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天文国首都崩壊に関する観測学的再検討 後編

 はい、というわけで後編です。


 前編だけでもだいぶ良かった。

 観測屋さん、ちゃんと観測してるじゃん、えらい。

 という気持ちで読んでいたんだけど、ここで私は、ものすごく大事なことに気付きました。


 この世界、爆発って概念がないんだよ。


 いや、現象そのものはあるんだと思う。

 何かが破裂したり、弾けたり、吹き飛んだり。

 そういうこと自体は起こる。


 でも、それを

 熱と衝撃と破壊が一瞬で同時に起きるひとつの現象

 としてまとめる発想が、たぶん育ってない。


 だって、火薬がないから。


 火が急激に膨張して、圧力で周囲を吹き飛ばす。

 そういう経験則の積み重ねがない。

 だからサンドロス先生、見えてるものはかなり正確なのに、どう呼べばいいかで詰まってるんだよね。


 ここ、いったん確認したい。

 わ~パチパチ~!!


 チーム・ミスリルの、ミスリルちゃんです!


 って、困った時の身内頼みかよって言うね。


 ◆


「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」

「助けて、ミスリル。この世界、爆発って概念ないよね。」

「ばくはつ?」

「うん。」

「何かが、ばく、っと?」

「いや、オノマトペから入るのやめて。」

「知らないもの。」

「そうだよね。ごめん。」


 私は咳払いをした。


「熱が出る。」

「ええ。」

「風圧が出る。」

「ええ。」

「物が弾け飛ぶ。」

「ええ。」

「それが、ものすごく短い一瞬で同時に起きる。」

「……。」

「そういう現象を、ひとまとめに呼ぶ言葉、こっちにある?」

「少なくとも、私は知らないわ。」

「だよねえ。」


 ミスリルは紙束に目を落とした。


「だから、この論文は。」

「うん。」

「あなたの言う、その現象に近いものを、熱と風と痕跡に分けて、ひとつずつ記述しているのね。」

「そう。それ。」

「なるほど。」


 私は思わず身を乗り出した。


「これ、めちゃくちゃ面白いんだよ。」

「ええ。」

「爆発って一語で済ませられるものを、この世界では済ませられない。」

「だから、瞬間熱。」

「うん。」

「外向衝風。」

「うん。」

「砂岩表層黒化。」

「そう。」

「全部ばらして書くしかない。」

「それ!」


 ミスリルは少しだけ考え込んだ。


「不便ね。」

「不便。」

「でも、そのぶん誤魔化せないわ。」

「うわ、そう。」

「一語で済ませられないから、何が起きたかを一つずつ書くしかないのでしょう。」

「そうなんだよ。概念がないから、観測の粒が細かくなる。」

「なら、これは不利であると同時に、強みでもあるのね。」

「そういうこと。」


 私は論文へ戻った。


「黒化現象の差異から、首都崩壊に関与した熱は長時間継続型ではなく、きわめて短時間の瞬間熱であったと考えられる。」

「ええ。」

「ここ、かなり強い。」

「長く燃えた火ではない、と言っているのね。」

「そう。しかも、ただ熱かったじゃなくて、どう熱かったかを書いてる。」

「観測として誠実ね。」

「うん。で、その次が好き。」


 私は指で該当箇所を叩いた。


「空そのものが、一瞬だけ太陽になったのだ、と表現するほかない。」

「詩ね。」

「詩なんだよ。」

「でも、責められないわ。」

「責められないんだよね。だって、便利な語がないから。」

「言葉がない場所で、観測を比喩へ渡している。」

「そうそう。」


 ミスリルは少しだけ笑った。


「この人、見えていないのではなく、見えたものを既存の語彙へ収め切れないのね。」

「うん。」

「だから太陽になる。」

「そう。そこがすごくいい。」


 私は頷いた。


「つまり、後編のここで起きてることはこうです。」

「はい。」

「サンドロス先生は、爆発という概念を持っていない。」

「はい。」

「でも、爆発に近い現象は観測している。」

「はい。」

「だから、熱と風と痕跡に分けて、観測の言葉で包囲するしかない。」

「はい。」

「その結果、論文なのに途中で詩になる。」

「はい。」

「でも、それは観測が甘いからじゃなくて、語彙のほうが足りないから。」

「なるほど。」

「ここ、めちゃくちゃ好き。」

「あなた、こういうの好きよね。」

「好きだねえ。」

「でしょうね。」


 私は紙束を閉じた。


「総評。」

「ええ。」

「この世界には、爆発という便利な箱がない。」

「はい。」

「だからこの論文は、その箱なしで、箱の中身をひとつずつ記述している。」

「はい。」

「観測としてかなり誠実。」

「はい。」

「そして、概念の不在が、そのまま論文の詩情になってる。」

「はい。」

「とても良い。」

「ええ。とても良いわ。」


 ◆


【考察一 時間条件】

 黒化現象の差異から、首都崩壊に関与した熱は長時間継続型ではなく、きわめて短時間の瞬間熱であったと考えられる。

 砂岩は、加熱を続ければ内部まで徐々に熱が回る。だが首都の試料は、外皮だけが一瞬で焼き剥がされ、黒化し、そのまま固められている。これは、表面が融点を超えるほどの熱に晒された直後、ただちに熱源が失われたことを示す。

