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第15章 カタリナはヴィクトル3世を呼びます。 帝国を構成していた諸侯のひとりです。

第15章 カタリナはヴィクトル3世を呼びます



「帝国内で、属国化の交渉が難しそうな国はありますか」


 カタリナが尋ねると、アレックスは旧帝国の地図を見ました。


「あります」


「どこでしょう」


「一番はグランツ王国です」


 アレックスは地図上のグランツ王国を指しました。


「理由は?」


「ヴィクトル3世が、今もきっちり権力を持っています。帝国へ臣従していましたが、王家も官僚機構も軍も残っています。国内の命令は、今でもヴィクトル3世の名で通ります」


「帝国が消えたなら独立へ戻る、と考えそうですね」


「その通りです。帝国から離れること自体は歓迎するでしょう。その次に、なぜ魔王国の属国になるのか、と聞くはずです」


 カタリナは残っている14人を見ました。


「この中で、グランツ王国と一番関係の深い方は?」


 アレックスは迷わず1人を示しました。


「フリード侯爵です」


 呼ばれた男が顔を上げます。


「ヴィクトル3世の第一夫人が、彼の姉です」


「そうなのですね」


 カタリナはタマちゃんへ手を出しました。


「グランツ王国へ渡す書類をまとめてください」


「すでに用意しております」


 正装したタマちゃんが、すぐ開けられる書類袋をフリード侯爵へ渡しました。


「帝国全領土の割譲書、近隣諸国への通知書、皇帝位廃止、アレックス陛下をアレキサンドリア国王として認める文書です」


「全部ここに?」


「写しです。署名と封印を確認できる形にしてあります」


 フリード侯爵が受け取ったことを確認すると、カタリナはすぐ転移魔法を使いました。



◇ ◇ ◇ ◇



 そのときグランツ王国では、ヴィクトル3世が執務中でした。


「では、この税率については――」


 言葉の途中で国王の姿が消えます。


 同じ場所へ、書類を抱えたフリード侯爵が現れました。


「陛下!」


 机の周囲にいた者たちが立ち上がります。


「剣を抜くな! 私だ!」


「フリード侯爵?」


「陛下はどこへ!」


「生きている。魔王カタリナ陛下のところだ」


 騒ぎを聞いて、第一夫人も部屋へ来ました。


「フリード?」


「姉上」


 姉弟が顔を合わせるのは久しぶりでしたが、フリード侯爵は手にした書類から手を離しませんでした。


「なぜ、あなたがここに。陛下は?」


「説明する時間があまりない。まず、この書類を」


「あなたも、あちらにいたの?」


「いた。裁判も受けた。私には判決も出ている。だが、その話をするより先に陛下のことだ」


 第一夫人の表情が変わります。


「陛下は危険なの?」


「今すぐ殺されるために連れて行かれたのではない。交渉だ。ただし、あちらは帝国を終わらせた相手だ」


 周囲の官僚たちも、机の上の署名を確認し始めました。


「カタリナという少女が?」


「今は魔王だ。国王陛下には、書類を全部読んでもらう必要がある」


 フリード侯爵は持たされた一式を机へ置きました。


「帝国は消滅した。先帝は死亡。アレックス殿下が皇帝位を継ぎ、帝国全土を魔王国へ割譲した。そのあと皇帝位を廃止し、現在はアレキサンドリア王国の国王だ」


「待って。順番に話して」


「私も順番に話したい。しかし、いつ戻されるか分からん」


「戻される?」


 フリード侯爵が答える前に、周囲の者が書類へ集まりました。


「これはアレックス陛下の署名だ」


「国璽もある」


「では本当に……」


 フリード侯爵が姉と話せたのは、結局ほんの数分でした。



◇ ◇ ◇ ◇



 一方、魔王国側にはヴィクトル3世が現れています。


 ついさっきまで政務をしていた服装のまま、目の前の人々を見回しました。


「ここはどこだ」


「魔王国です。ヴィクトル3世陛下ですね」


 カタリナが尋ねます。


「そうだ。余を連れてきたのはお前か」


「はい。フリード侯爵と入れ替わって来ていただきました。フリード侯爵はいま、陛下が先ほどまでおられたグランツ王国側にいます」


 ヴィクトル3世が眉を寄せます。


「フリードと入れ替えたのか」


「はい。グランツ王国には書類も持って行っていただいています」


 ヴィクトル3世は、自分が消えた場所へフリード侯爵が現れていることをここで理解しました。


「分かった。それで、余をここへ呼んだ理由は何だ」


「まず、ここまでの経緯を説明します」


 カタリナ側は、王国への侵攻から順番に説明しました。


 王都の陥落。王家の処刑。丘の下へ来た5万人の全滅。さらに帝国領内の低湿地へ入った8万人の壊滅。王国民の連行と売却。財産の接収。そして裁判。


「5万人と8万人、合計13万人の中には、グランツ王国の士官や兵も多数いました」


 ヴィクトル3世がカタリナを見ます。


「我が国の兵も?」


「はい。帝国への派兵義務で出された方々です。所属記録を確認しています」


「生存者は」


「5万人の方は全員亡くなりました。8万人の方も、王国側へ逃げ込んだ少数を除けば亡くなっています」


 ヴィクトル3世は何も言いませんでした。


 次に、帝国最高幹部20人の裁判について説明します。5人が無罪、15人が全員一致で斬首刑。先帝は領土割譲を拒否し、確定判決を執行されました。


