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第16章 カタリナは帝国を片づけます。

第16章 カタリナは帝国を片づけます



 フリード侯爵が魔王国側へ戻ると、カタリナはすぐアレックスへ尋ねました。


「次に難しいところは?」


「次はグランツより交渉しやすいです。残る4つの王国と、公国、辺境伯領でしょう」


「元首は、まだ実権を持っていますか」


「はい。程度の差はありますが、自分で署名できる者たちです」


「では、同じ方法で進めます」


 手順はグランツ王国でほぼ固まっていました。


 旧帝国とその地域の関係が分かる者を交換相手に選び、署名済みの書類を持たせます。元首本人はこちらへ呼び、帝国が消滅した経緯、アレックスの署名、先帝の裁判と判決、各地域について魔王国側が保有している証拠を順番に見せます。


「次の王国の元首が、いま国内にいることを確認しました」


 タマちゃんが言います。


 家族が魔王国へ呼び寄せられたあと、タマちゃんは正式に帰化し、本名も公文書へ出しています。この日は各国元首との公式手続きなので、服装も秘書官としての正装でした。


 それでもカタリナをはじめ、周囲の人々が呼ぶ名前は変わりません。


「タマちゃん、書類は?」


「そろっております」


「では始めます」


 相手国側では、元首が消え、書類を持った交換相手が現れます。


 こちらへ来た元首には、カタリナ、アレックス、裁判官、タマちゃんたちが待っています。


「急にお呼びして申し訳ございません。まず、帝国について説明します」


 そこから先は速く進みました。


 帝国全領土を割譲した原本を見せる。アレックス本人が署名を認める。旧皇帝の処刑と皇位継承の経緯を説明する。その国が帝国へ出した兵や、占領政策への関与があれば資料も出す。属国化後も国内統治を続けられる条件を示す。


