120話【自然女王VS.】酔狂なる愛の化身 アルティー・E・メル・ランディー
エルフとヒュームの混血
差別軽蔑危惧
絶望を歩んだ少女
だから少女は願わない
バシャバシャと。足に聖水を纏わりつかせて駆ける女性がふたり。片方は、青竹のように艶のある長い髪と外套をはためかせる笹葉の長耳。もう一方は、脇から足先までざっくりと開いたスリット、衣服とは言い辛い妖艶さを匂わせる耳びれの女。
「チッ、《ハイライトニング》!」
短尺のスカートから健康的な足を繰り出して混血が陶器のような美しい手から稲妻撃ちだす。
「あぁ……愛憎! きっとそうですねぇ……」
すると、くるり。長尺の杖で抑揚の激しい身体を支えながら美しくまわり動いて容易に躱される。
痩せ細った手首足首に対して豊満で曲線豊かな胸部と腰。なめらかな白い肌に蠢く痛々しい傷の数々。
聖水は水といえども水ではない。先ほどから幾度となく放たれる感電を狙い、しかしすべて聖水のしたにある硬い地面で悲しく霧散するばかり。
「アンタさっきっから愛愛愛愛うっさいのよッ! 《ウィンドカッター》!」
そう言って、ユエラは長耳とすぼまった目端を釣り上げる。
手よりいでし風は無数の刃となって水平線を裂くように襲いかかった。
聖水を割って敵へと襲いかかる小剣のようなそぞろの切りつけ。
「私の義務ですからぁ? アナタの愛もすべて私に刻んでくださいねぇ」
それを、アルティーは杖を巧みに使って躱していく。
長い脚を交互に繰り出し、杖を地面に突き立てながらの横っ跳び。動きに無駄のある、まるで遊んでいるかのように楽しげなステップ。それでいてしなやかに。ピンと伸びた膝の裏にも大きな傷の跡。
しかし、風の刃のうち一閃が無作為に切られて段を作った髪を僅かにかすめる。
散らばる自身の髪を見てアルティーは、もじもじとふとももをこすり合わせた。
「あぁん、いけませんよぉ? これはそういう趣味の方々にお渡しするものなのですからぁ」
まるで子供を甘やかすように「めっ」と細指を立てて敵であるユエラを叱る。
「……チッ!」
「んぁっ! その目つき、私への愛に満ちていて最高ですぅ……!」
凛々しくも冷たげな美貌を歪みに歪め。ユエラの内心は、怒髪天を衝く寸前だった。
しかし、ユエラはこのマーメイドを選択したことを後悔していない。
「アンタと明人を闘わせなくてほんっとよかったわ」
「……? そのお心はぁ? それに私は男性も女性もどちらもいけますからねぇ」
ぷりっとした唇に指を添えてアルティーは問い返す。
その間にも杖をスリットの隙間から股ぐらに挟んで上下させている。
「アイツは、私以上にアンタみたいなヤツが大嫌いだからよ。それに――」
ユエラの怒りに染まった彩色異なる瞳が1点に向いた。
臆病者を気づかう気持ち。そして、もうひとつ。
ユエラが尋常でないほど毛嫌いしているティルメルを避けた理由は、アルティーのもつ杖にあった。
マナ。体内マナと環境マナ。その自然を色鮮やかに、鱗粉の如くまばらに漂う環境マナ。
それがアルティーのもっている杖の頂点、青い宝石へと吸引されるようにして集まり蓄積していく様が見てとれる。
そして、ユエラはそれがなにかあらかたの察しがついていた。
「それ、ドワーフのアーティファクトよね」
「はぁ、はぁ……あらあらぁ? よくご存知ですねぇ? 他種の目どころか同種の目にすらとまらないものですよぉ?」
はたと往復する手を止め。分かりづらい表情でアルティーは、鼻息荒く下がった目端をもちあげる。
環境マナを吸引し、大地を穿つ厳かな爆弾。それは、ドワーフが100年に渡って魅了され無理やりに作らされていたもの。名は山岳級特攻要塞モッフェカルティーヌ。
鉄巨大を投石して乗り込み、誘いの森の面々とゼトの孫であるラキラキで繰り広げた死闘。エルフとドワーフは戦争の過去を洗い流して結託し、足を留めて全員が参戦した厄災の闘い。
そして、今は亡き心臓の名をユエラは憮然と口にする。
