118話【VS.】救済の導 色めく艶美 ティルメル・E・アラック・アンダーウッド
最後にキャライラを載せます
今回の本編に深く関わる子です
是非、流し読みの後にでも御覧ください
※Twitterではすでに上げております
……………
傷ついていく剣聖
定まらぬ思い
臆病者は精査する
明かされる敵の目的
臆病だが例外は
存在する
ピチチを膝に載せた明人は、薄暗い操縦席のコンソールを叩き追従モードだった職務を切り替える。
デフォルメされた丸っこいワーカーがモニターの選択画面が表示された。
ワーカーには、4種類のモードが設定されている。
重機としての大雑把なオートモードと緻密なマニュアルモード。兵器としての残業モード。
明人が重機をオートモードに切り替えて画面を睨んだ直後。まるで爆発するかの如きけたたましい騒音がスピーカーを叩き、遠間に聖水の水柱と共に不定期に宙に舞い上がっていた。リリティアとニーヤの超人的闘いが本格的に開始されている。
あの剣聖といえど縦横無尽の本能的な攻撃の雨をどれほど耐えられるのだろう、と。そんな思いを胸に明人は、思考を巡らせた。目下やるべきことははっきりとしている。それが一番の苦難だとして。
双腕との激闘は、時間を稼ぐという名目によって弱まった。しかし、戦闘に長けたにゃにゃにゃはそう甘くはないだろう。
モニターに越しにズームされたリリティアとニーヤの死闘を視聴する。
一進一退ではなく、一退。そして、一退。
無限に襲いくる爪、牙、体術を華麗に捌きながら剣聖は水鳥のように舞う。
しかし、すべてを捌ききれてはいない。その証拠に肩や腕を包む清楚なドレスは、線のほつれを見せ鮮血が滲んでいる。
時間は有限である、と。傷ついていくリリティアを見て明人は、たまらない焦りに似たものを感じた。
残った敵はふたり。どちらも未知数の相手である。いくらユエラが自然女王形態をリブートしたとはいえ、やはり時間が思考を阻害する。
負傷する凛々しい剣聖見て明人は、冷静でいられない。我慢ができない。はじめての感情。
『ふぅん……』
そのとき外部マイクを通してスピーカーに流れてくる女の声がひとつ。
くすり。含み笑いをしたティルメルは、モニター越しに明人へと目を光らせていた。
『あーあー、逃げられちゃったわ。男のくせに仲間を置いて1人安全な場所に隠れちゃった』
フードの下でキラリと光る若草色の瞳。
安い挑発だった。
依然としてユエラは、注意深く敵ふたりと間合いを測りながら魔法の蔦をうねらせている。
2体の敵を自然女王に任せるという選択肢は、明人にはない。
それくらいのことを敵が想定していないはずがないのだ。でなくば、魅了された狐を使わずこの場所での対峙なぞありえない。
「チッ……まずはどう動く? ユエラと共闘? いやそれじゃあ……」
迷う。臆病者は、常に考えた後に動く。感情的に動くことなどは滅多にない。
あふれる可能性の粒が脳で渦巻き、亀裂の入ったパイプからしどともれるようにして一切がまとまらない。
大切な物が壊されていく。横目にしながら明人は、足をくすぐられるような焦燥に駆られた。それでも、安全な解決法を練りつづける。
「くそ! 考えが――! ん?」
虚を突かれて明人は一度思考を中断した。なぜならば、膝の上で小魚がカタカタと震えていたからだった。
無理もない。そう思って明人は、浅くため息をつく。幼いピチチにとって目の前でおこなわれているのは純然たる殺し合い。怯えたとて叱るものはいないだろう。
しかし、ピチチの口にした言葉は想定とは違っていた。
「……ふ、ふにゅうの……ぐすっ、ふにゅうが怖いッすよぉ……」
今にも泣き出してしまいそうなほど目を真っ赤にしてピチチは、身をぎゅっと縮こめませ背を丸くしている。
明人は、首をひねって視線を右へと泳がせた。
操縦室にかかけられたなんの変哲もない縦長の小さな鏡。身支度用の安物。この地へ落下した際にひび割れてしまったある意味で思い出の品。
