113話 【新・新生イージス隊VS.】抑圧されし複合種の群れ 3
好機と捉え
人間は複合種と対面する
命を投げ出して
贖罪を望む狼
すこしだけ
臆病者の心が揺れ動いた
第2幕
胃の腑に落ちないといった面持ちで複合種たちは、のそのそと外側から広がりはじめる。目指す先は、おそらくピクシー種のいるであろう領の西。
狩りの獲物を追いつめて喉笛に食らいつく寸前での撤退指示。いくら隊をまとめ上げるものの命令とはいえ浮かぬ顔ぐらいはしても無理はない。
重機の丸い頭の上に佇む3種のふたり。
混血は疑いもない彩色異なる眼差しを人間へ向け、ふふんっと得意げに鼻を鳴らす。見せてみろとでもいいたげに挑戦的な笑顔。
小魚の母は、形の良い胸に手を当て複合種の撤退をしげしげと観察していた。不安げな表情は美に色気をただよわせ、羽衣も相まって天女のよう。半身に巻かれたプリーツはしどど濡れて肌に貼りついている。
そして、明人はそれを好機と見た。
マイクを手に取り、すごすご裏返っていく複合種の背に向けての一言。
『ひとつ、賭けをしないか?』
電子的なノイズに混じって軽い音がスピーカーを叩く。
ぴくりと肩を揺らして動物たちは、各々の特徴的な耳をぴくりと傾ける。振り返り、その様々な色をした瞳は当然のように一点へと群がった。
動物たちの網膜にはどう映し出されただろう。その男は変な身なりをしていて、鉄巨大の頭頂部からあろうことか天使を雨よけの如く掲げてふよふよと舞い降りてくるではないか。
「ヒューム……て、天使様だとぉ?!」
あんぐりと口を開けた獅子は、エルエルの存在を一瞬にして見破った。
ルスラウス世界にて種族の判断基準は体内マナの量と質。ひと目見ればある程度の予測がつくという。見た目という視点のみで判断している明人よりは、ずっと聡明な基準だ。
さらに明人は、大多数の者にヒュームと称される。
ヒュームはどの種族よりも体内マナの許容量が低く、天井も容易に到達しうる。つまり、マナを持ち合わせていないからこそ生まれる見当違い。
スニーカーで影を踏むように大地に降り立った明人は、歩く。
陽気にあげた足を振り下ろすたびにぴちゃぴちゃと水が跳ね上がった。
「賭けるのはワーウルフ含むここにいる全員の命」
装備は、方舟計画によって生み出された副産物。α型の試作パイロットスーツと天使エルエルのみ。にも関わらず、明人は剣を握る獅子の前で堂々と胸を張る。
「そっちが賭けるのは……というか掛けるのは、少しの時間をオレたちに与えること」
気どられないほどに微細な動きでリリティアは、剣を握りなおす。
その髪は燃えるように赤く、火のように紅の粒子を宙へ散らばす。そして、語る。
「その方は、人間という異世界種です。ですので明人さんの願いは盟約に適応されません」
「なっ――そんな馬鹿なことがッ!?」
きっぱりと笑顔で言い切ったリリティアに対して、獅子はしょげていたたてがみを逆立てて応じる。
聖剣を抜いたものによって剣聖は複合種にとって敵となった。その柔らかな笑顔は、獅子にとって解き放たれた恐怖そのものとして見えることだろう。
「嘘ではないです。私たちは彼の協力を得てエルフと結託。そして、ドワーフとの戦争を治めました」
リリティアが言い終わるか、つかの間。
獅子は、のこのこと間合いに入ってきた明人に斬りかかる。
剣が世界最強であれば、使い手を失わせれば良い。その判断を瞬時に下せるだけの裁量をあるということ。
「《グリーンバインド》」
しかし、その振り上げられた野太い腕は地面より生え伸びる青々とした蔦によって巻かれ、止まる。
自然女王ユエラの得意技である自然を駆使した応用技。精霊と自然との関係が密であるエルフの血を生かした《レガシーマジック》。
