161話 おまけに雑種は家族を思う
日常と悩み
それはもう
にゃー
だった
荒野の中央の街には、塀がなければ門もない。居住地区と採鉱地区にわけられている。
ここはつい最近にドワーフ種の首都となったイェレスタムの街だった。
民の少なさからか都と呼ぶには、まだ早い。閑散とした街並みは、未だ戦争の傷跡が残されている。
欠けた四角い建物にすすけた石畳と花のない花壇は、静かに手が入れられることを待つばかり。
しかし、地盤が固まればきっと他種族も移り住んでくることだろう。なにせここは、大陸でもっとも職人が集まる街なのだから。
おおっぴらに散歩中だった少女が、砂を蹴るように街へと足を踏み入れる。
「ふにゃぁ~ぁ……」
機嫌よく鼻緒のついた草履で大地を踏めばぺちぺちと小気味の良い音がなった。
大あくびをしながら絵筆の如きふかよかな焦げ色の尾がそよぐ。
すっかり熱の冷めた風が頭の上の毛を撫でると三角耳も上を向く。大きく手を振れば振り袖も一緒になって踊る。
それと同時に喧々諤々とした騒音が鼓膜を叩いた。
音の出処は1箇所や2箇所ではきかない。街全体が騒がしい。
髭を生やした屈強な無頼漢たちは、ガンガンゴリゴリ石を削る。鉄も叩く。
すっかり毛も生え変わる時期だというのに半裸の男たちは、汗だくになって仕事に励む。
「おうい! 工具はまだかあ!?」
罵声ではなくただの指示。現場の職人たちは声が無駄にでかい。
視線の先には、少女よりも遥かに幼い褐色肌の幼子がいた。
「今もってくよー! そうそう急かすんじゃないよ!」
体格どおりの高い声。されども口調は男勝り。
女ドワーフは、ガサガサと乱雑に工具が詰め込まれた木箱を探る。小さな手が掴んだのは、鉄の刃がついた長方形の鋸。
そして、それをぶん投げると見越してたように男が受けとった。礼も言わずに粛と木に鋸を滑らせる。
ドワーフたちには男も女も関係はない。皆一様に、はぐれることなく、生まれたときから職人なのだ。
別の場所でも男と女が入り混じって大小問わず。街の復興や輸出品などを手がける。
そこそこ名のしれた少女が隣を通っても気にもとめない。職人たちは、作品以外に目をくれやしない。
ぐるりと首を回して見れば、あっという間に景色が変わる。眠っていれば川が流れるような早さで時代は流れて色が変わる。
少女にとって世界は少しだけ早すぎた。そのなかでもドワーフたちはより顕著な存在だった。
「永遠の命に狭い大陸にゃ。そんにゃに急いでどこいくにゃー」
短尺の赤い着物から伸びるしなやかな足を高めに繰り出し、そう呟く。
およそ世界は、一部を除いて平和だった。
覇道の呪いは未だ世界を蝕みつづける。きっと呑気に歩いている間も少しづつ差別意識が高まっているだろう。
ある青年が言っていた。覇道の呪いは、Lクラスを蝕むも、他者からの差別意識は向けられない。世界を救って尊敬される、心を動かす英雄たちは、規格からはずされるかもしれない。と。
今回こそ魅了という自我を消す魔法がかけられていた。もし、次に呪いにかかるならば災厄規模の戦が待っているだろうとも言う。
他種を殲滅せしめんとLクラスが動けば、他のLクラスも止めに入らざるを得ない。その衝突が起これば、自然と殺し合いへと発展する。例え互いを憎み合っていなくとも。
そう考えれば今回の戦争は、まだ運が良かった。すべてが噛み合ったとも言える。
しかし、少女には次がこないという自信があった。
自分が助かったあのときのように、きっとなんとかしてくれる。だからこそこうして平々気ままに日課の散歩ができる。
先日、2つ名をもつ英雄、Lクラスがふたり増えた。そのふたりと他のLクラスが協力すれば必ず覇道の呪いすらも消すことができる。モヤは晴れて胸も腹もが空くというもの。
そして、それこそが今ここでこうして歩いている理由でもあった。
『だから、外にでてたらまずは――ありがとうございますにゃ、だ!』
ひと月経った今でも耳から忘れられない声の主も含めて、もはや家族同然だった。複合種たちも群れのいち員として認めている。世界すらも。
少女と青年は、ひとつ屋根の下で同じ釜の飯を食らう。たまに青年は、染みついた油の臭いがする大きな手で頭を撫でてくれる。目つきの悪い割りには、流れてくる感情が誰よりも優しい。嘘つきだけども、世界一嘘をつけない力をもった青年。
