164話 おまけにメイドはカゴのなか
テンションが高いメイドは
女王様
ちょっと休んで目が輝く
綺羅びやかな世界は
鳥カゴの外だった
波乱の幕開けから数刻が経った。予感を裏切るかのように道中は、だいたいがつつがない。
歌詞のない旋律を奏でる大狐の尻を画面越し据えて、狼たちもゆるりとふさふさの尾を揺らす。
4つ脚も軽やかに穏やかな平野へ傷を刻むが如くして踏み荒らす。
ズズズンズズズン。拍子の音は、鳥たちを飛び立たせて世界を揺らした。
のどかな昼下がり。にゃにゃにゃのニーヤがいれば事足りる。とはいえジャハルにカラムもいれば、心持ちもまた一通り落ち着くというもの。
――楽なミッションだ。これならリリティアが帰ってくるまでに家に帰れるかもな。
明人は、あくびを噛み殺しながらゆったりと時を楽しむ。
しかし、テレーレはそうもいかないようだった。
「見て下さいっ! あれ山ですよ! やーまっ!」
紅葉がはじまっている山を見れば、細白い指で指し示す。
上半身を上部ハッチからだして楽しげに笑う。
それを、歩く白玉の上に座った狼の父娘がくつろいだ微笑みで見守った。
「わあっ! 広いですっ! 草がぼうぼうです!」
青く茂った草原があれば、小鼻を動かして薄い胸を膨らませる。
衣服に包まれてふっくり膨らんだ肩が上下するたびにふわふわと銀糸のような髪がキラキラ弾んだ。
突然の通り雨がやってこようものなら重機のなかで音に震える。
「す、すごい雷ですぅ……。で、でも、濡れないのはすごいですねっ!」
閉められた上部ハッチを見上げて「おーっ」と感心するような声を漏らす。
光が射せば、空気中の水分が屈折反射して空に大きな弧を描く。自然の描いた絵画は、惜しみなく多色の絵の具を使った虹を作った。流れ行く雲は、別れを告げて優雅に去っていく。
それを見たテレーレは、居ても立ってもいられないといった風にぴょんと飛んだ。
開き直された上部ハッチから小柄な肢体をはみださせて前のめりになる。
「わぁー……!」
銀燭の如き瞳は爛々に輝いて、フチは水を落としたようにうるうると小刻みに揺れ動く。
まるでメリーゴーランドに乗ってはしゃぐ少女のよう。代わる代わるの景色に目を奪われて喜怒哀楽を惜しみなく体で表現する。
飼い主の隙を見て鳥かごから飛び立った小鳥のような。まるで知り得なかった知識をここぞとばかりに学ぶような。楽しみ尽くすような。そんな純粋な感動と関心。
――世間知らずと言うかなんというかだな。とはいえ楽しいならなにより。
女王という偉大な役職をもったテレーレがいくら騒がしくとも誰も文句を言うことはない。
今を無邪気に楽しむ女性は、例外なく見ていて飽きないということ。
ちらつくスカートの中身をあまり見ないように明人は、画面に映ったニーヤの尻を凝視する。
『にゃんにゃにゃにゃんにゃん♪ にゃにゃにゃんにゃん♪』
機嫌良さげに尻尾を天へと掲げた灰かむり色の大狐は、大きな尻を左右に振っていた。
前も見ても尻、上を見ても尻。どちらを見ても倫理的にあまり変わらないようなそんな錯覚。
目のやり場に困った明人は、ふと気づく。
「お、丁度いいな」
いつしかワーカーは、色とりどりの広大な花畑を歩いている。
画面越しに目が痛くなるほど鮮やかに咲き乱れるカラフルチックな花と花。日は、僅かに頂上から傾きをはじめて月は、まだ遠い。
明人は、マイクを通して提案する。
「ちょっとこのへんで休憩でもするか。それくらいの時間はあるだろ」
『にゃっ! オッケーにゃ!』
ニーヤの同意を脳で聞いた明人は、もう2匹にも確認をとろうとした。
しかし、すでに2匹は色合い豊かな絨毯の上に立って手を振っている。ふたりとも意を汲んでくれたのだ。
明人は、コンソールを叩いて下部ハッチを開封して足元の扉を開く。
それは、人がひとりようやく入れる窮屈な脱出口だった。
「ほら、テレーレも外で休憩だ。これ以上座ってると尻が痛くてしょうがないんだ」
「はいっ!」
満面の笑みではしごを下っていくテレーレが地上についたのを見送って、明人もワーカーから脱出する。
そこにテレーレは、待っておらず。すでにジャハルと2足の少女になった和装のニーヤを引き連れて花畑を堪能していた。
濡れた花弁は、光を吸った雫を垂らす。澄んだ風が吹き渡ると煌めいて、唄う。
「わぁっ! 見て下さい! お花がこーんなにいっぱいです!」
「にゃー! キレイだにゃ! いい匂いにゃー……」
「ははっ、あまり走っては転んでしまいますよ」
