121話【自然女王VS.】酔狂なる復讐の化身 アルティー・E・メル・ランディー 2
決別
説得はむなしく
敵は頑な
壊れた心と違えた道
すでに救えない
「アナタのいう愛が愛だというのであれば……」
ユエラによって己の培ってきたもの、志の類を否定されたにも否定されたアルティー。突然、耳びれが水を抱えるようにはたと揺れ、カクンと首の力が抜けたかの如く頭をぶら下げた。
言葉による説得。「やった?」と小さく呟くユエラの眼には、アルティーの表情は見えず頭頂部しか伺い知れない。
空は色を変えず。無論、透明な水平線も代わり映えのしない空を写しつつけるだけ。
たゆたう雲は光を載せて流れていく様こそ永遠といえよう。
金光の空は過ぎゆく時を忘れさせるほどに美しい。
いささか波立つ水面も隣の戦場による波紋。必死に逃げる白玉とそれを追う巨大な骨。
長耳を傾けるように友だちを気にかけてユエラは、慎重にアルティーの変化を待つ。
「私は……。私が愛されていないのはオカシクないですかぁ?」
口調は変わらず穏やかな色気を含んだもの。
「じゃあアナタは誰かになにかを与えたの?」
「…………」
長い沈黙だった。
距離を置いて佇むふたり。
言いながら、アルティーはゆっくりぐるりと鎌首をもたげるように首を揺り起こした。乱れた髪がすだれのように傷のある頬を透かす。
「ええ、ええ。たくさんたっくさん皆さんに愛を与えましたよ? 100年間もずぅぅぅっと」
傾けた頭に血走る眼。下がった目立ちは赤皿のように見開かれて、抑え気味に抑え気味に喉で笑う。
ふつふつと笑いを噛み殺す異常者の手にもつ青い宝玉を前に、ユエラの脳でとある光景がフラッシュバックする。
「100年……? ハッ――まさかアンタがッ!?」
虚ろげな瞳に体内マナの停滞と限定した指定。行動の抑制と操作。
全ドワーフ種を蝕んでいった魅了の魔法。およそ大陸に住まう種族で成し得る業ではないこと。
つまり、目の前にいる敵こそが神より賜りし宝物を使って魅了を発現させていたという真実。
「ふふっ……愛についてとてもご熱心なご教示感謝いたしますぅ。しかし、なにか勘違いしてくれていたようですけどねぇ」
謎めいた笑みを浮かべながらアルティーが杖を腿と谷間に挟み込んだ。
すると骨ばって刻まれた足は、ぬめりを帯びた鱗へと化現する。《トランス》の魔法の解除。
長尺の杖に尾を巻いてちろりと舌をだす姿は、まるで木に巻きつく蛇の如く魔性の在り方。
「私は、私を粗末に扱った方々へのお返しをしているだけですよぉ?」
さも当たり前といわんばかりに。アルティーは胸元の歯型のような傷を愛おしそうに無でさすり淡々と口にする。
ユエラは、じわりと背中の中央辺りに痺れのような感覚を覚えた。
「ふ、復讐……。なんで、なんでそんなッ!?」
平和な説得を試みていたユエラは、とうとう辿り着く。アルティーの謳う愛とは、他種への計り知れない憎悪。自らを虐げ痛めつけたものへの仕返しなのだ、と。
もうひとつのあったかも知れない未来。それは、混血であったものでこそありえた道でもった。
愛する者たちに足蹴にされ希望の見えない道を征くことの辛さ。ユエラはその泥を這い回るような苦行を身にしみて理解していた。
進めど進めど結末は同じ。そんな変わらぬ未来の道を違えたものが目の前にいる。
ユエラは、己の思慮の浅さを恥じた。
敵は、自身と異なって壊れてしまったのではなく自身で破滅の未来に切り替えたのだ、と。
「当然の権利ではないですかぁ? だって、私の生から愛を奪った方々ですもの。仕返しとして愛をいただいてもオカシクはありませんよねぇ?」
「誰にだって他者の命を弄ぶ権利なんてないわッ! それにドワーフたちがなにをしたっていうのよ!?」
「私は救済の導。世界の存続のために種の根絶を志す者です。その程度で目くじらを立ててはいけませんよぉ?」
ユエラは即座に心頭を説得から鎮圧へのシフトさせた。
もはや狂乱した者に未来はなく、なにより腹のなかで怒涛の怒りが臓物をも燃えたぎらせる。
「そう……。じゃあ、アンタは私が輪廻に送る! 《グリーンウィップ》ッ!!」
唱え、生みでる若い青蔦を水面下より生えそぼらせてユエラは、次の攻撃態勢に移行する。
