159話 やがて思いは届かず、裏切り
少女は笑い
天使は平和を喜ぶ
願いは悲しく遠ざかって
明かされる衝撃
そして、怒り
突然の珍客にバーベキュー会場は、沸きに沸いた。
誰もが驚きに笑顔を貼りつけてあっという間にテレーレを中心に輪が完成する。
「にゃー! テレにゃん久しぶりだにゃ!」
濡れたからだにも構わずニーヤは、千切れそうなほどに尻尾を振ってテレーレに飛びついた。
「にゃにゃ、にゅ――ニーヤ様お久しぶりですっ!」
対してテレーレも、飛びついてきた少女を気にせず受け止めてほんわかした笑みを傾ける。
頭を撫でられたニーヤは、灰を溶かしたような瞳と焦げた茶色の瞳を閉じてくすぐったそうに首を縮めた。
ヘルメリルも片手にもった本をパタリと閉じる。
そして、不審な笑みを浮かべてしゃなりしゃなりとテレーレに近づいていった。根本からつま先まで染みひとつない細い足先には、ヒールではなく風通しのよいサンダルを履いている。
「フフッ、久しいな。セイントボードよ」
「お久しぶりです語らず様っ! あとそのアダ名は普通に悪口ですからね?」
英雄たちに引けをとらない姿勢は、女王というより旧知の親友のよう。
リリティアとテレーレ。金と銀の白鳥が横に並んでみれば、なるほどどうしてほどよく似ている。
ところどころが僅かに似通っているだけ。しかし、身長と凛とした佇まいや穏やかな空気感は、さながら姉妹の如く。
きゃぴきゃぴと姦しく賑わう面々。それをよそに明人は、サプライズプレゼントに目を輝かせていた。
「ふぃー……ドワーフ領からエーテル領を経由してエルフ領にまで歩くのは、さすがに骨が折れるわい」
ドサリ。仰々しく砂利の上に腰を下ろしたゼトは、義腕で枯れた額の汗を拭う。
たくましい肉体は、オイルを塗ったかの如く大量の汗でてらてらと照り輝いた。
到着直後はぜえぜえと喉を掘削機のように唸らせていたが、水1杯ほどでもう元通り。老いていても体力ばかりは強靭そのもの。
ゼトは、明人との約束を覚えていた。
それは決戦直前に口にした剣の打ち方を教えるというもの。
しかし、教わるにはイェレスタムの工房に足を運ばねばならない。明人の住処は誘いの森であり、ドワーフ領までは重機でも3日はかかってしまう。
さらに修行ともなれば話は変わる。1日2日では、明らかに足りない。イェレスタムに腰を据えるほどの覚悟が必要だった。かと言って、それを家主が許すかといえば絶対に許さないであろう。
そこでゼトは、前々から準備をしていたという移動式の工房をサプライズプレゼントとして用意したのだという。
このプレゼントによって明人は、庭先で金属加工が可能になった。
荷車に乗せられた鍛冶師のお供の数々。三角屋根の下には鍛冶の基本、鎚や金床をはじめとした新品同様の品が陳列されている。
少年のように目を煌めかせた明人は、移動式工房とゼトを交互に見た。
「すげえ、炉までついてる! 親方いいの!? これ、本当にくれるの!?」
まるでその姿は、おもちゃを買い与えてもらった子供のよう。
普段の目つきの悪さから反転して黒い瞳は、さながら純もの。
おそらくすべてゼトの手作りであろう鍛冶道具は、ピカピカと鉄色に輝いていた。鉄に文字を刻むための8と4と0の打刻印まで用意されている。
「オウ。そんために汗水垂らしてもってきたんじゃ」
「うおおお! 親方ありがとうっ!」
飛びつきたい気持ちを押さえて礼を言う。
ゼトも満足げに口角にシワを寄せて、渋く笑った。
「帰りはリリーか鉄巨人で運べい。さすがにそこまではつき合わんわい。あとは、暇なときにでもキサンに指導してやろうよ」
「ありがとう親方あああ!」
たまらず明人は、ゼトの義手を掴むも当然のように持ち上がらない。
この義手は、魔法鍛冶によって打たれた魔具らしい。
義腕義足の義肢は、決して珍しいものではない。なにしろ魔物による被害で手足を失うものも多い。だからこそ大陸で発展した技術だった。
それでも体内マナをリンクさせて己の腕のように動かせる義手は、重く鈍い。木で作れば脆くなる。
