187話 されば臆病は、きっかけと共に
その雄々しい爪でレヤックは土の壁を掘り崩す。
「ハウッ! ハフハフハフッ!」
4足で土を股から後ろに放る仕草は、まさに犬だった。
犬の祖先である狼とは、外敵から身を守るために巣穴を掘って生活する。ワーウルフが地球の狼のように習性が残っていてもとは限らない。しかし羽はたきのような尾っぽが、千切れそうなほど左右に振られてはいる。
これから短い期間とはいえ暮らすことになる穴ぐらは、狭い。そうでなくとも予定よりも余計にメンバーを集まってしまった。
当初の予定であれば、エーテル族をひとり確保するだけ。にも関わらず余分に協力者を得られたのは、明人によるただの気まぐれだった。
クロト・ジャール・ティールとフィナセス・カラミ・ティール、奴隷と支配者に与えられた任務は、およそ3つ。
1つは、短期間引きこもれるだけの食料を買ってくること。
それも奴隷街ではなく、聖都の表側で。そうすることで点と点を線にすることができる。
残りの2つは、後々に効いてくる遅効性の毒となる。
肉を挟んだパンを手にしたサナとルナは、目に《ライト》の光を含ませた。
「こ、これが……表の料理なの? す、すごいいい匂いっ!」
「パンだけじゃなくておっきいお肉まで入ってるよ……?」
「ふんふん? まって! こ、これってまさか!? チーズ!?」
「そ、そんなっ……贅沢すぎるよっ!」
香り立つ湯気は、できたての証拠。
ふたりの手にもたれたパン料理は、できあいのものではない。明人特製のなんちゃってハンバーガーだった。
ごくり。藁に座った双子は、同時に生唾を飲んで、その異世界料理に興味を示す。
「これ食べちゃっていいの!? 私たち払えるものとかないわよ!?」
「そうですよ!? こんな超高級なお料理を振る舞われても困っちゃうんですけど!?」
「いいからさっさと食べなさいよ……。というかもう食べる気満々で返せって言っても返さないでしょうよ……」
明人は目を宇宙並に輝かす双子をテキトウに流す。
適当に切った根菜をまぜた肉には、それっぽいハーブをかけて整える。そうすることで旨味に香りが追加され代わりに臭みが激減する。
それからいい色になるまでしっかりと熱を通す。まず外側に焼き目をつけてから水と酒で蒸す。最後に強火で表面をこんがりとさせる。そうすることで旨味を逃さぬよう閉じ込める。
それから焦がした肉としんなりした野菜にトマトソースをかけてチーズを乗せる。あとは乗せたチーズがとろりとなるまで指先程度の火炎魔法で炙るだけ。
バンズはないので、パンで挟むサンドイッチといってもいい。そのまま別個で食べればパンとハンバーグのようなもの。
墨汁を垂らしたような黒に立ち昇る肉とハーブの良い匂い。およそ数メートル先に下水があるとは思えない食卓の香りが部屋を漂った。
それを調理した料理人は、もそもそと失敗作を頬張る。
「最初の1枚だけ失敗したなぁ……これは要反省課題だ……」
明人は羽織った白が汚れることをいとわず土壁に背を預けた。
失敗の味は苦い。エグい苦味へ不満を吐く。
百里基地もとい生存者キャンプには、食材はなくともレシピ本があった。本に書いてある食べたことのないリゾットを思いながら乾パンをかじったのはいい思い出か。空想して食べる食事を幾数日繰り返していると嫌でもレシピを暗記できてしまう。
明人は料理ができる。しているのではなく、やれば一応できる。
「……」
しかし一方で双子の隙間に挟まれた美少女、もといクロトは、うかない。
化粧された愛らしい顔は、陰って皿の上の湯気立った料理を見つめる。
作られた美貌は、まるで闇夜に咲く風前の桜花のよう。もとより愛らしい顔立ちは、体型と格好も相まってもはや薄幸の少女にしか見えない。
いよいよいただこうと大きく口を開けたルナの動きが、ピタリと止まった。
「クロト? なんだか帰ってきてから変だよ?」
前髪を流して下から覗き込むように見上げる。
「……う、うん」
それでもクロトは、藁に座ってどこか遠くを見つめていた。
紺色のブラウスを押しだすほど主張の強い胸元を寄せるように身を丸くなる。
すると皿に料理を戻したサナも、不思議そうに小首をかしげた。
「ねえ、冷めちゃうわよ? せっかくフニーキさんが作ってくれたんだから早く食べましょ?」
「……な、なんでもないよ。……先に食べてていいから」
抑揚のない声。クロトは、双子を見ようともしない。
思いつめたように膝を舐める。
「だーめっ。食べるときはみーんな一緒よ」
フライング気味に食べようとしていたルナは、姉の言葉を聞いて慌てたように皿に料理を戻す。
「うっ……! じゅるり……そ、そうだねっ!」
ヨダレを拭う。ぶんぶん首を降ると片側で結った髪もぴこぴこと縦に揺れる。
そんな異質を明人は、遠間から静かに眺めた。
――さーて、どっちに転ぶかな?
