183話 まもなくゾンビは妹を愛する
崩壊後の救済の導
終焉なき腐肉食い
目的は
妹への愛と殺害
道を違えたふたりは
こうして再会する
いつしか窓から見える道では、往来の影が減っていた。
朝と昼の隙間に入った日の光は、遮られることなく斜光を映す。濡れた大地が暖められて湯気を上げれば、宙で埃が雪のように舞う。
カビの臭いに朝食の余韻が混ざってどこか香ばしい。
屋内には、もうひとり。虚ろな瞳の老婆は、カウンター越しに厨房に佇んでいる。
魂の抜けたような眼差しは、魅了の証。振り子のように頭を揺らしてぼんやりと立っているだけ。厨房に立つことが許されているわりには、不潔な格好をしている。
食事を終えたクロトは、背もたれにどっかりと寄りかかった。
「はぁー! 美味しかったぁ!」
至福の表情で腹を撫でさする。
開かれた襤褸のなかで頭部ほども巨大な球体がふたつ、躍動した。
そんなクロトの横でサナとルナは、クスクスと口元を手で覆ってひかえめに笑う。
「美味しかったわね!」
「クロトにも食べてもらえてよかった!」
当然ふたりも完食し、皿をあけている。
キャッキャと黄色い歓声を上げる面々。
一応料理の体裁を保っていた朝食は、パンとスープと野菜の盛り合わせ。
切られた食材が底の濁ったオレンジ色の液体に沈む。パンの表面はかさかさにひび割れて、野菜も調理した老婆のようにしんなりとしていた。
高価だとサナが豊かな胸を張って語るわりには、割に合わない粗末な食事だ。
鉄銭という代物が使われている奴隷街の価値観は、およそまともではないことがわかる。
現にクロトもサナもルナもこの程度の食事で満足できていた。
「ダープリ……。私はじめてパンを噛まずに飲んだわ……」
料理を嫌々ながらに摂取したフィナセスは、ぽてりと明人の肩に寄りかかる。
「残さなかっただけでも褒めてやる」
憮然とした居住まいは、慣れている証拠。
毒がなくて腹を壊さないのなら明人は、なんでも食す。でなくば、世界を渡る前に餓死していた。
百里基地の生存者キャンプとこの奴隷街はよく似ている。
蚕のように青白くなったフィナセスの髪を明人は、ガシガシと雑に乱す。
「うん……。ありがとー……私って恵まれてたんだと実感するわぁ」
するとフィナセスは、甘えた声を上げて猫のように目を細めた。
壁の内側と外側で反応の割れる一行。そしてそんなクロトらを楽しげに眺める青年がひとりいる。
「やあ、いいたべっぷりだったね」
コツコツと光沢のある革靴で床板を鳴らしハリムがテーブルに近寄ってきた。
「はいっ! こんなに美味しい料理を食べたのは生まれてはじめてですよ!」
「あははっ! そう言ってもらえるのなら運びかいがあるね!」
リーチ式フォークリフトのようにうやうやしくかしずいた手には、タオルをかけている。
逆の手には、銀盆が1枚。気品のあるベストを清潔なワイシャツの上に着込むさまは、どうみても高級レストランのウェイターにしか見えない。
場違いだなと思いつつ明人は、再会を果たした相手を静かに睨む。
しかしハリムは、意に介さない。フランクな笑顔を貼り付けてクロトたちと談話する。
「キミたちも災難だったねぇ。まさかクズの代名詞、管理者に目をつけられるなんて」
「そ、そうですね……。でも、そのおかげで僕は、ふたりのために闘う覚悟ができました」
肩をすぼめフンスと息巻いて両の拳を握る。
食後で上気したほっぺたが愛らしい。襤褸を膝にかけて、やる気に満ちた胸元には大きな2つの果実がたわわ実っていた。
双子の容易した一張羅なのだとか。紺色のブラウスに飾られた蝶結びも燃える闘志にぴょこんと跳ねる。
「うんうん、それはいいことだね。本当に……いいことだよ」
女装した中性的な顔立ちのこぶりな少年が自身の災難を意気揚々と語り、受けて側の青年はピシッと決め込んで優しげに微笑む。
楽しげに談笑するハリムとクロトは、互いの色も相まってまるで姉妹のよう。見守る双子の表情も心なしか微笑ましい。
そんなハリム・E・フォルセト・ジャールは、不死者である。
ヒュームの研究所で魔法実験のモルモットになった結果、兄妹揃って死ぬことができなくなった。傷ついた端から癒え、寿命もない。望まず与えられた永遠。
今は崩壊した救済の導に入った目的は、妹の体をこの世から消滅させること。魂の抜けた妹の肉体を供養すること。
それを浅はかにもゴブリンのなかに放り込み、孕んだ妹のせいでゴブリンが大量発生する事態に陥った過去がある。
