165話 おまけにメイドは英雄の背中を夢で追う
目的地は目前
平穏な影に映しだされた
幻想と邪悪
夢見る乙女は
願わない
夢見る乙女は
譲らない
ズズズンズズズン。景気の良い破壊音が地を穿って環境を破壊していく。
周囲には折れた石柱がまんべんなく悲しげに横たわっている。
いつしか足元は、味わい深い表情の独特な美しさをかもしだす敷石へと変化していた。
オブジェのようになった神殿が代わりに得たのは、時間の経過とともに失われた神々しさの代わりに荒廃による屈折した安穏。在りし日の栄華を思えば、まるで時が止まってしまったかのような都市遺跡を構成する。
骨密度が不足したような石材は、ワーカーが地面を揺らすだけで粉吹くほどに脆い。
風化を思わせる一帯は、くすんだ色をして埃にまみれて黄ばんでいる。
手入れの行き届いていない神を祀る建造物の一端を画面越しに見た明人は、問う。
「なあ、少しは土地のメンテナンスとかしたらどうだ? いいところなのに見てくれが悪すぎると思う」
ここはエーテル領であり膝の上で丸くなっているメイドは、この場の領主だった。
明人の膝上にちょこんと座ったテレーレは、もじりと腰を動かす。
姿勢は正しくビロードの如きなめらかな肌触りのメイド服の背中は、バッサリと開いていた。
キュッと丸みのある紺色になぞられたそれを下に辿ると艶めかしい美脚が伸びている。
「んー、現状だと少し難しいんです。外まで気をまわす手が足りなくって……」
リリティアとの関係をマジメに考え出した明人は、こちらを見上げる銀燭のような瞳から目を逸らす。
若干の罪悪感を覚えつつモニターを見つめた。
未だエーテル国は、覇道の呪いの渦中に呑まれている。
この世界に降り立って見た明人の記憶は、とても幸せそうな都のエーテルたち。門から城までの長い1本の街道には、店が立ち並んで賑わう。行き交うエーテルは、みな笑顔。
あれから半年月。聖都エーデレフェウスは、どうなったのだろう。
ズズズンズズズン。遠慮なく尻にダメージを与えてくる重機のなかで明人は、遥か昔を思うようにして目を細めた。
「明人様? どうかなさいましたか?」
くりくりに目を開いてテレーレは、少し癖のある髪を流して首を傾げる。
隙間からちらりとはみだした白いうなじが艶やかな色気を匂わせる。
奉仕という建前にかこつけて好き放題するテレーレの目的を明人は、知っていたつもりでいた。
しかし、テレーレは一向に助けを求めない。人が首を縦に振れば、世界中の戦士たちが拳と武器を掲げて立ち上がるだろう。それを前にしても救助を頑なに求めようとしない。
はしゃぎ歩く姿は、まるで本心から生を楽しむかの如く楽しげ。もしこれが、演技であろうものならば舞台女優を目指すべきだろう。
くると思っていた願いは、こず。もやもやとした不満を胸に明人は、嘘をつく。
「いや、今度ユエラにワーカー用の座布団を作ってもらおうと思っただけだよ」
「あっ、私……重いですか?」
「まあ、並みくらいには? でも、うちの同居者の片方よりは軽いし、もう片方よりは重いよ」
チラリ。明人は、ささやかながらに膨らんだテレーレの胸部に目をやる。
すると、それに気づいたテレーレは頬を赤らめてわたわたと両手で胸を隠した。
「り、リリーよりはありますけどもぉ……!」
むくれるように赤みを帯びた頬が膨らんで唇をちょんと尖らせる。
「むぅー! そういうので女性を比較したらだめですからね!」
「オレなにも言ってナイケドネェー」
ニヤつきながら目を逸らすと、ますますテレーレに火が通っていく。
「も、もうっ! 明人様はとってもいじわるさんですっ! ――ぷひゅ!?」
それを明人は、指で挟んで空気を抜いた。
怒ったテレーレの愛らしい顔が途端に不細工になる。
助けてくれと求められるならば、当然報酬ありきで助けようもの。
その策もすでに用意がしてあって、あとは鶴の一声を待つばかり。
それはテレーレのためかと問われれば明人は、ノーと答える。
利己的な行動ではなく、思いやりの心。昔、少女に恋をした龍へのプレゼント。
例え膝上に乗っている少女が愛くるしいとはいえ、それほど安易に信用はしない。それが生き方であり人は、寸分たりとも悪いと思っていない。
ぽかぽか。箸よりも重いものをもったことがないような力でテレーレは、明人の胸板を叩く。
「もー! そうやってリリーとユエラにも変なこと――あら?」
ワーカーが停止したことに違和感を覚えたのか。攻撃の手がぴたりと止んだ。
画面いっぱいに映しだされた灰色の毛玉の尻。もふもふの尻。
ブレーキを踏みながら明人は、マイクに話しかける。
「どうしたニーヤ? オマエの尻で画面がすごいことになってるんだけど」