ハーフエルフと剣聖も同じくらい優しくて毎日が楽しい。美味しいものや綺麗な物を作ってくれる。
アレだけの手間をかけさせてもなにも言われない。受け入れてくれたことが少女には、どうしようもなく嬉しかった。
だから、みんなに恩返しがしたいと思った。
「んにゃあ」
少女の足の向きが変わって、ぼんやりと立ち止まる。
灰かむりの瞳とほどよく焦げた瞳が見あげたのは、シャビーシックな風体の酒場であり、仕事の斡旋所。
マスターのいない昼の癒やしのヴァルハラは、長い歴史を泳いで今もなお賑わっている。
くんくんと鼻を鳴らす。古いスウィングドアの向こうから熟成された芳しい酒と美味しそうな料理の香りが同時に鼻孔をくすぐった。
くぅーっと腹を鳴らした少女は、思わずヨダレを飲み込む。飲むことも食べることも寝ることと同じくらい大好きだった。
しかし、今回の目的は違う。
それに食べてから帰ると青年に怒られる。
意を決して肩で風を切るようにずいずいスィングドアを押し開く。
すると、いっそう良い香りが竜巻のように満ち渡った。
「いらっしゃいませー!」
そしてフレッシュで活気ある常套句が少女を迎えてくれる。
踊るような格好をした幼い見た目の従業員たちは、ひらひらのスカートの下でぱたぱたと駆け回っていた。客をもてなす褐色の小鳥たちは、露出が多い。
水場を好みそうな格好と幼い容姿で、片手に盆をもって鈴を転がすような幼い声は、室内でよく響く。
その頭の上には、少女と同様の獣耳。狼、猫、兎の飾り物がつけられていてまるではしゃぐ子供のよう。
客席ついているのは、ドワーフだけではない。種々共々が旨そうに肉や野菜にありついている。
「じゅるり……いやいやダメにゃ今日は食べに来たんじゃないのにゃ」
とめどなく湧いてくるヨダレに負けぬよう少女は、カウンターの向こうにいる目的のエルフのもとへと急いだ。
すると、相手もこちらに気づいたようでスラリとした長耳を揺らす。
ぱっちりと見開かれた瞳は新緑で、短い髪も芝のよう。顔立ちは端正で、傷があろうがお構いなしに男前だった。
「おや? にゃにっ……ニーヤ様が単身でここにくるとは珍しいですね」
バイト中のエルフ、カルル・アンダーウッドは、コップを拭きながらニーヤ・L・コンコン・ランディーと対面する。
その格好は、あまりにずさん。素肌に革のベストを着てピチピチの黒革のズボン。しかし、見るものによっては情欲をそそられるのだとか。
理解もしないししたくもない。ニーヤは、丸イスを引いてどっかりと丸い尻を沈める。
「にゃーい……。カルにゃんは、相変わらずメリにゃんに損なことを任されてるのにゃ」
「あははもう慣れました。夜のミブリーさんがくるまでは変なお客さんも少ないですから。夜はマジでヤバイですよ」
「今は、結構おんにゃの娘がおおいにゃね。昼と夜で客層が逆転することもにゃかにゃかにゃいにゃ」
昼のマスターは正統派イケメン、夜のマスターは名実ともにカマホモの王。
昼夜ともに現れるのは、酒好きか幼子好きのどちらかだろう。こうして癒やしのヴァルハラは、通常以外を省いたフェチズムにも答えられる品揃えをしていた。
カウンターにコトリと置かれたサービスドリンク。
ミルクを飲みながらニーヤは、ボヤく。
「しかし、メリにゃんもよくやるにゃあ。あっちこっちにエルフを派遣して大わらわにゃ」
「まあエルフは比較的に損害が軽微ですから」
「それでもお里を離れてこうして働くのは大変なことにゃ」
魅了で死を思ったドワーフ種や、内乱を起こした複合種。そして、王が狂乱したピクシー種。
それらとは違いエルフ種は、今回の戦争でそれほどの被害を被っていない。
そのためこうして女王の命令によってたびたび駆りだされている。
こうしてエルフの生き残りが多いのは、優秀な薬師のおかげであることは間違いない。自然魔法使いの奮闘によって多くの命が掬われていた。
手早くコップを吹き終えて次のコップに手を伸ばしたカルルは、鋭角の眉をよせて苦そうに笑った。
「もっとも被害が大きいドワーフ族を支援するのは当然です」
「兵士から酒場の看板ににゃってもそう言えるにゃんて心が広いにゃ」
丸イスでニーヤはくるりと回ってみせる。
すると、カルルは呑気なニーヤを見ながらぽんと手を打った。
