184話 まもなく必然的に影は現れる
生きると願うもの
殺すと誓うもの
なんかを乞うもの
崩壊を目指すもの
様々な思いが
偶然にも1箇所に集う
「クロ子……。今のオマエは可愛い。信じる心が大切だ」
「お、ぼく……、ワタシが……、かわ、いい?」
互いの吐息が混ざり合う距離で男ふたりがねっとりと語り合う。
「そうだ。官能のわがままボディを得たオマエは最強だ。男どもが金銀財宝を踏み荒らしてでも求める絶世の美女だ」
「そ、そんな……。そんなの……ワタシ、耐えられない……」
ナチュラルよりも少し濃い目に仕立てられたクロトの顔は、もはや中性的を振り切った。
ひじきやバラフライにならぬ程度に自然に盛られたまつ毛に、ほんのりとまぶされたファンデーション、のようなもの。妹である舟生夕を方舟に乗せるために培った技術がたんと込められている。
まるで作品を手がけるが如く繊細な手つき。拝借した化粧道具を使って明人は、美を仕上げていく。
「自信をもて、心の壁を壊すんだ。世界の中心はクロ子、オマエだ」
唯一指輪をつけていないルナによって発現された《ローピンクライト》の魔法がエロチックな雰囲気を加速させる。
「わ、ワタシが……世界の中心……?」
心にもない明人の演技。聞いたクロトは、粗悪なベッドの上でもじりと身をよじった。
紺の薄いブラウスは、女性的な魅力たっぷり。ボタンはすべて外され、暴力的な球体を包むブラのストラップを片方だけがずらされている。
斜めにベッドから降ろした脚部を締める白のソックス。色味の濃い服装のワンポイント。
技術者によって完璧な女性として改良されていくクロトは、まんざらでもなさげ。
その性別の垣根を越えようとしている両隣で双子が異なる反応を見せる。
「わ、わわっ! お、おねえちゃん!? なんか、なんか大人の世界だよっ!?」
「っていうかただの洗脳よ……」
一方の外からは、ハリムが威勢よく客引きをする声が響いてきていた。
「なんと本日かぎりのご提供! 双子と美少女が1セットでなんとなんとの銅貨2枚! これを逃すなんてどうかしてるよー!」
小洒落た文句にビシッと決め込んだ決め込んだウェイター服は、道行く客の目を引いてやまない。
ピンク色の薄暗い室内では、どんどんクロトが人形のように美しく仕上がっていく。
「ワタシ……オンナ……?」
「そうだ。限りなく女だ。女以上に女の可能性も否定できないぞ」
明人が構想するモチーフは、汚れなき無垢な幼さ。
それでも暗闇に映えるよう、舞台メイクほどでないよう、しっかりと意識する。
与えられた下地は、上等。だからこそ職人の魂が上へ上へと可愛いを求める。
「ちょっと! クロトを変な世界に案内しないでよ! 戻ってこれなくなったらどうするのよ!」
例えサナに文句を言われようとももはや止まらない。職人とは、男のみの世界で完結している。
「大丈夫だ。コイツが心から返りたい願えば、きっと返ってくる。オレはクロトを信じて待つだけだ」
「なに沼に突き落とした当事者がそれっぽいこと言ってんのよ!?」
まず面々が売屋街にやってきてはじめに行ったのは、開かれている店の精査だった。
右も左も春を売る店と店。それほど長くない街道を真っ直ぐいけば、トゲだった赤土の岸壁に阻まれる。
行き来する交じらいは、昼間だというのにも関わらず盛況として。なかには驚いたことに銀糸の髪の者も混じっていた。
店の前に陳列された商品たちの同意すらとらず、ひょいと拾い上げて店のなかに消えていく。なかでは下卑た笑みを浮かべ店主が手でゴマをするながら待ち構えている。
これこそが売屋街での日常なのだろう。
明人は喉に詰まった痰を吐きたい気持ちを押さえながら作戦に挑む。
店がとりあつかう商品を抜け殻、心無人に限定した。
これには売屋街に慣れたサナとルナとハリムが協力してくれる。
まず様々な原因で心を失っている虚ろな目の女性たちが立ち並ぶ一角を見つける。それからすぐさま店主との交渉を開始した。
