160話 やがて人間は少女と出会う
戦争の裏方
視差が異なれば
立役者
上位種の女王は
闇のなかに笑う
エーテル族は危惧の念を抱いていた。
それもそのはず。国境の外で統合されていく他種族たち。足並みが揃えば例えヒューム以外の特異を持つ上位種とて太刀打ちができない、と。
殺気立つ民たち。エーテル族絶対主義者である双王がひとり、グラーグン・フォアウト・ティールは、早期進軍を訴える。
しかし、それを女王と聖女の威光でテレーレが抑えていた。
味方もいない。国民の不満感情も高まるなかでも、必死に外が平静されるその時を待ちつづけた。
そして、遂に願望が形となって種族たちは手をとり合うにまで至った。
そんな作戦の中核を担う大車輪の如き立ち回りを終えたテレーレを、脱衣させた半裸の男がいる。
尖った砂利の上に座らされた明人は、《グリーンウィップ》の青蔦に締め上げられた。みしみしと骨が軋む。
「オレはぜってぇ謝らないから――いだだだだだっ!?」
断固として謝罪をしない明人をユエラは、陶器の如き指で魔法を操りながら睨みつける。
久しいゴミを見るような目つきは、およそ半年ぶりに現れた。まるで出会った当時そのままの再現。
「騙されて怒るのは理解してあげるわ。でも――なんで脱がすのよっ!? へんたいっ! クズトっ!」
「オレだってびっくりしたよ!? まさか散るとは思わない――いだだだだっ!? 折れる! 折れるって!?」
テレーレのドレスがマナで編んだ特注品とはつゆ知らず。
マナと一緒に衣服を散らした明人も――怒りを被ってはいたものの――心底驚いたどころの騒ぎではない。
肩に白い羽織を羽織ったテレーレは、恥ずかしそうにほどよく肉のついた白い太ももをもじもじとこすり合わせる。
羽織った白の作務衣の如き服は、脱がせた人間が着ていた普段着だった。
「あ、あのねっ……私のために怒ってくれてるのはわかるの。で、でもユエラ。明人さんを許してあげて」
そう言って、ユエラの暴挙をおずおずと止めようとする。
「ダメよっ! このままだとつけあがるわ! コイツは女王を狙い撃ちにして脱がす変態なのよっ!」
「あのっ、私も脱がされ――」
「おいこら! 聞き捨てならな――いーだだだだっ!」
「無視……?」
ユエラは止まらない。
くるりと指を回すと青蔦が獲物を捕らえた大蛇の如くきつく締まる。
そろそろ本気で危機感を抱いている明人も明人で、中途半端にプライドが高いため決して謝ろうとはしない。
その周囲を犯罪者を捕らえて監視する看守の如く、囲う女性たちの目も複雑そのもの。素直に見下すものもいれば、困るように眉を寄せて渋い顔をするものもいる。
ただひとり。被害者のひとりであるにも関わらず口を挟む余地もないエリーゼだけは、悲しそうにその場に立ち尽くす。
それをつま先立ちになったキューティーが、慰めるようにぽんぽんと背中を叩いた。
「フム……これがあの翻る道理だったとはな。灯台下暗しとはいったものだ」
その横では、ヘルメリルが明人の左手の指をじっくりと観察をつづけていた。
顎に指を添え見つめる表情は、真剣そのもの。矯めつ眇めつ銀と蒼の指輪を食い入るように拝見する。
しかし、決して触ろうとはしない。万が一指輪の効果が発動すれば水着ももっていかれる。ヘルメリルが衣服を散らせれば、テレーレの被害の規模では収まらない事態になる。
「して、リリーよ。貴様もこの謀の協力者か?」
おろおろ手をだしたり引っ込めたり。心配そうに苦しむ明人を見守っていたリリティアに尋ねる。
リリティアもコクリと頷いて肯定の意を示す。
三つ編みの根本で青いリボンがぱたりと揺らいだ。
「は、はい。グラーグン王が自国の宝を模造品だと気づくまでは、神より賜りし宝物を隠そうということになっていたんです」
「なるほどだから模造品を手に入れたNPCにもたせたということか。マナももたないコヤツならば確かに気づかれにくい」
エーテル国に神より与えられた神より賜りし宝物の名は、翻る道理。
効果は、着用者または被害者のマナを散らせるというもの。
翻る道理は、他国の神より賜りし宝物とは異彩を放つほどに不明瞭だった。
なにせ与えられただけで神からの説明は皆無。研究するにも天界よりの品であるため下手なことはできず。
