117話 それからはじまるラストゲーム
神のたもとで
種族は争う
剣聖と混血と人間
狐とマーメイドとエルフ
連合軍VSワーウルフ国
拍手もなく
唐突に
幕が開ける
巨大な扉を抜けた先には幻想が広がっていた。妄想、空想、非現実とも同義。森羅万象世界の美を集約したかの如き眺望は見るものを圧倒させる。
遮るものがなにもない光の世界。漂う雲は後光を背負って天をたゆたう。
足元には、脛まで浸かる透けきった水のようなものがある。
しかし、不思議なことに水中のような抵抗もなく温度もない。まるで映し出されたホログラムのような仮想の如き水の名は、聖水。
その鏡面の如き聖水に映る雲と空は、世界から天と地を奪い去った。周囲はすべて光と雲。姿見の如く各々の姿をそのままに反射する。
理想郷への神槍。
そしてここには神より賜りし宝物の名に恥じぬ絶景が広がっていた。
そんななか、ふたりと1人は慎重な足どりで波紋を作る。そして、重機は無作法にずんずん歩く。
むき身の剣を手にしたリリティアが先頭をいき、ユエラは手をかざして魔法を使用する準備を整えている。ざぶざぶと無遠慮に4つ足を繰り出す巨大な漬物石。
ここは混淆の祠。
ここが天界への入り口だと明人は知る。
ルスラウス世界は、天地冥の3つの区分にわけられる。
上へいけば天、下にいけば冥というわけではない。完全に分離された3つの世界。天地冥。
天より作られし大陸と種族たち。冥によって種の魂を浄化し、循環させる。
審判の天使曰く、ルスラウス神は世界を愛し種の自由を尊ぶという。
過干渉を防ぐのも、異世界人が世界のバランスを崩すこともすべては世界の流れに任せたいという思いが汲みとれる。
天使の降臨と美麗なる境界線に甘美世界と絶望の夢を体験した人間は、容易に世界のあり方を受け入れざるを得なかった。
つまりここは、地球の日本で例えるならば三途の川を歩むのと同じ意味。
その上、敵が潜んでいるともなれば自然と言葉数も少なくなる。
敵の襲来に備える緊張のなかでしばしの行進。
歩けど歩けど景色は単調。足を上げれば水が波立ち、波紋は彼方へと消えていくのを繰り返すだけ。
絶品であれ毎日食べれば飽きようもの。高貴なる絶景は、もはや背景と化した。先征く不安は増すばかり。
そんななかに浮かぶ影がひとつ。明人たちとは違い足を使わず空を滑るように移動する2枚羽。
どこぞのラフでぷにぷにの天使とは異なり物々しい鎧で体を包んだ天使が、一党の前へと舞い降りた。
「ワタシは選定の天使だ。ここより先は天界の領域となる。もし用なく立ち入ったというのであれば今すぐに引きかえすがいい」
冷淡に告げられた拒絶の言葉だった。
天使はバサリとその偉大な白い羽を広げる。
「それとも闘い勝ち天界へ参るものか? ならばこの祠よりこちら側へこい。そうすれば、規則により瞬時に選定が開始されよう」
そう言って、選定の天使は背の大剣を引き抜きびゅうと風を斬って切っ先を明人たちに向けた。
同時、天使の足元に小さな和風の祠が現れその横一線に。《プロテクト》の魔法とは違うまっさらな半透明の壁が明人たちの行く手を遮った。
選定の天使とは、大陸の種を天界へと誘うか判決を下す者。そして、理想郷への神槍の終着点となる到達点でもある。
試練によってふるいにかけ、選定の天使に力を示し、選ばれし者は死を待たずして天界へと昇る。つまり、理想郷とは天界のこと。
これらすべて予めリリティアから教えてもらった知識だった。
「オレたちよりも先にこの場所にやってきた者はいませんでしたか? オレたちはどっちかというとソイツらに用事があるんですよね?」
前もって覚悟ができていた明人は、悠々と天使に問うた。
そしてユエラとリリティアは、あまり天界と干渉したくないからか、無言を貫いている。
対して異世界からきたものにとってわけないこと。どころか隔たりすらもたないため騙して利用すらしてしまう。
あくまで生誕を科学的に考える明人にとってふたりの感情は、あまり理解できない感覚であった。
「…………」
やる気と敵意がないことを確認したのか。天使は突き出した大剣を引き、目鼻立ちがくっきりとした楚々な美を歪める。