「ぬぅ!?」
獅子の巨体を這い上がっていく蔦と蔦。絡み合った若い緑の拘束は、縄のように頑丈で簡単に千切れはしない。
「隊長ッ!! 貴様ら覚悟しろォ!!」
そんな様子に部下が指をくわえて見ているはずもなく、ひとりの若獅子が斧を片手に突進してくる。
「死ッ――グァッ!?」
金属と金属がぶつかりあって凄まじい衝撃と音が交差した。
リリティアによる神速の剣技によって若獅子の斧は容易に止められてしまう。
ざわめく複合種たち。今にも飛びかからんと発破をかける者もいれば、状況を飲み込めず尾を丸めて足踏みをする者もいた。
雨あしは強まり地を叩く水の音は、滝と思えるほどに喧騒を生み出している
しかし、明人はそんなこと知ったことではなかった。
ここが見だした作戦の要であり、肝の寸前。くすぶる怯えをぎゅっと押し込んで交渉をつづける。
「少しだけ待ってくれないか? そうすれば、きっと今よりずっと良くなる」
「ふざけるな……! 貴様らの邪魔さえなければ今頃は狼どもに復讐を果たせていたものの……!」
その鋭利な牙で噛みしめるように獅子は、怒りを漏らす。
幾度となく抵抗するも蔦は、硬いゴムのように巻き付いて離さない。
「つのりにつのったこの恨み! 龍共がこないとわかれば話は容赦はいらん!、今すぐに我が牙を貴様らの喉笛に突き立ててやろうぞ!」
獅子の怒りの矛先は、明人ではなく、その後ろにいるワーウルフたちだった。
溜まった怒りは容赦なく相手を傷つける。それは人間でも同じ。差別し、群れ、暴力で鬱憤を晴らす愚者もいる。
ルスラウス世界は一部を除けば長命であった。そして、長い時を生きるからこそ溜め込んだ怒りの度合いは無尽蔵に蓄積されていく。
唾を飛ばして罵倒し今にも襲いかからんとする獅子へ、狼たちは許しを請わなかった。
ただじっと、その言葉に耳を傾け。悲しげに尾を垂らすだけ。
解呪されてしまったからこそ気づいてしまった己の過ち。
「今はお話の最中です。もし1歩でも前にでるのであれば相応の痛みを覚悟していただきます」
リリティアは剣を構えて沸き立った敵を威嚇する。
むき身の銀閃をなぞるように水滴が切っ先よりこぼれ落ちた。
ユエラも重機の上で細指を開いて魔法の構えをとる。
「ふぅ……流石にこの数で押されたらたまんないわね……」
戦闘にもつれ込めば剣聖と自然魔法使いがいても苦戦は必死。そしてなにより多くのものが死ぬこととなる。
被害者がいて加害者がいるならば、と。誰よりも枠の外、客観的にこの状況を見ることが可能な者が2名ほど存在していた。
「オレたち部外者がニーヤってヤツを正気に戻してやる」
人間にしては中程度である明人。それより頭4つ分は高身の獅子は、その提案にはたと動きを止める。
「こっちには剣聖リリティアもいるし分の悪い賭けじゃないはずだ」
「……確かに、な。しかし貴様らが失敗することで我らが被る被害を天秤には乗せられん」
重々しい回答。許容と肯定を滲ませたことでわかる心の振れ幅を明人は、見逃さない。
「その時はオレたちに罪をなすりつけて、ワーウルフ種を死体を手柄にすればいい。ついでにマーメイドの王の妻もいる」
「…………」
しばしの思考。絵筆のような尾を振りながら獅子は、喉を鳴らして低く唸った。
周囲の動物たちも指導者の指示を待つように横目でその様子を伺い、イージス隊の面々も静観する。
手はずぶ濡れになり、足の血の巡りも悪い。獅子の決定を待つ間明人は、鼓動を押さえるように息を止めた。
雨によって下がっていく体温。反比例するような収縮の範囲を肥大させる心臓の鼓動。臆病者にとっては辛く長い数秒。
およそ20秒にも及ぶ長考の末、獅子は息をはくように決断する。