もそもそと苦い肉を噛み締めてクロトの答えを気楽に待つ。
別に任務を与えるのであればクロトでなくとも構わなかった。それでも可愛く化粧してまでいかせた理由は、彼へ課した登竜門ともいえる。
外と自身の住む街の格差。圧倒的物量と兵数。その現実を知った今、ここで立たないのならもはやそこまで。育てる必要はない。
するといつの間にやら隣にやってきていたフィナセスが、かすかに優美な白のドレスワンピースなびかせて藁に落とす。
「はーつかれたぁ! ねねね、どうこの服? 私の可愛さに拍車をかけるっていう意味で可愛くない?」
「その女物の服一式買ったの? この非常事態にめっちゃキメキメじゃないか?」
「えっへん! こう見えて貯蓄は多いのよ! なにせ女王お抱えの聖騎士だもの!」
その脚部を包むのは、聖騎士鎧ではなく通常よりは、少し茶目っ気のある衣服だった。
「とはいえ聖騎士だとバレないための隠れ蓑みたいなものだけどね。いちおう私だって色々考えて行動してるんだから」
――いちおうって言う時点で本当にいちおうなんだろうなぁ。
明人は隠れ蓑とやらに身を包んだフィナセスを検閲する。
通った鼻筋に整った顔立ち。他種族の特性を兼ね備えるエーテル族は、とにかく美しい。たとえ数時間前まで男として生を歩んでいたとしてもそれは変わらない。
容姿端麗種族ゆえエーテル族はつがいとなる相手を外見ではなく中身で選ぶのだとか。
覇道の呪いによって、種族間に広まった差別という亀裂が世界に生まれている。そんななかで毎日顔を合わせる同種は、みな宝石のように美しい。当事者曰く、目が慣れ飽きてるとのこと。
しかし明人は、その姿に既視感を拭いされない。
白いドレスに腰の剣。大きな三つ編みにアンクルストラップのサンダル。つい先ほど聖都で買い揃えたものだろうとしても、あまりに知り合いと良く似すぎていた。
丸い尻をすとんと藁に埋めたフィナセスは、気安く肩と肩が触れ合うほど密着して語る。
「あの子ね、奴隷街の外を見て最初は笑ってたわ。こんな世界があるのかー、って」
「あの子ってクロトのことか?」
うん、そうよ。と返ってきた声を聞きつつ明人は、凛とした声に耳を傾ける。
「物々しい鎧を着た兵士やら街並みやらを見ていくうちに、少しづつ元気がなくなっていっちゃったみたいなの。多分自分の置かれた境遇とか色々なことに気づいちゃったみたいね」
フィナセスは、リラックスするように足を横に放りだす。
肩から垂らした雪片の如き彩色の大きな三つ編みを切なげな手つきで手慰む。
「ねぇ、ダープリ」
フィナセスが明人の肩にこてっと頭を預けた。
「街にでてみてね。アンタが私を女に変えた理由……多分だけどわかった気がするの」
熱い吐息が頬をくすぐる。
こちらに向けられた潤んだ銀燭の瞳が、ゆらゆらと揺れた。
明人はわざとそっけない態度でフィナセスから目を逸らす。
「邪推じゃないか? ムサイ男じゃなくてキレイな女を仲間にしたほうが気分がいいってだけだぞ」
「ふふっ、そんなタイプじゃないくせによく言うわね」
喉をくっくと笑わせたフィナセスは、そのままの態勢でこちらと同様に、クロトたちを眺めた。
「……どんなタイプだよ」
「優しいってことよ。今だってそうでしょうに」
視線をそのままにフィナセスは、猫みたいに活気のある目を細めた。
聖都は、壁を隔てて表側と裏側に分かれている。北が奴隷街で、南がエーテル種たちの居住地。
明人が昔にこの聖都の表を歩けたのは、剣聖であるリリティア・L・ドゥ・ティールの威光があったから。剣聖が奴隷であるヒュームを連れていたと周りに思わせたから。
そうなれば行き着く答えは、ひとつである。
エーテル族を捕らえて魅了魔法をかければ、支配種と奴隷という関係で、隔たる壁を容易に越えられる。
