116話 それからすべて無意味となる
棺の間
巨大な扉と狐たち
そして敵の名は
国を救うべく
剣聖と
自然魔法使いと
操縦士は
敵の誘いを受けて立つ
廊下は迷う余地すらない一本道だった。
茨の隙間を縫って優しく伸びた陽光の線は、寝かされた石棺たちを画帳とし白い斑を描く。
白と緑の開放感のあるコントラスト。霞むほどにつづく道のりは長く、風は吹かず、どこか淋しげ。
淡々と歩を進める1人とふたり。追従する4つ足の白玉は、飽きもせずにエンジンを奏でて野太い足を運ぶ。
明人は話をした。あの精霊祭で約束した通りに。
自身が妹のために強くならなければなかったことや非道で不衛生な環境で育ったことなど。すべてまでとはいわずともある程度の要点を簡潔に話した。
それをユエラは悲しげに。リリティアはこくりこくりと頷きながら、足を止めることなく聞き入っていた。
半刻ほどの歩きづめ。時がゆっくりと流れるような心地よさを感じつつ、決戦へ向かう3つの背中。
ふと、ユエラの長耳がひくりと動く。
「あっ……」
彩色異なる瞳が見据える先には、影があった。
白を四角に切り取って染め上げたような黒の領域。
目を凝らして小さく見えるぽつんと置かれた玉座。そして、そのさらに奥、背負うように巨大な扉がそびえ立っている。
明人がちらりと一瞥して察したリリティアは、腰の鞘から銀閃を抜いた。同様にユエラもキツめの目立ちをさらに吊り上げて正面をキッと睨む。
「あの棺の間にある扉を越えた先に混淆の祠があるとされています」
ピリピリと威嚇するかの如くブロンドが瞬いて、やがて朱となる。
「決戦が廊下の奥に立っている、ってところか」
「アンタたまに詩人よね……。 まあ、とにかくいってみましょ」
ユエラが外套の裾をはためかせるのに賛同して、口を閉ざしたままに全員が駆けだした。
それに遅れて、重機も騒音高く追いかける。
徐々に近づいてくる棺の間。遠間に影がずらりと佇んでいる。敷かれた赤く長いレッドカーペットを挟んで、まるで玉座に座るものを讃えるかのように。
そして、視界に神経を尖らせていた明人の疑問が確信へと自転した。
頭から生やしたほどよく焦げた三角の耳、きつね色の尾っぽ。身動きひとつ見せず忠臣の如き働き。
「耳と尻尾がそれっぽいし、あれはたぶん狐族だよな?」
ルスラウス世界の道理に自身が持てなくなった明人でもなんとなくわかった。
にゃにゃにゃは狐で、獅子はワーキャットではない。口にはださずともその不可思議な現象を根に持っている。
そんな明人の横を駆けるリリティアは、真紅の瞳を僅かに見開いた。驚愕を表面に滲ませている。
歩幅は広く、石床を蹴るたびに大きな三つ編みがぴしぴしと跳ねる。
「この距離で……耳と尻尾まで? 明人さんよく見えましたね」
「私も今見えたばっかりよ? アンタどんな視力してるの?」
大げさに驚くふたりをよそに明人は、半分ほどスーツに包まれた首を撚る。
「オレ結構視力が良いんだよね。そういえば、うちのイージス隊って全員目が良かったっけ」
それを最後に無駄話を締めて、各々が正面をむいた。
にゃにゃにゃの2つ名をもつ狐の名は、ニーヤ・L ・コンコン・ランディー。
リリティア曰く、双腕とは比べ物にならない圧倒的強さを秘めているという。
なぜなら双腕のゼトは、魔法鍛冶師として世界に認められ名を馳せるドワーフ族。にゃにゃにゃは、卓越した変化魔法の使い手でLと昇華した狐族だと聞いている。
身体能力も高く、体を自由に変化させることで素早く立ち回る。そんな、鮮やかな闘いを好む性質ともいう。
老舗の商売者と現役の奇術師では、リリティアの言うとおり張り合う水準には至らない。なにせ、土俵が異なるのだから。
ゴクリと息を呑んで明人は、思い切りよく白と黒の境界線を跨いだ。
接近してくる他種族と鉄巨人。なれど、狐たちは意に介した様子を見せず。
まるで知らぬ存ぜぬを突き通すが如く。ただ虚ろに絨毯越しの相手と見つめ合ったまま、ピクリとも動かない。
そのうちの1匹になにを思ったのかリリティアは、羽織ものの肩に手を伸ばす。
そして、軽く突き飛ばした。よたよたとバランスを崩しつて後退した狐は、のそのそと首の座っていない赤子のように頭を揺らして、元の位置へと戻っていく。
「体内マナの停滞と限定した指定。明人さんならもうわかりますよね?」
低い階段の上に置かれた空いた玉座を、訝しげに眺めていた人間への問い。
明人は難なく答えを導きだす。
「魅了しかないな」
「正解ですっ」
難なく返ってきた回答をさぞ嬉しげに。リリティアは、顔の横でぽんと手を叩いた。
「ぶーっ……私もわかってたもん」
そんな問答の外でユエラは、唇を尖らせへそを曲げる。
内装は、階段の上に置かれた背の高い高級感のある玉座とレッドカーペット。そして、ヘルメリルの大扉をさらに巨大化させたような威圧感のある黒い扉があるだけ。
