123話【VS.】冥府よりいでし骨と臓物 カオスヘッド 2
重機は
骨の竜から
逃げ惑う
救援はない
臆病者と
勇敢な小魚は
策を巡らせ
打ってでる
けたたましいエンジンの鼓動と4つ足の奏でる騒音。まばゆい蒼に輝く操縦席は油と鉄と、さらに生臭い。
座席前部の横並びになった大きな3面モニターの左側に映った人影がひとつ。撮影目標の保存。
生き生きとした青蔦のからむベッドに横たわるユエラを見て明人は、微笑み、健闘を称えた。
「……おつかれ。少しだけでもいい。ゆっくり休んでてくれユエラ」
コンソールを弄り、カメラをフリーに切り替える。そして、指向性になっていたマイクもオフにした。
ユエラの自分に対する思いを知った明人は、アクセルを踏み抜く右足により力をこめる。
「痔の治療に毒薬使うのかぁ……怖いなぁ……」
幼子とはいえピチチを膝に載せての逃走劇は、より圧のかかる状態だった。
さらに4つ足の振動は尻へダイレクトにダメージを蓄積させる。つけ加えて、ヒューム領から狼を引率しての半日にも及ぶ全力疾走。尻にもはや感覚はない。
「またくるッすよぉ!?」
その時、中央のモニターにかぶりついていたピチチが悲鳴をあげた。ぬらぬらとテカった魚の尾っぽが、椅子代わりになった操縦士の膝を定期的に叩く。
即座に明人もコンソールの左側についた操縦レバーを引き倒す。
巨大な人魂の如きオーバーワーカーは、襲来する燃え滾る火球を急旋回でひらりと躱した。
『GGGa!! RRRo!!』
地を這うが如く姿勢を低くとって迫り、暴れ狂うカオスヘッド。
白骨化した手足を使って聖水の飛沫を散らし尾で大地を叩くさまは大柄なトカゲそのもの。
ときおりくぼんだ眼窩を紫色に瞬かせ、先ほどのようにオーバーワーカーへ遠距離攻撃を放ってくる。
現在、明人たちは逃走中だった。
「どうするッすか? もう助けはこないッすよ?」
操縦士の顔色を伺うかの如くピチチは、上目遣いで覗き込む。
小魚のいう通り、明人の立てた当初の予定とはだいぶズレがしょうじた。
2つ名にゃにゃにゃの魅了解除作戦での要である自然魔法使いは、華々しい勝利の揺り返しによってこちらの援護に回れず。
救援がこないとわかった今、もはや自力のみでのカオスヘッド討伐が求められる結果となってしまった。
それでも、オーバーワーカーは飽きることなくざぶざぶと敵の攻撃をかい潜る。
そして、明人は僅かに恐怖を表情に滲ませながらも笑う。
「わかってるよ。そのために、さっき作戦の内容と超絶クールな必殺魔法を教えただろ? 後はタイミングだ」
「んっ……わかったッす」
コクリ。気を引き締めるように眉を下げピチチは、水夫のような服越しの薄い胸に手を当てた。その小さな手は、まるで心臓の収縮拡大の音を押さえるように添えられる。
明人にも、膝越しに伝わってくる小魚の緊張の震え。
肩を震わせ小魚は、モニターの向こうの敵を見てゴクリと唾を飲み下す。
作戦の要は、マーメイドのお姫様であるピチチへとバトンが託される。
「一番危険なのはオマエだ。それでもやるんだな?」
「大丈夫ッす……。みんなには、いっぱい助けられたッす……。だから……お返しがしたいッす!」
躍起になって息巻くピチチは、ふんすと形の整った小鼻を広げて操縦士に振り返る。
幼い体に秘められた小さな勇気と、複合種の未来を描く大きな希望。それを見すえるマリンブルーの瞳。残酷な世界しか知らない未熟な小魚は、臆病者よりも無謀で、雄々しい。
そんな真っ直ぐの瞳に参ってしまった明人は、ピチチをぎゅっと抱きしめた。