キャッキャ。美しく響く音色が吹き抜けて花のなかに一段と素敵な華が咲いた。
胸いっぱいに香りを吸ったテレーレは、空を見上げてくるりと回る。
きゅっと引き締まった美脚で飛べば、一緒になって花びらと狐がぴょんと舞い上がる。
威風堂々と、それでもファンシーなお花畑に重機は、たたずむ。十字に並んだ5つの青い瞳も景色を楽しむように微かにちらついてみせた。
「聖女様への気遣いか。存外気の回る男だな」
「オレの尻が痛かったのも本当だけどね」
そんな光景を遠間に眺めていた明人の隣にずんぐりとカラムがやってくる。
血で汚れた体毛は、すっかり雨で洗い流されて元の厚く濃い灰色へと戻っていた。
「ときに聖剣を抜いた男よ。あの御方が聖女であり女王である意味をどう解釈している?」
低く威圧的な声色。ナイロンのような髭よりぽたりと雨粒が垂れる。
その問いを明人は、しばし空に問いかけた。
聖女とは、世界にひとりだけ存在できる特殊。天使よりの聖なる力、聖を使うことのできる唯一無二。
あの世界最強の魔法使いと語られる、語らずですら至れない生まれ持った才覚。
情報を整理した明人は、どっしりと腕を組んで答えを待つ大柄な狼に答えた。
「ずばり癒着だな」
「そうきたか……。ちなみに問うが、いったいどうやってその答えにいきついた?」
「だって聖女って、讃えられるようなものなんだろ? 聖女に生まれた流れで出世ってわけじゃないのか?」
明人の考えはこうだった。
有名だから名が通る。名が通るから能わずとも、もちあげられる。無条件で讃えられる。
つまり、お飾り女王といいたいところをオブラートに包んでいた。
すると、カマルは肺まで吐きだしてしまいそうな深い深いため息をつく。
「ハァ……ならば、ニーヤ様はどうなる? それがまかり通るならば、ワーウルフ国の王になっていないとオカシイのではないか?」
「ん? あー……なるほど。そういうことか」
そこでようやく明人も気がついた。
例え讃えられるべき存在だとしても、それがLクラスであっても、王にはなり得ない。
ニーヤが王になったならば、食って寝て遊ぶだけの国になることだろう。あの脳天気なペットが政に詳しいはずがないのだ。
この世界では国民の意思を結集して上に立つものを決めるのだろう。つまり、民主主義である。
飲み友だち。エルフの女王も叩き上げだったことを明人は、思いだす。
「ってことは、テレーレって民に選ばれてエーテルの女王になったってことか?」
ニーヤの作った花冠をジャハルの頭に置くテレーレを見ながら明人は、疑問を呈す。
花に彩られたクリーム色のたれ耳が驚きはためき頬を染める姿は、愛らしい。表情とは裏腹に尾っぽは、メトロノームのようにして元気よく振れる。
「そうだ。聖女様は、努力と覚悟と決意をもって王位にお立ちになられたのだ。民の道標となるために、な」
カマルも同じように明人の隣で、はしゃぐ2匹とひとりを見つめた。
その獣の瞳は、文字通りに我が子を見つめるが如き慈愛のような感情がこめられている。
「ふーんつまり、天皇が大統領を兼任するような感じかい?」
「天皇? 大統領? 意味がわからん。とにかくあの方は、実力者なのだ。なるべくして聖女でありなるべくして女王である尊き御方で違いなし」
そこで話が打ち切られる。
明人は、要領を得なかった。
なぜカマルが今それを教えたのか。はたまた、ただの時間つぶしの世間話だったのか。
「あきとさまー!」
思考は、鈴の転がるような声に遮られた。
野うさぎのようにころころとテレーレは、こちらに駆けてくる。
喜色満開の笑み。その手には、禍々しい緑色のゴーヤのような物体が握られていた。
「はいっ! これどうぞっ!」
両手を皿代わりにして笑顔を傾ける。まるでダンスの誘いのように。
ひょいと手皿から細長い物体を拾い上げた明人は、緑の物体をじろじろと観察した。
ぱっと見て、ウリ。しかし、質感は柔らかく腐った野菜のような感じ。
「なんだこれ? ……これなに? えっ!? なにこれっ!?」
「ふふっ、それをぽんぽんって叩いてみて下さいっ!」
言われるがままに明人は、そのアンノウン植物を叩いてみた。
「――うわっ!?」
すると突然、ぽんっと弾ける。
なかに詰まっていた光の粒子がキラキラと舞って宙を煌めかせた。
直後に香る不思議な甘い香り。フローラルな、それでいて花のような高級感のある香水のような香り。
「えへへっ! こんなものが自然界に存在するなんてびっくりですよね!」