棺の間という割に棺はなく、まっさらとしている。
まるでオニキスの宝石に閉じ込められたかのような。継ぎ目のない壁と床は、現実味がなく他者の手が加わっているようにも見えない。
マネキンのように置かれた和装の狐たちが立つだけの異質な空間。
ここだけ世界から切り離されている如き錯覚を見た明人は、恐怖とは別の寒気を感じた。
そんななか、狐たちの大陸的に珍しい和装に目を光らせていたユエラが、ある異変に気づく。
「なんでみんな手首に包帯を巻いてるのかしら?」
言う通り、狐たちはみな一様に袖の下で白く清潔な包帯が巻いていた。
ふと疑問を呈したのは、薬師であり裁縫が得意であるからこそだろう。
そんなことを考えながら明人は、すんすん鼻を鳴らしながら嫌な妄想を思い浮かべる。
酷く嗅ぎ慣れた臭いだった。新鮮で鼻に覚えのある気分の悪い鉄とは違う、鉄の香り。
「狐族って全員病んでて自傷癖があったりするのか? 一族上げてリスカする集団メンヘラーだったりとか?」
「いやいやいや……」
「ふぅん。じゃあたぶん狐たちの血はここにあるな」
おもむろに狐たちの足元に跪いて明人は、長い赤の絨毯をペラリとめくる。
そこに描かれていたのは、漆黒の床に描かれた絵のようなもの。
「げっ!? キモチワルイッ!」
それを見たユエラは、青ざめついでに長耳を下に向けて後ずさった。
ねちょりと絨毯にこびりついて糸を作る抽象的な円形のようなもの。もはやなにが描かれていたのかは判断できようもない。
しかし、明人は尻込みせず自然な動作で指ですくって観察する。
「思ったほど時間が経ってない。治療する余裕もあった。そして、魅了か」
「アンタよくそんなもん触れるわね……」
「流れてる途中なら焦るけど、流れた後の血だからな。もうコレは命とは別の場所にあるただの液体だよ」
そう言って、明人は赤い絨毯で赤い指をテキトウに拭う。
「シルルに投げられた果実とか平気で齧ってたし、アンタって意外と雑よね」
「酸っぱいものは腐ってる、酸っぱくないものは腐ってない。だから酸っぱいものは嫌い。それがオレの生き様だ」
「…………」
筋肉に押し上げられた胸を張って自論を展開する明人にユエラは、見下し気味にしかめっ面を返す。
その時、暖気中の重機の音に混じって怒りを帯びた声が棺の間に反響した。
「ほらほらっ! ふたりとも早くしないとダメですよ! 外でみんなが待っているんですからねっ!」
すでに扉の前に立っているリリティアは、珍しく眉根をよせて、緊張感のない者たちを一喝した。怒られた1人とひとりは、しぶしぶ階段を登っていく。
剣聖は、狐を治すのを後回しにしたいのだろう。
それもそのはず、敵は戦闘向きの2つ名もち。Lクラス。
全員をリリティアに守らせるのはあまりに過酷。逆に、佇む数十名の狐を連れて行かねばならぬのならば、どのみち勝ち目は薄い。
なにせ今回オフェンスは自然魔法使い。剣聖はディフェンスとなる。にゃにゃにゃのニーヤの解呪が主目的で、討伐ではない。
リリティアが予想される敵の猛攻を跳ね除け、間に間にユエラの捕獲魔法で上手く捕らえ、明人がマナ散らしの指輪で覇道の呪いを解呪する。それが臨むべく作戦の概要となっていた。
しかし、この棺の間に入った瞬間その策はものの見事に崩壊した。
面々と重機は、ゆうに10メートルはあろう城郭めいた巨大扉の前に立つ。すると、それを招くように分厚い扉が地鳴りを起こして大口を開けていく。
「気をつけろ。敵は、たぶんひとりじゃない」
微かに洩れでる光の帯に目を眩ませながらも明人は、限りなく確定に近い予測を告げた。
覇道の呪いは同種を憎まない。なのにも関わらず、魅了された狐たち。つまり、ニーヤが正気ではないことを暗示している。
そして、真新しい儀式めいた血痕に、治療をするだけの余裕があって、逃げているわけがない。準備を整えて待ち構えていると考えるのが妥当であろう。
ユエラは、頭痛を抑えるようにこめかみを押した。
「知ってるわ。あんな器用な毒、使うやつはひとりしか知らないもの」
マーメイドの王を治療してわかる1つの事実。卑劣な毒使い。
エリーゼとの戦闘の際に現れたエルフが明人の脳裏をよぎった。そして、それはユエラ誘拐の元凶でもある。
巧みに毒を使い明人の意識を奪いユエラを追い込んで自然女王へと覚醒させた物の名は、色めく艶美なティルメル・E・アラック・アンダーウッド。
この戦争の覇権を握っていたのは複合種ではなく、救済の導だったというだけの簡単な話だ。
扉が開いていく。終わりの時はもう目の前まで迫ってきている。
両側から向けられた金色の瞳と彩色異なる瞳。明人は、怯えを殺して、意気揚々と足を高く上げて光のなかへと踏み込んだ。
「作戦は、出たとこ勝負のやったもん勝ち。一切合切をフィーリングで――ご安全にッ!」
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