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【完結】あの子は剣聖!! この子はエルフ!? そしてオレは操縦士-パイロット-!!!  作者: PRN
9章 アイツはゾンビ コイツは上位!? そしてオレはレジスタンス

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178話 【VS.】剣聖に憧れる聖騎士 フィナセス・カラミ・ティール

現れたのは

英雄を冠した

英雄でない1滴の毒


卑怯非道悪逆無慈悲


その名は

 蒼い光が仄めくと、体内マナが宙に散らばる。

 まるで顆粒(かりゅう)状の光の集合体は鮮彩な粉雪の如く舞って1点に集約された。

 エーテル族の男は、弾かれるが如く速度で飛び退く。


「なっ、バカな!? 体内マナが吸収されだだとッ!? 魔具の類かッ!?」


 目に見えて焦りを含んだ表情でも厳かで整った気品があった。

 突如出現した敵を正面からとらえて、腰に帯びた剣に手を添え、身構える。


「貴様――何者だッ!?」


 ここ聖都エーデルフェウスは、高い壁に囲まれた鉄壁の都だった。

 表向きは、およそ拡散する覇道の意思に操られているとは思えないほどに平和。以前足を伸ばした際に、その豊かさを見ている。

 しかし裏を返してみれば、この有り様だった。まるでそれは光と影、陰と陽。または昼と夜ほどに異なる。

 だから侵入は実に容易だった。なぜならわんぱく女王の使用する相互通行が可能な転移魔法陣がある。

 誘いの森から聖都の城までは、散歩するよりも遥かにソツのない。

 このエーテル国で唯一の協力者である長耳の侍女に経路を問えば、第1段階は完遂される。

 あとは処刑されるテレーレ・フォアウト・ティールの首が落ちる前になんとかするだけだった。

 下水から這いでた腐臭をゴミ溜めの異臭が絡めとる。


「……」


 舟生明人ふにゅうあきとは地の底から湧きだす。

 闇をまとい汚泥をまとい糞尿をまといそこにいた。

 その身を包む黒のパイロットスーツは、夜に溶けるかのよう。ゆえに気配を殺すにはうってつけの装備だった。

 そんな明人の耳に鈴を振るような高い声が聞こえてくる。


「なっ……なんでっ……? なんで、あなたがここにっ!?」


 エーテルの男の後方。突き飛ばされたまま惨めにへたり込んでいたクロトは、青ざめた唇をわななかせてガクガクと身を震わせる。

 しかしそっぽ向くように視線を逃した明人は、クロトに応じない。応じられない。


「……」


 平時であれ、およそ好意的な印象受けるものは少ないだろう。猛禽類の如き目つきは尖っている。

 問いかけを無視した明人は、足元で背を丸くして転がったバアルノスに視線を送る。 

 ゴミ捨場に転がるゴミを見るようなさげすみを孕んで見下す。


「ぁが、がぐ、いひ……いぎゃ……!」


「……ッ!!」


 直後。大きく振りかぶったスニーカーは、まるでボールを蹴るように男の玉を蹴つける。

 すでにのびているものへの無慈悲な金的(ナッツクラッシュ。2度と男として機能せぬようつま先を突き立てた。

 名も知らぬ双子の心を代わりにこめたそれは、報復という言葉以上に完全な一撃だった。


「――――――」


 食らった男は、意識すらもたぬまま神経締めされた魚のように全身をガクガクと痙攣させる。

 白目を剥き、口の端からブクブクあぶくを吐く。

 これで2度蹴ったのだ。きちんと2個潰れているはず。


「…………」


 満足した明人は、腐臭をまといて平然と突っ立っているだけ。

 攻めも守りもしない。むっつりと口を山なりに結んで、握り込まれている革に包まれた拳をだらりと垂らす。

 耐刃耐衝撃に強いパイロットスーツ。腰に下げた自作ナイフと自作の武器を装備してなお構えない。


「2対1を避けるため念入りに潰したか。しかし初手で狙う相手を間違えたようだな」


 油断なさげになエーテルの男は、剣の柄を掴んで姿勢を低くとる。

 その様は、まるで獲物に飛びかからんとする猛獣の如き気勢だった。


「……いったいどこから湧いてでた?」


 気を纏った音色は、耳心地がよい。

 凛とした顔立ちに筋の通った鼻。新月の如き弧を描く細い眉の根がシワを刻む。

 創造神によって生みだされた作り物のような美は、上位個体。男女問わず完成品の如き生命体だった。


「…………」


 それでも明人は、問いかけに答えない。

 普段ならば口撃のひとつでもしようもの。答えない代わりにもう1度――腹いせ代わりに――クズの股ぐらを蹴りつける。

 ゴミ溜めに転げた角刈りの巨漢は、とうに金的を食らってももう動かないでいる。が、容赦はしない。


「そのクズへの私念によって正気を失っているのかそれとも語る必要はないという体現こそが返答か。どちらにせよこちらのマナが回復し次第お前は魅了させてもらう」


 なかなかに思慮深い敵の種族名は、上位エーテル。

 生まれ得た端正な面は、エルフの如く華やぐ。生まれ持った天武の才覚は、細身であろうとドワーフの如く恵まれた力を振るう。気高くも品位に満ちた精神は、獣の如く凛々しい。補助魔法攻撃魔法どちら絶大に操る様は、妖精のように器用だとか。

