第13章 カタリナは裁判をします。被告は帝国軍人と中枢部の人たちです。
第13章 カタリナは裁判をします
「真実を話す魔法が使えます」
カタリナがそう言ったとき、タマは一度だけ目を瞬きました。
「対象者が知っている範囲で、という理解でよろしいでしょうか」
「はい。本人が知っている範囲だけが対象です。覚えていることを、意図的に嘘へ変えられなくします」
「それなら、証言を集める方法は今までと同じにした方がよいと思います」
「わたくしもそう思います」
机の上には、帝国捕虜の名簿と、帝国から帰還した王国民の証言記録が積まれています。
「同じ事件を、加害側と被害側の両方から取ります」
タマが紙へ項目を書き始めました。
「日時、場所、所属部隊、階級、直接の命令者、実行した行為、連行した人数、移送先、財産を渡した先。商人の被害なら、商品、現金、証書、倉庫も分けます」
「第三者が見ていた場合も記録してください」
「はい。証言者同士は、先に話を合わせられないよう別々に聴取します」
「数字も出しましょう」
「地域別、部隊別、行為別に集計します。ただし、現在の捕虜を帝国軍全体の無作為な標本のようには扱いません」
カタリナが顔を上げました。
「そこは大事ですね」
「捕虜のうち何割が略奪したかは出せます。その割合を帝国軍全体へそのまま広げると、別の数字になります」
「確認できた範囲を確認できた範囲として書いてください」
「承知しました」
真実を話す魔法が使えるようになっても、裁判を簡略化する方向には使いません。むしろ、供述を大量に集めても虚偽が混ざりにくくなったため、統計的な整理と論理的な照合がしやすくなりました。
◇ ◇ ◇ ◇
「王都の東門から連れ出されたのは何人ですか」
「私が見た列には300人ほどいました」
「その数字は数えましたか」
「いいえ。列の長さからの記憶です」
「では推定として記録します。どこへ連れて行かれましたか」
被害者の証言が記録されます。
別室では、帝国兵が同じ日のことを話していました。
「東門の護送を命じたのは誰ですか」
「中隊長です」
「中隊長自身の命令ですか」
「連隊本部から来た命令を読み上げました」
「文書でしたか」
「はい」
その連隊本部にいた士官にも聞きます。
「住民を集めて帝国側へ送る命令を受けましたか」
「受けました」
「誰からですか」
「占領司令部です」
別々に取った証言を、タマたちが同じ事件番号の下へつないでいきます。
被害者が覚えていた門、護送兵が覚えていた部隊、士官が覚えていた命令、移送先で受け取った側の記録。それぞれの情報が一致する部分と、記憶の差がある部分を分けて記録しました。
帝国側の命令書も大量に残っています。
「これは原本ですか」
「はい。占領司令部の保管庫から出たものです」
「署名は?」
「残っています」
命令書そのものがある事件では、証言は命令がどう実行されたかを補う材料になります。
人を連れ去った部隊、王国民を売った者、財産を接収した部署、売却代金を受け取った者。点だった証言が線になり、線がいくつも重なると命令系統まで見えるようになりました。
「この人物は3件の証言に出ています」
「本人の供述は?」
「3件とも認めています。さらに4件目を本人から申告しました」
「そちらも裏を取ってください」
「もう被害者の記録と一致しました」
裁判官へ渡される資料は、単なる証言集ではなくなりました。事件一覧、被害者一覧、実行者、命令系統、地域別集計、部隊別集計、財産移転の記録がそろっていきます。
「同じ命令が何か所で確認できていますか」
「住民連行については、独立した7地域で同型の命令書があります。文面の一部も一致しています」
「発行元は?」
「占領司令部です。うち5件は原本、2件は受領側の写しです」
「では、現場の兵士が偶然同じことをした事件とは分けて扱えますね」
「はい。命令系統上の責任と、個人が独断で行った事件を別集計にしています」
タマはさらに表を出しました。
「こちらは財産です。王都の商人から接収した品が、どの倉庫へ入り、誰の管理になったかをつないでいます。途中で記録が切れたものには印を付けました」
「分からないところを推測で埋めないでください」
「空欄のまま残しています。新しい証言が出たときだけ更新します」
「それでお願いします」
真実を話す魔法があっても、証拠のないところへ物語を作ることはしませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇
