114話 そして、決戦へ
舞台は整う
剣聖は微笑み
混血は不器用で
操縦士は重機とともに
希望と絶望の交差する
神の門へ
雨はやまない。それが自分たちの未来を暗示しているかの如く縛られた狼たちの群れを叩いた。
無論荒縄などの道具を持ち合わせているはずもなく。そんなものを重機に乗せるほどの隙間はない。しかし、蔦ならば無限とまではいわなくともある程度用意することができた。
明人は、ほどよい蔦をむしりとって灰色の剛毛豪腕を器用に縛っていく。
「すぐに帰るなんて無責任なことは言わないでおくよ」
ひとつ巻いては具合を確かめるために目配せして、カラムは「ウム」と首を縦にふった。
複合種たちはやや大きめに距離を開けて、そのザマを卑しい目で、まるで見世物小屋を見るようにせせら笑っている。
「にゃにゃにゃのニーヤとやらを正気に戻せば、あの連中もきっと解呪されるはずだ。少しの間だけ我慢してくれ」
拘束する必要はない。しかしこれは譲歩をしてくれた複合種への目に見える誠意だった。
口約束という不明瞭な契約をさらに強固にすべきもの。人は裏切る。明人が常時胸に刻んで生きてきた人生の教訓。
食らいついているといってもよいかもしれない。それでも少しはルスラウス世界に触れた安寧にほだされてきている自覚もあった。
縛り上げられていく自らの両腕に目を落としながらカラムは、静かに呟く。
「……他者に任せ己は闘えぬというのは、実に歯がゆいな」
「悪いがオレはアンタらを信じてない。だから、おすわりして待っててくれ」
「……」
明人は嘘をつく。人質となる恥を捨て、自身への怒りとできるならば安いと考える。
巻いた手首の内側に丸くした蔦をぐるりと回して余った部分をさらに足してよりほどけにくく。
見栄えが悪くなればなるほど見世物としては滑稽で、笑われるだろう。結果、生きながらえる。
「オレはそういう男だ。帰ってきてすべてが上手くいったときは、謝罪する」
明人はカラルの目も見ずに淡々と縛りを終えた。
天使でもないのに他者の命を無断で秤にかけたのだ。激昂して文句のひとつもあろうもの。
しかし、狼たちは意義を唱えるどころか約束通り口ひとつ開こうとしない。それが明人には辛かった。
「……はじめは無礼者だと思っていたが、少しだけ貴様を理解できた気がする」
カラムは銀糸のような尾っぽを緩やかに振る。
次いで降りしきる雨に濡れた鼻をぺろりと舐めた。
「卑怯者の皮を被ってはいる。しかし、勇敢で温和な男なのだな」
思いがけない言葉に面食らって明人は、照れを隠すようにそそくさと否定する。
「よせよせっ! そ、そんなんじゃない! それに今の状況じゃただの嫌味だろ!」
「フッ、どちらととるかは貴様しだいだ。……また会おう」
踵を返し、巨体を揺らしてカラムは去っていく。
「……どいつもこいつも、人じゃないのにお人好しだな……」
大きな背を見送る明人はやさぐれるように、吐き捨てた。
その先には審判の天使によって作られた泡のような見た目の半球が置かれている。すでに狼とピジャニアがそのなかで不安げに身を寄せ合っていた。
雨宿り場としてはあまりにも神々しい金光のヘクス連鎖体の名は、《テルプリズン》。
聖魔法による絶対防壁。相互干渉を防ぐ隔離空間。
尻を突き出してふよふよ浮いている門番にうやうやしく一礼したカラムは、なかへと足を踏み入れていった。
光の膜が灰毛の体を包み、狼が檻に捕獲されていく。
まるでこれから流刑地に運ばれていく様を想像させるような悲壮的なザマ。
これで未収容のものは、ひとりのみとなった。
「あーんもう! なんでこうなるのよっ!」
青竹のような髪をくしゃくしゃに乱しながらユエラは、己の作品をきっ、と睨んだ。
ユエラの頭上には、明人の入れ知恵により光の壁が常設されている。体内マナ無制限という驚異的な現象を利用しての枯渇することのない《ハイプロテクト》。要するに傘。ルスラウス世界の住人にはマナを無駄遣いするという発想はないらしい。
