162話 おまけに我が家にメイドがひとり
押しかけメイドは女王様
平和が呼んだ天災は
誰かに似ている
厄介事は
終わらない
誘いの森に自然とは不釣り合いな打撃音が間断なく木霊する。
野鍛冶とは、精巧さと迅速な作業を必要とした。暮らしの道具を小規模ながら幅広く手がけるともなれば、まずは精巧さを煮詰めて土台を仕上げる。そこから徐々に精度を殺さぬよう生産性も高めていく。
「ふっ、ふっ!」
近隣の村から修理と発注を請け負った舟生明人は、作業にとりかかっていた。
とはいえ、およそ屋外で作業する工程は終えているため屋内で缶詰となっている。
今作っているのは風呂鍬と呼ばれる農具だった。
発注内容は、土壌を慣らすための鍬の作成。つまり、鍬であればなんでもよいということ。
風呂鍬とは、木のみを使用した木鍬とは違う。刃部分がすべて鉄鋼になっている金鍬とも違う。風呂鍬は、そのどちらもをとり入れた鉄と木でできた鍬である。
刃先部分を精製するには、手間はかかる。しかし、こうしたほうが幅広い用途で使用ができた。
木鍬と鋼をフォーク状にした鋤は、農耕の代表的農具ともいえる。そのちょうど中間に位置する風呂鍬は、軽く強固で利便性があった。
まずは人気と信頼を得て客をとり込む。そうすることで840ブランドは、より盤石な経営基盤を整えることができる。
組立作業をはじめた明人は、世界を狙って槌を奮った。一振りごとに逞しく育った腕の筋が隆起する。
死ぬことを諦めた職人は、ストイックに鍛冶商売へ挑む覚悟があった。
メキメキと上達する技術力は、できあがった製品を見ればそれだけでわかる。
勉強中の剣鍛冶に手を伸ばす日も近い。
そんな男の世界に介入する影がひとつ。
磨かれた銀食器のように曇りのない瞳を、まん丸にして肩越しから作業風景を覗き込む。
「はぇー……すっごいですねぇ……。こうして生活の基礎である道具が出来上がると思うと感慨深いです」
とぼけた声の主は、テレーレ・フォアウト・ティールだった。
その身に帯びたるは、白の綺羅びやかなドレス。ではなく、どこか制服的洋装を思わせる白と黒。
奉仕するの意向どうりにまず形から入ったのだという。その正装の名は、決して正装とはいえない丈の短なメイド服。
城を漁ればいくらでも召使いの服がでてくると話すテレーレこそが女王。エーテル国双王のひとりだった。
興を削がれた明人は、細い目で振り返る。
「…………」
いつもどおりの勝手知ったる慣れた空間。
そこへ情緒似つかわしくないメイドの女性は、最近たびたびやってくる。
朝食という名の昼食を食べ終えた余韻を残す丸木の家には、男1人と女がひとりだけ。
古くコケるように乾燥丸木の香りに、真新しい木の香りが混ざる。新品の鍬と、いい加減ささくれだったログハウス。清潔にされている家だが、庶民的だった。
そんな家に女王があろうことかちょっと露出の多めなメイド服を着込んで掃除をしている。
描かれた転移魔法陣で暇つぶしの如くたびたびこうして奉仕に訪れるようになっていた。
なお、昼食後の皿を洗ったのは奉仕に目覚めたテレーレではなく明人である。
「どうかしました?」
視線に気づいたテレーレが不思議そうに肩をすくめた。
肩の上に触れる程度に乗った綿菓子のように空気を含んだ髪は、浅い川の如くゆるく波を打つ。
その頂点には、白いフリル素材のホワイトブリムがちょこんと置かれている。
「その頭の上のヤツってなのためにあるの?」
「たぶん可愛いからだと思うんですっ! ティアラよりも軽くていい感じなんで、つけてみますか?」
「いえ、いいです……」
目を逸らした明人の黒い髪に女王からホワイトブリムが継承されてしまう。
「はいっ。どうぞですっ」
「……はい、どうも」
テレーレの我の強さには慣れたもの。
そうしなければ、明人は自我を保っていられなかった。