集計が進むと、占領行政の形も数字で見えるようになりました。
「王都だけ突出していますか」
「連行人数は王都が最大です。ただ、人口比で見ると北部の3地域も高いです」
「命令を出した部隊は同じですか」
「別部隊です。ただし、受け取った命令書の発行元が同じです」
「財産の接収は?」
「商業地区で件数が多く、農村では家畜と穀物が中心です。現金だけで集計すると実態を外すので、品目別にも出しました」
カタリナは表を見比べました。
「これなら、誰かの印象で『この地方が一番ひどかった』と決めずに済みますね」
「はい。確認数、人口比、財産種別を分けて出しています」
裁判は順番に進みました。
帝国軍に所属していたという理由だけで処分は決まりません。実際の加害行為が確認された者、王国民から奪った財産を自分のものとして隠していた者は、財産没収のうえ王国外へ追放する判決を受けます。
占領中の犯罪行為が確認されなかった者は、帝国へ帰る道と、王国へ帰化する道を選べました。
「わたしは帰化を希望します」
捕虜の1人が答えます。
「理由を記録します」
「帝国へ戻っても家族がいません。ここでは農場の仕事を続けられます」
「分かりました」
財産の返還作業も並行して進みました。
帝国は、宝石や貴金属、高価な商品を本国へ運び出す予定でした。しかし、その警備や輸送を担当する予定だった者まで、最初の5万人の中に大量に含まれていました。5万人が一度に消えたため、王都の倉庫や仮の集積所には、運び出される前の財産がかなり残っています。
「これは私の宝石箱です」
帰還した商人の女性が言いました。
「箱だけですか。中身も覚えていますか」
「大きな石が3つ。青が1つ、赤が2つです。留め具の内側に店の印があります」
係官は、似た箱をいくつか用意しました。
「この中にありますか」
女性は1つずつ見て、首を振り、最後の箱を手に取りました。
「これです」
「開ける前に、中の配置を言ってください」
女性が答えた内容と、箱の中身、店の帳簿、帝国側の押収記録を照合します。
「一致しました。返還します」
金の斧と銀の斧の昔話のような確認を、書類と真実を話す魔法を加えて大量に繰り返しました。個体識別できる品は特徴まで聞き、金貨や地金のような品は数量と押収記録で確定します。
元商人の中には、これで商売を再開できるだけの資本を取り戻した者もいました。
◇ ◇ ◇ ◇
送還を選んだ帝国捕虜については、国境まで歩かせる方法を取りませんでした。
「ポチさんとタマさんのご家族は、場所が分かっていますね」
「はい」
タマが答えました。
「帝国内におります」
「では、送還する捕虜と交換します。人数ではなく総質量で合わせます」
捕虜が帝国へ戻るのと同時に、ポチやタマ、それに同じ事情を抱えていた行政官たちの家族がこちらへ現れました。
タマは、現れた家族の姿を見てしばらく動きませんでした。
「タマさん」
「……はい」
「もう本名を隠さなくて大丈夫です」
タマは家族の方を見てから、カタリナへ向き直りました。
「帰化を希望します。家族も同じです」
「分かりました」
「家族がこちらにいるなら、帝国へ知られることを恐れて名前を隠す理由も消えます」
「はい。もう本名で働けます」
「でも、わたくしはタマちゃんと呼んでよいですか」
タマは少しだけ笑いました。
「陛下がそれで呼びやすいのでしたら」
正式な書類には本名が記されました。それでも、捕虜時代から一緒に働いてきた人々は、その後も彼女をタマと呼び続けました。カタリナの呼び方も、いつの間にかタマちゃんになっています。
行政能力を買われたタマは、正式に魔王国の秘書官となりました。
「人口の最終集計が出ました」
そのタマが、別の日に書類を持ってきました。
「帰還者と家族の回収を全部入れています」
「どのくらい戻りましたか」
「それでも、戦前から7割減です」
カタリナは数字を見ました。
生きている者を帝国から連れ戻し、家族も可能な限り回収したあとで、残っている人口はおよそ3割です。
「分かりました。農業へ戻れる方を優先して配置してください。商人や職人も、仕事を再開できるようにします」
「はい」
「それから、まだ捕虜がいますね」
「送還待ちが残っています」
カタリナは帝国側の官職表と皇位継承順位が載った資料へ視線を移しました。
「では、次の仕事を始めましょう」
タマちゃんも同じ資料を開きました。