 僅かな違いはあれどエーテル族とは、種を複合したかの如き完全な種族。

 対してこちらは、非力な人間。魔法も使えぬヒュームにすら劣る種族。

 それにも関わらず帯びた黒と鎧の銀は、相対する。


「………………」


 すらり。明人は、腰から鍛冶の練習用で仕立てた短尺の刃を引き抜いた。

 鉄色を帯びた未熟な突貫の刃は、暗がりにキラリと光る。

 すると怯むどころかエーテルの男は、嬉しそうに口角を吊り上げる。


「フンッ……なるほどオマエはアサシンか。ヒュームとこうして正々堂々刃を交えるのは久しぶりだ」


 チャキリ。剣鞘に収まった剣も待ちきれぬとでも言いたげに鉄を当てる音を立てる。


「……? ……?? …………???」


 一方で黙ったままの明人は、ナイフを順手でもったり、逆手でカッコつけてもったり。

 わたわたと動かして結局順手でナイフを構えた。


「オマエ……アサシンじゃないな?」


 僅かに呆れ返った問いだった。

 明人はコクリと頭を小さく縦に振ってたやすくそれを肯定する。


「読めない……。オマエはなにをしに現れた? この少年を救う気ならばなぜ私ではなくこの男を狙った?」


「…………」


 答えない。

 人は、ただそこにいるだけ。

 互いに行動を見せない1人とひとり。異臭漂う空間でこくこくと時間が過ぎ去っていく。

 すると構えていたエーテルの男は、美を浮かべた顔を曇らせる。

 小さくため息をついて構えを解いた。


「そういうことか。なんとも下らない身の振り方をする」


「…………」


 それでも明人は、動かない。


「最後に一矢報いようというところなのだな。反逆とは、グラーグン様による完全な抑圧が行われた今となっては珍しい。が、それでも気骨はあると思う」


「…………」


「ふっ、いいだろう。聖騎士たる私が慈しみの心で、オマエの銀幕を下ろしてやる」


 そう笑ってエーテルの男は、鞘に手を添えたままに散歩をするようにこちらに歩み寄ってくる。

 ぎゅっぎゅ。脛を覆うのグリーブが脚を踏むたびに死出の旅路を祝うように音を鳴らす。

 視線を釘付けにして凍りついていたクロトは、心神喪失の状態から戻ったかのように叫ぶ。


「ダメだっ! 僕なんか放っておいて逃げてくださいッ!!」


 その滲んだ黒い瞳が瞬くたびに長いまつげに散らされた涙が絵のようにきらめいて落ちる。


「逃げてッ!!」


 どれだけ必死になって訴えかけても明人は、ピクリとも動かない。

 明人とクロトの関係は、出会ってたったの数刻を共にしただけの薄氷のように薄っぺらい。

 それなのに危険を犯してまで助けにでた理由は、当然利己的なものだった。

 そのクロトの左手の薬指についた不自然な銀の輪は、明人の呪われた指輪の模造品。それこそが聖女テレーレが託した最後の希望だった。

 そしてクロトを助けることが、オペレーション獅子身中の虫(アンチドミネーション)の開始の合図でもある。


「なんで……! なんでオレなんかのためにっ……!?」


 その幼気な目に絶え間ない涙がぐっとこみ上げた。

 上ずった声が嗚咽で詰まる。