 言い換えれば、首都を襲ったのは、燃え続ける火ではなく、瞬き一つほどの間にのみ存在した圧倒的高熱である。

 空そのものが、一瞬だけ太陽になったのだ、と表現するほかない。


【考察二 倒壊条件】

 だが熱だけでは、石柱の倒れ方は説明できない。

 外壁および石柱の倒壊には、表層を変質させた瞬間熱とは別に、時間差をもって到来した極めて強い風を要する。

 筆者はこれを、外向衝風と呼ぶ。

 上空の一点から地表に向けて吹き付けられ、さらに地表から全方位へ逃れた強風である。首都外壁が外へ向かって倒れたこと、石柱が爆心地を離れる向きに倒壊したことは、この外向衝風により整合する。

 重要なのは、これもまた長く続く風ではないことである。長く吹けば、砂の堆積形状はよりなだらかに引き伸ばされる。だが実際には、叩かれ、倒され、それで終わっている。ゆえに風もまた、一瞬の打撃であった。

 なお、熱と打撃の関係について、筆者は現時点でなお確言を避ける。だが、教国神殿の一部で用いられる、熱により閉所の気を膨らませ、その圧で扉を自動的に開閉させる機構の記述を想起するならば、極短時間に生じた異常高熱が、地表のみならず大気そのものを膨張させ、結果として一種の打撃を生んだ可能性は否定し難い。だが現時点では、温度、持続時間、ならびに膨張の規模を結びつける手段を欠くため、示唆に留める。


【考察三 流星群記録との接続】

 ここまでの観測から必要なのは、瞬間熱と、それに短い時間差で続く外向衝風をもたらす上空現象である。

 各地に伝わる記録では、首都崩壊の夜、多数の星が降ったとされる。言うまでもなく、天文学者にとって、星の降下は単なる詩ではない。空より来たものが地表に傷を刻み得ることは、世がそれを神罰と呼ぶたびに、我々が観測と記録でもって自然現象へと取り戻してきた領分である。

 もちろん、首都中心に残るのは単純な落下孔とは異なる。だが、上空で砕け散った大きな星が、落下そのものではなく、その直前に巨大な熱と風を生じさせたとすれば、観測事実はよく揃う。

 熱は表層黒化を説明する。

 風は外向倒壊を説明する。

 流星群の記録は、その前駆現象を説明する。

 ここまで揃えば、少なくとも首都崩壊の主因を、魔王の怒りに求める必要はなくなる。


【補論 魔王説について】

 魔王説は、都を失った民にとって理解しやすいだけでなく、各国にとってもまた流布しやすい。怒りを持つ主体を一つ置けば、被害の像はまとまり、責任の所在は単純化される。首都崩壊を、魔王の怒りが都を長く焼き続けた結果として語る通説は、その意味で政治的にも宗教的にも便利であった。

 だが、理解しやすさは、観測に優先しない。我々がまず退けねばならぬのは、首都崩壊を魔王の怒りが都を焼き続けた結果とする、各国に都合のよい通説である。

 もし一個人の意思による持続的高熱で首都が焼かれたのなら、現物の変質はもっと深く、もっと均質で、もっと遅い痕を残したはずであるが、実際にはそうなっていない。

 筆者は、魔王なる存在の政治的重要性も、流言としての有効性も否定しない。だが少なくとも、首都崩壊そのものに関しては、空から到来した一瞬の現象として説明する方が、はるかに観測とよく合う。


【課題】

 一、首都中心部におけるより詳細な採取。

 現状、中心近傍は危険のため十分な採取ができていない。

 二、石柱網全体の再測量。

 各石柱の倒壊方向と傾斜角をより精密に集計する必要がある。

 三、海域側の空白補正。

 二十三番から二十五番は海域であり、石柱が存在しない。よって中心推定には補正を要する。

 四、流星群記録の収集。

 外壁の街、島国、沿岸諸都市の記録を年代順に整理し、同夜性の確認を進める必要がある。

 五、熱、時間、ならびに膨張。

 極短時間の高熱が、大気にどの程度の膨張と打撃をもたらし得るかについて、筆者はなお、比喩を超える言葉を持たない。教国神殿の自動扉機構は一つの手掛かりではあるが、首都崩壊規模の現象へ拡張するには、温度、持続時間、膨張量の関係を測る新たな枠組みを要する。


【結語】

 天文国首都崩壊は、長く燃え続ける怒りではなかった。

 それは、一瞬の熱であり、その直後に訪れた一瞬の風であり、二つがほとんど一続きに都を襲った空の災厄であった。

 黒化した砂岩、外へ倒れた壁、傾いた石柱、流星群の記録。これらは別々の悲劇ではなく、一つの現象の異なる顔である。

 ゆえに筆者は、首都崩壊の主因を、上空で生じた極短時間の高熱現象と、それに伴う外向衝風に求める。

 願わくは、この結論が、怒りの名を一人へと押しつける安易さを退け、失われた都の最期を、観測の言葉で語り直す端緒とならんことを。


【参考資料】

 サンドロス・グリッド.首都南東観測網における石柱傾斜予備記録.観測院残存帳第一冊.

 サンドロス・グリッド.首都外壁表層黒化片採取報告.観測院残存帳第二冊.

 ナフパクトス口述.流星夜に関する沿岸伝承断片.砂漠沿岸聞き取り控.

 外壁の街伝聞抄.魔王進路と星の降下に関する抜書き.非公式写本.

 著者不詳.教国神殿における自動扉機構覚書――炉熱と気積変化による開閉仕掛けについて.教国写本断簡.年代不詳.

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