一方でどんどん大きくなっていく自身の手先を見てジャハルは、困ったものを見るように微笑んだ。
「いや……これで、妥協していいのではないか? はじめよりは……うむ、幾分かマシだ」
ぐるぐる巻きにされた両の腕。もはやそれはミサイル弾頭の如く巨大。
「今の間はなによぉ!?」
ぷんすこ。顔を真赤にしてユエラは、怒りを露わにする。
「さぁて、我も檻へいこうか。……それではよろしく頼んだぞ」
「あーっ! ちょっとぉ!」
長耳をぶんぶん振り乱すユエラを明人は、腕を組んで遠巻きに眺め見た。
ユエラは、はじめての経験にめっぽう弱い。しかし負けん気が強く、とにかく努力をもってして穴を埋めようとする。
友と仲間を思う心優しい混血。例え虐げられてしょぼくれても内側は変わらない強さがあった。
大陸の呪いが浄化されれば良くなっていく。もう望まれぬべくして生見落とされた忌み子などとこき下ろされてことはないだろう。
「ユエラ様、昔と比べてものすごく笑うようになったのですのよ?」
「おぅわっ!?」
足音もなく隣りにいたエルエルの存在に明人は、驚き、飛び退いた。
しかし、意に介した様子もなくエルエルはつづける。悪戦苦闘するユエラを見る目は、まるで我が子の成長を見届けるが如く柔らかなもの。
「試験的な混血種。ああいった強力な力を持つものが今の世界には必要……ですのよ。ですが……」
ふと歯切れ悪く言葉を濁し、目を伏せる。
耳にかかっていたブロンドの髪がはらりと流れた。
「もうワタクシたち天界の都合であんなに苦しむ方が生まれてほしくない……」
小さな手を豊満な双丘に埋めて背を丸くする。
胸の痛みに喘ぐように肩を震わせ、雨の雫と思われるものが白い頬を伝う。
「生きて欲しい。笑って欲しい。すべての種族に幸福であってほしい。せめて終末のときまでは……」
そう言って、エルエルは羽を止めて素足で草場を踏んだ。
「なに辛辣な顔してるんだよ。三文芝居がバレるぞ?」
「あははっ……気づかれていましたか、ですのよ」
「最初から気づいてたさ。そこそこ人間観察は得意なんだ」
なでりなでり。櫛で梳くように撫られて嫌がる素振りもない。
エルエルは、くすぐったそうに目を細めた。
「ワタクシも嘘を見抜くのは得意ですのよ。なんせ大陸に住まう種の審判を任せられた天使。しかも、心がよめるのですのよ」
「うわっ、ずっこいなぁ……あと恐ろしい」
誇らしげに豊満な胸をこれでもかと突き出す。性転換の薬は、まだ有効。
濡れた純白のワンピースが僅かに肌を透かし、明人は一応遠慮して目を逸らした。
心がよめるということはすべてを知っていたということだろう。
逃げる機会は幾らでもあった。性転換の薬は時間経過で解けることも解明されている。つまり、はじめからついてくるつもりだったということ。
「ってことは……女になりたい願望でもあったのかい?」
「――んなぁ!? 意識しなければよめませんですのよ!! 貴方様は貢物と称して騙す不届きものですのよぉ!!」
エルエルが降り立った際に明人は、尊厳のある天使様を讃えるという体で貢物を渡した。
そして、口八丁手八丁で性転換ポーションを飲ませた。
「はぁ……もう、必ず帰ってきてくださいですのよ? ワタクシは、まだ貴方様の魂を回収したくないんですのよ」
そして天使は、恐らく明人がこの世界にやってきた段階からすべてを見ている。
地球の仲間たち、イージス隊の約束に準じて、ひた走っていることもお見通しなのだろう。
「異世界よりルスラウスへと訪れた者に祝福があらんことを」
そう言って、エルエルは手を結び目を閉ざす。
天使の祈り。
「祈られる側が祈るなよ。……じゃあな」
明人は肩をすくめてその場を後にした。ありがとう、と感謝を残して。
綿々と降りつづく雨は、止む気配を見せない。交差した2本の槍の足元でワーカーは、エンジンで轟々と唄う。
円球のコックピット部分は、丸いボディーを伝って水を滝のように流して、落とす。雨だれに穿たれた草は掘り起こされ、土を含んだ水溜まりを作っていた。潜り込めば滝行ができるだろう。