『いちおうついたにゃ。ついたんにゃけど……でもこれはちょっとメンドくさいことになったにゃ』
腰のない返答だった。
ニーヤがするりとカメラの前から離れるとそこには、巨大な壁があった。
全長120メートルの牛久大仏にも負けなかった明人は、ぶるりと震える。
隆起したドラゴンクレーターを見て巨大物恐怖症を発症した。
「で、でかいな……。これが……ドラゴンクレーターか……」
なにがあったのか。それすらも想像したくないほど非現実的な赤褐色の壁が画面を埋め尽くす。
試しに上にカメラを向けてみれば頂点が、空が遠すぎた。
もはや空が二分されてしまったといわれても信じてしまいそうな驚異的な自然の神秘。
切り立った巨大な岩壁は、谷を下から見上げるようなもの。深紅色の地層は、不規則なトゲだった岩が寄り添って連なる。
それが右へ左へ、そして天へ。どこまでもつづいていた。
あまりに圧倒的なその姿に感動と恐怖を覚える。明人は、意図せずぽっかりと口を開けてそれを眺めた。
「人って……世界のほんの一部なんだなってわからされるな……」
幻想的すら超越した自然の織りなす圧倒的光景を前にして人の小ささを知る。
しばしの間があってニーヤがため息をついた。
『にゃーが言ってるのは、その下にゃ……。あと、ふにゃーはこのルスラウス世界の一部じゃないはずにゃ』
そう言って大狐は、カメラの向こうで行儀よくちょこんとおすわりをする。
振れる尾っぽは少しだけ元気がなさげにうねった。
言われて明人は、上を向いていたワーカーを下に向ける。
「なん、だ……あれ?」
すると、遠くに小さな建物が立っていた。
ズームしてカメラの倍率を上げるとテレーレが目をキラキラとさせて食い入るように画面を見つめた。
「……あれが目的のサーガ神殿か?」
クレータを背負うようにして厳めしい形をした宗教感漂う建物がそこにあった。
建物全体は、居住性よりも鑑賞性を重視した無駄のある形をしている。
教科書で見るような世界遺産の如き保存状態の悪さが目立つ。歴史的なものであっても雨風に晒されればただの建造物にすぎない。黒ずんだ岩の建物は、時の流れとともに忘却の彼方へと朽ちていくのだろう。
「あそこにはルスラウス様がこの世界をお作りになった故事などがが壁画として描かれているんですよ!」
嬉々として歌うように話すはつらつとしたテレーレとは違って、明人の興味はまったく別の場所に向いていた。
風化した建物の前だ。入り口に建てられた石像は、まるで通せんぼするかのようにそこに置かれている。
パールジュエリーの如くその身に光を宿した白い謎の石像が鎮座していた。
「置物? にしては場違いすぎやしないか?」
『にゃう……。あれはたぶんガーゴイルにゃ……』
ニーヤの悲しげな声に反応したのは、ジャハルだった。
ワーカーの上で陽光を浴びる銀鎧は、曇りなく周囲の景色を反射させるほどに磨き抜かれている。
「あれが……ガーゴイルですか? 我には、そう見えませんが?」
『たぶん神気を吸って突然変異したんだにゃ……。だからさっき魔物たちがこっち側から逃げてきていたんだにゃ』
「ほぉ。珍しいですね。冥界よりではなく天界よりの変異体とは」
突然変異体の魔物とは、災害として伝えられる。
それは明人の闘ったキングローパーも同じ。
すかさず明人は、2匹の会話に割り込んだ。まず確認するべきことはいつも変わらない。
「なあ、アレはキングローパーと比べてどっちが強いんだ?」
すると、なぜかテレーレが肩を震わせてこちらに顔を寄せてくる。
「リリーの言っていたあれですね!? エルフたちを先導してキングローパーから村を救った明人様の伝説ですね!?」
「貴様そんなことまでやっていたのか! その粉骨砕身っぷりはさすがの我とて見直すぞっ!」
上から前からの称賛。それらを無視して明人は、ニーヤの答えを待った。
明人にとってあのキングローパー戦は、失敗に次ぐ失敗の忸怩たる記憶でしかない。
ゆえに掘り起こすようなマネは避けたかった。
『にゃあ。アレは……キングローパーと同じくらいにゃ。だけど本能が違うのにゃ』
「本能?」
キングローパーは、つがいとなるローパークイーンを求めて誘いの森より発生した災害だった。
そのローパークイーンを探して村を通過しようとしたキングローパーは、ワーカーにべた惚れして、あげく討伐された。
なお、キングローパーもローパークイーンもどちらも美味しく調理されて明人たちの胃に治まっている。
『そうだにゃ。キングローパーは繁殖のために練り歩くにゃ。でもガーゴイルは縄張りに立ち入った者に襲いかかって捕食か生殖に使うにゃ』
「つまり、向かう先にいると嫌でも正面から闘うことになるってことか」
『そうなのにゃぁ……』
尾っぽを垂らしたニーヤは、三角耳まで力なく伏せた。
