124話【VS.】冥府よりいでし骨と臓物 カオスヘッド 3
すべてが変わる
操縦士は
清浄な世界を目指す
甘美な夢
愚な思い
人間は儚い夢を語る
幼き手より大量に射出される透明でねばりけのある液体。その魔法の名は《ローション》。
マーメイドの尾は粘液によって保護されている。ピチチにも己の体にひっついているものであれば馴染み深いのだろう。
明人のたわごとをいとも簡単に信じこんだ小魚は、その魔法を発現させた。一度操縦室でも試しに使っているため膝の上はどろどろになっている。
『GGGA!?』
ぬるりと足を滑らせたカオスヘッドは、がに股のワーカーにもたれかかった。
役目を終えたピチチはさぶりと聖水のなかに潜り込む。
そして、明人は勝利の笑みを浮かべてアクセルを踏み抜く。
「これで詰みだッ!!」
ワーカーは、操縦士の気迫と共鳴するようにして敵を押しこんだ。
『――GoG!? GGGGGu!!』
カオスヘッドも骨の足と蛇腹状の尾っぽで抗うも全て徒労となる。
聖水で見えぬが、この場所からある地点に向かって真っ直ぐに道が敷かれているだろう。そして、それは小魚による功績。
短いけれども長い長い。聖水の上を映す景色とともに、目のくらむような戦争風景が明人の視線の先で、エンディングロールのように流れていく。
すべてが無駄ではなかった。すべてがこの作戦のためにあったんだ、と人間は、改めて理解する。審判の天使を捕らえたことも、狼の姫と闘ったことも、魚市場でマーメイドたちを解放したことも。
ヒュームの懐柔ではジャハルと闘った。力を示して弱者ではないと狼たちの教えることができた。その後の魚市場による共同戦線によって信頼を得られたことも大きい。さらにそれが狼の力を知るいい機会となった。もとよりマーメイド解放は水場での戦闘を予期しての措置。予想とは異なれどピチチは、その小柄な体躯で素早く聖水のなかを這った。
開かれた4つ足は、中央にある魔法の道を股に挟んでカオスヘッドを獅子奮迅の勢いで押しに押す。
相撲であれば土俵はとっくに切れているだろう。しかし、ここは無限を想起させるような水平線。
そして、そここそが、天と地の境界線である。
『GRAGRAGRA! GGGA!!』
「往生しろってんだあああ!!!」
抵抗し暴れるカオスヘッドにアームリンカーも同様に暴れまわる。
明人も道を逸れぬよう勇猛果敢に立ち向かう。
蒼き陽炎を纏った白玉は、足を滑らせ慌てる白骨と臓物の化物を決して離しはしない。
そして、土俵際にやってくる。
頭と胴を丁度横に割るように明人は、カオスヘッドを祠の直線上で抑え込んだ。まっさらな半透明の壁が骨の半分を地上に残し、もう半分を天界の領域へ。
強制的に干渉させるというもの。これは、エルエルより学んだ知識である。
同行した天使は、とあるときに一度だけ魔法を唱えた。それは、ユエラの暴走によって蔦が襲いかかってきたときである。自己防衛のためにエルエルは魔法を唱えた。
つまるところ、干渉を避けているが禁じられているわけではないということの意。
湧き水のように澄み渡った冷たい声がスピーカーを通して聞こえてくる。
『なんのマネだ、と聞くのも野暮か?』
声の主は、勝利の女神であり実在する天使だった。選定の天使。
強気者や優秀な者を見定め、試し、天界へと導く役割をもった天使である。弱いはずがない。
右方のモニターに固定されたその姿は、初見の美しさとはどこへやら。血と臓物を頭からかぶってこ汚くなっていた。
「取り引きだ。ここから邪魔な連中を排除してやる。だから半分だけ手伝え」
『……』
返答はなし。しかめっ面を見れば協力的ではないことが手にとるようにわかる。
エルエルと同様に天使は世界との干渉を避けているらしい。
なので明人も一旦敬意を捨てた。
「オマエらが壊した世界だろ?」
『覇道のことをいっているんだな。ならばそれは冥府よりもたらされたものだ。我らとの関係は――』
「オレも関係ないんだよ。関係ないやつが関係ないヤツらの尻ぬぐってんだ。……この意味わかんだろ?」
そう言って、明人はアームリンカーごと青筋だった額に指を立てる。
荒れ狂うカオスヘッドは、F.L.E.Xに強化されたワーカーに組みつかれ叫び、もがく。
『……ああ、理解はしているつもりだ。貴様がこの世界に降り立ったとき、天界があのおぞましい悪意によって揺さぶられたものだ。聞かせろ、アレはなんだ……?』
凝固した血に彩られた天使は、すらりと背から大剣を引き抜いて、眉間にしわを寄せる。
明人はあの異常存在を知らない。知らされていないうえに知る権利もない。
ただ世界の流れに身をおいて流されるだけ。宝物である妹を守るだけ。
そのためだけに己の命を捨てるだけの存在だった。ゆえに操縦士である。
それでも経験によって学んだことも少なくない。