このテレーレの相手の意見を耳の通さない押しの強さ。これに関して問うならば、卵が先か鶏が先かという問題になってくる。
龍族であるリリティア・L・ドゥ・ティールは、その身を変化させてテレジアを真似た。そして、テレーレは聖女の道理に従って生まれ直したテレジアである。つまり、リリティアとテレーレはほぼ同じ性質をもっていた。
――なんかリリティアが増えたみたい……いや、テレーレが増えたんだけどさ。
それがどれだけ明人の胃を痛めけたか。
いくら常勤の薬師が同居しているとはいえ飲む胃薬の量は、どんどん増えていく。重機によってピクシー領から誘いの森に帰ったときの尻へのダメージもかなりのもの。
筋肉トレーニングを本格的にはじめた明人は、鈍い超回復の痛みをうちに宿してため息をついた。
剣を打つ鎚を振るうにはまず筋肉がいる。
「ハァ……」
テレーレが増えたと考えるか、リリティアが増えたと考えるか。愚かで生産性のない思考は、とうに閉じた。
世界は平和である。しかし、この居心地の良い我が家はある種の檻となっている。今さら不用心にも外で鍛冶をしようものなら魔物のエサになるだろう。
ここは大陸最強の魔物が居つく誘いの森であり、人間は護衛なしでは外にでられない。
そのほぼ専属護衛である同居者は、薬師友だちの家に足繁く通っており今はいない。
リリティアもエーテル領で用足しがあるとかででかけてしまった。
例外中の例外。鍛冶師に転職しつつある操縦士の硬い相棒、宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカーもここにはない。きっと今頃は、金色の草原、サラサララの群生地で秋の日光浴を楽しんでいることだろう。
「明人様どうかしました? 疲れているのならほっぺ触ります?」
すいっとテレーレが無遠慮に頬を寄せてくる。
やけにフランクだが明人は、まだテレーレに心を許してはいない。
それは臆病者でなくなったとて早々にほだされるようなものではなかった。環境によって鍛え上げられた鋼の精神がある。
「うん、さわる」
鉄臭い手を伸ばして、そのキメ細やかな頬にふれた。
決して心は許していない。それでも頬に罪はない。
染みひとつない柔肌は、もちもちと指に吸いついてくる。テレジアをマネたリリティアの持ち味である柔らかな頬は、ここにも存在した。
顔立ちは、やはり似ている程度。ほがらかなリリティアとは少し違った大人の雰囲気がある。
マネた龍は、もしかしたら死別を悲しんでいる間にテレジアの優しさを尊んで記憶の中で育んだのかもしれない。
しゃがみこんだテレーレの顔を撫で回しながら明人は、そんなことを考えた。
すると徐々にテレーレの頬が赤みを帯びてくる。華奢な肩が上下するたびに潤いに濡れた唇から情熱的な息がこぼれた。
「んっ……! リリーのいったとおり……! 明人様にふれられると……すごくきもちいですっ……!」
テレーレは、オフのときはリリティアをリリーと呼ぶ。そうでないときは剣聖様と呼ぶ。
なにか得体のしれぬ罪悪感を覚えた明人は、近頃評判の良いフェイスマッサージを止める。
「あっ……終わっちゃいました……」
すると、テレーレは少し残念そうに弧を描く眉と手にもった箒を傾けた。
そして、また意味のない掃除を始める。
手に残った感触を惜しみつつ明人は、己の手を眺める。
戦争を終えた今、最近なにやら可笑しな現象が多発していた。
やけに重いものが容易にもち上がったり、意識していない場面で銀の指輪が発動したりなど。
銀枠に蒼い線が円状に入った指輪は、エーテル国の神より賜りし宝物。真名は、翻る道理。
パンドラの箱の如き未解明な指輪は、呪われていて左手の薬指を掴んで離さない。
「あっきっとっさーん」
奉仕という名目にかこつけてやけにボディタッチの多いエーテル国女王が顔を寄せてきた。