対して、アルティーは頭を傾けたままに傷だらけの頬をゆるめた。そして、唱える。
「《踊れ歌え水の精霊よ。寄り添い寄り添い壁となり、何者もを通さぬ厚き加護を与え給う》」
杖の宝石に群がる光の粒子。アルティーを目として聖水が天高く渦が巻き上がった。
咄嗟にユエラも詠唱を完了させてたまるかと横薙ぎに手を払う。
「させないっ!」
伸びに伸びた青蔦は、びょおと風を斬って渦巻く水柱を横に薙いだ。しかしなにかにぶつかり振り抜けない。
そうこうしている間にも渦は周囲の水を吸って巨大化し、弾け飛び、水沫が雨のように飛び散った。
「う、うそ……!?」
ユエラは 浮かぶ大きな水の球を見て目を疑った。驚愕と畏怖の感情によって僅かに長耳が下を向く。
マーメイドとは、2本の足で大地に立てども元来水のなかに住まう種族。そのため水との親和性が高い。
となれば《プロテクト》の魔法も特徴的であって当然のこと。
ユエラとてエルフの血を引くことで自然との調和とを理解して自然女王となった。
しかし、水球のなかを魚の尾っぽで優雅に泳ぐアルティーは、それだけではない。
魚を1匹しずめた水球をなぞるようにして、外殻を包むステンドクラズの如き色鮮やかな防壁がはられていた。まるでソレは、万華鏡を覗き込むような美しい幾何学模様の連なり。
ユエラは一瞬でその特殊なマナを見極めた。なぜなら、幼い頃に幾度となくその奇跡を拝見していたから。
それは、友である上位女王テレーレ・フォアウト・ティール。その個体のみが御業を顕現する。
「まさか聖!?」
大陸にたったひとりだけが生誕するという神よりの使者が扱える魔法。生まれもった、それこそ才能の名は聖魔法。
精霊に呼びかけて魔法を使うのではなく、天に呼びかけて絶対的な支援を可能にする奇跡の御業。
「……いや、違うわね」
彩色異なる瞳が、目ざとく水球の下部に接続された水の柱を睨んだ。
上へ上へと竜巻の如くとめどない量の聖水を吸い上げ、落としている。聖水から聖の力を奪いまた循環させていた。
「なるほど……。チッ、聖なる力を常時補給してるわけね」
「うふふふふっ! ここ、混淆の祠こそがマーメイドにとって最高のフィールドなんですねぇ! 誘い込まれたことにようやく気づきましたかぁ!?」
そう言って、水を得た魚は優々と水球のなかでくるりと翻った。
神の力を賜って、神による絶対防壁によって守られたアルティー。
籠城されれば時間のみを浪費する。それに加えて自然女王形態も体に多大な負荷をかけるため永遠ではない。
憤りと焦燥を覚えながらもユエラは、不満を舌で打ち鳴らす。
情にほだされた後悔と屈辱と助けを待つ者への焦り。煮こごりのようにごちゃまぜになった追い立てられるような感覚。
「チッ! 《ハイフレイム》!」
ユエラは、次の手を模索しつつ炎を浴びせる。
しかし予想通り。発現した灼熱の竜は水球の表面を炙るばかり。
「次ッ! 《ハイライトニング》! 《ハイフロスト》! 《ハイマジックアロー》!」
次々と見舞われる上級魔法の斬り込み。豪胆な清色の稲妻に凍てつく吹雪と巨木の杭の如きマナの矢。しかし、どれも聖なる壁によって阻まれてむなしく消えていくばかり。
増加していく精神的疲労によりユエラの額に玉の汗が浮かびはじめる。
対して、水のなかのマーメイドは物見に耽るように嫣然と微笑んだ。ざっくばらんな髪がまるで生きているかの如く水球のなかで開いて、舞い踊る。
「さて、それでは私もアナタへ愛をお返しします! 心のヒダの奥の奥。もっともっと深くまで愛し合いましょう、ねぇ?」
そして、魚が杖を掲げた先でユエラは、忌々しげに唇を噛んだ。
霞んで見える蒼い陽炎を纏った鉄巨人は、なにやら雑音混じりに言葉を発してそこいらじゅうを駆け回る。
『い――!? それが語ら――の必殺――ロ――だ!』
『これ――ッすね!? や――るッす』
敵も逃すまいという気迫を纏って臓物から血を撒き散らしながら炎の追撃を飛ばす。
『GGGGaaa!!』
剣聖は、遠く遠く。
自分がやらねば、と使命感に駆られ回らぬ頭がこそばゆく。それでいて混血の勝利の背は薄くて、未だ先の先。
…………