フィナセスという存在こそがそれを可能にする。奴隷街から聖都へ進行の手を伸ばすための重要な相互通行手形だった。
――ここまできたんだ。やり遂げないと、な。
闇のなかで揺れる光と心。掘削機のように部屋の拡張を進めるレヤックの爪音を耳にレジスタンスは、時を待つ。
合図があればすぐにでも作戦が開始される。聖女に残された時間は、少ない。
そのためにクロトたちは、外にでかけた。あくまで一応の下見として。
もしそれまでにクロトが奮い立たないのなら、明人はクロトを置いていくつもりだった。
冷めていく料理そっちのけ。双子は、明らかに異常をきたした幼馴染を案ずる。
「ね、ねぇ……? なんか外で嫌なことでもあったの……?」
「はなしたほうがきっと楽になるよ? わたしたちも相談にのるよ?」
しかしその思いは届かない。じっと、まんじりともせずクロトは、膝に顎を乗せるだけ。
次第に双子の表情も、もくもくと曇っていく。
敵は支配種であるエーテル族。一方でこちらは、少しのヒュームと少しの他種族。
死を恐れても後戻りはできず。もし奴隷街に変えるとしても管理者との接触は避けられない。つまり後退は死を意味する。
すると突然クロトは、皿の上の料理へ勢いよく少女のようにキレイな手を伸ばした。
「きゃっ!?」
「く、クロト!? どうしたの!」
驚き弾む双子をよそに、ひとくちに頬張って2、3度咀嚼して飲み下す。
「すっっごい美味しいっ! ふたりも早く食べれるといいよ!」
口の端にトマトソースをツケて愛らしい顔をくしゃりさせて笑む。
「……う、うん。わかったわ?」
「じゃ、じゃあわたしたちもいただくね?」
凶行を前にぽかんと目を瞬かせたサナとルナも、言われるがまま料理に再び手を伸ばす。
その傍らで恋人のように、一方的に身を寄せ合った1人とひとりが感想を口にする。
「あー……あれはもうダメだな。まぁしょうがないか」
「そうねー。あれはどうみても答えがでないっていうカラ元気よねー」
「それなー」
失敗に怯える者に、勝利は存在し得ない。
双子を管理者の女として甘んじていた者が唯一見せた反抗の牙。それを明人は、信じて後押しした。
後戻りができぬと知っていて、恐怖にすくむようであれば、それは奴隷ではない。ただの弱者である。
クロトが置いていかれることが決まった瞬間。その事態は突然鳴り響いた。
穴ぐらに木霊する水音。鼻をすする音。
「うぅ……っふ……」
「っひ……ひくっ……」
明人の作ったどちらかというと成功作を口にした双子は、澄んだ瞳から大粒の涙をこぼす。
膨らんだ頬を沿って淡い光を帯びた涙が流れ落ちる。しゃくりを上げながらも塩じょっぱいエッセンスのついたパンを幾度も咀嚼する。
「お、……おいひいね……? こんあおいひいの……うまれはじめれ、っふぅ……べたね?」
「……うんっ! うんっ!」
上を向いて涙を流し、それでも満面の笑みが咲いた。
小さな口をいっぱいにして何度も何度も幸せを噛みしめるように、肉を噛む。
知らない世界の知らない料理は、遠く離れた異世界の食べ物だ。
奴隷街はおろかこのルスラウス世界の種族たちにとってそれは、知りえないもの。知ろうとしても知ることのできないもの。
しかし奴隷たちは、ルスラウス世界すらも知らない。
舌を巻くほど美味い料理を作るはぐれものの龍がいれば、毎日酩酊になるまで酒を飲むエルフの女王もいる。
籠の外に手を伸ばせば鍵に届くかもしれない。届いたのならば叶うかもしれない。
明人は、片眉を上げて驚きを帯びた声を漏らす。
「おっ?」
フィナセスも頭を起こして目の前の光景に食い入るように前かがみになった。
「あらあら?」
それを見た1人とひとりは、互いに見合って邪悪と美麗な笑みを浮かべる。