理想郷への神槍門。それは天と冥が織りなす門。その先に繋がるは希望と絶望だとカラムは語った。
1本は天より創造され、1本は冥により創造されている。
なかに入ればまず希望を見る。希望は理想を作り出し、もし受け入れてしまえばその甘美な世界に閉じ込められる。そして、その世界で幸せに生きることになるという。
しかし、作られた希望を否定すれば絶望を体験することになるのだという。
締めの前にひと試練。大地と巨大な槍で綺麗な三角を作る門を前に明人は、気を引き締め直した。
握られ震えた左の腕には、絡みつくような金蛇の腕輪。薬指には、銀を基調としてブルーラインのはしった呪いの指輪。まなまなちるちる、もといマナレジスターと魅了吸収の腕輪が不気味に輝く。
とはいえ、操縦士にやることはあまりない。重機のなかに引き篭もってことの成り行きを見守るだけ。機会を伺い《マナレジスター》にて敵の呪いを浄化する。
剣聖と自然魔法使いがいれば人間に出る幕はない。
3歩斜め後ろを奥ゆかしく震えながらついていけばいいだけ。
そして、姉妹のように仲睦まじく会話をしながら近寄ってくる見慣れたふたり。
「ねぇねぇ、ファーストキスって本当に甘かった?」
「むー……甘くはなかったですねぇ?」
白いドレスに大きな三つ編みと青草の髪に小さな三つ編み。
水を踏めばどちらも楽しそうに揺れて、遊ぶ。
決戦を前にしてもリリティアとユエラは、普段とさして変わらない。
「あ、そうそうっ! 明人さんの香りがしましたよ!」
「それって鉄と油臭いって意味じゃないの?」
喜色満面の笑みを浮かべたリリティアにユエラは笑みをこぼしつつ眉根にシワを作る。
そして、リモコンを持つ者の動きを察知したのだろう。その後ろには追従モードのワーカーが元気よく大地を揺らしてついてきていた。
明人も合流して3列に並ぶ。
「おいこら。誰が油くさいって?」
「本当のこと言ってるだけだもんねー」
澄ました顔で、しっしっとユエラは手を振る。
「ふふふっ、今はちょっと生っぽい臭いが混ざってますねっ」
そう言って、リリティアはくつくつ控えめに笑う。
腰で鞘に収まった剣もかちゃかちゃと音を立てた。
「おー、そろそろ泣くぞ? いいんだな? 大人に足がかかってる男が泣くのは、わりとキツイ光景だぞ?」
誘いの森に住まう剣聖と混血と操縦士は、閃々と輝く光のカーテンの前に立つ。
白光に満ちた門は、まさに神より賜りし宝物の名に恥じぬ絢爛さを放っていた。
「天気が悪いし、暗いわね。気が滅入っちゃうわ」
「夜明け前は暗いもんだ。ちゃちゃっと終わらせよう」
「大陸に住まう種族へ朝日を、ですか。素敵ですねっ」
激動の戦争を終わらせるために。
1人とふたりは、決戦の場へと足を踏み入れる。
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語られなくても語るSSコーナー
……………
「緊張しておられるのですか? ピジャニア殿」
「ああ、ジャハルさん。すみません……どうにも落ち着かなくて」
「無理もないです。狼だらけの檻に人魚ひとりでは心もとないでしょう」
「いえっ、そのぅ……なにかとても大切な事を忘れている気がしまして……」
「ほぉ、なにか伝え忘れでも?」
「えぇ……。伝え忘れと……本当にもっと大切な……」
「まあまあ。あまりお悩みになられると娘殿がご心配――」
「はっ!!」
「ど、どうなさいました?」
「ぴ、ピチチ!? どこなのっ!? ピチチっ!!」
「んなっ!? 皆の者! ピジャニア殿のご子女を知らぬか!?」
「ま、まさかっ……!」
「ま、まだ鉄巨人のなかに!?」
「あぁぁ……ど、どうしましょう!? 救済の導が関与していることもあの方々に伝えていませんッ!」
「ええッ!? きゅう、さい……? エエエッ!!? 思いのほか深刻なうっかりですよ!?」
「そ、そそ、そそっかしくて……言葉もありません……」
「……先ゆきが不安だっ」




