193話【VS.】うつろいゆく道理を転換する 満ち欠けるムルル・E・フィーリク・ディール
謎と謎
そして謎
追い詰められて
咲く花は
力に目覚めて
また呼び覚ます
見舞われる迅雷が無防備に立ち尽くす明人の視界を蒼く染めた。
神経細胞を通しシナプスが覚悟をしろと語りかけてくる。
神経路で体内を焦がす痛みと血の沸く暑さと脳の蒸発する寒々しい錯覚が全身を硬直させる。
――マズった……!
我に返ったときにはもう手遅れだった。脳から送られた信号が手を振りかざそうとするも幾分か、遅い。
もはや行動に移す間もなく目と鼻の先で蠢くような雷鳴が唸る。
刹那の間に、まるでコマ送りの如き走馬灯が脳髄を駆け巡った。
切り替わり切り替わる思い出。雷鳴をバックグラウンドミュージック代わりにした、白と黒の映像がまるでエンディングロールのように流れる。
地球で時を共にした仲間たちと妹の笑い声が耳をくすぐる。世界を越えて触れた真実の安寧を夢に見る。
――失敗した……!
敵の魔法は、生命体をも一瞬で凍りつかせるほどの威力を秘めている。
最後には、口づけを交わした相手がにこやかに微笑んで締めくくられた。
0.1秒にも満たない残された猶予。そこで明人は、考えることを放棄する。
視界は白ばんで、死に至らずとも決定的な未来に恐怖した。
「まズは1匹ダ! ワタシちャんさんにブち込んダ蹴りのお礼をさせてもらおうかァ!」
無意識的に、反射的に、適応せしめんと、覚悟する。
「フニーキさんッ!」
白い世界に鬼気迫るようなその声は、まるで鼓膜を貫く。
明人の直接脳の内側に響いてくるようだった。
ふわり。黒い艷やかな髪と丈のさざなみのようなスカートがなびく。
痩せた細白い指からギアの如く廻転する明媚の光が目をくらませる。
「なァッ!? そりャあグラクソ野郎ガ、ワタシちャんさんに押しつけやガッた指輪と同ジヤツジャねェか!?」
散らされた燐光越しにムルルは、飛びだしてきた影に目を白黒させた。
「っえ……なんで……?」
当然、明人も狼狽つつも戦慄を覚える。
「ふぅぅ……」
一息ついて。そのはだけたブラウス向こうで決して奥ゆかしくない球体がたわみを見せた。
たたずまいは優雅に、突きだした枝の如き指に蒼を添えて、リップグロスの塗られたぷっくりと潤う唇が弧を描いて象る。
「ああ、なるほどこれはこういうものなんだね。うまくいってよかったけど……そういうことか」
疾風の如く甘い花の香を引き連れて雷を散らしたのは、クロトだった。
迸る蒼は、景気よく。その華奢な体は、己が身を引き比べて救わんがために勇敢な盾となった。
「この指輪――使えるっ!」
指輪が匂やかな荒れるに任せた廊下に爛々とした光を発す。
「フニーキさん。ここはオレに任せてもらえませんか? この子は僕が説得してみます」
構えたままに振り返った優美な白粉の顔は、自身に満々とでもいいたげ。
虚を突かれつつも明人は、悩んだ。今更になって死の恐怖が細部を震わせた。
敵は、背後に自身の作りだした蒼の壁を背負って、追い詰められるような形になっている。
地獄に葬るのであれば、もうひとつの蒼の力を使えばいいだけ。
――F.L.E.Xを発動させばなんこともない。だけど……。
しかしクロトの真剣な眼差しには覚悟があった。
そしてもうひとつの希望に似た光が灯る。
「……自信はあるんだな?」
「はいっ! やってみせます!」
自信満々とでもいわんばかりの返答が返ってくる。
情報は、ほぼ与えなかった。見て聞いて、脳で咀嚼して、固定観念を与えない。
それこそがヒュームたるひらめきの特性を活かせると明人は考えていた。