「そ、そこまでっ……!」


 まるで今のヒューム属を形容するかの如くクロトは、汚らしい床にへたり込んでぐずぐずになった。

 愛した双子を胸に、裏切りの友をぼやけた視界に、小さな拳を握る。


「…………」


 閉じた口内で舌を泳がせながら明人は、クロトの苦しみを汲む。

 そのすべてを見て、知っているから。

 ちっぽけな檻という世界に生まれ落ちてしまってなお守る者を見失わなかった戦士がいる。


「うぇっ、あああっ! なんでっ、っず……! ふ、にーきさぁぁぁん!」 


 はたはたと零れ落ちる涙は、月の落とした光をまぶして蒼く。

 臭気を吸う鼻は、しどと透明な液体を啜り上げる。

 しかし無常にもエーテルは、間合いと見たか。腰に帯びた剣柄に装身具に覆われた手を伸ばした。


「私は女王に誓いたてる聖騎士! 剣聖を志す気高き騎士! 潔い貴殿へ敬意を籠めて名乗ろう! 名はフィナセス! フィナセス・カラミ・ティールッ!」


「……ッ!」


 まだ明人は動かない。

 急く気持ちを押さえて最高のタイミングを計る。


「その清廉なる勇敢な命を輪廻に送る者の名だァッ!」


 敬意を払う猛りと共に放たれた居合いの銀閃が影を横切る。

 その刹那の間になにかが起きた。


「ぐぅっ――!?」


 斬ったはずのフィナセスと名乗った男が、斬られたはずの明人の前で、顔を手で覆う。

 そしてあわてて銀髪を荒波立たせ、退いた。


「――えッ? あ……ええっ!?」


 クロトが肺から空気を絞りだすような間の抜けた声を漏らす。

 見開かれたくりくりの目が、しぱたたく。

 まず明人は、体をかがめてひと薙ぎの剣閃を自慢の動体視力で躱した。

 それを追うようにフィナセスは、斬り上げた剣を振り下ろそうとした。


「がああっ!? くっ、目潰しだと!?」


 そして明人は、すぼめた口から薬液を霧状に吐きだした。

 すえた臭いの群がるゴミ捨て場に、やや清涼な香りが充満する。


「く、クソっ! ひ、卑怯な!?」


 腕の装身具でぬぐいぬぐい。

 目が開かないであろうフィナセスは、顔を真っ赤にして怒気を放つ。

 毒霧とは、相手の視界を塞ぐためのもの。

 花、花蕾、根茎、全草、果実、葉、種子。香料は様々あれど、シソ科ハッカ属(ミント)の香りは一段と強い。さらにその冷感は、目と鼻腔がもっとも効く。

 鼻がすーっと通るような香りの正体は、唾液の混ざった自然の力だった。


「そらよっと!」


 さらに紫色の霧が舞うなかで明人は、手にもったナイフを投げた。

 決してまっすぐではない。どう見ても素人が投げたナイフはくるくる回転して孤を描く。

 ただぶん投げただけ。緩やかに飛んだナイフは、それでもいちおうフィナセスに向かって飛んでいく。


「このォっ! ヒューム如きが舐めるなァ!!」


 振るった空を裂く剣は、たやすく迫ってきたナイフを払いのける。

 しかし終わりではない。ナイフと同時に地を蹴っていた明人は、詰め寄ってまたなにかを仕掛ける。


「視界は潰されていても間合いはこちらのほうが長いということを忘れることなかれ! 武器もなく突っ込んでくるとは不用心だったな!」


