119話【VS.】冥府よりいでし骨と臓物 カオスヘッド
生贄によって召喚された
冥府の魔物
操縦士と小魚は
命の危機へと陥る
しかし
そのとき重機は
ガンッという衝撃と留められた双腕重機の無骨な鉄腕。
自分だけ安全。明人は、そんな事を考えていた己の怠慢じみた甘さを嘆いた。
聖水の膜の下に描かれた陣のようなものが血文字。円にはところどころミミズがのたくったかのような文字が描かれ禍々しい。
その円の中央で紅蓮の炎に焼かれて灰と化した男狐。
そして、刹那の間に現れモニターに映しだされたのは巨大な爬虫類のようななにか。
ワーカーと変わらぬよりも大きく、その身は剥き出しの内臓が詰まりに詰まった骨。頭蓋を殴られたことで敵と認識したのか、そのくぼんだ眼窩がぼんやりと紫色に輝いた。
『GGGGGGu……!』
喉の骨をぐらぐらと鳴らし、腹に響くような唸り。ゆっくりと脊椎の延長にある蛇腹形の尾骨の3点を器用に使って立ち上がる。
凍りつく明人の膝をぬめる尾っぽが叩く。
「生贄ッす! 冥界の魔物を一時的に支配下におく、生贄による召喚魔法ッすよ!」
ピジャニアとマーメイド王の教育がいいのか、はたまたこの世界の常識か。
ピチチは振り返ってつらつらと状況説明をしてくた。
「きっとさっき絨毯の下にあった血溜まりの下に転移魔法陣を描いてたんだと思うッす! それであの召喚の陣を描いたッすよ!」
「あ、ありがとう……。その情報もっと早く欲しかったよ……」
笑みを引きつらせて明人は、博識な小魚の頭を撫でた。
「失念してたッす! ――ッ!? くるっすよぉぉぉ!!」
ピチチの悲鳴じみた叫びのすぐ後。3面モニター越しに目いっぱいに広がった口が迫ってくる。
画面に映ったのは、牙、牙、牙。歯並びの良い黄ばんだ骨がワーカーの前面に噛み付いた。
丸みを帯びたワーカーをゾリゾリと削るようにして噛みしめる音とともに閉じられる。
『GGGGGGi!? GGGa!!』
食えぬとわかったのか。次は鎌のような弓なりの巨大な爪が襲いかかった。
しかし、またしてもワーカーの漬物石ボディを削って振り抜かれるだけ。
明人は、頭を守るようにして震えるピチチに尋ねる。
「カオスヘッドって言ったっけ? キングローパーとどっちが強い?」
「そりゃあ……災厄と言われるキングローパーだと思うッす?」
「なら楽勝だ! 我らはイージス決死隊、清き球体に心をこめて、丸いボディはオレらの剣、隣人たちをぶっ飛ばせ!」
約束の歌にある歌詞の通り、ワーカーの武器はその丸さにある。
次いで堅牢さ。求められるものは蔓延る敵の芯を貫いても壊れぬこと。
ワーカーは重機であった。そして、役目を終えた重機たちは数々の改装を経て、その身体をより強度に丸く進化させた。
操縦士は笑う。共に世界を越えた愛機のなかで。
「やってやろうじゃないかよォ!!」
長方形のアームリンカーのグリップを握り直し明人は、冥界の魔物の頬面を2本の爪で下から上に突き上げた。
『――Ga!?』
本来ならば皮のある顎下を突き抜けて上顎を穿つ閉じられた2本爪。アッパーカット。
仰け反るような体勢になったカオスヘッドの喉から高い音が漏れ聞こえる。
巨獣と巨体による空前絶後の大進撃が開幕した。
「ピチチ! その棒を右に左に倒してくれ! 後はオレが合わせる!」
「りょ、りょうかいッす!」
ピチチは、前のめりになると小さな手で転回レバーを握りしめる。
これによって転回の慣性を拳にのせられるというもの。
ワーカーは元重機であり、重機が移動しながら作業をすることは稀。敵を殴るように設計されていない。
二人羽織の要領はいささか不格好であるが、ちょうどよい。
突き立った爪が左へ流れて敵の頭骨も同様に左へ流れた。
ザブン。横に引き倒されたカオスヘッド。聖水が津波の如く波だってワーカーの隣で傍観していた天使の頭に浴びせかける。
「あ、選定の天使さんごめん」
『……うむ』
眉を寄せて眼を線のようにした天使は、すべてを諦めたかのように重々しく頷いた。
がら空きになったカオスヘッドの土手っ腹。立ち上がろうともがく姿。
そして、明人はすっぽ抜けた左腕と空いた右腕を天へ掲げて、振り下ろす。
肋骨殴り、隙間から侵入した爪は晒された臓物を押しつぶす。抉れた箇所から噴水のように黒い液体が吹きだして、天使を汚す。
『BBBGGGGua!!』
痛々しい悲鳴が混淆の祠周囲に響き渡った。