そしてようやく舞台が整ったのだ。この勇敢な少年にありえない言葉でもってして、タスキ代わりの手をひょろっとした肩に添える。
「なら、信用する」
信用。それはこの舟生明人という青年にとって、もっとも縁遠い単語だった。
「いいか? 死ぬのだけは止めてくれ。もし危険と思ったら別の手を使う」
「わかってます。僕はサナとルナをこの檻からだすまで絶対に死ねないんです」
頼りがいのありすぎる返答だった
2歩3歩と後ろに引いた明人は、敵を睨みつける。
「ひうっ……!」
すると困り眉のムルルは、びくっと小さく身を縮こめて後ずさった。
「キシシシッ! 前には、色ッぺェお嬢ちャんと外道。後ろには、ヤリ盛りの腐り肉共。なにやらおもしれェことになッてきたなァ?」
息巻く帽子。恐る恐るで震えつつもムルルは、きめの細やかな小さな手を対峙するクロトへと仕向ける。
後方では、死体が死体を踏みつける。透過する《プロテクト》を狂ったように叩いて汁を滴らせた。
腐臭とカビのなかに、クロトにかけた香水の甘い香りが混ざってなにやら鼻を突く。
意識的のように蒼を収めたクロトも、信用を背に、同じく骨の浮いた手を真っ直ぐに伸ばした。
「悪いけど僕は男だよ」
後ろからでも小さな肩が微弱ながらに震えているのがわかった。
防御を意識するよう半歩ほど足を開いてクロトは、体を固定する。意外と動きやすそうなスカートを花弁のように開いてみせた。
いつ腐り落ちるかわからない木床が、ギィッと軋んで見守る明人の肝を冷やす。敵は無詠唱に魔法を飛ばす。足が崩れれば、即座に詰み。
仕組みはわからずとも先ほど身をもって危機へ追い込まれた。だからこそ余談を許さない相手である。
「ヘッ! んなデけェ乳ブら下ゲてよく言うゼ! 後ろの彼氏と毎晩毎晩飽きもしないデねんゴろなんデしョーよ?」
「……っ!」
下劣な妄想を語るチャムチャムの下で、ムルルの白パンのようにふっくらとした頬がぽっ、と色づいた。
とるに足らない挑発ととった明人の数歩先で、なぜかクロトが焦りだす。
「ふ、フニーキさんとそ、そそ、そんな、ふふふ、ふ、ふしだらな仲じゃ――」
開いている手を胸元に寄せておろおろ。ツヤのある黒い髪が慌てふためく様に、はたはたと浅い川の如く流れた。
ちらりちらりとこちらに振り返ってくるクロトへ明人は、激を飛ばす。
「なんでオマエが焦るんだよ!? そうなると意味がでてくるだろッ!」
「ご、ごご、ごめんなさいぃぃ!」
その場にいる全員の視線が身を包むパイロットスーツへと集中しているのがわかった。
「頼むからまじめにやって……」
「は、はいっ! 大丈夫です! たぶん負けません!」
たぶん。そんな曖昧を口にしてクロトは、ふわりスカートを翻すように敵と向かいなおす。
あのユエラ救出の際に手に入れた模造品は、ある意味で1品物である。
それが、すり替えに気づかないグラーグンを経由してムルルの指にハメられているということだろう。
なんの因果か。敵の手に渡っていたはずの正真正銘の指輪と模造品がこうして再会を果たした。
――頼んだぞ……クロト。
そんな偶然と偶然似た出会いがここにある。
そして別の偶然と偶然の縁が繋いだ信用。明人は、主演をクロトにバトンタッチした。
儚げな少女と少女のような少年があらためて向かい合う。
目尻に涙を浮かばせたムルルは、小毬の如くキュートな顔に戸惑いの色を見せる。
「……ぅぅ……」
まだ苦しいのか腹のあたりをすりすりとさすった。
黒の魔女のようなベロア調の衣装を飾る可愛らしいピンク色こぶりなリボン。ひらひらのスカートは、全体的に細めのシルエットをふわっとさせる。