金回りがいいのだろう。ウェイターを模したワイシャツとベストは買いたての新品のように色が濃い。なにせハリムもまた聖都の外からきている上に、明人へ多額の報酬すら払うことができた。
「…………」
ほがらかに語らうふたりを遠間に置いて明人は、じっと傍観する。
いまさらハリムがなぜここにいるのだろう、そんな疑問は刹那の間に消し飛んだ。
その銀の盆をわざとらしく乗せた中指。そこに光る銀枠のブルーラインの指輪がすべてを語っている。
――ああ、そういうことか。
するとタイミングよく同じ模倣品をしなやかな指に嵌めたひとりがそれに気づいた。
「あれ? その指輪って私たちのもってるやつと同じ?」
自身の左指と交互に見比べてサナは、僅かに身を乗りだす。
動きに合わせてゴムで括った太めの髪束も泳いだ。
「ああこれかい? そう言えばキミたちも同じものをつけているんだね」
「わぁ、偶然ってすごいですねぇ。フィナセスさん以外みんな同じ指輪をもっているなんて」
両手をぽんと打ってはしゃぐ子供のようにはしゃぐ。
一方で話題に上がったフィナセスは、澄んだ目をぱちくりとさせて、黙り込んだ明人の肩に頬ずりをしている。
「ということは、そっちのルナちゃんも同じものをもっているのかな?」
「は、はいっ! その、わたしは傷つかないようにこうして袋にいれてます」
窮屈そうに伸びたブラウスの胸ポケットから花柄の袋をせかせかと、とりだして見せる。
サナが気づいたというよりハリムによって気づかされたと形容したほうが良いだろう。
指輪を露骨に見せびらかすよう構えていたさまを明人は、見逃さない。
自然な演技で指輪の話題へとシフトさせたハリムは、手を開いて自身の指輪を掲げた。
「この指輪って不思議な力が秘められてるってきいたんだよねー。そんな噂って知ってるかい?」
まるで太陽に透かすように物腰柔らかそうな目を細める。
その問いにクロトがテーブルを叩くようにして立ち上がった。ばるんばるんと巨大に膨らんだそれも跳ね動く。
「それです! 今からそれの謎を解明しなくちゃならないんです!」
――ハリムのやつまるで誘導尋問だな。
ハリムは、定められた流れの如くあれよあれよという間に本質を突きにかかった。
その巧みな話術に明人は、心のなかで拍手を送る。
ハリムの目的は、過去に妹であった抜け殻の肉体をこの世から抹消すること。もしそれがブレずにあるのだとすれば、この街に目的もおのずと見えてくる。さらに明人の存在に気づいてなお語りかけてこない理由も、同様。
ニコニコ。悪意のない笑みを微かに深めたハリムは、ぐるりと面々の顔を眺める。無論、明人も含めて。
「へぇー。なにかわかったこととかあるのかな?」
「いえ……そのぅ……いろいろ試しては見たんですけど……」
ヘナヘナと力なくクロトは、言葉を濁して席に着いた。
そんな肩に表情を曇らせた双子は、励ますよう手を添える。
「そうかぁ……。残念だなぁ……」
「――あっ! でもなんとなく予想はついているんですっ!」
トクリ。クロトの発した言葉を耳にして虚を突かれた明人の心臓が高鳴った。
微かにハリムも注視せねばわからぬ程度の動揺を見せる。
明人の予想が正しければ、ハリムも自分と同じ事を考えていると。
ヒュームであるクロトたちに指輪のヒントを与えない。それは上位種ですらもちえない特性の力を信じているから。
時代を発展させる力の名は、ひらめき。
そしてそれこそが翻る道理を解明するための鍵だと明人は、考えている。
忍んだ1滴の毒は、獅子の体内に潜んだ虫たちに希望という餌を見せびらかす。
段取りを作った聖女に足りなかったのは、奴隷街の現状を把握していなかったこと。判断の拠り所となる基本的な考えをはぶいていたこと。
オペレーション獅子身中の虫とは、ヒュームにすべてを託す。ある意味での最終手段のこと。
嬉々として見上げるクロトにハリムは、晴れやかな笑顔を向ける。邪のない親しげな笑み。
「へぇ……。聞かせてくれないかな? ここの支払いは僕がもつからさ」
知るものによっては、一物抱えた妖しげな笑み。
「ほ、本当ですか!?」
「で、でもそんな大金なんて……ねぇルナ」
「う、うん……。さすがに申し訳ない気が……」
戸惑う面々を逃さぬとでもいいたげにハリムは、ポケットから巾着のような袋を引っ張り出した。
パンパンに詰まった袋をテーブルの上にぶち撒ける。