地球とは異なって素材の研究がとぼしいルスラウス大陸。そこにプラスチックやナイロンやシリコンなどの合成高分子化合物が登場するまでには、幾分かの段階が足りない。
神からの縛りに歯がゆさを覚えつつ不意に明人は、かの者に頼みごとがあったことを思いだす。
「さぁてとぉ、久しぶりにちっくらお嬢の尻でもなでてくるかのぅ」
そう言ってゼトは、どっかりを立ち上がると賑わう女性たちのもとへのしのし歩いていった。
その後ろをふらふらになったラキラキがついていく。
残された明人は、休憩ついでにチャルナの座っている木陰に同席する。
影に入ると刺すような日差しは遮られてひんやりと涼しい。勘違いした日と違ってすっかり風は、秋を様相を運んでいた。
テレーレのかん高い悲鳴を耳にチャルナの喚きのような語りが混ざる。
「聞いてはいたけどオマエすげーな! 剣聖様の家に住んでて、語らず様と飲み友達で、双腕様の弟子とかどうなってんだよ!?」
「ちなみにニーヤは、うちのペットだぞ」
「うっへ!? 交友関係だけでLクラス網羅か!?」
わざとらしくも見えるその驚きは、本心なのだろう。
この大陸でLクラスといえば、英雄であり伝説と同義。王ですらその存在を讃えるほど。
しかしその実、英雄たちは他の誰とも変わらないことを明人は知っている。共に肩を並べて戦場を駆けたからこそわかる正体がある。
居丈高で自信ありげでも周りに気を使う世界最強の魔法使いがいれば、家族思いな最高峰の鍛冶師もいる。友や仲間を傷つけた後悔に溺れる雑種、欲にまみれた妖精もいた。さらには臆病な龍もいる。
種は違って十人十色だが、内面は似たり寄ったり。
どれもこれも一様に人間と変わらない。
明人は、影を浴びるように大きく伸びをして準備に入る。
チャルナの隣に来たのには理由があった。L クラス以上の畏怖を与えんとなにもない宙へと呼びかけた。
「おーいエルエルー? ちょっと話があるんだけどー?」
巨乳両性女より天使エルエル・ヴァルハラに語りかける。
すると当たり前のように天使はそれに応じる。
『むぐむぐむぐ……。ふぁーい? なんれふのよー? はまひひんはんひほはえへあほはひ――』
もっちゃもっちゃ。咀嚼の音とやや子供っぽい声が天から降ってきた。
「呼んだ手前言うのもなんだけど、お行儀が悪いぞ」
『んくっ――ぷはっ! これは失礼致しましたですのよー』
食事中に呼びだしてしまったことに申し訳さを感じつつ明人は、ちらりと横を見た。
「…………………………」
ユエラから聞かされていなかったのだろう。
なにしろユエラの作った性転換の薬でエルエルは、男よりの両性から女よりの両性に変わってしまった。
失態や醜態を友だちに話すはずもない。とはいえ、ユエラに罪はなく勝手にやったのは明人である。
眠たげな目をカッと見開いてチャルナは、氷漬けにされたかの如く固まっていた。長耳すらぴくりとも動かない。
満足した明人は、なんの気なしに天使との会話に興じる。
『あんまり頻繁に呼ばれては困るんですのよ。できるだけ控えて貰いたいんですのよー』
そんなことを言いつつもエルエルに怒った様子はない。
逆に、声色は明るく上機嫌そうだった。
「今回は、エルエルにちょっと頼みがあるんだよ」
『頼み、ですのよ? あっ! あと、戦争集結おめでとうございますですのよ!』
その後にパチパチと手を叩く音が木霊する。
天使と神は平和をこよなく愛する。それは決して下々を見る下賤なものではないこともまた明人は理解していた。
エルエルの機嫌がいいのも純粋に大陸の戦争が治まったからであろう。
白い清潔感あふれるワンピース。それを押し上げる巨乳に、アクセサリーのような手のひらサイズの小さい天使の羽。空に丸い尻を突きだしてふわふわと飛ぶ天使のシルエットを思い起こしながらつづけた。
「サンキューな。それはそれとして頼みを聞いてほしいんだ」
『むむむー……叶えるかどうかは尺度によるんですのよ?』
腕を組んで眉を寄せているであろうエルエルの唸り声が聞こえる。
明人の視線の先には、楽しげに談笑する集団がいた。リリティアとテレーレ。白いドレスを身に纏ったふたり。
龍は、テレジア亡き後にその身を変えてテレジアをマネた。テレジアは、龍に焼かれて朽ち果てた。