ゆっくりと。だが不快感を鼻面辺りに浮かべながら苦々しく答えた。
「……いた。いや、今もいるといっていいだろう」
その銀籠手に覆われた手の指さした先になにかが蠢いている。
聖水のなかからざばりと起き上がる者の姿がひとつ。
明人たちは視認し、即座に構えた。
「むにゃ……? あらぁ、いらっしゃいませぇ」
赤らめた頬を両手で包んで立ち上がるひとりの女だった。
マーメイドの特徴である耳びれがはたと揺らめく。
天使は、これ見よがしに重々しいため息をついた。
「なんの嫌がらせかはしらんが。その女、ここで淫行に耽るのが趣味のようだ」
「だってぇ……天使様に見守られながらー、こんな綺麗な場所でなんてロマンチックじゃないですかぁ」
そう言って、マーメイドの女は凹凸のはっきりとした体を下から上へなぞるように撫で回す。
薄布を前後に2枚貼り付けたような格好は、淫猥というよりも不潔。ざっくばらんに刻まれた奇々怪々の長い髪は、ところどころが跳ねてツヤもない。
「チッ……!」
女の下品な様相と足元に転がっている狐と思われる男を見て人間は、湧き上がる怒りの感情で舌を打った。
明人は望まぬ行為を心底嫌う傾向がある。それは、襲われているユエラや屈服したエリーゼのときにも見せたもの。
悪辣な環境に生きる清純な妹へ迫り来る無作法者共から兄はすべてを守り抜いた。
食糧難でも構わず己を鍛えてやせ細り、知識と策で迎え撃った過去がある。
やがてそれが信念へと形を変え結果、望まぬ行為を忌み嫌うまでに至った。
「そういえばお客様へのご挨拶がまだでしたわぁ」
しゃなりしゃなり。尻を振れば、男を引き寄せるであろう甘い蜜の動き。
青い宝玉のついた杖を抱えてマーメイドの女は、肉づきの良い足を繰り出す。
「どうもぉ。私は、酔狂なる愛の化身アルティー・E・メル・ランディーと申しますぅ。遅かったのでぇ、暇つぶしに精をだしてしまいましたぁ」
自己紹介を終えたアルティーは、泣きぼくろのある目端をうっとりと垂らす。
一挙手一投足にむせ返るような色気を纏っていた。
すると天使は神経質そうな表情をこれみよがしに歪めてみせる。
「……干渉はしない。しかし、この場に種がいる限り離れられぬワタシの希望としては、なんとかして欲しい」
「えぇー、アナタもこの男のように私を愛してくださらないんですかぁ?」
「ぐゥっ……!」
羽飾りついた兜を重たそうに抱えながら首を横に振った。
対象的なふたり。まさに淫と陽。干渉ができぬというならば傍観者に徹するしかないのだろう。
そして、アルティーを睨みつける誘いの森の面々。
怒り、軽蔑、真摯。それぞれの瞳に篭められた思いはひとつどころではない。
「んっ……明人。まさかとは思うけど、あんなのに籠絡されたりしないでしょうね」
小豆ほどの大きさをした魔種を口に放り込みユエラは、隣にいる年頃の男に尋ねた。
「あそこまでいくとさすがに引く」
「そっ、なら安心ね」
外套を剥けば短いスカートと体のラインを際立たせる余裕のないインナー。
ユエラの格好も明人のなかでは、かなりギリギリラインである。しかし友だちなので薄めで消化している。
自然魔法使いは、魔種を摂取し自然女王形態へと移行した。剣聖もすでに対応できるよう周囲に気を配っている。
しかし、もうひとつの可能性を考慮して明人は、メルティーに問いかけた。
「もうひとりのけばくてアホで泥がよく似合うエルフはどこだ?」
「あぁ、色めく艶美は、ここにはいませんよぉ。それと――」
まったりとした口調で体をしならせるアルティーの横、光の膜突き破るように聖水より飛び出す影がひとつ。
「誰がぁ!? けばくてアホで泥がよく似合うエルフよおおおお!? 絶対にアンタ……ぶっころ……しゅ……? あれっ?」
ティルメルは鬼のような顔で立ち上がり、やがて自分の過ちに気づいたのか語気が弱まっていく。
おそらく姿勢を低く聖水のなかを這って隙をうかがっていたのだろう。
フード越しでもわかるほどにしんなりと耳が垂れていった。
「もうまどろっこしいのは抜きよっ! いきなさいっ!」
「はぁい。それじゃあいっちゃってぇ」
青い杖が共鳴するかの如くまばゆい光を放ち、震え、アルティーは唱える。
「《ブレインコントロールスタート》」
