第14章 カタリナは皇帝に選ばせます。
第14章 カタリナは皇帝に選ばせます
帝国捕虜の裁判と送還が進む一方で、カタリナは次の名簿をタマちゃんに用意してもらっていました。
「帝国で、いま最も地位の高い人を上から20人です」
皇帝を先頭に、官職、皇位継承順位、宮廷での公式な序列をもとに、地位の高い者が順番に並んでいます。
「20人とも、いま帝国内にいますか」
「確認しています。全員、帝国内です。皇帝は離宮を移りながら暮らしていますが、現在も帝国内におります」
「分かりました。それなら交換できます」
魔王となったカタリナは、対象者の正確な現在位置を知らなくても、その人物を指定して交換転移できます。今回調べさせたのは位置そのものではなく、20人全員が帝国内にいるかどうかでした。
こちらから送り返すのは、裁判を終えて帝国へ帰ることになった捕虜20人です。交換相手が外国へ出ていれば、その捕虜まで外国へ送ることになります。それを避けるための確認でした。
「こちらの20人も準備できています」
「では、お願いします」
20人の帝国捕虜は、広い場所に数mずつ間隔をあけて立ちました。転移してくる相手がどんな姿勢や状態でも、隣同士でぶつからないようにするためです。
カタリナが交換転移を発動しました。
20人の捕虜が消え、ほぼ同時に別々の人物が現れます。
「何だ!」
「ここは――」
執務中だったらしく書類を手にした男がいました。食事の途中だったのか、杯を持ったまま現れた者もいます。寝間着姿で立ったまま状況を理解できずにいる者もいれば、眠っていたらしく床へ横になった状態で現れ、驚いて身体を起こす者もいました。
少し離れたところでは、係員が慌てて大きな布を持って走ります。
「こちらをお使いください」
入浴中だった人物でした。
本人は何が起きたのか理解するより先に布を受け取り、周囲を見回しました。
「……どういうことだ」
「衣服も用意します。少々お待ちください」
20人の中に便所にいた者はいませんでした。そこだけは単なる偶然です。
皇帝も離宮から突然この場所へ移されています。皇帝が離宮を移りながら暮らしていることは把握していましたが、カタリナが調べさせたのは帝国内にいるかどうかです。部屋の正確な位置を使わず、対象となる人物そのものを指定して交換しました。
タマちゃんたちは、混乱している20人をすぐ一団として扱わず、まず一人ずつ本人確認を始めます。
「お名前をお願いします」
「余に名を尋ねるのか!」
「確認のためです。お名前と現在の地位をお願いします」
事前に作られた名簿と照合し、氏名、地位、役職、皇位継承順位を順番に確認していきました。
こうして帝国最高位の20人全員の身元が確認されてから、ようやく彼らは裁判の対象者としてまとめられました。
帝国最高位の20人についても、裁判はそれまでの帝国捕虜と同じ手順で進みました。
地位が高いという理由で先に結論を決めることはせず、占領時の命令書、下級兵や士官の供述、帰還した被害者の証言、財産移転の記録を1人ずつ照合します。本人にも真実を話す魔法を使い、何を知り、何を命じ、何を承認したのかを確認しました。
結果は大きく2つに分かれました。
「5人について、無罪です」
裁判官が判決を読み上げます。
5人は帝国の最高幹部に数えられるほど高い地位にいました。それでも実際の国家判断から外されており、王国占領後の政策決定にも加われていませんでした。命令書にも署名がなく、関与を示す証言も出ておらず、本人たちの供述を他の証拠と突き合わせても、加害行為への関与は確認できませんでした。
無罪となった5人には、その場で拘束解除が告げられました。
「我々は帰れるのか」
「帰国を希望するなら手配します。魔王国へ残る希望があれば、そちらも別に受け付けます」
「裁判は、これで終わりか」
「あなた方5人については終わりです」
高い地位にいたというだけで刑を科されなかったことを、残る15人も目の前で見ています。
残る15人には、別の判決が出ます。
「被告15人について、斬首刑。裁判官全員一致です」
皇帝も、その15人の中にいました。
命令書そのものが残っている事件がいくつもあります。王国民を連行し、各地へ移送し、売却を認め、財産を接収する命令について、文書と本人たちの供述が一致しました。
「余を裁く権利が、お前たちにあると思っているのか」
判決後も皇帝の態度は変わりませんでした。
「王国は帝国に敗れた。征服地の民をどう扱うかは、帝国が決めることだ」
カタリナは裁判官の方を見ました。
「判決は確定していますね」
「はい」
皇帝が机を叩きます。
「聞いているのか、小娘!」
「聞いています」
カタリナの声は変わりません。
「陛下ご自身が署名した命令書も、こちらにあります。裁判では、その命令に基づいて何が行われたかまで確認しました」
「だからどうした。帝国の皇帝が命じたのだ」
「分かりました」
カタリナはタマちゃんへ手を出しました。
「書類をお願いします」
この日は公式の裁判と外交手続きが続くため、タマちゃんも秘書官として正装しています。タマちゃんは用意していた厚い書類束から1通を取り出し、カタリナの前へ置きました。
「帝国全領土の割譲書です」
皇帝の顔が変わります。
「何だと」
「裁判は終わっています。陛下を含む15人には、斬首刑の判決が確定しました」
カタリナは割譲書を皇帝へ向けました。