「闇だよ……闇。どこにでも現れるから隣人とも呼ばれている。世界と世界の狭間に巣食う突発的な災害。それがアンレジデントだ」
『……では、その力はなんだ? あまりにも――いや、いい。理解はするな』
天使は、オーバーワーカー越しにこちらを見上げてゆるく首を振る。
それと一緒に銀の鎧がかちゃかちゃと音を響かせた。
「F.L.E.X.でフレックスだ。この力のことはオレにもよくわからない。だから説明はできない」
これ以上問答をつづけていても無意味であると明人は、判断する。
「これで全てが変わる。にゃにゃにゃを連れて外に戻れば複合種族たちの呪いは必ずすべて消えるはずだ。そして大陸は必ず再建する」
言って、ブレーキを踏む足に力がこもった。
「もしこの残酷な世界を愛しているのなら手を貸してくれ。もう2度と無抵抗で世界が滅ぶザマは見たくない」
卑怯者は、情に訴えかける。しかし、これは決して口にはださないように心がけていた本心だった。
平和の先は死である。だからこそ人間は、このルスラウス大陸になにかを刻みたいと思ってしまった。
仲間たちと共に駆けた経験したことのない冒険の数々。なにかを作ることは楽しくて時間を忘れてしまうほど。
戦となればおっかなびっくり重機に籠もって策を巡らせる。そのなかに微かに浮かぶ戦争のない世界の空想。共に駆けた仲間たちと平穏なときをすごせればどれほど楽しいのだろう。
ねぼすけの家主をお湯にさらして1日がはじまり、わりと辛辣な友だちと裁縫や家具の制作に励む。ときどき師匠と姉弟子の工場にいって金槌を古い汗を流して、笹葉の耳をした飲み仲間と豪胆なドワーフに囲まれて夜を明かす。流れに乗ったブランドで稼いだ金で、エルフの町に出かけて友だちの衣服や家主のおめかしさせるのもいい。似て非なるヒュームたちへもっと安く質の良い道具を作ってやってもいいかもしれない、喜ぶ顔がみたい。ワーウルフなどの複合種と運動がてらに試合するのも面白そうだ。
なんてな、と明人は人知れず微笑みながら架空を見る。
「オレはこの世界が好きだ。この世界に住む連中も好きだ。たぶんこれからもっと好きになる。だから……選定の天使よ頼む」
強引な家主の手の上で踊らされて殺されかけたことは幾数回。現に今も命のやりとりの真っ最中。
それでも人間は震えない。明人は、臆病者だった。
『ふぅ……審判の天使が貴方をここへ導いた理由がいまようやくわかった気がするわ』
審判の天使が微笑み。
次の瞬間明人はなにが起こったのか理解に苦しんだ。
振り上げと振り下ろしの動作が見えず。天使の一振りは、斬るのではない。領域内に踏み込んだカオスヘッドの横半分を消し飛ばした。
うちからくる寒気と画面に映った圧倒的な存在者。操縦席に座った明人は、画面にかぶりついて鯉のように口をぱくぱくさせる。
それをよそに天使は、右4枚左2枚のアンバランスな翼を優雅に羽ばたかせる。ブロンドの髪をかきあげ、ついでのように手の大剣を流れるような動作で背負い直す。
『我らの讃えるルスラウス様の世界だ。我らのほうが愛は上だ。それは譲らん』
明人は反論をやめた。
この天使は、リリティアよりも恐ろしいことに気づいたから。
『…………………』
生命活動が停止したのか。カオスヘッドは黒煙のようになってさらさらと消滅していく。
操縦士が背もたれに寄りかかるとオーバーワーカーも一息つくように両手を降ろして暖気に入る。
あっけのない結末。そしてそれは次の闘いへの足がかりであった。
生体センサーを見ても長耳エルフはもうおらす。時間稼ぎという任務が達成したのだろう、と。闘っている最中にその姿は何処かへいなくなっていた。
バサリ。羽ばたいた翼から美しい燐光が舞う。
『さて、取り引きだったな。ここからは最後まで見届けさせてもらうとしよう』
境界線となる透明な壁は徐々に消えて明人と天使は同じ世界に立つ。
空と空に挟まれた神々しい風景に佇む流麗な天使。ほのかに頬を緩め微笑むとあまりの彫像の如き美しさに明人の鼓動が僅かに早くなった。
リリティアやユエラやヘルメリルとはまた違った美しさ。気高さでいえばジャハルに似ているかも知れない。しかし、審判の天使は同じ大地に立つことすらおこがましいとさえ感させるほどに整いすぎている。
「最後にひとつだけ質問してもいいかな?」
明人は、たぶん触れたらダメなんだろうなと思いつつも我慢ができなかった。
『なんだ? 答えられるものであれば答えてやろう。どうせもう歩む道が重なることもない』
「……両性なの?」
すらり、と。抜かれた大剣を見て明人は踵を返す。
先ほどとは別の意味で鼓動の高鳴りを覚えた。
そして、四の五の言わずにピチチを拾うとそそくさとその場を後にした。
☆☆☆☆☆
ちなみに選定の天使の名前はグルドリー・ヴァルハラです
巨乳両性ですのよ天使の部下です