「署名します」


 最初の王は、書類を一通り確認すると答えました。


「内容をもう一度確認してください」


「確認した。これでよい」


「では、こちらへ」


 署名が終わると、その場で元の国へ返します。


「次です」


 1つの地域に1時間もかかりません。



◇ ◇ ◇ ◇



 2つ目の王国では、元首がアレックスへ何度も確認しました。


「帝国へ戻る可能性は本当にないのか」


「私が皇帝位を廃止した。帝国全領土も割譲済みだ」


「あなた自身が?」


「そうだ」


「……分かった」


 署名。


 3つ目では、財産と軍の扱いを細かく確認してから署名。


 4つ目では、旧帝国への債務がどうなるかを確認し、魔王国との新しい関係を文書へ追記して署名。


 公国では、公爵が自分の爵位と国内法の存続を確認しました。


「公爵位は続くのですね」


「はい。国内法は当面そのまま維持します」


「それなら署名する」


 辺境伯領でも、軍事境界としての役割が帝国消滅後にどう変わるかを確認したうえで署名が済みました。


 難航候補として挙げられた地域がすべて終わるころには、タマちゃんの机の上に署名済み文書が何通も増えています。


「残りはどうですか」


 カタリナがアレックスへ尋ねました。


「残りの地域は容易です。こちらから周知すれば、行政手続きで進められます」


「旧帝国の地域数からすると、ずいぶん早いですね」


 タマちゃんが署名済み文書を並べながら言いました。


「普通なら使者を送って、返事を待って、条件を詰めて、それだけで何か月もかかる」


 アレックスが答えます。


「ここでは元首本人が突然この部屋へ来る」


「移動時間が0ですから」


「しかも私がここにいて、帝国を割譲した本人として説明させられる」


「その方が確認は早いです」


「否定しようにも、私の署名した原本まであるからな」


 アレックスは苦笑してから地図を閉じました。


「残りは本当に行政通知で足りる。各地の役所へ新しい関係を伝えれば動く」


「では、こちらでの仕事は終わりですね」


 アレックスは少し疲れた顔でうなずきました。


「ようやく帰れるのか」


「はい。あなたの王国へ戻します」


 カタリナが立ち上がると、タマちゃんも書類をまとめました。


「こちらへお願いします」


「どこへ行く」


「屋外です」


 アレックスたち14人は、カタリナについて処刑場へ移動しました。


 そこには、最初に領土割譲を拒否して斬首刑を執行された元皇帝の遺体も残っています。


「父上も?」


「一緒に戻します」


 アレックスは処刑場に残る遺体を見てから、視線をカタリナへ戻しました。


「どこへ戻す?」


「皇帝の城だった建物です。今はアレキサンドリア王国の王城ですね」


「城内は魔物だらけだったはずだ」


「クモとハチは森へ戻しました。建物の中は使えます」


 カタリナは転移先の位置を思い浮かべました。


 これで帰す対象は、生きている14人と元皇帝の遺体を合わせて15人です。


 タマちゃんは全員分の署名済み文書を確認し、ケースの蓋を閉じました。


「では、あなたの王国に戻します」


 カタリナが転移魔法を使いました。



◇ ◇ ◇ ◇



 アレキサンドリア王国の旧皇帝城では、魔物の回収が終わっていました。


 城内にいた巨大なクモや、建物へ巣を作っていたハチの魔物は、カタリナの命令で森へ戻しています。森で暮らす魔物から今後も城を守る契約まで付けたわけではなく、返還時点で建物を使える状態にしたところまでです。


 城の中庭には大きな噴水があり、その水面が一瞬だけ消えました。次の瞬間、大きな水音と一緒に声が上がります。


「うわっ!」


「何だ!」


 ザブン、と大きな音がしました。


 噴水の中へ、アレックスを含む14人と、元皇帝の遺体がまとめて現れました。


「陛下!」


 中庭にいた者たちが駆け寄ります。


「大丈夫ですか!」


「見れば分かるだろう、濡れている!」


 アレックスは水の中から立ち上がりました。ほかの13人も、咳き込みながら噴水の縁へ手をかけます。


 そこで誰かが叫びました。


「書類!」


 全員の視線が、持ち帰ったケースへ集まりました。


「割譲書も、各国の署名も入っているぞ!」


「開けろ!」


 アレックスがケースを受け取り、留め具を外します。


 中の書類は乾いていました。


 割譲書、属国化の署名、近隣国への通知書、アレックスをアレキサンドリア王として認める文書。どれも水滴一つ付いていません。


「……濡れていない」


「防水だ」


「いつ、こんなものに入れた?」


 誰も答えられません。


 フリード侯爵が濡れた袖を絞りながら言いました。


「タマ殿だろう」


「気づいたのか」


「いや。今、気づいた」


 城の者たちは、濡れた国王たちを噴水から引き上げ、元皇帝の遺体も運び出しました。



◇ ◇ ◇ ◇



 一方、魔王国の屋外処刑場では、15人分と入れ替わった噴水の水が地面へ落ちていました。


 大量の水が一気に広がり、靴のところまで流れてきます。


「15人分だと、かなりありますね」


 近衛兵が後ろへ下がりました。


「人だけなら、もう少し少なかったでしょうけれど」


 カタリナが処刑場に残っていた場所を見ます。


「元皇帝の遺体も一緒でしたから、その分も入っています」


「排水溝へ流します」


「お願いします」


 屋外なので、床板や絨毯を外す仕事も、濡れた書類を乾かす仕事も発生しません。水は処刑場の端へ流れていきました。


「屋外へ出ておいて正解でしたね」


 タマちゃんが裾を少し持ち上げました。


「室内だったら大変でした」


 カタリナも足元を見ます。


「書類は大丈夫でしょうか」


「防水ケースへ入れておきました」


「いつの間に?」


「最後の地域との署名が終わったあとです。陛下がどこへ戻すか聞かなくても、念のため水に濡れても平気なケースへ移しておきました」


 カタリナは少し考えました。


「タマちゃん、よく分かりましたね」


「陛下の転移魔法を見てきましたので」


 タマちゃんは本名を隠す生活を終え、家族も魔王国へ来ています。正式な身分は魔王国の秘書官で、公文書には本名が載ります。


 けれど、その場にいた者たちは誰も本名では呼びませんでした。


「タマちゃん、このあとの書類は?」


「アレキサンドリア王国から各地域への周知状況を確認します。それから、属国ごとの連絡窓口を一覧にします」


「お願いします」


「はい、陛下」


 足元では、旧皇帝城の噴水から来た水が、屋外の地面をゆっくり流れていました。






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