「当たり前じゃない。だって、その杖ってマナ機構にそっくりにもほどがあるわ」
緻密な設計によってマナを巡らせ暴発させる要塞爆弾モッフェカルティーヌの停止作業。誘惑されたゼトがマジックスタンパーをラキラキに残し、なおかつ技術者である者がいたからこその勝利といえよう。
でなくば、ドワーフ領エルフ領ともどもに炎の渦に飲まれていたことだろう。
その夜こそユエラが覚醒へと至った決意の夜でもある。
「ふぅん……なるほどぉ。ふふっ、よくできましたぁ。せーかいっ」
肯定してアルティーは、指だけで小さく拍手を贈った。
「だったらさすがに明人じゃ手に余るわ。だったら体内マナが無限の私だからこそ手取るに値するってわけ」
「でもぉ? あっちには生贄の召喚陣を描きましたからぁ、あの男性も死んじゃいますよぉ?」
敵から目を逸らしてユエラは、隣の戦場をちら見する。
もうもうと雲のような霧に包まれて駆ける、蒼の陽炎を纏った鉄巨人。それを追い立てるように迫る骨の龍。明人は吐きだされる炎弾をぎりぎりのところで躱し、弾き、今まさに逃げている。
決して善戦とは言えぬ状況。にも関わらずユエラは言い切った。
「死なないわ。明人は生きる。弱くて臆病で、いっつも私の胸に話しかける変態だけど……まっ、たぶん負けないわ」
琥珀色の瞳には信頼を。エメラルドの宝石のような瞳は親愛を。
共にくぐり抜けてきた場数は多く。混血は、人間の友である。
それを聞いたアルティーの顔がぱっと華やいだ。
「まぁまぁまぁっ! それは恋ですか!? はたまた愛ですかぁ!?」
長耳がぴこり。頬を僅かに桜色に染めてユエラは、ツンっとそっぽ向く。
「ふんっ! アイツが望むのなら私はどっちも与えてあげられるわよ」
微かな間があいて長耳が下をむく。
決して下をむいたわけではなく、平常時に戻るだけ。
「でもアイツは……恩を着せるような愛を望まない。友だちであることを願う。だから私は、明人が死ぬまで隣で見守るって決めたの」
揺るがぬ決意。ユエラは、絶望と名のつく夢を見た。
混血であるという理由で差別され、一心不乱に努力をしても認められぬ過去。その先を見てしまった。
身を切り売りするような目の霞むような毎日。剣聖の庇護の下で希望を失っていく毎日。そして、落ちていく未来。
あるとき、剣聖の不在の機を見て女のエルフが現れた。
それからは長い時間をかけて言葉巧みに誘いだされ、最後は大勢のヒュームが現れて組み付かれる。エルフと会話できたことが嬉しかったユエラは、絶望の底に落とされた。
しかし、底はまだあった。
休みなく貪られる自身の肢体とヒュームたちによる代わる代わるの性欲。それと下卑た笑み。
しだいに壊れていく心。泣き叫んでも誰も助けにはこない。言葉はもう意味をもたずと知り涙が枯れた日々を生かされる。
世界を呪って輪廻への旅立ちをを望む周期。救いはなく、虐待的な暴虐の世界へ。
そんな絶望をユエラは俯瞰で見させられた。
瞼を閉じる事もできず顔も背けられずに見せられる、あったかもしれないもうひとつの世界線。
そう、それこそが操縦士のいなかった世界線である。
そして、現在のユエラは勇敢で優しい世界を目指して生きる。
「それに、愛愛言ってるけどアンタは愛されないわ」
ユエラの発した言葉にアルティーは、はじめて不愉快げな表情を見せた。
目尻にほくろがちょんと乗った目を細めて唇を尖らせた姿は、まるでふてくされるような。
「……どういう意味です? 私はこんなにも愛されているのに」
そう言って、アルティー前掛けのようなスカートの裾をゆっくりとたくし上げる。
ユエラは、それを見て明らかな嫌悪を覚えた。そして理解した。
「ッ……。そう……。……そういうことね……」
白く長い足に余すことなく大蛇のようにうねる痛ましい傷と内出血の跡。
ケロイド状になった箇所は自然女王ですらもう治療も叶わないと予想される。
アルティーは愛されていない。愛というものを見ることで逃げつづけたのだろう。