「今の我は、お主ではなく剣聖様をも信用できんのだ。この呪いは一度この世界を救った方ですら悪しき存在として捻じ曲げてしまう」
その答えは、明人の予想とは異なっていた。
しかし、僅かに上がる口角。積み上げてきた計画は成し遂げられた。
ヒューム領にて勝ち得た狼の信頼とヒュームの勇気ある決断。ワーウルフ領にて引きだしたこの言葉。目まぐるしい戦時におぞましい命の危険を犯してまで手に入れたすべてのパーツが揃った瞬間でもある。
「そしてこの場には絶対中立を守る存在がいることを忘れないで欲しい」
ひょいと、明人は小脇に抱えられた白い物体を切り札として構えた。
エルエルは借りてきた猫のように大人しい。もといがんばって気配を消していた。
強制して交差する獣の瞳と金色のくりくりした瞳。一方は縛り付けられ、もう一方もある意味で縛り付けられている。互いに眼を瞬かせて居心地悪そうに顔を歪め、ぺこりとお辞儀をした。
「審判の天使に仲介役を頼むってのはどうだ? 天使には覇道の呪いは効いてないだろ?」
そう言って、明人は手早くエルエルの首輪を外す。
そして、ぷくぷくした頬を優しく油と魚臭い手で包み込んだ。
「審判のときと変わらないからやってくれてもいいよな?」
「え……あっ! それくらいなら干渉にならないですし別に構わないですのよ」
首を締め付ける違和感がなくなったことが違和感なのか。
自身の僅かに跡のついた白首を撫でながらエルエルは、緊張から解放されて微笑む明人を見上げた。
覇道の呪いの枠の外に天使がいることは、ワーウルフと対峙したときすでにわかっていたこと。
明人の編み出した作戦とは狼を守りつつ寄せ餌として敵を集め、天使によって時を稼ぐという回りくどいもの。
どのみち敵の大将を叩くのならば誘いの森の面々で特攻すればよいだけの話。しかし、ワーウルフの真っ直ぐでブレぬ心が素敵だと思ってしまった人間の負け。明人にしては珍しい情にほだされた考えだった。
「信仰してる神直属の天使との約束だ。それに、オレもアンタを信用する。お手つきは、なしだからな」
「…………ふっ。致し方なし、か。不思議な男だ」
微かに毛深い頬を緩めると獅子は、諦めたかのようにため息混じりで頷いた。
明人は折り目正しく腰を曲げて決定を覚悟した相手を敬う。
「ありがとう」
「よせっ……我は分のいい賭けとやらに乗っただけだ」
獅子は、意外そうに眼を見開いてもう一度ため息をつく。尾はピンと上を向いていた。
そして、黙って成り行きを見守っていた鷹へとひらひらと手を振って指示を飛ばす。
覇道の呪いとは、ルスラウス大陸に存在する種を伝搬し感染する。差別心もルスラウス世界に存在する多種へと向けられるものである。
つまり異世界より落ちてきた人間は道理から外される。相手を駆り立てる殺意と敵意と差別心がなければ対話こそ造作もないもの。
天界に住まう天使と同様。覇道の呪いの枠の外にいる明人の策略は、数々の試練を越えて、まかり通った。
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語るので語られてしまう語られぬから語るSSのコーナー
……………
「ありがとう。ワーキャットの人」
「我は……ワーキャットではないぞ?」
「はぁ!? ……え? ――はぁぁぁ!?」
「見事な三段驚愕だ」
「じゃ、じゃじゃじゃ、じゃあアンタなんなのさ!?」
「我は獅子族だ」
「はあああ!? そういうことする!? 同じネコ科だろ!?」
「ネコ科とはなんだ?」
「……むっ。エルエル!! こんど神にあったら翻訳がバグってるって言っておけ!!」
「ひゃいっ、ですのよ!?」