片腕でも収まってしまう小さな頭をパイロットスーツに押し当てる。毛先に癖のある髪は、ほんのりと甘い香り。
「ありがとうな……。帰ったらいっぱい欲しいものを買ってやる……」
嫌がる素振りを微塵も見せず。ピチチは、にへらっと眼で曲線を作るように笑う。
「じゃあ、あのサクサクのお菓子がいいッす。まいうーだったからもっかい食べたいッすよ」
そう言って、夢を語るように粘液に覆われた尾っぽをぴちぴちと機嫌よさ気に扇がせた。
ネコが自分の物に臭いづけするかのようにピチチは、明人の胸板にぷくぷくの頬をこすりつける。
「……ふにゅうって、お父様と同じ匂いがするッすよぉ。落ち着くッすねぇ」
「あの王様って、作業油臭いのか?」
「加齢臭ッすネ。アレに似てるッす」
無垢な表情で発せられた言葉のナイフが、作業油と生臭みを帯びた胸板をぐさりとえぐりとった。
「……この闘いが終わったらワーカーの掃除をするかぁ」
虚ろな瞳でモニター越しに見えるカオスヘッドを睨む。
疲れを知らぬのか。かなり走り回っているにも関わらず、速度に衰えはない。両手両足を匠に繰り出し冥府の魔物は豪胆に聖水を舞い上げて大地を揺する。
そんなカオスヘッドの微かな異変。
牙の隙間で周囲に未だ薄く残された霧状の蒸気を吸いよせ、眼窩に浮かぶ紫色の灯りが再び点灯していく。
「よしっ、くるぞ。次のをやり過ごしたら作戦開始だ。合図したら一気に飛びだせ」
「わ、わかったッす……!」
逃走中でも臆病者は情報収集を欠かさない。
無意味に安穏とユエラの勝利を待ったわけではなく、ジャハルとの試合でも見せた観察眼で非常事態にそなえていた。
もっともオーバーワーカーを苦しめているのは、連続して吐きだされる大きな火球、《フレイムブレス》。今のところ敵の支柱ともいえるメイン攻撃だ。
そこで明人は、巨骨が火球を吐きだす挙動のみに注力して、矯めつ眇めつじっくりと観察に励んだ。
結果、次の発射までの幾ばくかの余裕を見定めることに成功する。
点灯した禍々しい目のくぼみがちらちらと瞬いて動きを止めたカオスヘッドは、ガバリと燃え盛る喉奥をさらけだした。
『GGGGAAAA!!!』
ドンッと大太鼓を叩くような硬い発射音が、重機のスピーカーからウーハーの如き低音を弾きだす。
反動で首をのけぞらせながら撃ち込まれる灼熱の炎は、景色を溶かすほどの熱量を秘めている。
そして、明人は操縦レバーを倒してオーバーワーカーを敵に向かって蛇行させた。
「ここからだ!! 5ォッ!!」
びょお、と。カメラ前を剛速の球体が横切る。
1発目の回避。それからカウントダウンが始まった。
弧を描いてなるべくスピードは落とさず、それでも慣性で動かぬようカミソリのように重機を操る。
「4ッ!!」
直線的に迫る《ファイアブレス》をレバーを交互に動かし反復して避ける。
「3ッ!!」
明人は、接近からのすれ違いを狙う。
モニターで、みるみる巨大になっていくカオスヘッド。
あんぐりと開いた口からは、さらにもう1発の火球が撃ちだされた。
『F.L.E.X.1パーセント使用。残り、42パーセント』
被弾。丸いボディをかすめた火球は方向を変えて透明な壁で弾け飛ぶ。それは選定の天使の作り出した天界への境界線。
それでも重機はひるむことなく右往左往の動作で敵に向かって歩を進める。
「2ィッ!!」
重機は、カオスヘッドと交差した。
カオスヘッドは、体をそのままに首だけを回して次の1撃を繰りだす。