箒を片手にとてとて。歩くたびに大事ななにかが見えてしまうのではないか。
そんなコスプレ紛いのメイド服の下で、雪のように白い肌と黒いタイツがよく映える。
「お掃除終わりましたー」
子犬のようにまとわりついてくるテレーレを明人は、巧みに回避した。
なお、すでに掃除は明人が朝のうちに済ませてある。
「次は、お風呂と私にします? 私とお風呂にします? 私と私にします!?」
「選択肢が等速直線運動!? 2択ですらないぞ!?」
「むーっ? メイドというのはこうじゃないんですかね?」
「ん? どこの国のメイドを言ってるのかな? 泡の国かな?」
箒を投げ出してテレーレは、うんうん唸った。
「うー……明人様に奉仕をするのはむずかしいですねぇ……」
「オレの注文が多いみたいなこと言うのやめてくれない?」
基本的にテレーレは、この家で遊んでいる。
家事を手伝いはするが、明人が1人でやったほうが早い。女王は女王になるべくして女王の座についたともいえる。要するに箱入り娘。
そして、明人は箒を拾い直しながら似た感覚を覚えた。
この引っかかりは、つい最近解消されたもの。それとほぼ同様の霞を掴むが如き読めない所作は、リリティアに覚えたもの。
――テレーレはなにかを隠してるんだよな。
なにかを隠した上ですり寄ってきている。それだけは確信があった。
ただ一概に無下にするわけにはいかない。女王という責務の合間を縫ってこうして友だちに会いにくる。それは、エルフ女王が激務の合間で一緒に飲む明人だからこそ理解している。
――そういえばテレーレだって女王なのになんでこんなことやってる暇があるんだろう?
突然、昼過ぎの家のなかが僅かに陰る。
僅かに怯えるように身構えたテレーレを視界の端にとらえて明人は、窓の方を見た。
そこには、超巨大な毛玉が立っていた。
驚くことなかれ。日課の散歩を終えたのだろうペットのお帰りだった。
「WANYANYA! WANYANYANN! WANYAー!」
あべこべな獣が鼻のノズルを窓に突っ込んでなにやらを言っている。吠えている?
やけに機嫌が良さそうにニーヤは、しきりになにかを訴えかけていた。
部屋に立ち込める野生の臭いに明人は、眉を寄せる。
ミシミシと窓枠が音を立てて天井からは埃と木屑がこぼれ落ちてきた。
「無声会話使え。あと、もとに戻れ。家を壊す前にだ!」
『依頼にゃ! 依頼にでかけるにゃ! にゃーと一緒にふにゃーも依頼をこなすんだにゃ!』
脳に直接響いてくるような元気の良い爆音に明人とテレーレは、同時に耳をふさいだ。
すると、真反対の外へと繋がる扉が開いて獣が2匹も家のなかに入ってくる。
ふらふらと不安定な足どりは、おぼつかない。血色の悪い面。クリーム色の尾っぽは、下に巻かれていた。
工芸品のように美しい銀鎧の模様は、明人にまだ手の届かない技術。溶接後の消えた銀鎧は、メッキの如く綺麗に修復されている。
「うっぷ……。ひ、久しいな……あき、と……。うぇっぷ……」
隣では、やはり尻尾を巻いて剛毛の手を口元に添えた灰狼がいる。
爪は黒鉛のように輝いて鋭い。
「ヌシ……のLクラス、昇格を……ふぅふぅ、祝お……う」
秋口の昼下がり。酸っぱい顔をした2匹が嗚咽を漏らす。
戦時中よりも絶望的な顔をしたジャハル・カラル・ランディーと、父親のカラム・カラル・ランディー。
「……絶対に吐くなよ。なにがあったか知らないけど、吐いたらオレが掃除することになる」
「ど、どりょくする……」
「われが、このていどの酔いで……吐くわけが……うっ……」
珍客2匹の姿を眺めながら明人は、再会の喜びよりも我が家で吐瀉しないことを切に願う。
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