「ご覧になりますか」


「何をだ」


「処刑場です」


 屋外へ移動すると、先帝の遺体がまだそこにあります。


 ヴィクトル3世は足を止めました。


「……本当に処刑したのか」


「裁判の判決です」


 アレックスも前へ出ます。


「父上の死後、私が皇位を継いだ。私が帝国全領土の割譲書へ署名した」


「アレックス殿下」


「今はアレキサンドリア王だ」


 署名済み原本も見せます。近隣諸国への通知書、皇帝位廃止の文書も続きます。


 ヴィクトル3世は1枚ずつ読みました。


「グランツ王国についても、同じようにこちらへ来ていただいて裁判をする準備ができています」


 カタリナが言います。


「余を裁くつもりか」


「必要なら行います。陛下が署名されない場合、陛下について集めた証拠を裁判所へ出します。判決は裁判官が決めます」


「その後は?」


「仮に有罪判決によって王位が次の方へ移れば、王位継承権第1位の方へ同じ書類をお見せします。おそらく、その方は署名されるものと考えています」


「脅しているのか」


「起きる手順を説明しています」


 ヴィクトル3世はカタリナを見たまま黙りました。


「証拠と言ったな」


「はい。こちらです」


 タマちゃんが別の書類箱を開きます。


 そこに入っていたのは、ヴィクトル3世自身が帝国の要請を受けて出した命令書でした。派兵、徴発、占領地から移送された人々の受け入れに関する文書まで、原本がそのまま残っています。


「この派兵命令は覚えていますか」


「覚えている」


「こちらの徴発命令は?」


「それも余が出した」


「王国から連れてこられた人々を受け入れるよう命じた書類です」


「……それもだ」


 真実を話す魔法をまだ使っていない段階で、ヴィクトル3世自身が認めました。


「裁判になれば、この原本と、実際に命令を受けた者の証言、被害者の証言を合わせます」


「もう証言も取っているのか」


「はい。帝国最高幹部の裁判と同じ方法です」


「5人が無罪だったという話も本当か」


「本当です。高位でも国家判断から外されていた5人は無罪になりました」


 ヴィクトル3世は書類から顔を上げました。


「なら、余についても肩書きだけで決める気ではないのだな」


「裁判官が証拠で決めます。わたくしが先に判決を書くことはしません」


「写しではないのか」


「原本です。帝国側の保管庫にありました」


 ヴィクトル3世は自分の署名を見ました。


 自分が何をしたかは、本人が一番よく知っています。真実を話す魔法の下で供述すれば、命令書と照合されます。


「グランツ王国の王位は、そのまま認めるのか」


「はい。魔王国の属国になります。国内統治はヴィクトル3世陛下が続けてください」


「帝国への納税と派兵は」


「帝国そのものが消えました。魔王国との条件は、こちらの文書に書いてあります」


 ヴィクトル3世は最後まで読みました。


「グランツ王国へ戻ったあと、何が変わる」


「旧帝国から受けていた命令系統が消えます。王国の行政、王位、国内制度は維持します。魔王国との関係は、そこに書いた宗主国と属国の関係へ移ります」


「民にとっては、宗主国が変わるだけか」


「日常の行政については、その理解でよいです」


「派兵した兵が戻らないことの方が、大きいな」


「はい。その事実も隠さず知らせてください」


 ヴィクトル3世は長く息を吐きました。


「ペンを」


 タマちゃんが差し出します。


 ヴィクトル3世は、グランツ王国が魔王国の属国となる文書へ署名しました。



◇ ◇ ◇ ◇



「終わりました」


 カタリナはフリード侯爵とヴィクトル3世を、すぐにもう一度交換しました。


 グランツ王国では、書類を渡し終えたフリード侯爵が消え、同じ場所へヴィクトル3世が戻ります。


「陛下!」


 第一夫人が駆け寄りました。


「無事なのですね」


「ああ」


「フリードは?」


「私と入れ替わって、魔王国へ戻った」


 ヴィクトル3世は、机の上に残された書類を見ました。


「帝国は終わった。これからグランツ王国は魔王国の属国になる。王国の制度はそのまま動かす」


「派兵した者たちは?」


 部屋にいた軍人が尋ねました。


 ヴィクトル3世は少し間を置きます。


「帰らない。5万人と8万人の中に、我が国の兵も多数いたそうだ」


「税の徴収は止めるな。役所も通常どおり動かせ」


 ヴィクトル3世は周囲へ指示しました。


「帝国向けにまとめていた税と兵の扱いは、魔王国との新しい条件を確認してから切り替える。勝手に徴収を増やすな」


「承知しました」


「それから、派兵者の名簿を出せ。家族へ知らせる準備をする」


「全員分ですか」


「グランツから出した者は全員だ。戻った者がいるなら別欄にしろ」


 第一夫人が静かに尋ねました。


「フリードは、戻ってくるの?」


「今は魔王国側だ。生きている。そこまでは確認した」


 宗主国が帝国から魔王国へ変わっても、グランツ王国の日常行政は大きく変わりません。


 その日、国中へ重く伝わっていくのは別の知らせでした。


 帝国の命令で出征した多くの兵士が、もう戻らないという事実です。






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