「フッ!」


「なっ――」


 詰めた間合いから反転するように後方へと飛んだ。バックステップ。

 その影を銀閃がすらりと刻むも、的はすでに間合いの外。

 ずっと握り込んでいた明人の手が開かれる。すると下方よりフィナセスの顔面めがけて微粒子の如く砕かれ細やかな灰色の粉(モルタル)がぶち巻かれた。


「ぐぅっ――!? がほっ、げほっ!」


 開きかけていた目に再び異物が侵入する。

 吸い込んでしまったのか両目をギュッと結んだままフィナセスは、咳込んで足をふらつかせた。

 次いで、息すらつかせぬ間に明人は、地面に落ちていた適当な石を拾って投げる。


「武器ならそこらへんにいくらでもあるぞッ!」


 間髪入れずの攻勢手段は、どれもが卑怯で、無作法だった。

 なお当人も自覚している。

 ナイフよりは明確な武器となった石が、放たれた矢の如くフィナセスの額をとらえた。


「うぐっ!?」


 当たった箇所がパックリ割れる。

 額の端が裂けて白く清らかな肌に鮮血の筋を作る。

 そして横で唇を震わせていたクロトをちらりと一瞥し、それから明人は薄ら笑いを浮かべる。


「半か? 丁か?」


 今にも飛びかかれるようクラウチングスタイルで敵の行動を待つ。

 すべてが整っていた。一挙手一投足、感情の流れ。すべてが明人を後押ししていた。

 いの一番に邪魔者を黙らせることで敵を孤立させる。油断を誘ってあらかじめ用意していた武器を振るう。ナイフを手にとった瞬間からチャンスを伺っていた。

 完璧な抵抗と完成された非道。

 その恐怖すらも覚える明人の横顔に向かって、呆けていたはずのクロトが目を爛々と輝かせる。


「ふ、フニーキさん……すごい!」


 花開くような笑みは、悪臭漂うゴミ溜めのなかでも愛らしく咲き誇った。

 とても少年とは思えぬ顔立ちは、もう泣いていない。

 リング端に追いやられたフィナセスは、剣を握ったまま両腕で頭を抱え込むようにして己の身を守った。


「ふぅっ、ふぅっ! このままでは終わらん!」


 目を潰されてどこから攻撃が飛んでくるのかもわからぬ状況に追いやられた。

 であれば、守りの態勢をとるのも仕方のないこと。

 それどころか見下すヒュームの好きなように弄ばれて、無理くり攻めようとしない。つまり、まだ勝機を待っている。

 身体には、純白で高貴な皮の鎧を帯びている。腕も脛もすべてが装具によって守られている。石ごときでは傷がつく程度だろう。

 しかしその思慮深い行動こそ待ち望まれていた。


「――丁だッ!」


 明人は、喜び勇んで叫ぶと、駆けた。

 蹴った先からゴミと共に蒼が飛沫となって弾け飛ぶ。

 視界に次ぐ視界への異常なまでの執着。それを見せられた敵がとるであろう行動は、およそふたつ。

 目を潰された状況で剣をもつ。ならば普通は、遮二無二(しゃにむに)構わず乱れるだろう。

 しかしフィナセスという騎士は、防御を固めて回復と勝機を待った。

 明人は、彼が相手を舐めてかからない冷静な戦士であると分析する。


――つまり手駒とするならば、これ以上の逸材はいない!!