『F.L.E.X.5パーセント使用。残り、37パーセント』
火球は、球体の背へ直撃する。
なぜか防御の強化が働くフレックスの残量は、かなり少ない。
明人のレバーを握る手も反比例するかの如く震えはじめる。
「幸運をッ!! オレたちの命オマエに託すッ!!」
「がってんやってやるッす!!」
合図とともに膝の上からピチチが跳ねた。
頭に明人のジャケットを被り、足元の取っ手を引いて、下部ハッチへと繋がる道をこじ開ける。
明人は急ブレーキと共に片手でスイッチを押し、もう一方の手は指紋認証センサーに指を叩きつける。
そして、叫んだ。
「緊急冷却開始ィ!!」
瞬間。重機の関節部から1回目の試みよりもおびただしい量の蒸気が噴射する。
これにより周囲が一変し、ミルク色の蒸気によってモニターが1色に染まった。
それと同時にピチチははしごを下って明人がセンサーに触れる前に予じめ開けておいたハッチから外へと飛びだす。
そして、明人は顔の横にある初期位置を設定済みのアームリンカーを引っ掴んで、アクセルを蹴りつける。
オーバーワーカーは唸りを上げて蒸気のカーテンを突き破って敵に組みついた。
開かれた2本の爪がしっかとカオスヘッドの肩を掴み、鉄が軋む音が操縦室に木霊する。
『GA!?! GGGGGGAAAA!!』
画面いっぱいに広がった敵の口内に恐怖を覚えつつも明人は、オーバーワーカーで敵を押し込む。
蛇腹状の尾っぽを入れての3本足と、球体の4つ足による力比べ。大怪獣相撲の開幕。
明人は、足元にあるフットペダルで4脚を下へ下へと高度下げる。
「だああアらああア!!」
ガニ股になった重機は踏ん張りを効かせてさらにカオスヘッドを後退させた。
しかし、ここで予想外の事態が起こる。
『F.L.E.X.1パーセント使用。残り、36パーセント』
無情に響く抑揚のない冷淡な機械音声。
そして、明人は蒼に包まれるコンソールにありえないものを見た。
「――なっ!?」
ワーカーは、元重機である。
向かって右斜め前に設置された電子化されたメーターパネル。そこにしるされた怪奇現象ともとれる光景。
押しつ押されつの苛烈極まりないさなかにも関わらず、ワーカーは変速をしようとしていない。
オートモードとは、オートマチックトランスミッションへの切り替えでもある。負荷がかかれば変速ギアは自動的に下へと下がる。
「壊れ――いやっ、違うッ! まさか負荷が軽い!?」
スイッチをマニュアルモードへと切り替えた明人は、クラッチを踏んで華麗な手捌きで座席の横にあるレバーでギアを1速へと落とす。
『GGRRRA!?』
すると、エンジンの回転数が急にみるみる上がり、カオスヘッドをぐいぐいと押した。
そして、明人は勘違い気づく。
未知の力。フレックスとは、明人にとって早く動くことができるようになるもの。それは、エリーゼ戦でも使用して、魔物の群れから逃げる際にもそのように動いた。
しかし、愛機がそれを間違いだと教えた。防御力の向上によるフレックスの消費と、先ほど流れた負荷がかかったときの駆動力向上による消費。
「まさか……まさか!? フレックス使用中はワーカー全体の能力を格段に向上させる!?」
人間が生まれもつといわれる蒼の陽炎。中毒性の高い薬物投与によって発現する力。
研究の停滞した未発達の力。感応し、導き、本質を表し、生まれもつ力。
体中に電流を流されたような。崖の上から突き落とされたような。否定できぬ事実を眼前に押しつけられ明人は、刹那の間だけ衝撃で身を震わせた。
