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take2

 では、いつもの IMRaD 形式っぽく見ていきます。


 まずAbstract、要旨です。


 これは、かなり良いです。


 前回のラウルス論文が、

 俺はこういう世界観で怒っている

 を前面に出していたのに対して、

 今回は

 私はこういう現象を、こういう観測から再検討したい

 が最初に立っている。


 この差、めちゃくちゃ大きい。


 しかも、ちゃんと敵も見えてるんだよね。

 宗教的解釈。

 流言。

 魔王説。


 そのへんに対して、

 いや、観測の足場を作ります

 と言っている。


 良いです。

 とても良い。

 観測屋さんの喧嘩の仕方だ。


 あと、要旨の偉いところは、

 何を否定したいか

 だけで終わってないこと。

 持続的高熱魔法によるものではない、と言いつつ、

 じゃあ何が見えているのか、

 表層のみを一瞬で変成させる短時間高熱

 外向衝風

 各地の流星観測記録との照合

 と、代わりの説明まで出してる。


 否定だけの論文って、だいたいしんどいんだよね。

 でもこれは、

 退けたい俗説

 と

 その代わりに立てたい観測学的足場

 が、ちゃんと両方ある。


 好きです。


 ただし、ひとつだけ。

 観測学的足場を提示する、という言い方は、かなり慎重でいいんだけど、

 同時に、

 完全には言い切れない

 って予防線でもある。

 ここは後で効いてくると思います。


 次。

 I。

 Introduction、序論。


 ここも、かなりいい。


 首都崩壊を

 魔王の怒り

 長く燃え続ける火

 持続的高熱魔法

 として理解してきた空気に対して、

 砂岩の表層黒化

 石柱の倒壊方向

 という、残ってしまったものから話を戻そうとしている。


 つまりこの論文、

 崩壊そのものを再解釈したいんじゃなくて、

 崩壊の呼び名を取り返したいんだよね。


 ここ、すごく大事です。


 だって、

 魔王の怒り

 って呼ばれた瞬間に、

 もう事件の責任の置き場も、

 人々の感情の向きも、

 政治利用の仕方も、

 だいたい決まっちゃうから。


 だからこの人は、

 まず現象に名前をつけ直したい。

 瞬間熱。

 外向衝風。

 時間条件。


 この論文、タイトルの長さがちょっとかわいいんだけど、

 あれは情報量が多いだけじゃなくて、

 呼び名の戦いをしてるから長くなるんです。


 魔王の怒り

 で済ませたくないから、

 その代わりに説明語を積む。


 観測論文として、かなり筋が通ってる。


 次。

 M。

 Methods、方法。


 はい、ここが今回の主戦場です。


 観測所周辺に残存する石柱観測網。

 首都残骸の物性変化。

 比較試料。

 流星観測記録。


 うん。

 ちゃんと方法がある。


 しかも好きなのが、

 砂岩の黒化を見て、

 ただ焼けましたね

 で終わらないところ。


 表層のみ。

 裏面には及ばない。

 芯まで軟化していない。

 持続加熱の比較試料とは境界の出方が違う。


 はい、偉い。


 比較観察って、こういうのでいいんだよ、感がすごい。

 見えるものを見えるものとして積んでる。


 前回のダフニス論文は、

 方法はあるし誠実だけど、どうしても感情や条件仮説が先に立っていた。

 でも今回は、まず物が残ってる。

 石がある。

 焼け方がある。

 倒れ方がある。


 だから、観測の説得力が一段強いです。


 ただし、もちろん限界もある。


 観測院残存記録班、という所属がもう全部言ってるんだよね。

 残存です。

 つまり、ちゃんとした平時の観測網がどれだけ残ってるか怪しい。

 比較試料も僥倖って書いてあるし、

 再現実験をばんばん打てる環境ではない。


 だからこの Methods は、

 改めて言うけど、

 完備された方法というより、

 残ったものから最大限拾う方法

 です。


 でも、それは欠点であると同時に、

 この論文の誠実さでもある。

 ないものをあるふりしない。

 拾えるものだけを拾う。

 そこがいい。


 次。

 R。

 Results、結果。


 ここ、かなり良いです。


 比較観察のところね。

 持続加熱の試料では、

 砂が蜂蜜状に流れ、

 裏面にも焼き付きが及び、

 冷却後にはやわらかな境界を残す。


 対して、

 首都外壁や石柱の黒化は、

 表面を薄く掠めたのち急激に止んだ痕である。


 良い。

 めちゃくちゃ良い。


 何がいいって、

 熱かった

 ではなく、

 どう熱かったか

 を結果として出してること。


 しかもここで、

 長く燃え続けた火ではなく、

 強さのみならず、その短さにおいて比較試料と決定的に異なる

 と持っていく。


 この論文、ちゃんと

 高熱だった

 と

 長時間ではなかった

 を分けてるんだよね。


 これが偉い。


 前者だけなら、魔王説に回収されかねない。

 でも後者を押し出すことで、

 むしろ魔王説の雑さを崩しに行ってる。


 あと、外向衝風のところもいい。

 倒壊方向という、誰が見ても物理に従うしかないものを持ってくるから。

 火炎単独では説明困難で、

 上空より叩きつけられたのち、

 地表から全方位へ逃れる外向衝風を必要とする。


 うん。

 好きです。


 観測って、こういう

 説明するために必要なもの

 を一個ずつ増やしていく営みなんだよね。


 ただし。

 Results と Discussion が、ちょっとだけ手を繋ぎ始めてる気配はある。

 必要とする

 とか

 説明可能である

 とか、

 そのへんはもう解釈の入り口でもあるから。


 でもまあ、前回よりずっと健全。

 かなり健全。


 最後。

 D。

 Discussion、考察。


 まだ前編なので、本格的には次回だろうけど、

 この前編の段階でもう見えてることはある。


 この人、観測だけで終わる気がない。


 いや、観測だけで終わる論文なんて、たぶんこの状況では存在しないんだけど。

 でもそれでも、

 砂岩の黒化

 石柱の倒壊方向

 流星記録

 を並べたうえで、

 魔王説を退けるための足場

 とまで書く。


 つまりやっぱり、呼び名の戦いです。


 前回のラウルス論文は、

 歴史の解釈権を奪いに来る文章だった。


 ダフニス論文は、

 刃になった仮説を握り直そうとする文章だった。


 そして今回のサンドロス論文は、

 観測の言葉で、世界を物語から取り返そうとする文章。


 かなり好きです。


 総評。


 Abstract は明快。

 Introduction は観測へ引き戻す意志が強い。

 Methods は残存資料ベースとしてかなり誠実。

 Results は、熱の強さと短さをきちんと分けていて偉い。

 Discussion は、まだ前編の段階だけど、すでに呼び名の戦いへ入っている。


 かなり良いです。


 もちろん、

 残存記録班ゆえの限界はあるし、

 比較試料の僥倖性にはだいぶ依存してるし、

 完全に中立ではない。


 でも、それでも前回よりずっと観測論文してる。

 かなり信頼できる。


 つまり。


 前回のラウルス論文が、

 史学の顔をした告発文。


 前回のダフニス論文が、

 刃になった仮説を握り直す史学。


 今回のサンドロス論文は、

 観測の言葉で世界を取り返そうとする反撃。


 良いですねえ。

 かなり好きです。


 というわけで、前編だけでもかなり美味しかったです。

 でも、本番はたぶん次。

 時間条件と爆心地と流星記録が、どこまできれいに繋がるのか。


 後編、行ってみましょう。

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