すると、テレーレはぴょんと後ろに飛んだ。
後ろ手に前かがみになると、黒の光沢のある靴の踵を揃えてとんとんと地面を叩く。
その後ろでは、狐と狼の娘が歯を見せてニヤついている。
「私もさっき騙されちゃったんですっ! うふふっ、明人さんもひっかかっちゃいましたねっ!」
ただの子供のイタズラ。
色鮮やかな花畑の上で、虹を背景に咲いたばかりのような笑顔が華やぐ。
「こんな面白い植物があったんですねっ! 本当に世界とは素敵ですっ!」
その汚れない笑みが、明人の網膜と心に沁み渡った。
「……ははっ、そうだな。まんまと騙されたよ」
「あははははっ! ジャハル様、ニーヤ様! やりました! 明人様を討伐です!」
スカートを翻してテレーレは、友だちのもとへ返っていく。
そして明人は、龍の気持ちが少しだけわかった気がした。
きっと龍はあの能天気さにほだされたのだ、と。
心の門戸を開けっぴろげにして生きる寛容な少女によって討たれたのだ。
きっと龍は少女に憧れていたのではない。
――気づかないうちに、それもひと目見て、恋をしたんだな。
いつまでも変わらぬであろう転生を繰り返す聖女を眺めながら、明人もつられて笑う。
和やかな風が、ほがらかな雰囲気に流されるように花畑を波立たせる。
「前回負けたからなっ! 今度は、我の勝ちだっ!」
花冠をつけたジャハルが、びしっとこちらを指さして恥ずかしげもなく勝利を宣言した。
線のように結った長細い髪が、ふわりと舞う。
だらしなくスニーカーの踵をすり引いた明人は、2匹とひとりへ近づいていく。
「それで勝ちでいいのか? 勝負っていうかただのイタズラだろ?」
「勝ちは勝ちだっ! が、またそのうち仕合おう! 次は負けん!」
「お、いいなっ。まだ隠し玉はあるぞぉ? 卍固めもコブラツイストもはずかし固めまで習得済みだからなぁ」
花は唄い、小鳥は空を自由に泳ぐ。
賑わう者たちは、決して出会うことがなかったはずの者たち。
静として傍観するか動としてひた走るかは、些細な違い。されど運命とは、決められた運命ではなく時の流れる果てに辿り着いた終着点だった。
花めく一方。すでに北東側の空を半分ほど埋めてしまう巨大な壁は、すぐそこまで迫っている。
目的地のサーガ神殿まで、あと僅か。
自由が少ないであろう女王に与えたつかの間の休息は、操縦士による発案と、この場にいる全員の優しさ。
「さーて、そろそろ出発するぞー! 一攫千金のダモクレス鉱石は目の前だッ!」
頃合いを見て明人が集合をかけると元気な返事が返ってくる。
「はいっ!」
「にゃーいっ!」
そして少女に身なりを変えた龍は、その優しさに触れることで、もう1度だけ恋に落ちたのだろう。
○○○○○
誰も語られないから誰かが語ってしまうSSのコーナー
……………
「で、ジャハル。結局あの植物なんだったんだ?」
「あれは衝撃を受けて良い香りの花粉を散布する植物だ。いい香りだろう?」
「そうですねっ。このなかがすっごいフルーティーな香りです。明人さんからすごいいい匂いが……くんくん」スンスン
「おいこら。嗅ぐな嗅ぐな」
「貴様、剣聖様の次は聖女様か? よほど聖が好きと見えるな」
「やめろっ! 誤解を与えるようなことをいうんじゃない!」
『英雄色を好むってやつだにゃー』
「まったく、これだから男というものは……」
「オレは一途だ! 勝手に展開させて結論をだすな!」
『しかも、女の子ばっかりの家にすんでるにゃ』
「オイ、無視すんな」
「ほぉら、やはりそのような男だな。男はやはりみな狼だ」
「おい、ツッコミ待ちか? オマエらこそモノホンの狼だからな?」
『でもふにゃーは、ビビリだから手をだすようなことはしないにゃ』
「むっ、そうなのですか?」
『にゃっ。ふにゃーからは童貞の臭いがするにゃ。じゃはにゃんは安心するにゃ』
「そ、そうだったのか。すまない明人。我の早とちりだった」
「油臭いの次は童貞臭いときたかぁ……。洗って落ちるかな……?」
「いえ、すごいフルーティーな匂いです。くんくんくん」スンスン
「……仲がいいのは良きことだ。だが、娘に手をだすんじゃないぞ? 万が一にもやらかしたならば、刻まれる覚悟をしろ」
「ずっと黙ってて言うことはそれか……」
「父が娘を溺愛する。なにか悪いことでもあるのか?」ゴゴゴ
「こっちは妹を溺愛してんだ。自他ともに認めたシスコンを舐めるなよ?」ゴゴゴ
「くんくんくんくん」スンスンスン