そこに映っていたのは、モニターの光に照らされた陰影の濃い操縦士の顔がそのままに反射されていた。
「……っ」
不安、焦り、怒り。そのすべてをかき集めてどろどろに溶かして混ぜ合わせたような醜く下卑た表情が映し出されている。
表情筋を余すことなく中央に歪ませた自身の顔がそこに浮いている。
明人はあまりの醜さと不甲斐なさに目を疑った。
そして、体中で熱くほとばしる怒りの血流。握れば力が籠もり、視界の枠は赤く染まり、震えていないことにも気づく。
浮き彫りになった抑えきれぬ憤怒の感情だった。それが望まれぬ行為によるものか、はたまたリリティアへの焦りが起因しているのか。明人にはわからない。
ふうう、と。肺のなかの空気を吐き出す。
「――ッ!」
そして、パンッ、という炸裂音がワーカーのなかに鳴り渡った。
「ふ、ふにゅう!?」
なにか柔らかいものを押しつぶしたような擬音。ピチチは、明人の名字を叫んで奇行をしたものに目を丸くする。
しかし、明人は魚と油臭い手をじんわり痛む頬に貼り付けて笑った。
「ごめんな。必ず母親の場所に帰してやる。外にでるときは、もう平和になった世界だ」
子供をあやすような、小動物をめでるような。「なっ?」、と付け加えて慈愛の篭められた笑みを作る。
愚かにもこの土壇場で動揺していることを教えてくれた小魚の頭を明人は、優しく撫でた。
すると、シーリングライトのようにゆっくりとピチチの表情が明るくなっていく。
そして、毛先に癖のある髪を揺らして子供らしく元気に頷いた。
「う、うんッす! 絶対に勝つッす!」
「よろくしなっ! 今回の相棒はピチチだ!」
「お、なんかそれかっけぇッす! よーし、やってやるッすよぉ!」
躍起になって鼻息を荒げるピチチをよそに、操舵レバーを引っ掴みんでワーカーの向きを変える。
向いた先。モニターに映し出されたのは、ティルメルとアルティーだった。
そして、マイクに、ユエラに方針を告げる。
「ユエラ早期決着だッ! どっちか好きな方を選べ!」
3対3から2対2、ではなく。
選択したのは1対1、各個撃破だった。
「無理に連携とるよか、さっさと終わらせた側が支援に入る! それでいこう!」
絶対的な信頼を籠めて尋ねる。
それを受けて、長耳をぴこりと動かしユエラは目を細めて嬉しげに笑んだ。
『わかったわ! じゃあこっちを貰っていくわね!』
直後、ユエラの身体から無数の蔦が生えそぼり敵のひとりへ鞭のような攻撃を加える。
選んだのは、因縁のある同種エルフのティルメルではなく意外にもアルティーのほうだった。
『あら、選んでいただけるとは嬉しいですねぇ♪』
長尺の杖を支軸にアルティーは、くるりと優雅に上空より飛来する蔦を交わす。
ぺろりと上唇を舐め、妖艶に微笑む。
包丁で刻むような攻撃の雨は、目に見えて距離を遠ざけるためのもの。しかし、それに応じてか。ふたりはどんどん明人たちから遠のいていく。
『邪魔の入らない場所でしっぽりといきましょー?』
『チッ、いちいち気持ち悪いわね……』
『ああんっ……! ふふっ、愛のある罵倒ですぅ』
『んあー! 選択間違えたかもォ! 明人! すぐ終わらせるから死ぬんじゃないわよっ!』
自分のやるべきこと。託されたことを理解しているのだろう。
そう言葉を残して、ユエラとアルティーは攻撃と回避を繰り返すようにして小さくなっていく。
あとは残された者たちだ。膜のような壁越しに選定の天使のとても渋い顔が見える。
めんどくさ気に大剣を背負い直す姿は、さっさと帰って欲しいという意図が汲みとれた。傍観者とならざるを得ない気の毒な立場である。
思いのほか、思い通りに事が進んだ明人は、目の前で姿勢良くしなやかに佇む敵に問いかけた。
「さて、ボーッと見てるけどもそれでいいのか? ひとりぼっちだぞ」
対して、ティルメルは肩をすくめておどけてみせる。
『別に構わないわ。どーせあのメスガキは、酔狂なる愛の化身に勝てないでしょうしね』
明人の描いた絵図は、自身がリリティアと同じ立ち位置に立つこと。つまり、防衛。