交渉にもコツがある。まず明人は、誰彼構わず金貨2枚での交渉に入った。
金はあるから店舗のひとつを貸し切りにしてくれ、と。誰よりも底意地の悪そうな欲の強い守銭奴を探して。
金づるを見つけた相手は、当たり前のようにふっかけてくる。
金貨2枚から始まって半刻かけた後に10枚まで達したとき。明人は、別の店に向かうと店主を突き放す。
これで店主の手に入る金額は、逃せばゼロになってしまう。慌てた様子で8枚、7枚と値を下げてくる。
それがちょうど相手の提示した半額の手前、6枚になった瞬間。明人は、条件を呑んだ。
そして最後は、これで好きなものを買え、と。値切った分の不満をさらに半分、金貨2枚をその手に握らせる。
ボロボロに欠けた不潔な歯を見せて引き笑いをした店主は、小躍りしながら去っていった。
交渉時に影へ潜んでいたサナは、改まって微細にペンを走らせる職人に尋ねる。
「ねえ。なんであんなに回りくどいことしたのよ?」
その手元では、クロトが「わたしは、うつくしい」を繰り返していた。
「裏を返す太客。かつ対話での関係の溝埋め。感情のコントロール、飴と鞭」
暇つぶしにはじめたお遊びに熱をだす明人は、製品から目を離さない。
すでに15名ほどの客と仕事を済ませているサナは、ブラウスのボタンを開けたまま眉を寄せた。
「……どういうことよ? もっとわかりやすく教えて」
ピンクショーツから伸びる長い両足を交互にはたはたと揺らがせる。
責任をもって見ぬよう努力する明人は、とにかくクロトを注視した。
「リピーターの確保をしたい店主との密な関係を作ること。あとは感情と印象の操作。アイツには、できるだけオレが優しい太っ腹な男に見えるようにした」
「にゃーるほどね」
そう言って伸びをすると上着がぺろりと中央からめくれる。
中途半端に衣服を脱いだ双子の仕事は、花の蜜となること。
部屋に入り色香に酔って油断しきった有象無象たち。それを隠れ潜んだ明人が背後から薄く魅了する。特別な命令を添えて。
「そういえばフィナ子さんはどうしたの?」
「ああ、あれも一応は女の姿をしてるし別の部屋で同じことしてるはず……たぶん」
「なんで最後の方自信無くなっちゃってるのよ……」
別の部屋でもフィナセスが同じことを行っていた。
散らされ、回復した分のマナで迫る男たちに2つの魅了をかけている。
ひとつは、ここであったことを忘れろ。
もうひとつは、後々に効いてくる毒。
現在この店は、情欲に溺れたものたちの蟻地獄となっていた。
あれだけ明人たちを苦しめていた魅了魔法は、もはや牙城粉砕用の鍵となっている。
心無人となっていた女性たちを店に引き入れて《チャームスポイト》で魅了の魔法を吸引する。
これこそが心無人を扱う店舗を選んだ狙い。開放された女性たちは、種々様々。エルフもいればドワーフ、複合種もいる。
唯一いなかったのは妖精種くらいなもの。それは救済の導に落ちた英雄、妖精王、癒やし手のディクラ・L ・ルセーユ・シェバーハの残した遺産かもしれない。
今になってみれば散弾に脳を散らされたディクラは、グラーグンと手を組んでいたという事実が浮き彫りになっていた。でなくば、神より賜りし宝物の偽物が作られるはずもない。
体や金品の代わりに礼の品として受けとった化粧品。それで明人は、せっせとクロトを可愛くしていく。
「どうせハリムが妹を使って作った金だし、遠慮なんてハナからしてないからな」
言いつつディティールを計るようにペンをぼかして人相の悪い目を細めた。
どんどん完成していくクロトの横でサナは、胸を張るように胸を反らす。
「ふぅん。やり方はどうかとおもうけど、いろいろ考えてるのね」
強気な目立ちでちらり。足を組む動作と一緒になってほどかれた髪が深い川のように流れる。
ぶつぶつ。たわごとを繰り返すクロトの頭を掴んで右へ左へ。
「……やりとげないと……」
ポツリとこぼれた弱音。
保存食を手渡してくれたリリティアの切なげに揺れる金の瞳を思いだして明人は、ちょっぴり寂しくなる。
