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第12章 カタリナは国民を連れ戻します。

第12章 カタリナは国民を連れ戻します



「帝国内へ連れ去られた人たちの名簿は、どこまでできていますか」


 カタリナが尋ねると、机の向こうにいた行政官が何冊もの帳簿を並べました。


「王都から連行された者、占領中に各地で捕らえられた者、売られたことが確認できた者をまとめています。帰還した者の家族からも聞き取りを続けています」


「生きている人を優先します」


「帝国内の場所が分かっている者だけですか」


「今の転移魔法なら、距離は問題になりません。人そのものを指定できます」


 カタリナは窓の外を見ました。


 魔王になってから現れ始めた魔物の中には、人間よりはるかに大きなクモや、肉食性の大型のハチがいます。


「交換する相手は、魔物ですか」


「はい。巨大なクモと、ハチの魔物を使います。人間側と平均密度が近くなるよう組み合わせ、同じ体積で交換します」


「ハチは、あの森に巣を作った種類ですね」


「そうです。スズメバチに近い暮らし方をします。獲物の肉を切り分けて、巣の幼虫へ運びます」


 行政官の手が止まりました。


「帝国内へ送ったあとも、そのまま生きるのですね」


「生きた魔物と、生きている国民を交換します」


「場所によっては大変なことになります」


「国民が帝国で奴隷のように扱われ続けるより、先に連れ戻します」


 カタリナは名簿を閉じました。


「始めましょう」



◇ ◇ ◇ ◇



 最初の転移では、帝国内の農場や鉱山、工房、貴族の屋敷にいた王国民がまとめて戻ってきました。


 空き地に用意した受け入れ場所へ、人が次々と現れます。


「ここは……」


「帰ってきました。ここはカタリナ陛下の国です」


「本当に?」


「はい。名前を確認します。具合の悪い方は先にこちらへ」


「娘は? 一緒にいた娘も消えたはずです」


「お名前を」


 母親が名前を言うと、係官が別の列を確認しました。


「こちらにいます。少し離れた受け入れ場所へ出ています」


「会えますか」


「確認が終わったら案内します」


 別の男性は、周囲を見回してから地面へ座り込みました。


「帰ってきたのか……」


「水をどうぞ。急いで立たなくて大丈夫です」


 何年も拘束されていた者もいます。衰弱した人、怪我を抱えた人、家族と別れたままの人もいます。受け入れ側では、名前の確認より先に水や食事を渡す班も動いていました。


 同じ時刻、帝国内では王国民が消えた場所へ巨大なクモやハチの魔物が現れています。


 鉱山の作業場から人が消え、同じ体積になるよう選ばれたクモが現れる。農場の納屋では、拘束されていた人々の代わりに大型のハチが羽音を立てる。人間も魔物も、体内に密度の違う組織や空気を含む集合体なので、カタリナは交換対象全体の平均密度を見ています。貴族の屋敷でも同じことが起きました。