実際に身を包む服と合いして魔法を使うのだから魔法少女という位置づけになるのかもしれない。
「キミには、友だちに謝ってもらうよ。キミの凍らせた大切な僕の友だちに」
一方でクロトも色気では負けていない。
張りのある紺のブラウスとセットになった折り目正しい紺のスカート。スラリと伸びた筋肉のない足には、毛さえ生えておらずまるで男っ気がない。ワンポイントのリボンは、現在首輪のように首で羽を広げている。
「しャッしャッしッァ! あのバッキバキになッちまッた死体に謝れッてか?」
「そうだ。絶対に連れて行って謝らせてやる」
喧騒とグールのうめき声が、絞られたランタンのような火の灯りに木霊した。
研究者の娘とは確定していない。それでもムルルは、間違いなくこの場の誰よりも翻る道理を理解しているはず。
その証拠に体内マナを吸い尽くす指輪をつけていても魔法を使用した。
明人は、なんとなくだった。なんとなく自身の手に目を落とす。
「《フレイム》」
だからなんとなく唱えてみた。
グローブに覆われた手は、なにも変わらない。人間が魔法なんて使えるわけがない。
だからやはりという結果に、首をひねって眉間にシワをよせた。開かれた手のひらで複雑に絡み合う疑問と疑念が踊り狂う。
この勝負、クロトのいう通り負けはないかもしれない。まんじりともせず腕を組んだ明人は、そんなことを改めて思う。
ふたりの模造品と模造品。その理解に差異があったとて、しょせんは魔法を吸収する。クロトもそれくらいは実際に先ほどやってのけた。
ただ、敵がより想像だにしない魔法を使わなければの前提ではある。
「なーるほド! つまりあッちガ彼氏ダッたわけか!」
「だから違うって言ってるだろ! 僕は男だっての!」
いつまでつづくか喧々諤々とした生産性のないくだらない言い合い。
一向に展開を見せないある意味での穏やかな時間が過ぎていく。
そんななか、冷淡にも澄んだ声が雑音のなかで滴を垂らすように波紋を呼んだ。
「《傀儡なる我が化身よ、冥界よりきたりし異界の民よ――」
ムルルは、紡ぐ。
詠唱を交えるそれは、《エピックマジック》。
詠唱でもって環境マナを集積し発現させるための大いなる魔法だった。
バタバタとマントとスカートを羽ばたかせるようにしながら唱える足元で、輝く文様が姿を現す。
そしてそれは、明人の見たことがある魔法だった。
「――召喚魔法かッ!」
理想郷への神槍にて愛機と共に闘った骨の巨体。カオスヘッドが明人の脳裏をよぎった。
あんな者を生身で相手どれるはずがない。そうでなくとも選定の天使であるグルドリー・ヴァルハラの協力があっての苦しい勝利だった。
恐怖に駆り立てられるよう明人は、木床を踏みしめる。熱は一瞬にして奪い去られた。代わりに冷や汗がどっ、と吹きだす。
「クソッ! 唱えさせてたまるかよッ!」
ムルルの詠唱は半ば。距離にしてはギリギリ間に合うかといったところ。
馴染みの散弾銃――RDIストライカー12がないことを悔んで風の如く廊下を走る。
すると、一言だけ。こちらに向かって、ちょいとはにかんだクロトの手から指輪の蒼があふれだす。
「信用してください。フニーキさんが前と今にやったことを試します」
憮然ととしたたたずまいで腰に手を添える。
しょうがないなといいたげにへの字眉でクロトは、発破するかの如く跳躍した。
木っ端に化けた床板が粉を吹いて砕け散る。置いていかれた明人は、その圧倒される光景に思わず足を止めた。
「そ、そんな……バカな……!?」
よく知っている未知――しかし使えるはずのない蒼だった。
F.L.E.X.によく似た膜を纏いクロトは、使えないはずの魔法を唱える。
「《ローウォーター》!」