 フィナセスは決闘に見せかけた面接は無事に合格した。

 お祈りどころか、めくるめく地獄のなかに招待される権利が与えられる。


「オオオオオオオオオ!!」


 人間とは思えぬ早さで進撃する。

 身を低く、より低くして走る様は、まるで猛獣が地を滑るような風体だった。


「……ツッ!?」


 近づく気配に気づいたのだろう。

 防御姿勢に入ったフィナセスは、両肩を上げて怯える子供のように頭を抱えるように守りを固める。

 そして明人は、姿勢を低いままに。全身全霊のアッパーカットを、革鎧越しのソレに打ち込んだ。


「――イッ!?」


 同時にフィナセスの口から短い悲鳴が漏れた。

 金物をひっかくような息を飲むが如き悲鳴が周囲に木霊する。

 狙い。それは、この場で幾度目になる無情の一撃だった。

 明人は、はじめから金的しか狙っていない。狙うために相手を自分の思うように動かしただけ。


「イギッ――あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!」


 頭部どころではなくなったフィナセスは、ある場所を押さえて絶望の悲鳴を上げた。

 腹を押さえるようにして激痛に耐えていた。丸くなった背は、男だからこそ余計に悲しく映る。


「ひっ、ひェェっ!? な、なんて恐ろしいことを!?」


 愛嬌のある顔とはいえ、男であるクロトも短く泣いた。

 己の大事な場所を手で包みながらガクガクと震えた。

 金的の後にまた金的。ターゲットが変わっても攻撃する箇所は、金的のみ。

 熱に弱い雄性の生殖細胞を殺さないために体外の陰嚢に入れられたモノ。睾丸とは、内臓である。


「ぐぅぅぅっ……!」


 目に見えてフィナセスの顔色が土気色へと変わっていく。

 それもそのはず。もっとも薄く、もっとも残酷な部位を、守らせないようにさせられたのだ。

 明人は額へ石を当てることで顔面へ意識を集中させた。砂を巻いたときにも同様に目へと意識を集中させた。

 たびかさなる目の痛みに混濁したフィナセスは、思っただろう。このまま時間を稼いで勝機を待つ、と。

 エーテルである自分ならば目さえ復活すれば勝ち目はあるだろう、と。

 しかし体内マナを保たぬのであれば、どれだけ優れた肉体であれホモサビエンスにすぎない。

 つまり弱点は、人間と変わらない。だからこそ、金的がよく効く。

 フィナセスという名の上位存在は、開戦と同時に明人によって無力な人間と同じレベルにまで引きずり降ろされてたのだ。

 そして奇しくも経口摂取で吸収された毒が効いてくる頃合い。


「……あ? あぁ!? な、なんだこれは!? か、かか、からだがァァァ!?」


 慄きに似た震えを発したフィナセスの身体に、劇的な変化が現れだす。

 銀糸の如き髪は、にょきにょきと生え伸びる。

 装身具に覆われた手は、より細く絹の如くなめらかに。

 白の鎧を内側から押しだすよう胸部がむくむくと育っていく。


「ぐっ!? お、オマエっ……! 私の体に……! うぅっ! なにをしたっ!?」


 カラン。騎士の魂ともいえる十字架の描かれた業物の剣が手からすべり落ちた。

 一緒になってフィナセスも跪く。

 ラグジュアリー感の漂う銀の髪が、ゴミの積もった石畳の上をするすると伸び生えていく。


「エーテル族のす、姿が!? みるみるうちにッ!?」


 こちらのすぐ横で青ざめたクロトは、変化していく敵の様子に目を白黒させた。

 しぱしぱ瞬く目は、驚愕のみを語っている。

 毒霧として吐きかけた紫色の薬液は、同居している薬師特性の劇薬だ。性転換の薬に冷感のあるハーブを混ぜたもの。

 もはや敵は、戦意どころか意識があるかすら怪しい。許しを請うように伸びていく銀の髪が地に広がっていく。ヒューヒューと喉を鳴らして息は、絶え絶え。

 それでも明人は止まらない。少し毛先の遊んだ黒い髪を揺らがせて制圧の済んだ敵に近寄った。


「ハァッ!!」


「がはっ――!!」


 明人は、無慈悲にも思い切り振りかぶったスニーカーの芯を食らわす。

 皮の鎧ごと穿つスニーカーの先端には、樹脂先芯が入っている。つま先を保護する軽くて丈夫なスニーカーは、安全靴とも呼ばれる。

 パチリ、と。腰の合成皮革製ポーチが口を開く。

 効き目が悪いと判断した明人は、念の為の追い性転換の薬を試みる。

 腰蓑から小瓶をとりだして酸素を求めるフィナセスの口に無理矢理にでも突っ込む。


「ごっ!? がはっ! げえぇぇっ!」


 フィナセスは毒々しい紫色の液体を容赦なく口内へと注がれ、咽ぶ。

 ヨダレと共に割れた石畳の上に吐き散らす。

 そして明人は、左腕に巻き付いている金蛇の腕輪を握りしめて、唱えた。


「《マナレジスター》」


 低く感情のない詠唱は、表現を口にだすためのもの。別に唱えなくとも構わない。

 銀枠にブルーラインの入った指輪が蒼を放つ。

 回転する蒼は、クロトのもっている模倣品ではなく、正真正銘エーテル国の神より賜りし宝物(アーティファクト)だ。

 その未解明である指輪の名は、翻る道理(アンチルール)