「ほれほれほれほれーッす!」
しかし、ピチチも容赦がない。
刺さった爪をを見てかワーカーを転回レバーを小刻みに揺する。幼子特有の残酷さ。
『Gu――!? GGGGGo!?』
ここまでは一方的な試合展開だった。
しかし、ここでカオスヘッドは次の手に打って出る動きを見せる。
「なにをする気だ……?」
いの一番に明人は、敵の行動に疑問をもつ。
カオスヘッドの閉ざされた口の奥だった。
そこからどろりとダマになって吐瀉されるゼリー状の腐った血液。牙に遮られた喉奥から洩れでるエンジ色の光が視認できた。
次の瞬間。カオスヘッドは、ぐるりとワーカーの方へ首を回す。
向いて気づくは、滾る炎である。
「龍の得意技、《フレイムブレス》ッす!! 火球で焦げ焦げになるッすよ!?」
ピチチの叫びと同時。
アームリンカーを手放した明人は、弾かれたように操舵とアクセルを同時におこなう。
ここは魔法によって成り立つ世界であって地球との辻褄が合わないことは数多い。
ざぶざぶと4つ足を動かして移動を開始するもワーカーの初動は、あまり早くはない。
「しゃらああああああああ!!」
『GAAAAAAA!!』
紫色の眼窩が瞬き、カオスヘッドの口から飛びだした灼熱の玉。
モニターから溢れるエンジ色の光によって操縦室が昼間のように明るくなっていく。
「クッッ?!」
「死にたくないッすううう!」
操縦士と小魚は、ひしっと強く抱き合って震えた。
直撃、その寸前。火球のなか、赤く染まるモニターに浮かんだ地球の文字。
「……は?」
明人は呆然とその文字を目で読んだ。
現れた言葉は、残業モード。
エンジンが急速に鼓動を速め、ワーカーの胴体に蒼が立ち昇り、無論操縦席も全体が青白く染めあがる。
認証なくしての残業突入。それはまるで、ワーカー自身が状況をよんで発動したかの如き不自然さ。
そして、巨大な火球がF.L.E.Xを纏ったオーバーワーカーの鼻っ面へ直撃した。
4つ足がガリガリと地面を擦って数十メートルほど後退させられる。
計り知れない威力と熱気。しかし、オーバーワーカーは、明人たちは、まだ生きていた。
その後、一息つくようにポンッという電子音が操縦室に鳴り響く。ガイド音声の通知の音。
『パイロットの異常を確認しました。オートモードによる危機察知、F.L.E.Xを展開。F.L.E.X10パーセント使用。残り52パーセント』
自動起動した機械音声が淡々と告げる。
操縦士ですら知らぬ現象だった。
速度をあげる以外にも耐衝撃性を強化する仕様があったことも、重機自身でもF.L.E.X.という未知の力を発動できることも。
「ふ、フレックス? い、一体ど、どうなっ――ッ!」
「また撃ってくるッすぅぅぅ!」
事実を確認する暇もなくモニターに映し出されたカオスヘッドの口。すでに2発目の装填準備が完了していた。
「クソッ!」
操舵レバーを左へ。明人は、アクセルを踏み込む。
2発目の火球はオーバーワーカーの頬を掠めて明後日の方角へと飛んでいった。
『F.L.E.X1パーセント使用。残り51パーセント』
「まだ減るのか!? いや、今はッ!」
明人は素早くコンソールの端にある黒いフィルムのような指紋センサーに指を押し込んだ。
「緊急冷却開始ィ!」
しゅうう、と。関節部から吹き出すクリームの如き濃密な蒸気がオーバーワーカーを包み込む。
濃い霧による煙幕の目隠し。
カオスヘッドの困惑の猛りがスピーカーから聞こえてくる。
『GGGGa!? ――GAAAAAAA!』
開き直ってか。連続して吐き出される煌々とした火球。
『F.L.E.X.1パーセン、F.L.E.X.1パー、F.L.E.X.1パーセント使用。残り、49パーセント』
数発の被弾を受けながら明人は、後ろへと操舵レバーを引き倒した。
ズズズンズズズン。ぐいぐい敵とオーバーワーカーの距離が離れていく。
荒ぶる小魚が操縦士の肩を掴んでガクガクと揺らした。それと一緒に怒れる尾も脛をぴちぴちと引っ叩く。
「いい年した男がコシったッすか!? このまま逃げ回ってもしゃーないッすよ!?」
「オレに作戦があるんだよ! あと――こ、こここ、コシってねーしッ!? つーか、オマエ本当にお姫様か!?」
頼れる相棒は幼い。しかしそれでも明人よりは肝が座っていた。
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