刹那。高速で前方、敵ふたりの後方より押し寄せる影を明人は、視認した。
風で額を晒して、姿勢を低くとり、腕と足で地を駆ける女性と獣を合わせた姿がいる。
手足は剛毛の狼、焦げ色の耳、きつね色の尾を揺らし、ぼけた虚ろな瞳。
「――くッ!? リリティアッ!!」
「おまかせを!」
明人は叫び、その横を抜けて紅い風が吹き抜ける。
銀閃より舞い散る火花。一瞬遅れて鳴り響く音。かち合った剣と爪。
怪力をもってして防ぎそこから2度3度、目にも留まらぬ速さで繰り広げられる攻防戦。
蹴りを防ぎ。転じて襲いくる左の爪は屈んでかわし、右の拳は剣でさばく。
L とL の闘い。尋常ではない速度で乱撃を加えるニーヤ・L ・コンコン・ランディー。
ひらりひらりと銀閃を舞わせて剣聖は、超高速の攻撃を受けつづける。
防戦一方ではなく、攻撃を封じられて防戦のみの勝ちがない戦い。
一撃と一撃に衝撃の波動を纏って空気をびりびりとおののかせた。
「このままでは危険なので場所を変えます!」
にゃにゃにゃの攻撃をいなしながらもリリティアは、遠まわし死命を決する選択を託すような言葉をほのめかせる。
対して、あまりの壮絶な闘いに硬直していた明人は、固まっていた脳を奮起によって目覚めさせ考えを巡らせた。
積み込まれるロジックのダマ。瞬時に戦局を判断する。
勝ちの条件の確認は、ニーヤを正気に戻すこと。ひ弱な自身がのこのこでていったところで死は確実。
行動の整理と優先順位の位置づけ。LとLを除いて敵の数はふたり。戦力はユエラと自身のふたり。
2対2とするならば散弾銃ではなく、操縦士としての行動のほうが安全であり足を引っ張らない。
明人のなかで序盤の立ち回りは決まった。
「わかった! なん分耐えられる!?」
となれば、リリティアがニーヤをどれだけとどめておけるかが重要になる。
そこからは速攻に次ぐ速攻。剣聖が守り、残りのふたりで状況を対処せねばならない。
しかし、猛撃の最中でリリティアは明人へ向けて確かに微笑んだ。
珍しく汗が浮いたぷっくりとした頬。そして、優しく目を細める。
「アナタが望むのならば永遠に」
そう言葉を残して聖水をざばりと蹴り、不死鳥の如く空を舞う。
つづくニーヤは、「《トランス》にゃ」と小さく唱えて、背から鷲の羽を生やして追っていった。
残された明人は目配せして、ユエラもそれに気づいてか最小限の動作で小さく頷く。
聖水越しに硬い床を蹴りつけ反転し、目指す先は宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカー。
「――逃がさないよッ! 《マジックアロー》!」
ティルメルの手より発現した魔法の矢は、真っ直ぐ明人の背へと吸い込まれるように放たれた。
「《グリーンウィップ》!」
しかし、ユエラの足元より息吹いた野太い蔦によってすべて叩き落とされる。
さらに反撃。手の薙ぐように動きに反応して《グリーンウィップ》は、横薙ぎにティルメルとメルティー目掛けてうねり狂った。
「チィッ!」
「あらっ?」
それを後方へ距離をとることで敵は、軽々と難を逃れる。
牽制するようにユエラは手を掲げ、攻めあぐねる敵ふたり。
明人はそれをチラリと見て安全を確認してからのスライディング。じゃばじゃばと抵抗のない架空の如き聖水のなかを滑り、転がるようにして下部ハッチを開いてワーカーのなかへと飛び込んだ。
重機の下部、荷物置き場を通じてはしごを昇る。そして、一息に操縦席への扉を開いて顔をだす。
すると、操縦席に座った水兵のような衣服に身を纏っている少女が、びくりと体を硬直させた。
「ひぇっ――! な、ななな、なにが起こってるッすか!?」
ぼふんと魔法が解け、腰布から伸びた白い足はぬらぬらの尾っぽに変わり、ぴちぴちと跳ねる。
「……え? なん、で?」
息を切らす明人と血色の失せた顔をしている小魚が、しばし見つめ合う。
目まぐるしく開戦の火蓋が切って落とされた決戦のなかに生まれる静寂。重機の鼓動だけが支配する世界。
そして、明人は我に返って叫んだ。
「なんでオマエがここにいるんだよおおお!?」
「勝手に連れてきておいてそりゃないッすよおおお!?」
○○○○○