「失礼でなければいいのですが。なぜ複合種は、僕らの顔を見るなり毛を逆立てるんですか?」
「それは、アレにゃ。プライドが高くて照れてるか、まだちょっと警戒してるだけにゃから気にしちゃイヤンなのにゃ。動物ってのは、そんにゃもんにゃ」
そう言ってニーヤは、ぷにぷにの肉球でグラスを挟んでちびちびミルクに口をつける。
戦争が終わってひと月がたった。季節ともに盛りが過ぎたルスラウス大陸は、重荷を下ろして日常を謳歌する。
空はぐんぐん高くなって空気もすっかり澄んできた。仮住まいのある誘いの森が燃えるように色を変えれば、世界も共に秋の彩りへ衣を代える。
本来の目的を思いだしてニーヤは、壁にずらりと貼ってある紙束に目を向けた。
「して、ニーヤ様はなぜここに? 夜であれば、語らず様もあの方もおられるでしょうに」
「にゃー……。ちょっといい仕事を斡旋してほしかったのにゃ。家のみんなに助けてくれた恩返しがしたいのにゃー」
心惹かれるような依頼がない。そう見たニーヤはカルルに応じながらもへなりと尾を垂らす。
壁に貼ってあるのはおおよそが建築関係のものばかりだった。
井戸の修理に家の再建。ドワーフたちが忙しなく仕事をする理由が判明する。
「では魔物の討伐などは如何でしょう。ニーヤ様ならばあるていどの依頼を容易にこなせる実力は十分にあると思われます」
「うーにゃそれもなんか違うにゃ。もっとこう金銭とかじゃなくてナイスにゃやつが欲しかったにゃ」
ニーヤが欲しいものは、命の恩人たちに送るたったひとつの特別な物だった。
それは、お金で買える品でもなければ容易にその辺で手に入るものではない。思い出に残る大切な特別。
群れをなさない狐の血が、群れなす狼の血と混ざり合う。警戒心の高い狐の血が狼の血によって相手を認めれば、心は開いて、やがて家族と思うようになる。
「うみゃー……ジレンマにゃー……」
気高き狼の血と好奇心旺盛な狐の血が、もっともっと良いものを求めてしまう。
唇を尖らせてうなだれるもカウンターには、木目ばかりでなにも見えてはこない。
「あの方々への恩返しですか。ならば――」
すると、カルルが好青年面に喜色満面の笑みを浮かべる。
ベストの内側からさっと羊皮紙をとりだした。
「これなんてどうです? ドワーフ王からの任務ですが、いかんせん危険すぎて請け負ってくれる方がいないのです」
「うにゃ? にゃににゃに?」
手渡された紙に達筆で書かれているのは、依頼者ドギナ・ロガーの文字。
源氏名のミブリー・キュート・プリチーではない。それは本物のドワーフ王の名前だった。
つまり、国を上げての大規模な依頼である。
「双腕様も忙しいらしいです。でも、もしニーヤ様にやっていただければこちらとしても手放しで喜べるのですが」
そう言ってカルルは、ミルクを注ぎ足した。
ニーヤの前に真っ白い液体が波を打って並々に注がれる。
「どうです? あの家の全員に恩返しをするのであれば、これほどよい任務もないと思うのですが」
のたまう文字に目を通し終わったニーヤは、目を爛々に輝かせる。
「これにゃ! これがあれば全員に恩返しができるにゃあ!」
垂れた尾っぽは千切れんばかりに振るい乱れて、焦げ色の耳も芯がとおったかの如くピンと立った。
悩みが吹っ切れて、ごくごくと喉を通るミルクの味も格別に美味い。
「では、承諾と言うことでよろしいですね? かなり高難易度任務だと思います。どうかお気をつけて」
「うにゃっ! まっかせるにゃあ!」
報酬は、世界にたった1本の杖。それはもう特別以外のなにものでもない。
依頼内容は、伝統ある墓を作るための材料採取。これもまた職人であれば喉から手がでるほどに貴重な品だった。
1匹の雑種は、混血と混血と、1人の人間を思って酒場から弾かれるように外へと飛びだす。
「《トランス》にゃ!」
まずは戦力の確保と考えた狐と狼の雑種は、勇み足で《トランス》の魔法を唱えた。
「W A N Y A A A A A A N !」
キューティクルの美しい巨体が唸り流麗な灰色の獣が、吠え、街を一瞬のうちにして飛び越える。
目を剥いて手を止めたドワーフたちを置き去りに。大狐は、地元であるワーウルフ領へ風を追い越してすような早さで疾駆した。
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