112話 【新・新生イージス隊VS.】抑圧されし複合種の群れ 2
睨み合う
複合種とイージス隊
追いつめられ
明かされる
盟約の執行者は
まだ見ぬ種
ぬかるむ湿地を抜け、せせらぐ川を渡り、深い不吉な森をも走破した。
自然女王形態へと移行したユエラによる《ハイプロテクト》の支援は、ワーカーの頭を一時的な休憩場所とする。
これによって走り疲れた順に狼たちを休息させることができた。コックピットに備蓄していた食料や水分の分配。簡易的な移動拠点。
そして、新・新生イージス隊はほうほうの体でようやく目的の場所へと辿り着く。
ジャングルの中央にぽっかりと空いた更地。自然にうずもれる2本の槍が出会うような形をした巨大な門。交差した麓は鏡面の如き薄い膜がただあるだけ。
しかし、これは混淆の祠ではなくその入口。ワーウルフ領の神より賜りし宝物。
名は、理想郷への神槍門という。
複合種の頂点に立つ灰狼、カマルがその存在を知らぬわけがない。
その上、安らかなる魂の拠り所へと繋がる門はこうして自然のなかに産み落とされている。
中天に日がかかる頃合い。しかし空を覆う黒々とした雲は涙を溜めて、大地へと降り注ぐ。
1匹の鷹面のオスが、肩を上下させながら軍勢の前へと躍りでた。
「フッ、フッ……! ゲス共が! 追いつめたぞ……!」
逞しい人型の肉体美。肩甲骨から生えた翼は両の腕を広げるよりも遥かに巨大。足は鳥のそれ。
後方には数え切れぬほどの大所帯が祠の前で追い詰められたイージス隊の逃げ道を封鎖していく。種々共々にいえるのは全員が息を切らしていること。
西から迫るピクシー種の防衛に手を回すことも鑑みればこれで半数ほどであろう。それでも同様に疲れ切ったワーウルフたちが闘える数ではない。
「無能なる支配種よ!! 偉大なる神より賜りし宝物の前を死に場所とするか!!」
獰猛な獅子がロングソードを片手に吠えた。立派だったたてたみは汗と水によってぐちょぐちょになり疲れも相まってしょげているようにも見える。
対して、イージス隊も道中は険しく敵の猛攻もあって狼たちの疲労が目に見えて蓄積されていた。
汗を流すように降り注ぐ恵みを浴びて、しんなりとした毛は水滴を垂らしている。
「…………」
喉で息をする狼たちは、運命という流れにに身を委ねるが如く尾を止めて立ち尽くすだけ。
雫と共に見舞われる四方八方からの誹謗中傷。すべてはワーウルフの長であり国王であるカマルへと向けられている。
どのワーウルフたちもぎりりと歯を鳴らす半面、その瞳は悲しみを帯びていた。
かつて統治した地に集った、かつて慕っていた仲間たちの殺意の視線。
そんななか、ジャハルは土で汚れた己の手で纏っている銀鎧の傷をなぞらえる。
胸の膨らみを沿う半球を割るように塗りつけられた10センチほどの溶接跡。ピンクの肉球は血が滲み、鋭利な爪は僅かに削れて丸い。
「……あとは頼んだぞ」
誰に向けられたものか、ぽつりと溢した信頼の言葉。
包囲され、逃げることすら敵わないことは明らか。およそ半日にも及ぶ逃走劇の幕引きは、酷くあっけのないもの。
作戦の立案者は、予めワーウルフたちの言質をとっていた。大きな代償を背負う代わりに複合種への罪滅ぼしをさせてやる、と。
そして、その覚悟を見定めるためにワーウルフたちには内容を知らせていない。
それでもこの場にいる。明人は、モニター越しに確固たる決意を汲み取った。
「積年の恨み――今ここでェッ!!」
巨体を沈めた獅子は、ワーウルフ目掛けて地を蹴る。
豪速豪腕による長剣の切っ先は、直線でジャハルの首へと突きだされた。
一陣の紅が吹き荒れ、その剣は届かない。どころかロングソードは中央から折れ、濡れ草の上へ悲しげに横たえる。
「なにッ!? クッ……!」
ひるみつつも即座に後方へと飛んで次の攻撃に備えるあたり相当な実力者であるはず。
しかし、剣聖はその上をゆく。