 さらに光の粒子が金の腕輪、《チャームスポイト》に溜められていた魅了の燐光(りんこう)を散らす。

 キラキラとして悍ましい魔法の粒子が宙をまんべんなく泳ぎはじめる。


「――ひっ!?」


 背後からクロトの悲鳴が聞こえた。

 汚らしい使い古されたブーツで必死に地面をこすって逃げようとするのも無理はない。

 この魅了魔法こそが、この奴隷街に住まう者たちにとっての恐怖の象徴たるもの。

 それでも明人は、クロトを無視して、半泣きになって肩を上下に揺らす絶世の美女へ命令を下す。


「これからオレに一切逆らうな」


 命令に従うようにおびただしい数の光の粒が女体化したフィナセスに集っていく。

 それはにゃにゃにゃのニーヤ・L・コンコン・ランディーより浄化し、溜めた魅了の魔法だった。

 英雄とも呼ばれる(レジェンド)クラスすらもを蝕んだ濃厚な魅了。抗うすべはない。


「あ……ああ……! こんな、ヒューム相手に……こんなっ!?」


 なくしたことで玉の痛みも消えただろう。

 クールな美貌に身を染めたフィナセスは、揺らぐ銀燭の瞳で己の震える陶器のような手を見つめるだけ。

 もはや抵抗する気力も残っていないのだろう。闘う気迫は微塵も感じられない。

 熱気の余韻と臭気に包まれたゴミ溜めの闘いは、明人の下劣によって閉幕した。

 下水を這った臭気を漂わせた人間がいて、ゴミにうずくまるヒュームがふたり。そして絶望を月光に照らされる先ほどまで男だった女が、ひとり。

 遠くに見える往来の激しい風俗街は、夜更けだからこそ豊かに過敏に色めきだつ。

 生命をも絶たんとする回虫の如き虫が街に入り込んだことすら知らずに。


「あ、ああ、ああああ、あな、アナタは……! いったい!?」


「……ん?」


 クロトの問いに明人は、振り向いてしばし考える。


――そういえば偽名を使ったけど、ちゃんとした自己紹介がまだだった。


 クロトにはフニーキという偽名を教えていた。

 だからこの問いは、名を聞きたいのではないのだろう。


「オレか? そうだな。オレのことは……」


 不意に、ふっと脳が自身を形容する蒼の2つ名を承ったときのことを思いだす。

 舟生明人・L・ドゥ・グランドウォーカーは、本当につけて欲しい2つ名があった。しかし周囲の否定によって無碍(むげ)にされた。

 だから勝ち得た喜びをうちに発散させ、ほどほどに逞しい胸を張って応える。


「ふっ……! オレのことは……闇の体現者ダークレクイエムプリズムって呼んでくれていいぞ……!」



○○○○○

絵の制作がなぜか開始した巨乳両性女より審判の天使のSSコーナー

……………

「ほーい……ですにょー……」


「語尾がブレてる……? エルエル……?」


「グルドリーなんですのよー……?」


「あ、戻ったわね。解説しないのかしら?」


「えうー……じゃあ今日は上位存在と呼ばれるエーテルについてですのよー?」


「……言えることあるの?」


「あー、まぁ……全種族の上位互換ですのよ。大陸ではもっとも新しいVer2の種族ですのよ……」


「いちいち暗いわねぇ……? でも、ヒュームの能力はもってないんでしょ?」


「あー……はいはい。ひらめきは、寿命が短いからこその能力ですのよ」


「短いからこそ切磋琢磨するってことかしら?」


「その通りですのよぉ……。新しいものを生み出す、それは魔法に限らず法や道具なんかもそうですのよぉ……」


「それに環境と与えられた能力によって特化した種族ってわけね?」


「ですのよぉ……」


「じゃあエーテルの特筆した点はなぁに?」


「むーん……。ぶっちゃけ質実剛健の天才集団ですのよー……。でも、今は呪いでひん曲がってるんですのよー……。本当は、もっと優しくて華やかな連中ですのよー……」


「ふーん。それはキチンとした環境ならすごい力を発揮するってわけね?」


「その通りですのよぉ……。これ以上はグルドリーも知っての通りですのよぉ……?」


「言えないってこと?」


「ですのよぉ……」プリン


「ところでなんで落ち込んでるの? お尻に話しかける私の身にもなってくれない?」


「むーん……ですのよぉ……」フヨフヨ


「え? あら? どこいくの?」


「むーーーんっ」フヨフヨ


「……ん? 話変わるけどまたおっぱい大きくなった?」


「話が! 変わって! ないんですのよぉっ!!」プンスカ

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