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第15話:十五夜の正体

木々の間を抜け、裏山のトンネルの入り口が見えた時だった。

 

 ――ドォォォォォォン……ッ!


 突如として、内臓を直接揺さぶるような暴力的な重低音が、夜の森を制圧した。


 耳からではなく、足元の地面と空気の振動から伝わってくる、致死量のような音圧。

 

 頭上を見上げた僕の思考は、真っ白に塗り潰された。

 

 木々の隙間から、不自然なほど巨大な「月」が降りてくる。

 いや、違う。それは月などではない。


 暗夜を切り裂く、巨大な双発ヘリコプターの強烈なサーチライトだった。

 

 吹き下ろす強烈な風が、森の木々を無残にへし折る。

 その圧倒的な物理的エネルギーの前に、竹神村の蒸し暑い空気も、狂気を孕んだ蝉の声も、まるで薄い紙芝居が吹き飛ぶように一瞬でかき消された。


 後に残ったのは、血の気が引くほど冷たい、現実の夜の空気だけだ。


「……あ、あ……」

 光の暴力に目が眩む中、背後の獣道から「それら」が現れた。


 松明を持った村人たちではない。

 黒い防弾装備に身を包んだ、何人もの屈強な男たち。


 彼らは一言も発しない。威嚇の声すら上げず、ただ「ザッ、ザッ」と、硬い靴底で土を踏みしめる冷徹な足音だけを響かせ、確実な歩みで僕たちを追い詰めてくる。

 

 その足音を聞いた瞬間、僕の足は氷のように固まった。

(……思い出した)

 

 これは、呪いでも因習でもない。

 圧倒的な権力と暴力を持った「本物の大人たち」の狩りだ。


 僕はあの日、この光に怯え、この足音に絶望して、泥水の中を這いずり回ったんだ。

 

「逃げよう、紗夜……早く、トンネルの奥へ……!」

 

 僕は彼女の手を引こうとした。

 だが、声は情けないほど震え、足は一歩も前に出ない。


 今度こそ彼女を守って戦うんだと、あれほど誓ったのに。本物の「死の恐怖」を前にした僕の身体は、惨めなほどあの日と同じように萎縮していた。

 

 紗夜は、そんな僕の様子を見て、ふっと悲しそうに微笑んだ。

「だめだよ。これ以上一緒にいたら、あなたが殺されちゃう」

「何言って……!」


 紗夜は僕の震える手に、自分の冷たい両手を重ねた。

 そして、僕の掌に「ある物」を押し込んだ。

 

 親指の先ほどの、硬くて薄いプラスチックの板。

 ……マイクロSDカード。

 

 彼女が何のためにこれを隠し持っていたのか、この中にどれほどの秘密が入っているのか、僕には分からない。


分かるのは、あの冷徹な大人たちが血眼になって求めているのが、僕の命ではなく、これだということだけだった。


「お願い。これだけは、絶対にあの人たちに渡さないで」

「紗夜、やめろ……! 一緒に逃げるんだろ!?」

「あなただけは、どうか生きて」

 僕の手をそっと手放し、紗夜は踵を返した。


 そして、暗闇に続くトンネルとは真逆の――眩しすぎるサーチライトの光の真下へと、自ら走り出していった。

 

「ここにいるよ!!」

 

 男たちの視線と、ヘリのサーチライトが、一斉に彼女の細い体へと集中する。



 叫んだ。喉が裂けるほど叫んだ。

 行かなきゃ。彼女を引っ張り戻さなきゃ。

 

 なのに、僕の身体は反転し、トンネルの暗がりへと向かって走り出していた。

 

(違う! 戻れ、戻れよ僕の足……!!)

 

 心の中でどれだけ叫んでも、僕の身体は「生存」という本能に支配され、彼女を囮にして一目散に逃げ出していた。


 現実のあの日と、何一つ変わらない。

 何度やり直したところで、僕は結末を変えることすらできない、ただの無力な子供だった。

 

 右手に握りしめたSDカードの角が、皮膚を突き破るほど深く食い込む。


 僕は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、最も愛する人を暗闇に置き去りにして、たった一人で走り続けた。

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