装備してマナがなくなり、意識して発動させればマナが散る。テレーレとリリティアの説明によると、まだそこまでしか判明していない。
夢見る大樹、咎追いの湯花、理想郷への神槍、絶望の匣。大陸には、数々の神より賜りし宝物が存在する。しかしその使用法は見ればわかるほどに理解が可能だった。
エルフ国の夢見る大樹は、環境マナを花粉の如く世界に撒くというもの。同時に精霊というものも現れた。
ドワーフ国の咎追いの湯花という杖は、その環境マナを一点に集めることができる。マナ機構の原案ともなった。
ワーウルフ国の理想郷への神槍は、天界へと至るための試練。入ったものに絶望と希望を見せる門。
ピクシー国の絶望の匣は、入ったものに強力な精神的圧力をかけて狂わす。
そのどれもが、目的や役割がはっきりとしている。
しかし翻る道理だけは、なにかが異なっていた。
それは、使用する者によってマナを散らすことができないのだという。
つまり、発現不可。逆に、どんな名前でも思いが込められれば発動する。明人のやった無詠唱ですら発動してしまう。
その不確かさこそが、皆のしこりとして残っていた。
ぎゃいぎゃいと騒がしい明人とユエラ。その後ろでは川の中央でアルティーとピチチが素知らぬ顔で歌いつづけている。
それらを無視してリリティアは、エプロンを外しながらつづけた。艶やかな前部の腰回りが日の本に晒される。薄い胸部とは異なってくびれしたの丸みは、著しい。
「それだけではありません。グラーグン王が、真価を理解したら危険が及ぶと考えてのことです」
「ほぉ……? それで類似している模造品を城に置いて無駄な研究をさせているわけだ」
「はい。それに魔法の使用できない明人さんを守るためでもあります」
そう言って、リリティアはちらりと視線を泳がせる。
と、明人とユエラはまだ喧嘩をつづけていた。
「ほらっ! 今の話の通りよ! アンタだって指輪に色々助けられてたでしょ!?」
「いーや、オレは絶対に謝罪なんかしないねっ! いいようにこき使ってたのと剥かれたのを合わせてイーブンだっ!」
縛られて無様に喚き散らすも明人は、それほどテレーレを憎んではない。
《マナレジスター》がなければ戦争の終結は、もっと先の話だっただろう。その力があったからこそ守れた異物もある。
ただきっちりと誠実の証として謝罪が欲しいだけ。それは、命を張って戦場を駆けた者に対する礼儀として。
「だってオカシイだろ!? 人を駒のように動かして平和になりましたちゃんちゃんで済ませろってのか!? こっちは死ぬような思いまでしたのにだぞ!?」
その発言を聞いたテレーレは、悲しげに目を伏せた。
そして、ふわりと綿雲のような銀の髪をそよがせて意を決したかのように前を向く。胸元を押さえた手がきゅっと握られ油臭い作務衣にシワを作った。
「わかりました! 確かに私は、不躾であるまじき行為をしました!」
ぽんと手を打つ様を見て明人は、目を点にさせる。
「いや、普通に謝ってくれればそれで――」
打って変わって晴れやかに笑むテレーレの姿は、誰かに似ていた。
「女王の名に賭けて明人様の納得がいくよう責任を果たします!」
「話聞かないねキミ? うちの家主とすごく良く似てるね?」
高らかに響き渡った気合のこもった声に、明人とユエラ以外にも全員がテレーレに注目する。
「責務のないときには、残る生の時間をすべて費やし、全力で明人様にご奉仕すると誓いますっ!」
天高く馬肥ゆる秋を前に、虫の奏でる音色も楽章を変える頃合い。
鳥は輪を描き、魚たちは歌い咲く。黄色い日差しは、折り返すが如く徐々に温度を引いていっている。
さらさらと浅い川が流れる音が心地よい。
するりと地面から生えた青蔦が解けていく。自由になった明人は、ぼーっとしながらふんふん鼻を鳴らして躍起になるテレーレを見上げた。
すごく嫌な予感が胸中で渦を巻く。なぜならテレーレは、テレジアで、リリティアでもあるのだから。
「ということでよろしくおねがいしますねっ!」
――いま……なんて言った?
ただ一点。無言ながらに明人は思考する。
ニコニコと笑うテレーレの背後にどす黒い影のような錯覚を覚えた。気がした。
騒動を終えた面々は、各々にまたつつがない平和を享受するように日暮れまで短い休暇を楽しんだ。
突如天使の声を聞かされたチャルナだけは、ユエラに声をかけられるまで硬直したままだったという。