ユエラが早々と敵を倒して救援にくることが絶対条件ではある。しかし、敵をひとり減らせれば後はなし崩しに事が進む。
最終到達点は自然女王と操縦士が共に剣聖の援護に向かい、当初の作戦通り解呪すること。
重機は、対人戦に向いていない。守ればすれども攻撃は単調。身体能力の高いエルフを踏み潰すことすら時間の無駄であることを明人は、知っている。
『はぁーあっ、アンタをなんとしてでもあの時に殺しておくべきだったわ。まさか聖剣を抜くことができるとは思わなかったもの』
ため息のような笑みをこぼすと同時に大きく開かれた胸元が波を打つ。
『でもまぁ? ここでアンタが死ねば剣聖も共に死を約束されるのよね?』
はらりとフードを脱いだティルメルは、妖しげに笑む。そして、舞台女優のように演技めいて天を仰ぐいだ。
なにかしらに照らされているであろう空は、金色に染まり舞台照明のようにそのなめらかな肌を引き立たせる。
『ふふっ、それでももうすべてが動き出したわ。ここまで仕立てるのにどれだけ苦労したか……。はぁ……恋する女って大変よね?』
右へ左へ。文字通りカメラの前でふらりふらりと歩く。
アイシャドウに厚い紅。化粧による色気は、大人の美貌ともいえよう。人間にとってエルフとは、みな相応に美しい。
『あの方は、きっと語らずと出会う。そして、語らずを滅した後にあの方は私と共に魂を神へと返還するの』
語らず、ヘルメリルの名を耳にした明人は、心臓が一瞬だけどくりと跳ねる錯覚を覚えた。
明人とて、可能性を考えていなかったわけではない。
ワーウルフ領西でピクシー種の横槍を複合種は、耐え忍ぶ。それに対して明人たちは、東からワーウルフ領を駆け上がり混淆の祠を目指した。
ヒューム領中央上部には、双腕率いる連合軍がおり北東と北西からの侵入者を迎え撃つ準備ができている。
「……ドワーフ領に南下してから東へ、か。そっちも少数精鋭とは気が合うな」
驚いたことを恥じて明人は、なんら平然と受け答えた。
ピクシー領は、東北にワーウルフ領、東にヒューム領、南にドワーフ領と、3つの領と接している。
すべてのドワーフ族が連合軍に協力しているため今はもぬけの殻。つまり素通りができてしまう。
ただしその先にはエルフ女王大陸最強の魔法使い語らずによって防衛されている。であれば、心配には及ばない。
なにせ、環境マナの豊富なエルフ領こそがヘルメリルのホームグラウンド。神より賜りし宝物であり無限に環境マナを生み出すユグドラシルのお膝元ともあれば負けるはずがない。
対して、ティルメルはへらへらと締まりの悪い口元で笑った。
『いひっ……ひひひっ……!』
天界との境界を横に置いてくつくつと喉を鳴らす音。
音階を高めるようにティルメルは、ひと目も気にせず高笑う。
『ひっ、ヒヒヒ、イーヒヒヒヒッ! 今回は私の勝ちだ! ざまあみろよぉ!? アンタたちがここにいるのはすべてあの方の描いた通り! すべてはッ――!』
耳につく笑い声に明人は顔をしかめた。
腹を抱えて歩く様子をモニター越しに見れば、狂乱する女によってバシャバシャと錫板のような水面が棘のように盛り上がる。
そして、豊満な胸をたわませてティルメルは空を抱くように手を大きく広げた。
『救済の導。妖精王癒し手のディクラ様が語らずを滅すために用意した周到な作戦よォッ!!』
「ッ――!?」
咄嗟だった。座席後部からアームリンカーを引っ張り出すのと同時に明人は、すべてを理解する前にアクセルを踏み抜く。
肌は粟立ち、気が急いて、脳を介さず身体が弾かれるように動く。
呼応して唸るエンジンに驚くが如く瞬時にワーカーがエルフへと接近していった。
振り上げられる拳と振り上げられる鋼鉄の2本爪。
振り下ろされる怒りと振り下ろされる冷たいアーム。敵の頭を砕かんと、重機が襲いかかる。
敵はまんじりとして動かない。届きうる寸前明人の脳裏では、血の花が咲き乱れる光景が浮かんだ。
対してティルメルは、嫣然とした色気を声に孕ませて唱えた。
『《カモン サクリファイス カオスヘッド》』