「次をお願いします」


「はい」


 カタリナは対象を変え、また転移します。


 距離も、場所の数も制約になりません。帝国内に散らされていた人々が、何か所からでも同時に帰ってきます。



◇ ◇ ◇ ◇



 帝国の皇帝の城でも交換が起きました。


 王国から連れ去られた者の中には、城の中で働かされていた者もいました。その人々が消えた場所へ、平均密度を近づけて選んだ巨大なクモの魔物が、同じ体積で現れます。


「何だ、これは!」


 近衛兵が剣を抜きます。


 廊下の先にも、階段にも、別の部屋にもクモがいました。城内へ直接現れたため、城門も城壁も役に立ちません。


「陛下をお守りしろ!」


「こっちにもいる!」


 近衛は城内で戦いましたが、大半がクモの魔物の餌になりました。


 皇帝本人は城から逃れ、離宮へ避難します。


 王国民との交換先には、クモに加えて肉食性のハチの魔物も使われ、帝国各地へ転移しています。


 皇帝の城では何か所かに巣が作られました。軒下や塔の空間を使い、働きバチが外へ出て獲物を探し、切り分けた肉を幼虫へ運びます。


 皇帝が逃れた離宮にも、同じ種類のハチが巣を作りました。


「離宮にも出たそうです」


 魔王国へ届いた報告を聞き、カタリナは確認しました。


「皇帝は生きていますか」


「はい。別の建物へ移ったようです」


「分かりました。国民の回収を続けます」


 皇帝を狙って魔法を追加することはせず、名簿に残る王国民の救出を優先しました。



◇ ◇ ◇ ◇



 何度目かの転移が終わったあと、行政官が名簿を持ってきました。


「陛下。帝国内で奴隷のように扱われていた王国民について、生存確認できた者は全員こちらへ戻りました」


「生きている人は、全員ですか」


「はい」


 行政官は名簿の最終ページを開きました。


「帝国のどの地域にも?」


「確認した名簿、帰還者の証言、帝国側の売買記録を突き合わせました。最後に残っていた人々も、先ほどの転移で戻っています」


「名簿に載っていなかった人は?」


「帰還者へ家族や同郷者の名前を聞き、行方の分かる者を追加しました。生存して帝国内にいることが確認できた王国民は、全員です」


 カタリナは少しだけ息を吐きました。


「では、帰還者の職歴も確認してください。元の仕事へ戻れる人は戻して、家や土地を失った人は新しい仕事につなぎます」


「低湿地の20km²を使えます」


「そこへ行きたい方がいればお願いします。農業経験者を優先してください」


 帰還者の中には、耕作をしていた農民、牛や山羊を飼っていた者、鶏を扱っていた者が多くいました。ちょうど魔王国側には、8万人分の遺体と交換して手に入れた大量の家畜があります。


「牛を扱える者が、こちらだけで34人います」


「鶏を飼っていた家族もいます」


「麦作の経験者は?」


「かなりいます。土地ごと連れて行かれた村の生存者も戻っています」


「では、捕虜だけで始めていた牧畜と養鶏に入ってもらってください。捕虜から教わることがあっても構いません」


 農業の人手は、これでかなり増えます。


 帰還者を20km²の土地へ連れて行くと、農民たちは土を手に取って確かめました。


「これ、麦畑の土ですね」


「帝国の麦畑から来ました」


「ずいぶん深く入っています」


「元の泥を安定した地盤まで交換したので、向こうの薄い表土を広い面積から集めました」


「なら、上の方は十分使えます。水が抜ける場所なら、すぐ耕せます」


 牧畜経験者は別の場所を見ます。


「こっちは畑より草地がいい。牛を出せます」


「区画を分けてください。耕作班と牧畜班で相談して決めましょう」


「分かりました」


 捕虜だけで始まった仕事に、帰還した王国民が次々と加わりました。昨日まで帝国の農場で働かされていた人が、今日は自分の国の牛を見ています。


 一方で、元商人たちの事情は違いました。


「店へ戻っても、何も残っていません」


 帰還した商人の1人が言いました。


「商品も現金も?」


「帝国軍に持っていかれました。倉庫も空です。私は売られて帝国へ送られましたから、その後のことは知りません」


「帳簿は残っていますか」


「店の帳簿なら、隠していたものが1冊だけ」


「持ってきてください」


 カタリナは商人の名前を記録係へ伝えました。


「何か分かるのですか」


「帝国側の記録も集めています。誰が何を持ち出したか、照合します」


 商人本人は帰ってきても、奪われた資本は帝国側に残ったままです。その一方で、商売の経験、仕入れ先の知識、帳簿を読む力は持ち帰っています。


「家畜の売買や、牛乳、卵の集荷を手伝っていただけますか」


「それなら、できます」


 商人は少し考えてから、周囲の荷車と家畜を見ました。


「何が一番足りませんか」


「荷車と倉庫、それから誰がどこで何を作っているかの情報です。金が少なくても、品物が動けば商売は始められます」


「荷車は帝国軍の鹵獲品があります。倉庫は王都の空いた建物を使ってください」


「では、牛乳は毎日集めます。卵は村ごとに集荷日を決めた方がよいです。肉は保存の設備と相談です」


 話しているうちに、商人の口調が以前の仕事へ戻っていきます。


「その計画を役所へ出してください」


「承知しました」


「最初は現物からで構いません。流通を作ってください」


 人が戻り、仕事が戻り始めました。


 その日の夕方、別の集計が届きます。


「生存者の帰還を入れても、戦前人口に対して大きく減っています」


「数字を出してください」


「この段階では、まだ家族回収が残っています。そちらを終えてから確定します」


「分かりました」


 カタリナは名簿の端を指で押さえました。


「次は、帝国に残っている家族を連れ戻します。その前に、こちらにいる捕虜の処理を進めましょう」


 救出の次は、占領中に何が行われたのかを確定する仕事が待っていました。





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