「気にしなくていいよ。これだけ稼いでるから」
散らばった金、金、金の硬貨。
そのうち1枚をひょいと拾い上げて震えおののくサナの手に握らせた。
ひと皮むけば、その下に自身の野望が眠っている。それを知らずにクロトたちは、愕然として鯉のように口をパクパクとさせる。
まずは懐柔。今回の作戦をなんとなくでやっている明人と違ってハリムは、容易周到だった。
それほどまでに妹であるミルミ・E・フォルセト・ジャールを消したいという意思が見える。
まるで夢から覚めるかのようにして呆けたクロトは、愛嬌のある目を輝かせた。
「す、すごい……! き、金貨なんてはじめてみた!」
目をぐしぐしと袖で拭ってサナは、金貨に吸い寄せられるように顔を近づける。
「わ、私はあるけど……この量はさすがにないわ!」
ルナは、すでに戦々恐々と金貨の波に飲まれていた。
「あわ、わ、あわわわわ……」
すかさずハリムは、テーブルに手をついてグイッと詰め寄り、もう一度問う。
「で、どう? 教えてくれるかな?」
「は、はいっ! この指輪は、対象者と所持者のマナを吸収できます! それに、魅了をかけたりもできるんです!」
クロトの生き生きとした回答を聞いたハリムは、口元に手を添えてしゃくるような動きをする。
「ふぅん……。なーるほどねぇ……」
じろりと横目で、笑いじわのある目端に瞳を寄せた。
その視線が向かった先にいるのは、明人。肩では、銀糸の髪を顔にまぶしたフィナセスがすやすやと寝息を立てている。
対して明人もハリムを見る。ポーカーフェイスを保ちつつも内心では、嵐の如き動揺が吹き荒れていた。
《チャームスポイト》による魅了魔法の真相をクロトには、伝えていない。だからこその勘違いはしょうがない。
しかし翻る道理は、マナを吸収する。散らすのではなく吸収する。
家主曰く、まなまなちるちる。しかしではなく、まなまなきゅうきゅう。
まるで固定観念が打ち砕かれるような衝撃が明人の体を芯ごと震わせた。思わず笑みがあふれだす。
「く、くくくっ……ククククッ!」
「ふふふっ、ふふふふっ!」
見つめ合って口角を吊り上げる人間とゾンビ。邪悪ですさみきった笑いと微笑が店内のすすけた壁に反響した。
それをヒュームたちはきょとんとした顔で観察する。
そして、どちらともなく互いに手を差しだした。
「目的は同じ。なら、共同戦線といこうか? 腐肉食い」
明人からの提案だった。
爽やかに白い歯を見せたハリムは、それを固く握り返す。
「こちらこそ。あらためてまたよろしく。蒼」
救済の導とLクラス。2つ名でもって互いを呼び合う。
こうして互いの歩む道が1本の線になるように再度交わり合った。
○○○○○
※クロトの胃は、双子よりも小さいです
語らずが語らない本編の語られないSSコーナー
……………
「まあ、でも普通に呼び合おうか。ハリム」
「そ、そうだね。というか……明、じゃなかったフニーキさん……手を離してくれないかな?」
「なんでだい? 固く友情を確かめる握手じゃないか」
「そ、その、あのね。別に怖いってわけじゃなくてね」
「マナレジ――」
「まってまって! 散るから!? いろいろ店のなかに散るからッ!」
「じゃあ答えろ。その金どこでどうやって稼いだ?」
「ミルミ! ミルミを使ったんだよ! 心無人だけど売家では人気があるから放置してるんだ!」
「うわぁっ……。妹を賽銭箱にするとかオマエ兄貴として最低だな……」
「いーの! あれはもう人形みたいなものなんだよー!」
「マナレ――」
「ストーップ! 散るから!? 本当に散っちゃうから!」
「あのふたりなにしてるんだろ? 知り合いなのかな?」
「クロトもそう思う? ふたりとも仲がいいわねぇ」
「うんうん。やっぱり男同士っていいよねっ!」
「……え? ルナ? どうした?」
「アンタってそっちのタイプだったっけ?」
「やめてよしてフニーキさん! 痛いのヤダ! 戻るけど痛いのヤダあああ!」
「どーしよっかなー? 金稼ぎで、死んだらゾンビになる病原菌ばらまいてるしなー」
「いやいやいや! 店のなか大惨事になるよ!? 自分で自分を掃除することになるから!」
「うみゅ……? うるしゃいわよぉダープリー……」
「おいこらフィナ子。食後のお昼寝をするのはやめようか?」
「やー……Zzz……」
「……マナ――」
「嫌なことがあったからって散らさないで!?」