アルティーはすでに壊れてしまっているのだとユエラは、己の妬ましい記憶を照らし合わせて唇を噛んだ。自身のあったかもしれない未来の写し鏡のような。
――ほんっと、嫌になっちゃうわね……。
世界は残酷である。覇道の呪いは、世界を覆い他種を差別する。
しかし、その被害を被るのは混血だけにとどまらない。誘拐から略奪もあるだろう。魚市場のようにマーメイドたちも同じ道を辿った。そんな者たちがこのルスラウス大陸には、ごまんといる。
特にエーテル種の首都である聖都エーデレフェウスならば、より顕著にいよう。
そして、それは魔法障害者である心無人とは違ってとり戻せない。離れていった心は、作り変える意外に方法はない。完全には戻らない。
混血は、己が信念を豊満な胸に秘めて一度拳に力を篭め、そして緩めた。
青竹のような深い色合いの髪を高飛車ぶって手で払う。今のユエラにとって混血あることは誇りとなった。
そこまでの道のりは、エルフとしては短くも明かりがない迷宮のように長く苦しいものだった。
「愛ってのはね――」
後ろ手に眉をひそめてアルティーへ紡がれる、ユエラの思い。
白いドレスの女性は、降りしきる雨と迫る追ってに震え木陰に隠れて怯える幼い混血を拾った。さらには様々な極上の料理でもてなした。
幼い混血は、当然のように警戒した。母に裏切られ、他種に監禁された過去がそうさせた。
しかし、一向に暴力を振るわれる気配もなく暴力を裏返したようなほがらかな笑顔がいつもそこにあった。
「下さいとか頂戴とか求めるものじゃないの!!」
それから少しづつ歩み寄り、ねぼすけを慈しみ、紹介された友だちと夕暮れまで遊びに遊んだ。
後にそれがエーテルの女王だと知る日がくる。それでも変わらず交友はつづいている。
別で現れた黒いドレスの女性は、同種でも幼い混血にとっては怖かった。
しかし、たまにチラリと混血の顔を見て大扉で帰っていく不思議な女性だった。
それを剣聖は声を殺して笑うのも無垢な混血にとっては不思議だった。
友を得た混血は、同じことを同種エルフにしてやろうと考えた。白いドレスの女性が自身にしてくれたように。
それからは破竹の勢いで研究に没頭し、失敗を重ねてもめげずにあらゆる可能性を考慮した。
ときおり白いドレスの女性が邪魔をしにきたりもした。
「まず、愛を欲しがることが間違ってるのよ!!」
ついに魔草が完成した日には、白いドレスの女性は自分のことのように喜んでくれた。
しかし、生活はあまり変わらなかった。
くる日もくる日も。混血は魔草を作った。
めげなかったわけではない。ただ、白いドレスの女性が悲しむ姿を見たくなかったからこそ態度にださないようにがんばった。
エルフたちが自分ではなく自分の力のみを欲していることにも薄々勘づいていた。混血は、それでもよかった。そう思うことで自身を保っていた。
「与えなくちゃ与えられない! 欲しがるだけじゃ手に入らない!」
そして、ある日の昼頃。変わらぬ日常が劇的に色を変えた。
突然、空から降ってきてのらりくらりと世界を歩く異世界の人間がやってきた。
はじめはよそよそしく、なぜか自分にとり入ろうとする裏が見えて混血は、軽蔑していた。しかし、今は本心で接することのできる長い付き合いの友だちになった。
「だから、私は愛を与えつづける。そして、私は今――たくさんの愛に囲まれているわ」
ユエラは、その豊満な胸を張って自信満々に言いきる。
シルルがいて兄のカルルがいる。エルフたちは、ユエラを慕って話しかけてくる者も多い。女王のヘルメリルは、尊敬はすれどまだ怖い。
褐色幼女のラキラキがいてその祖父のゼトがいる。ドワーフたちは、混血であることをからからと快活に笑い飛ばす。
忌むべきヒュームの住まう地でジャハルとエルエルと出会った。関係は出会ったばかりで希薄だがもっと仲良くしたいとユエラは、望んでいる。
起きてみる夢以上の者が手に入ってしまったユエラ。
混血は、もう望んでもひとりになることは決してないほどの絆と共にあった。




