る者もいます。実態が人身売買でも、帳簿の名目は巫女奉納や特別献納でした。
この仕組みは中央までつながっています。
その中央で、大祭主グレゴールは別の計画を進めていました。
「百人、そろいました」
大神殿の地下祭場で、次席祭主オルドが報告しました。
「出所は?」
「異端審問の有罪者が三十七。宗教税滞納者とその家族が二十八。巫女院から二十一。残りは各寺院からの献納です」
「記録は残すな」
「儀式台帳には『百の穢れを浄化』とだけ記します」
グレゴールは祭壇の中央に描かれた召喚陣を見ました。
「魔王が現れ、魔物が世界へ広がった。神は勇者を求めておられる。百人の命で世界が救われるなら、安いものだ」
百人が何を望んでいるかを尋ねる者はいませんでした。
儀式が始まり、地下祭場の空気が白く光りました。光が消えたとき、祭壇の中央に一人の少年が倒れていました。
「……ここ、どこですか」
少年は日本の高校三年生、黒瀬拓人。卒業後は警察官になるつもりで県警察官採用試験を受け、すでに合格していました。
目を覚ました拓人の前へ、白い法衣をまとったグレゴールが進みました。
「勇者よ。よくぞお越しくださいました」
「勇者?」
「この世界は魔王によって危機に瀕しております。魔王が現れたのと同時に、世界中へ魔物が現れました。人々はいまも襲われ、命を失っています」
「俺が、その魔王を?」
「倒していただきたい。あなたはそのために神から選ばれ、異世界より召喚されました」
拓人は、家へ帰れるのか、なぜ自分なのか、魔王とは何者なのかを何度も質問しました。
帰還方法について、神官たちは「魔王を倒した後に神が道を示す」と答えました。実際にその方法を知っている者はいません。
「魔王を倒せば、魔物も消えるんですね」
「そのために魔王を倒すのです」
「魔王が魔物を出している証拠は?」
一度はそう尋ねました。
グレゴールは大きな年代図を出しました。魔王出現の年と、魔物出現の年が同じ位置に書かれています。
「同じ年でしょう。これ以上、何が必要ですか」
拓人は図を見て、うなずきました。
「……分かりました」
召喚に百人が使われたことは教えられませんでした。
拓人の身体には、召喚の代価になった百人に対応する力が与えられていました。普通の兵士百人分に相当する身体能力と魔力です。剣と魔法の戦場では一人の周囲へ同時に取りつける人数が限られるため、百人分の力を一人の身体に集めた勇者は通常の兵士を相手にする限り、ほとんど無敵でした。
◇ ◇ ◇
数週間後、拓人は魔王国へ入りました。
カタリナは、聖ネメリア国から来た勇者が面会を求めていると聞き、離宮の会議室へ通しました。タマちゃんが机の上に資料を並べます。
「黒瀬拓人さんですね。まず、魔物について確認していただきたい資料があります」
「俺は魔王に会いに来た」
「陛下はこちらにおられます。ただ、あなたが教えられている内容と、実際に確認されている事実が一致していない部分がありますので、先に説明します」
拓人はカタリナを見ました。
「この子が魔王なのか」
「はい。わたくしがカタリナです」
タマちゃんが地図を広げました。魔物による被害報告が地域別に整理されています。
「こちらが魔王国民の記録です。魔王国の国民は、国外へ出ても魔物から襲われません。一方、外国人が魔王国の領内へ入っただけでは保護の対象になりません」
「魔王が自分の国の人間だけ、魔物に襲わせていないんだろう」
「その説明ですと、国外へ出た魔王国民が保護され続ける理由が不足します。こちらは国境外で確認された事例です」
「だから魔王が命令しているんだ」
タマちゃんは別の表を出しました。
「では、距離との関係をご覧ください。陛下から遠く離れた地域でも――」
「そんな数字でごまかすな」
「ごまかしてはいません。確認された件数を条件別に分けています」
拓人の手が剣の柄へ動きました。
「魔王の手下が作った資料なんか信用できるか」
「こちらには旧帝国側の記録も入っています。出所を分けて――」
タマちゃんが資料の一枚を持ち上げたところで、拓人が剣を抜きました。
刃がタマちゃんへ向かいました。
「タマちゃん!」
カタリナが動くよりわずかに早く、タマちゃんは身体をひねりました。それでも避け切れず、肩から胸元へ刃が入り、書類が床へ散りました。
次の瞬間、拓人の身体が床へ押さえつけられました。
「何を――!」
カタリナは治癒魔法をタマちゃんへかけながら、拓人の剣を遠くへ移しました。魔王となってから使えるようになった魔法は、すでにほぼ全系統がそろっています。治癒も、その中の一つです。
「陛下、資料が……」
「資料は後です。傷を見せてください」
「深くはありません」
「動かないでください」
傷が閉じ、出血が止まりました。
そのとき、カタリナの前へ一枚の白い紙が現れました。魔王であるカタリナが異世界から来た勇者に襲われた直後だったため、神様が情報を送ってくれたようでした。
「神様からですね」
紙には、黒瀬拓人についての情報が並んでいました。
「高校三年生。県警察官採用試験、合格……」
タマちゃんも横から見ました。
「正義感は強い、とありますね」
「はい。体力試験と面接も良好です」
カタリナは少し下へ視線を移しました。
「資料解釈、二十点」
その下も読みます。
「数的推理、二十点」
タマちゃんが欄外を確認しました。
「どちらも五択です」
二人はしばらく紙を見ました。
五択で二十点なら、選択肢を無作為に選んだ場合の期待値とほぼ同じです。
カタリナは床へ押さえられたままの拓人を見ました。
「説明しても無駄ですね」
「何だと!」
「牢へお願いします」
近衛のフーベルトゥスが拓人を連れていきました。
タマちゃんは治った肩を一度回してから、床へ落ちた資料を拾い始めました。
「陛下、続きの集計は明日にします」
「今日は休んでください」
「その前に、ひとつお願いがあります」
「何でしょう」
タマちゃんは、床の隅へ移された拓人の剣を見ました。