「こちらへ署名して、帝国全土を魔王国へ割譲してください。署名された場合、15人の刑の執行を止めます」
「帝国を差し出せと言うのか」
「はい」
「拒否したらどうする」
「確定した判決を執行します」
部屋の中が静かになりました。
15人のうち、割譲書へ皇帝として署名できるのは1人です。皇帝が拒否すれば、自分だけでなく、残る14人の命にも影響します。
「陛下」
幹部の1人が声を出しました。
「黙れ」
「しかし、我々も――」
「余に帝国を売れと言うのか!」
皇帝は書類を押し返しました。
「割譲は拒否する」
カタリナは裁判官へ視線を向けました。
「確認できました」
「はい」
「では、陛下について判決を執行してください」
皇帝だけが立たされ、屋外の処刑場へ連れて行かれました。
残った有罪者は14人です。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、処刑が終わったという報告が届きました。
カタリナは14人を見回し、その中の1人へ視線を止めました。
「皇位継承権第1位は、あなたですね」
皇太子だった男が答えます。
「そうだ」
「先ほど皇帝が亡くなりました。現在の皇帝はあなたです」
「……」
「お名前はアレックスですね」
「そうだ」
タマちゃんが、同じ割譲書を新しい皇帝アレックスの前へ置きます。
「では、皇帝陛下。あなたが選んでください」
アレックスは書類を見ました。
「父上と同じことを、私にも聞くのか」
「はい。帝国全土を魔王国へ割譲する文書へ署名していただければ、残っている14人の刑の執行を止めます」
「拒否すれば?」
「あなたについて確定している判決を執行します。皇位は次の継承者へ移ります。その方にも同じ書類をお見せします」
アレックスの後ろにいる者たちが、一斉に彼を見ました。
先ほどまでなら、皇帝の拒否に従うしかなかった人々です。今はアレックスの署名に、自分たちの命がかかっています。
「父上は、本当に……」
「処刑場へご案内できます」
アレックスはしばらく黙っていました。
「ペンを」
タマちゃんが差し出します。
アレックスはペンを持ったまま、もう一度14人を見ました。
「私が署名すれば、本当に刑は止まるのだな」
「はい。割譲が成立した時点で、今回提示した助命条件を適用します」
「この14人全員に?」
「現在生きている有罪者14人全員です」
アレックスは文面を最初から読み直しました。領土名、皇帝としての権限、割譲先、発効時点を確認し、最後に自分の名を書く欄へ戻ります。
「父上は、これを拒否したのか」
「はい」
「……分かった」
アレックスは帝国皇帝として、帝国全領土を魔王国へ割譲する文書に署名しました。
「こちらもお願いします」
「まだあるのか」
「近隣諸国の元首へ、割譲の事実と経緯を知らせる書簡です」
アレックスは1通ずつ内容を読み、署名していきます。
最後に、カタリナ側から別の文書が出されました。
「これは?」
「帝国が拡大する前、あなた方の王家が治めていた元々の王国について、あなたを国王として認める文書です。帝国の皇帝位は廃止します」
「国名は?」
「アレキサンドリア王国とします」
アレックスはカタリナを見ました。
「私の名からか」
「分かりやすいでしょう」
「……そうか」
アレックスはその文書にも署名しました。
帝国を構成していた王国、公国、諸領は、これから魔王国の属国になります。アレキサンドリア王国もその1つです。
タマちゃんは署名された文書を1枚ずつ確認し、封印と日付をそろえました。
「割譲書、通知書、皇帝位廃止、アレキサンドリア王国の承認。全部そろいました」
「写しを何部作りますか」
「近隣国向けと旧帝国内の各地域向けを分けます。原本は魔王国側でも保管します」
アレックスはそこでようやく、自分が皇帝として署名した書類より、国王として処理しなければならない書類の方が多いことに気づいたようでした。
「あなたの最初の仕事があります」
「アレキサンドリア国王として、か」
「はい。帝国が消滅したことと、新しい関係を各地域へ周知してください。旧帝国の行政組織を使えるうちに、実行まで進めてください」
アレックスは署名したばかりの書類を見ました。
「城はどうなる」
「お返しします。中にいるクモやハチの魔物はこちらで森へ戻します」
「その後も守ってくれるのか」
「森へ戻した魔物は森で暮らします。城を返還するときに建物の中から取り除くところまでです」
「森からまた来たら?」
「アレキサンドリア王国で対応してください」
アレックスは少しだけ天井を見ました。
「皇帝だった時間より、国王になってからの仕事の方が長くなりそうだ」
「その方がよいと思います」
14人の中から、1人がアレックスへ声をかけました。
「陛下……いや、国王陛下。私たちはどうなる」
アレックスはカタリナを見ました。
「署名条件に従い、斬首刑の執行は止めます」
カタリナが答えます。
「ただし、判決そのものの記録は残ります。新しい国でどの地位に置くかは、アレックス国王が決めてください」
「私が?」
「もう帝国政府は消えました。アレキサンドリア王国の人事は国王の仕事です」
アレックスは、自分と同じく死刑判決を受けた13人を見ました。
「帰ってから考える」
「それで構いません」
帝国皇帝アレックスの在位は、ごく短い時間で終わりました。
その短い時間のうちに、帝国は全領土を魔王国へ割譲し、皇帝位そのものも消えました。