リリティアは銀閃をするりと鞘へ戻し、スカートの裾を持ち上げた。そして、うやうやしく一礼。
「どうもお久しぶりです。こうして複合種の長や王が一同に集うのは……いつほどぶりですかね?」
悠然した挨拶。まるでここが戦場であることを忘れさせてしまうような優雅に身をこなし。
腰に帯びているもう一本の剣を抜き出して獅子は、忌々しげに目を細めた。
「前線の兵から腕利きの剣士がいるとは聞き及んではいましたが、まさか貴方様だったとは思いませんでした。剣聖様」
その一言に動物たちが平静さを見失うような素振りを見せる。
隊長格であろう獅子が、じろりと眼光を光らせればそれもすぐに静まりかえる。
剣聖と呼ばれることをあまり好まないリリティアは、その様子を見て整った眉をひそめて微笑むだけ。
そして、獅子は闘う姿勢を崩さずに向き合う。
「アナタは、いぜんおっしゃいました。して、未だこの世界が宝石箱のように美しく映るのでしょうか?」
その問いに対してリリティアは、ちらりと一瞬だけ視線を逸らした。その先には蒸気をあげながら威風堂々と重機が佇む。
そして、しばし顎に指を添え空を見上げて、答えた。
「少し前であれば、いいえとお返事していましたね」
「ならば今は違うと? この呪いによって堪えきれぬ殺意を胸に滾らせた我々を見ても?」
「はいもちろんですとも」
傾けた花咲くような笑み、ゆらりと揺れる紅の三つ編み。
ため息ひとつ。獅子は、ゆるく首を振った。元気のない尾は水を滴らせて地面を見下ろす。
「退屈を嫌うアナタを飽きさせるべく、同種が掛けた盟約。それを背くほどのなにかがあったのでしょうね」
「ふふっ。それはどうですかね?」
「……とうとう魂を天へと宿す覚悟を決められたか」
そう呟いて獅子は、くるりと踵を返すと声高々に部下たちへ指示を飛ばした。
「数千の龍族が迫っているだろう! 命が惜しくば早くこの場から離れろ!」
雑踏のような雨音にも負けぬ声量だった。
一方で、複合種たちは素直に従おうとするものもいれば不可思議といった感じでどよめくものもいる。
「アナタは逃げないのですか?」
「共に解放戦争にて肩を並べた身です。散りゆく命。最後まで看取らせていただく」
「あら? うふっ、お優しいですね」
コックピットのなかでタイミングを見計らっていた明人は、心臓が潰されるような錯覚を覚えた。
リリティアは、血の盟約によって自己意思での闘争を禁じられている。さらには他種族からの願いを聞き入れることもできない。
その盟約に従わなければ、犯せば死をもって裁かれるという悪辣な楔。
しかし、もしルスラウス世界に存在しない種が願うとしたら。
盟約の穴をつくことのできる者がいたとしたら。
その異世界からきた種が剣聖に闘争を願う。それによってリリティアは他者ではなく人間の意思を実行する。
そうすることで血の盟約とやらは発動しない。
「依存……か。確かにそれは依存だ……」
「どうしたんですのよ? お顔真っ青ですのよ?」
コックピットないで俯く明人をエルエルは、ひょっこりと覗き見る。
「いや、なんでもない。それより……」
そう言って、明人は膝の上でちょこんと大人しくしているピチチを代わりに操縦席に座らせた。
黒い腰に巻かれた布からぷっくりと肉づきの良い足が伸びている。
未熟な《トランス》が効いているため喋らない。しかし、姿勢は食い入るように外の景色が映ったモニターを見る目は心配げ。
そんなピチチの頭を軽く撫で。エルエルを小脇に抱えて明人は、上部ハッチから顔をだす。肌を叩くような雨は、だらしなく伸びた黒髪をまとめるように伝って、染みた。
「な、なにをするおつもりですのよ……?」
ぱたぱたとエルエルは前進で抵抗を見せ、明人はニヤリと白い歯を見せて口角を吊り上げる。
ワーウルフは命を賭けて贖罪を望んだ。意義のある死を求める者は同等の対価を支払ってその望みを叶えんとする。
「大立ち回りと行こうか。審判の天使」