加害者と被害者の関係。しかし、友だちでもある。
明人は、自分の立場をリリティアに置き換えた。だからこそ、天使にひとつの願いを投げる。
「リリティアをテレジアに合わせてあげられないか? きっとテレジアもリリティアに恨みなんてないと思うんだ。じゃなかったら一緒にいるはずがないし」
あのように気軽に談笑しているリリティアのバックボーンを知ってしまった。
だからこそ、その影を払拭したいという思いがあった。
しかし回答は早く、しかも明人の予想通りの答えが返ってくる。
『ダメですのよ』
即断即決。冷淡な声になったエルエルは、やや食い気味で答えた。
『テレジア様は聖女ですのよ。そこんとこおわかりですのよ?』
「知らん。でも、英雄なら選ばれて天界にいるんじゃないのか?」
明人がそう言うと、井戸よりも深い溜息が流れ聞こえる。
『はぁぁぁ……。ほんっとに貴方様は、この世界の歴史にまーーったく興味がないようですのよ……』
基本的に明人は、過去やらに興味がない。
それはゼトの老いた理由も過去にあったという戦争も大陸の歴史も同じこと。ほとんど調べようともしないし、知りたいとも思わない。
これはイージス隊の共通認識でもある。掲げられていたのは、余計な詮索をしないという決まりごと。知ってほしいのであれば、自分から暴露すべきというものだった。
イージス隊に知る権利はない。過去の地球で起こった悲劇や人類の生死を左右する方舟計画の内容ですら伏せられている。下請けには下請けとしての粗末でずさんな扱い。
それに明人は妹で手一杯だったということもあった。
『いいですのよ? 世界の道理によって聖女は、永久に転生しつづけるんですのよ』
「なるほど。まったく意味がわからん」
なおも硬直しているチャルナの目の前で手を振りながら明人は、ばっさりと斬り捨てた。
すると、エルエルは小さな咳払いをする。あたかもこれから説明するぞと言わんばかりの前振り。
『天使は、ルスラウス様のお力で死んでも同じ個体として生まれ変わるんですのよ。そして、聖女とは過去に天使だったお方のことですのよ』
それを聞いた明人は、僅かな希望を抱く。
テレジアは、天使だった。そして転生するのであれば答えはひとつ。もしかしたらすでに話がついているのではないか、と。
しかし、膨らんだ希望はエルエルの注釈により即座にしぼんでいく。
『ごたぶんに漏れず。天使も大陸の民と同じく転生の際に記憶がすべてリセットされているんですのよ。だからテレーレ様は、テレジア様のリセット後というわけですのよ』
「つまり、個体は変わらずに記憶だけが再構成されるってことか?」
『認識としてはそのように捉えていただいて構いませんですのよ』
つまりリリティアの隣にいる少女もまたテレジアでありテレーレであるということ。
しかし、テレジアの記憶は忘却の彼方へと消えて新しくテレーレとして構築された。
そうなっては願いも虚しくも砕け散ってしまう。リリティアは、ずっとテレジアの影を追いつづけなければならない。
真実を知って冷静になった明人は、それとは関係のない己の言動を恥じる。
――そういえば死ねば消えるのは当たり前の摂理だったな……。
その当たり前を忘れて常識はずれな頭のオカシイ妄言を吐く。
あまつさえそれを魂の審判をとり仕切る天使に伝えるなど言語道断。あまりにも愚かすぎた。
後悔を胸に明人は、うなだれてエルエルに謝罪する。
「すまん……忘れてくれ戦争が終わって浮かれてたのかもしれない……。全部自分の思い通りになるってかもって……ごめんな、ずうずうしいことを言った」
『ふふっ、いいんですのよ。貴方様が、誰かのために動くことで大陸は平和になったんですのよ。その思いやりこそが貴方様の美点ですのよ』
エルエルの声は、天使の名にふさわしい穏やかで包み込むように優しかった。
そして、明人は気持ちを切り替えるように頬に平手を食らわせる。じんじんと痺れるようにして平静が返ってきた。
この場には、不思議なことにテレーレがいる。それはつまり、すべての謎を問いただすことがきるということ。