「……くッ、……僕は……!」
泣いて食事をする双子の真ん中で、熱く滾るようにクロトは、身を打ち震えさせていた。
顔を中央に寄せるような鬼気迫る顔立ち。もはやどれだけ美しさを貼りつけようともそれは、少女ではない。
黒いしだれがかった前髪の奥で闘志が燃える。歯を軋みを上げて牙を剥く。
ゆらり。スカートを波立たせて少年は、立ち上がる。呼応するように模造品の指輪から蒼が迸る。
「…………僕はッ!」
1歩1歩と。土を踏みしめてクロトは、こちらに近寄ってくる。
それを明人は、呑気に壁へ寄りかかりながら、こころよく迎え入れた。
「勝ちたいか?」
化けた。その事実に喜びを覚えざるを得ない。
目の前に立つ欲の化身は、双子の守り手は、もう逃げない。明人にはその確信があった。
武器を象った手指から闇を切り裂く蒼が転回する。するとたわわに実っていた豊満な胸が、頼りない胸板へとしぼんでいく。
「――勝つッ!! 勝ってサナとルナをあの綺羅びやかな外の世界に連れだすッ!!」
猛虎の猛り。それはもはや地をも揺るがすほどに雄々しい誓いだった。
「教えて!! 僕にはなにができる!? どうすれば勝てる!? アナタならわかるんでしょ!?」
明人の見た牙は、その指に光るまがい物とは、モノが違った。
クロトたちを救おうが救わまいが本当にどちらでもよかった。それでも作戦は、つつがなく進行した。それでもそこに光る、欲を求める者を見た。
優しくて勇敢な蒼が、暗い穴ぐらを煌々と照らす。
そっと頬をゆるめた明人は、いつもの邪とは異なる笑みを浮かべる。
「じゃあ、はじめようか」
世界に変革を起こすべく長い夜が、この時をもってはじまりの鐘を鳴らした。
○○○○○
両性巨乳女より審判の天使の日常SSコーナー
……………
「ねえ、エルエル?」カポーン
「なんですのよ? ワタクシはどちらかというとひとり風呂が好きですのよぉ」カポーン
「アナタ、なにか隠し事をしてない?」
「唐突ですのよ。やぶからすてぃっくですのよ」
「しらばっくれるつもりね?」
「むー……? そんな怖い顔されても本当にわからないですのよ?」
「この世界に技術流入してるの知ってるわよね?」
「言いがかりですのよ!? ちゃんと監視してるんですのよー!」バシャバシャ
「……あまあまさくさく」ボソッ
「う”っ!」ジャバ
「今もあの青年がなにかをしてるようだけど?」
「ふーっひぃふふぅ」フヨフヨ
「逃げない。あと口笛も吹けてない」
「悪いんですのよ!? 美味しいものが広まってなにか不都合でもあるんですのよ!?」
「うわっ……この上司逆ギレをはじめたわ……」
「美味しいということは幸せですのよっ! 幸せだとみーんなが笑顔になるんですのよぉ!」
「うーん……。私も女性としては賛成したいところだけど……」
「両性ですのよ」
「待って! 私は女性として生きると決めたの!」
「でもわりと立派なのがついてますのよ?」ジロリ
「生き方の問題でしょ!? とにかくこの件はルスラウス様に報告するわね!」バサバサ
「あーん……まってなのですよぉぉ……」フヨフヨ
――二つ返事かつ爽やかな笑顔で世界の食事文化流入だけOKされた
「正義は勝つんですのよ!」
「……まぁ、別にどっちでもいいのだけども」
「さあ、いざふにゅーさまのもとへ!」
「待て待て待てぃ! 積極的に接触するのは流石に許されないわ!」
「むぅぅ……ですのよぉ……」
「まあ、あのお肉料理なら作れそうね。作ってあげるから我慢しなさい」
「はぁいですのよ。……にゅ? ですのよ」ピコン
「どうしたの?」
「……んー? 近々ふにゅーさまに会う気配がするんですのよ」
「また訳のわからないことを……」