信じていたものが嘘だったような寒気によって目を白黒させ、湧き上がる歓喜に似た感情で思わず口角がもち上がる。
『GA、GA、GAaaaG!!』
カオスヘッドの雄叫びが鼓膜を叩きふいに明人は、我に返った。
「ふふふっ……今はそれどころじゃないな」
それでも表情に喜びが貼りつけて、押し過ぎぬようアクセルを緩める。
またも均衡を保つ巨獣と巨体の力比べ。互いの体をぶつけ合い火花を散らす。
メリメリという骨の軋みとミシミシという鉄の軋みによる二重奏。
しだいに晴れていく蒸気に阻まれた視界。
そして、作戦通り少女は、そこにいた。
地に立ち上がった2本の足は、未熟ながらも《トランス》の魔法。喋れば人魚姫のようにもとへ戻ってしまう。
骨の巨獣の足元でピチチは、小瓶を煽って喉を潤す。さらに袖口で雑に口元を拭った。
それからぽいっと手より投げ捨てられた小瓶は、ワーウルフとの進行時に用意していたマナポーション。そして、作戦が順調であれば聖水に浸かった足元では、大量の空き瓶が落ちていることだろう。
そして、作戦は明人がうそぶいて体得させた魔法の発現によって締めくくられる。
世界最強の魔法使いである語らずのヘルメリル直伝による究極魔法という根も葉もない嘘によって。
『《ロ ー ! !』
ぽんっと。黒いジャケットの下で、未熟な小魚のしなやかな足が魚の尾っぽに戻った。
魔法には多様性があると明人は常に考えている。そして、マーメイドは水との親和性が非常に高い。
嘘つきの期待通りにピチチは、騙されて、その究極魔法を使えるようになった。
その究極魔法こそまさにマーメイドと水が出会うことで成し得た最高の相性が生まれる。
ピチチは幼いため、ぬるぬるの粘液がこびりついたヒレが乾くと痒くなってしまう。だからこそ、いつも尾びれの乾燥を忌避している。
よって、明人が騙して教えた魔法は、水とそれ以上に親和性の高いであろう人間特製のオリジナル魔法。《レガシーマジック》。
そして、ピチチは小さな手をカオスヘッドの骨の足下に向けて、究極魔法を唱える。
『 シ ョ ン 》 ! ! !』
前編です
恐らく明日が後編です
……………
1話前で語られなかったから語るワーカーのなかのコーナー
「ヒレがー! ヒレが乾いてかゆかゆッすー!」ピチチピ
「うるせぇなぁ! こっちは操縦で忙しいんだよ!」
「こっちも痒くて忙しいっすぅ! 湿り気が足りないっす!」ピチッ
「だったらもっと保湿しろ! くっ――あぶねぇッ!」
「ぬるぬるが足りないっすぅぅぅ……」ピピピチ
「ぬるぬる……? ……いや、待てよ」
「ねとねとぉ……。ん? どうしたッすか?」ピチピチ
「……いや、待て。ぬるぬるのねとねとが使えるかも知れないな」
「にゅ?」ピチ
「――よしっ! やらぬバカよりやるバカだな!」
「どっちにしろバカなんすね……。認めちゃってるんすね……」ピチィ
「うっせ! まあ、今からピチチには救世主になってもらいます」
「おー、ついに頭まで逝っちゃったッすか?」ピチ
「いいから聞け。今から教えるのは伝説の魔法使い語らずの究極魔法だ」
「なぬっ!?」ピチチッ
「そう。その名は《ローション》の魔法だ」
「むん? 《ション》の魔法ッすか」ピチ
「いや、《ション》じゃなくて《ローション》だ。下級魔法なら《ローローション》だな」
「ほぉん……。私にできることがあるのならなんでもやってやるッすよ」ピチピチ
「さすが相棒だな。いいか? 魔法の伝授と作戦の説明をする」
「がってんッす!」ピチッ