立ち上がって硬直したままのチャルナを置きざりに歩きだす。向かう先は、無論団らんの会話に花開かせる者たちのもと。
一歩影を踏むごとに感情が高ぶっていった。押さえきれぬ衝動を表情にださぬよう気を使う。
すると、ユエラとの会話に興じていたテレーレの銀色をした瞳がこちらを射止める。
ハッとした表情に浮かぶ桜色。せかせかと手にもっていた皿をテーブルに置いて、明人に向かって駆け寄った。
テレーレを前にして明人も立ち止まる。女王を見下げるほどの近い距離。
「その、あのぅ……。あ、ああ、明人さんのお話リリィから色々聞かせていただいていましたっ! まるで寝物語で英雄譚を聞くような勇敢で聡明な貴方様と再会ができてこ、ここ――光栄ですぅ!」
早口を詰まらせながらテレーレは、ガバっと勢いよくお辞儀をする。
長毛の子犬のようなウェーブがかった髪が、ふわりと揺らいだ。
リリティアは、たまに寝ない。そうやってテレーレのもとにお忍びで会いに行く。
そういう日は、同居者も起こす苦労がなくて助かっている。
見上げる瞳は、とろりと溶けてしまいそうな。胸の前で手を結び、まるで吟遊詩人の伝承話を聞いて恋を燃やすかの如き熱い吐息を吐く。
そんな恋する乙女のような少女の肩に廃油で汚れた大きな手を置く。
そして、明人は意識した。
「――ッ!?」
直後。集まっている場の全員が息を飲むかの如く青ざめる。
散っていく白い破片を見て明人は、笑う。その笑みが象るのは、喜びではなく醜悪な怒りだった。
片側の口角は限界まで釣り上がる。見開かれた目の上で眉が鋭角に下がった。
「さぞ、楽しかっただろうな? 人を手のひらの上で踊らせるってのは」
「な、なにをっ――きゃっ!」
下着姿になった体を隠そうとテレーレが腕を上げた瞬間。
明人はさせまいと、指と指が1周してしまうほど細っこい手首を絡めとってしまう。
凶行の如き惨劇に向かってリリティアが、手を伸ばす。
「あ、明人さん! やめて下さいッ! それには理由が――!」
しかし、明人は本気でリリティアを睨みつけた。
「黙れ。リリティア」
すると、伸ばされた白い手はピクリと震えて徐々に力を失って戻っていく。
「ちょっとアンタいい加減にしなさい!」
「やめておけ。この男がわけもなくこんなことをするはずがない。デュアルソウルならば私以上に理解しているだろう」
目くじら立てて怒りを顕にするユエラを、ヘルメリルは諭し止めた。
「そう、ですけど……」
まごついたユエラは、長耳をしおらせて目を伏せる。
周囲は、事の成り行きを見守らざるを得ないといった様子で沈黙した。止めに入るものは誰もない。
明人がこういった行動にでるには、理由がありすぎた。その着火剤は、天使から告げられた絶望の一言にある。
女王のわりに質素な白の下着のみ。怯えるようにかたかたと震えて涙ぐむテレーレに明人は、問う。
「答えるも答えないも自由だ。もし、答えなかったらオレはもう2度とテレーレを視界に入れずに生きる。それでいいなら断ってくれてもいい」
1番理解しているのはテレーレ自身であろう。
間接的に行動したリリティアもその真実に気づいていないわけがない。
しかし、すべては女王であるテレーレが判断を下さねばできぬこともある。
そして、嵌められるようなマネが明人は嫌いで嫌いでしょうがなかった。
憎悪とも言いかえていい。寄せていた信頼を裏切る行為が臓腑が煮えくり返らせるほどに嫌っていた。
だから明人は、銀の瞳の前に左手を押しつけるようして無理矢理に見せる。
その手の薬指には、銀を基調としたブルーラインの入った指輪がハマっていた。
決して外すことのできない呪われた指輪。
『その指輪は本物ですのよ』
そしてこれは、《マナレジスター》――ではない。
その低くて黒い問いかけは天使が教えてくれたもの。
「……なんでここに、オレの指に、エーテルの国の神より賜りし宝物がついてるんだ?」
答えろよ。場の数名を除いた者以外の全員を蒼白させるにたるものだった。
○○○○○
現在4枚目のモチーフイラスト鋭意製作中です
まだ上げていない3枚目は、9章に入り次第貼らせていただきます
次話で7章の幕下ろしだと思います
(おそらく)