すべてがゼロに戻ってしまったかのような疎外感。集めた友だちを手放す感覚は、およそこの世界に降り立ったときに似ていた。
明人とクロトの顔が近づくたびに。横でルナがぴこぴこと横結いの髪を跳ねさせる。
「わっ、わわっ、わわわわっ!」
両手でほんのり火照った頬を押さえてぱっちりの目が暗室で爛々と輝く。
温度差のある双子を横目でとらえた明人は、僅かに目を伏せた。
「危険というか、体を売らせる寸前のようなマネをさせてごめん」
すると意外そうにきょとんとしたサナは、しばし間をおいて尋ねる。
「ふーん? なんで私たちを選んだの? 見たとこ、私たちを信頼してるようには見えないんだけど」
「やり遂げるついでに助けられると思ったから。それとお察しの通りで信頼は、まだしてない」
それはあくまで、ついで。道すがらで、脇道があって、手が届きやすかった、それだけ。
それを聞いたサナは、楽しげに息をこぼす。はじめて油断のある隙を明人に見せた。
「ふふっ、ちぐはぐね」
口元を押さえた手の薬指で銀枠の蒼がうっすらと光る。
「耳にタコができそうなくらいには、よく言われる」
敵地の真っ只中。娼館のなかでのんびりとした時間が流れていく。
中央にベッドを添えて化粧棚と大きな全身鏡がひとつ。鞭に荒縄は、店の趣味だろう。
窓は打ち付けられて日光を遮断する。お香の淫な香りが部屋を満たして魔法の桃色を際立たせた。
コンコンコンコンコン。そんなお茶をひくような最中に扉を叩く音が5回ほど、部屋に木霊した。
決められた回数を耳にした明人は、完成したクロトを置いて扉の鍵を開ける。
軋みを上げて開いた鍵付きの扉の奥から銀色の影がもたれかかってきた。
「ちかれたー。どいつもこいつも私を見て逃げるんだもーん」
正面から倒れ込んでくるフィナセス。胸に受け止めた明人は、頭をぽんぽんと軽く叩いてねぎらう。
魅了の命令はしていない。してはいないが性転換したフィナセスは、やけに協力的だった。
「部屋に入った瞬間にエーテルがいるとか普通に考えて血の気が引くだろ」
「うあー。言葉とは裏腹に優しみを感じるー」
聖騎士鎧を脱いだ肢体は、ダイレクトに感触を伝えてくる。
タンクトップ1枚以外なにも着ていないという無防備さに明人は、焦った。
「なんでオマエ鎧脱いでるんだよ!? つーか離れろっ!」
ほどよくこんもりとした胸板で顔を拭くようにフィナセスは、頭を転がす。
「やーよー。ダープリが私を思いだして、私のお願いを叶えてくれるまでくっついて籠絡してやるって決めたものー」
「……お願い?」
ハリムの乱入に聞きそびれていた疑問が明人の頭のなかで再度浮上する。
フィナセスは、明人と出会ったことがあると言っていた。
しかし明人には心当たりがない。というのも聖都を訪れたのは、たったの1度だけ。
ルスラウス世界に来て間もない右も左もわからずの明人だったころ。意図すら聞かされずリリティアに連れてこさせられた記憶しかない。
出会ったのは、双王とエルフの侍女のみ。
そのテレーレの侍女こそがここまで手引きしてくれたミリーナ・ティールだった。
記憶を辿る明人。と、突然サナとルナの叫び声が鼓膜に刺さる。
「ちょ、ちょっとフィナセスさんの後ろ!」
「け、けけ、毛玉っ!?」
フィナセスの突きだした立派な臀部のさらに後ろ。
廊下側からぬぅっと現れた2足歩行の黄ばんだ狼が、そこにいた。
「あっ、このワーウルフねぇレジスタンスなんだって。ダープリに言われた通り連れてきたわよ?」
気軽にフィナセスが言う。
待ち焦がれるほどの念願が叶った明人は、悪質な笑みでムッツリと口を閉ざしたワーウルフの男を向かえる。
「ようこそ同士。待ってたんだ話を聞かせてくれ」
売屋街にきたのは、このため。
クロトたちは、あくまでついでである理由があった。
「ちなみにこの狼が言うには、自分はゲイだってさ。よかったわね」
「……その情報いらないなぁ」
……………