キングローパーは、龍と対をなす力を秘めているといわれる。
その龍は、英雄たちが一丸となることでようやく不完全ながらも倒すことができた。
にゃにゃにゃの2つ名をもつLクラスのニーヤでさえこれほどまでに嫌がる。ということは、危険極まりない相手であるということは偽りのない事実だった。
『…………………』
画面に映った純白の石像は、爬虫類に翼を生やしたような姿をしている。
大きさは、目測でも14、15メートルほど。ワーカーに届きうるほど巨大な相手。
『楽勝だと思っていたのにあんにゃ妨害者がいるとは思わなかったにゃ』
「妨害者ですか?」
『そうにゃ。対象以外に邪魔してくる魔物のことを妨害者っていうにゃ。でも、今回の目的は採掘にゃね。つまり、横槍を入れてくる盗賊やらも含めて妨害者にゃ』
「へぇ、そうなんですかぁ」
ニーヤとテレーレの会話を耳に。しばし明人は、思考の海を泳ぐ。
ジャハルとカマルは、口を引き結ぶように黙してそれを上から眺めるだけ。
漂う緊張感によって先ほどまでのぬるい空気が冷水の如く絞める。ただひとりを残して。
そして、明人はマイクに向かって結論をだした。
「ミッションフェイルドだ。帰ろう」
締めの言葉が辺りにエコーの如く木霊する。
敵は未知数であり、巨大。行き当たりばったりで運良く勝てたカオスヘッドのようにことがうまく運ぶとも思えない。
敵をひきつけてもらっている間に、とも明人は考えたが命を危険に晒してまで得る物ではない。贅沢を言わねば剣など鉄でもいい。
欲をかいて骨を折るようなマネは、例え臆病な選択と蔑まれようが明人は構わないとする。
『にゃー……これは残念だにゃ。でも背に腹は変えられんにゃ』
「そうですな。ですが、尻尾を巻いて逃げるのもときには勇気ある決断です。この決定は英断ですな」
うなだれて伏せしたニーヤと腕を組んで重々しく頷くカラム。
ジャハルも同意ととって構わないような凛とした顔をしている。
おおよそ全員が明人の決断に賛成の意を示した。
しかし、ひとりだけ納得しないものがいた。
「なぜです? 明人様と私たちが力を合わせればきっと勝てるはずです」
意外そうに。自身の意見に自信しかないような表情をしたテレーレは、全員の顔を順繰りに眺める。
ぱしぱしと瞬く眼には、一点の曇りがない。
英雄願望と過剰評価。入り混じった偽物は、世を知らぬ者にとってハチミツのように甘いだろう。
それでもしょせんはおとぎ話。作られた話であり現実には昇華しない。
やれやれ。肩を落とした明人は、夢見る少女にいい加減現実をつけつける。
「あのな、オレは聖剣を抜いただけ。だから特別な才能やらはないんだよ。期待させて悪いけど、しょせんオレはしがない操縦士だ」
「そ、そんなことはないです! 明人様は、特別です!」
「だから違うん――」
「特 別 な ん で す ! ! !」
絹を裂くような悲鳴の如き叫びがマイクを通してスピーカーより放たれる。
その声は幾重にも反響して寂しげな遺跡に木霊した。
耳鳴りを覚えて一瞬ひるんだ明人は、息を荒げるテレーレを真っ向から怒鳴りつけた。甘んじて夢を見させる時間は終わった。
「オレは特別じゃない! 世の中の酸いも甘いも噛み分けられない身分のくせに勝手にオレの影を作ってはしゃぐな!」
本気の叱咤だった
テレーレは、ピクリと体をこわばらせるも逆に勢いづいて食ってかかる。
「私よりも世の中を知らないのは明人様のほうです!! アナタのなした功績は世界を救った事実として存在しています!!」
「アレはオレだけの力じゃない!! オレたちの成し遂げたもんだ!! 現実を見もしないのに夢を語るなッ!!」
互いの視線が交差して、今に胸ぐらを掴み合ってしまうが如き喧嘩は、まるで鍔迫り合いのように火花を散らす。
様相は喧々囂々。1人とひとりは狭い操縦室で対峙する。
「それでもアナタがいなければなし得られなかったものです!! だから明人様は特別なんです!!」
「こんのっ……! わからず屋が……!」
わがままを吐き並べるテレーレを前にして明人は、歯噛みした。
手はださずとも思わず拳を握ってしまう。その拳には、怒りの元凶である銀の指輪が光る。
ふたつ分の怒りの感情が胸のなかを満たしていく。
信奉する者と、それを否定する者。それは、静観したものと戦場で危険に身をやつした者だった。
あの闘いを知らずに、仲間たちの苦難すらも見なかった。そんな愚直に勇ましい英雄譚を夢を見るテレーレが明人は、どうしても気に入らない。
「はぁ……。もういい……もう好きにしてろ。どうせもう会わないんだ」
これ以上の発展は望めないと踏んだ明人が、握った拳を解いた。
直後にそれは起こった。
『あぁっ!? ヤベーにゃあ!?』




